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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第二十八話(160) ビーナの台本

 約一年振りとなるリング領への再訪は、前回と違って温かく迎えてもらえた。カイドル領内の中でも皇帝の臣民は未だに旧都こそが我が故郷と考える者も多く、旧都防衛の任務を与えられた現在の状況は、むしろ望むところだったようだ。


 古城の中が賑やかになったのは、既婚の兵士が帝都から家族を呼び寄せたからだろう。領内に新しい町を作り、そこに住まわせているそうだ。その多くの者が二十年前の戦争で住む家を追われた者たちだ。中には生き別れの家族と再会を果たした兵士もいたそうだ。


 そもそもリング領の旧都から現在の帝都へ遷都したのも、カグマン王国の遠征が度々起こるようになった百年くらい前の出来事なので、帝都カイドルにはそれほど長い歴史があるわけではないそうだ。


 帝国府を北方に移したのは戦局における地の利を活かすためであり、最終的に和平合意を勝ち取った現在は、もはや農作物の冷害に苦労する辺境地でしかないわけだ。そういう意味でも旧都への移住は、先祖の土地へ戻る悲願でもあったようだ。



 今回も皇帝の間でパルクスにご挨拶をしてから、すぐに中庭に用意された宴の席へと案内された。前回と違うのはデモンの席にマナン王女が座っていることと、ベントーラ領の隣にあるセトゥス領から領主のアント・セトゥス公が呼ばれたことだ。


 今回も焚き火を前にしての饗宴だけど、席順はパルクスの左にマナン王女が座り、右からミルヴァ、コルピアス公、セトゥス公、ブルドン町長が座った。それから皇帝の後ろに護衛が座り、隣からビーナ、私、ケール夫人、オークス、セトゥス夫人の順で座った。


「それでは乾杯しましょう」


 皇帝自らが音頭を取る。


「無事に大陸から戻られた親愛なるミルヴァとの再会を祝して、乾杯!」

「乾杯!」


 一斉に盃を掲げ、盛大な宴が始まった。今回出された牛料理は、セトゥス公が自ら育てた牛をわざわざ連れてきて献上されたものだ。身が固く締まっており、血まで美味しいという感想が飛び交っていたが、私たち三人は今回も断食を理由に遠慮させてもらった。


 まずは皇帝が献上品に対して礼を述べて、セトゥス公が畜産の苦労話を交えながら恩を売りつつ、いかに自分がオーヒン町の発展に協力してきたかを力説し、一時は牧場が荒らされて大変だったと訴えるのだった。


 次にコルピアス公が、移民の反乱を鎮めた皇帝の手腕を褒め称えるが、それは帝国軍だけの力ではなく、自分たちの自助努力であることもアピールし、食糧を安定供給させることがいかに大変かを訴えるのだった。


 それに対して皇帝は両者の働きを認め、心から感謝しつつ、警備を維持していくことが重要であると述べ、引き続いての協力をお願いし、休耕地に手を入れ直したので、これまでよりは負担を減らすことができるのではないかと伝えるのだった。


 続いてブルドン町長が町営について現在の状況を報告し、マエレオス領の領主とブドウ酒の輸入交渉を行っていると伝え、その交渉が不調なので皇帝に口添えをお願いし、それをパルクスが快諾するのだった。


 それからミルヴァが大陸の土産話をして、クルナダ国と話し合いの場を持ったことを報告し、そのためにデモンが尽力したことを強調して、彼が帰国してから本格的に半島諸国との貿易が始まることを伝えるのだった。


「ところで陛下にお伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」


 お酒が深くなる前にミルヴァが切り出した。


「貴女のお望みならば何でもお答えいたしましょう」


 赤ら顔のパルクスは上機嫌だ。


「此度の宴にマナン王女をご同伴されたということは、近々お目出度い発表があると考えてもよろしいのでしょうか?」


 パルクスの顔がさらに赤くなる。


「いや、参りましたね。ミルヴァには隠し事ができないようだ」

「では、ご成婚が決まったわけですね?」

「いやいや」


 そこは慌てて否定するのだった。

 その様子を見て、盃を取ろうとした参加者の手が止まった。


「こればかりは余の一存では決められないので、デモン・アクアリオスの帰国を待っているところなのです。色々と相談せねばならないことがありますからね」


 ミルヴァがニヤける。


「しかし陛下はすでにお決めになっているのでございましょう? お隣のマナン王女殿下もお慕いしているようにお見受けしますが、一体何が問題だというのですか? 出過ぎたこととは承知しておりますが、その相談内容だけでもお聞かせ願えませんでしょうか?」


 パルクスがマナン王女を見つめた。

 すると見返したマナン王女が小さく頷くのだった。

 それを確認してから、皇帝が口を開く。


「それは妃として迎えても、帝都に連れていくことができないから悩んでいるところなのです。リング領はカイドル国の発祥の地であり、北方から入植してきた部族も、今は方々で別々に暮らしておりますが、元を辿ればここに祖先が眠っています。その祖先の土地を何百年も守ってきたのがリング領の領民たちで、その長となるマナン王女と結婚するということは、皇帝の地位に就くことよりも責任が重たいのです」


 女男の関係性といい、ウルキア人の価値観そのものだ。


「私は帝位を他の者に譲ってもいいと考えているのです。子を儲けた時に、皇帝の嫡子として命が狙われるようなことがあってはなりませんからね。地位よりも重い命というのは、そういうことでもあるのです。聖地を守るための皇帝であって、皇帝を守らせるための帝政であってはならないというわけです」


 初代皇帝の血を受け継いできたのが女系のリング家で、それを守るように男の皇帝が帝位に就いてきたというのがカイドルの歴史だ。カグマン王国の北征に伴い、北方の地に遷都したのも、リング領から狙いを逸らせるための作戦だったのかもしれない。


 しかし、それを敵国側のコルピアス公とセトゥス公が同席している場で話すというのは不用心だけれど、ミルヴァが暗示魔法を掛けて喋らせているので、パルクスを責めるのは酷でもあった。


 おそらくこの場にいる誰もが、ミルヴァが魔法を掛けているとは思っていないはずだ。マナン王女には申し訳ない気持ちがあるけれど、私たちはこの島に聖地など存在しないことを知っているので、ビーナの書いた台本を進めることを優先しているというわけだ。


「陛下」


 ミルヴァの芝居は始まっている。


「そんな、わざわざ帝位をお捨てにならずとも、解決する方法が他にもあるではございませぬか。その方法を用いれば、国内問題のみならず、大陸からの侵略や、文明が進むことで起こるであろう、世界規模の大戦にも備えることができるのです」


 話の大きさに参加者の酔いが一気に醒めていくのが分かった。

 パルクスの目が真剣だ。


「その解決する方法というのを、よければお聞かせ願えますかな?」


 ビーナが書いた台本のセリフだけど、ミルヴァが答える。


「それはオーヒンに遷都なさればよろしいだけなのです。それならば帝位をお捨てになることも、マナン王女とのご結婚も諦める必要はなくなるではありませんか。おまけにオーヒンに軍事拠点を移せば、カグマン王国に対する牽制のみならず、大陸からの侵略に備えることができますからね。造船業が上手くいっていますので、周辺諸国よりも早く本格的な海軍を組織することも可能ですが、いかがでしょうか?」


 海軍自体は数千年前から存在しているけれど、今のところ航海の安全を守る以上の役割がないため、国の予算を海軍の増強に充てさせようと考えているわけだ。それは大ガルディア帝国の帝都を落とすには海からも同時に攻め込む必要があるからだ。


「オーヒンに遷都なさる場合、軍事力を増強しながら維持させるために、現在よりも強固な経済基盤を必要とすることでしょう。半漁、もしくは半農の半兵を増やして兵力を増員し、武具を生産する軍需工場の建設も必要となります。そうなると土地には限りがあるわけですから、すぐさま食糧不足に陥ることになりますね。そこで穀物船の運航を増やさなければいけなくなります。幸いにしてハハ島には全島民の腹を満たすだけの土地が余っています。だからこそ周辺諸国に先駆けて海軍を組織する必要があるのです」


 ミルヴァの目を見ながら話を聞いているパルクスはすでに暗示に掛かっている状態だ。


「オーヒンに遷都する利点は他にもございまして、守るべきはここ、リング領でございますが、皇帝陛下がオーヒンに居を構えることで、標的を誤魔化すことができる上、近くにてお守りすることが可能となります。カグマン王国にはリング領の価値を分かる者などおらぬのですから、心配する必要はありますまい」


 私にはミルヴァの芝居っ気が強すぎるように感じたけど、演出家のビーナは満足そうだ。


「また、陛下の天賦は知力や武力のみならず、お生まれになった時代に恵まれたことも抜きにしては語れませぬ。カグマン王国との戦争が終わりを告げ、共存共栄を目指す新たなる時代が到来したからこそ、オーヒンへの遷都を可能としたのです。これが二十年前でしたら、敵国に『停戦協定は罠で、帝国には未だ侵略の意志あり』とあらぬ嫌疑を掛けられていたことでございましょう。幸いにしてオルバ王は寛大で、国民を家族のように思う心優しいお方だというではありませぬか。共に繁栄を願うには、オルバ王の在任中の今をおいて他にありませぬ」


 オルバ王が暗殺されたことは王宮外部に漏れていないので、ここでは存命中ということで話を合わせる必要があった。さらにカグマン王国が戦争の準備をしていると思ってもいないことを、二人の領主に伝えたわけだ。


「しかし実際にオーヒンへ遷都させるには、現在のままではリスクが高いということも事実でございますね。第一に六万人程度の人口では帝都を守ることなどできないからです。いくらオルバ王と友好的な関係を築いても、王宮内部で強硬派に王政が乗っ取られては意味がありません。ですから敵国から強硬論が噴出しないよう抑え込む意味でも、対等に対話ができるだけの軍事力が必要なのです。それには帝都の臣民をオーヒンへ移住させるのが一番かと思われます」


 歌いながら酒を飲む兵士らは焚き火の向こう側で楽しそうにしているけれども、私たちの席は重たい空気に包まれていた。それでもミルヴァが暗示魔法を掛けているのはパルクスだけなので、コルピアス公は色々と頭の中で思案を巡らせている感じだった。


「とは申しましても、そう易々と遷都できたら苦労はございませんわね。ご先祖様が切り開いた土地を守っていきたい者もおるでしょうし、緊張のある国境地帯にあえて移住することに反対する者もおるでしょう。ならば、すべての者を移住させることはないのです。有志の者だけで結構ではありませんか。島の北半分には推定で二百万以上の島民がいますが、その一割でもオーヒンへ移住させることができれば、二万の遠征が限界の王国側にいる過激派を黙らせるには、それで充分なのですからね。ま、もっとも、王国側に停戦協定を破るような意志や動きのようなものはないようですので、五十年後や百年後を想定して、移住者を半漁の海兵隊にさせるのが目的でもありますが」


 ここで皇帝パルクスが所感を述べる。


「デモンは渡航前に『ミルヴァは必要な時に必要な分だけ雨を降らせることができる女神のようなお方だ』と評したことがあるのですが、それだけでは不十分だったようだ。貴女は信じられないことに、湯の雨を降らせることもできるお方なのですよ。貴女には天気予報など必要ないではありませんか。天の動向はすべて貴女次第なのですからね。貴女を導いてくださったオーヒンの聖堂を我々の力で守ってみせましょう。貴女が遷都を望んでおられるということは、神がそう仰られているに違いありませんからね」


 完全に暗示魔法が効いているようだ。


「しかし一つだけ気掛かりなことがあるのです。帝都に残してきた政務官らを説得することは容易いが、国民が何ら実績のない私について来るかという問題があるのです。戦争を終わらせた祖父の号令ならば喜んで従うことでしょう。しかしその孫が号令を掛けても、我儘に付き合わされるとしか思わないのが現実ですからね」


 その問題もビーナの台本には織り込み済みだった。


「僭越ながら、それに関しても解決法がないわけではないのです」

「是非お聞かせ願いたい」


 一同の注目がミルヴァに集まる。


「それはジェンババのお力をお借りすれば良いのですよ」


 隣のビーナがニンマリとしたが、いかにも彼女らしい思い付きだった。


「カグマン王国ではモンクルスが崇拝されているように、カイドル帝国ではジェンババが同じように崇拝されているではありませんか。ならばそのお力を利用しない手はございません。伝説の軍師がオーヒンの地を目指すように指示を出したら、皇軍の兵士は直ちに従うのではありませんか? ジェンババ一人を説得せしめれば、二十万の兵士を動かすことができましょう。交渉してみるだけの価値はあるかと存じます」


 パルクスが首を捻る。


「確かにジェンババの大号令ほど絶大な発令は存在しないでしょうね。ところが、そのジェンババの消息というのがはっきりとしていないのです。偉業を成し遂げたというのに、祖父に推薦された皇帝の地位を私の父に譲り、軍事指揮権も放棄して、二十年も前に姿を消してしまったのですからね。生きているかも分かっていないのです」


 ビーナの調べによると、北の山のどこかにいることは分かっていた。


「そうですか」


 ミルヴァが残念そうな芝居をする。


「それでも捜してみてはいかがでしょう? もしもお会いすることができたら、今後について参考になるお話を伺うことができるかもしれないではありませんか。仮に消息が掴めた場合はわたくしたち三人もお供いたしますので、遠慮なくお申し付けください。どこにいようとも、お供いたします」


 その日のうちに、パルクスはジェンババを見つけ出すよう家臣に命じるのだった。



 二週間後、ビーナは大激怒していた。


「あいつ絶対に許さないんだから」


 修道館のお掃除をしていると、肩にインコを乗せたビーナが現れて、会議があるから神官長室まで一緒に来るようにと言われ、ムスッとした顔でミルヴァが帰ってくるのを待つのだった。ここまで怒ったビーナを見るのは生まれて初めてだった。


「どうしたの?」


 ミルヴァは特に変わった様子がなかった。


「どうしたのじゃないよっ」


 ビーナがテーブルを叩く。


「コルピアスのオヤジを殺しましょ」


 ということは、裏切った証拠を掴んだようだ。


「何があったの? 順番に説明して」

「あいつサイテーだよ」

「それじゃ分からない」

「だからウチらのアイデアを盗んだの!」

「少し落ち着いてちょうだい」

「これを聞いても落ち着けるというの?」


 そう言って、ビーナは肩のインコをテーブルの上に乗せ換えるのだった。


「ぴっちゃん」


 それがインコの名前らしい。


「カラスだと追い払われちゃうから、近場にはインコを送り込むことにしたの」


 この場でインコに盗聴させた会話を喋らせるつもりらしい。


「コルピアスのオヤジとゲミニ・コルヴスの会話を拾ってきたから聞いてみて」


 コルヴスというのはゴヤ町の教会の神官だ。


「ぴっちゃん、もう一度同じことを聞かせてくれる?」


 鳥と会話ができるのはビーナだけだ。


「オーヒンへの遷都とな?」

「左様でございます」


 インコが二種類の声音を使い分けながら喋り始めた。


「五十年後、いえ、百年後を見据えた場合、今から大陸の侵攻に対抗し得るだけの海軍を組織しておく必要がございます。それにはオーヒンの港ほど海軍基地に相応しい場所はございません。幸いにして造船業が上手くいっておりますので、何も難しい話ではないのです。我がベントーラ領の城が完成した暁には、殿下にお譲りいたします故、格別ご贔屓にしていただければ、それ以上なにも望むことはございません」


「さすがはコルピアス公、百年の計とは恐れ入った」


「過分のお言葉、恐縮至極にございます。しかしながら、殿下もご存知の通り、オーヒン周辺の地は現在、帝国と共同開発している最中でございます故、どこかで主権をはっきりさせておかねば後にしこりを残すこととなりましょう、と申しますのも、例の魔女どもでございますが、大昔に私奴が語った海軍の構想を、先だってパルクスの前でうっかりと口を滑らせてしまったのです。まだまだ時期尚早ということで温めておりましたので、殿下にも今日まで打ち明けることができませんでしたが、そのようなことがございましたので、悠長に構えているわけにもいかなくなったのです」


「つまり帝国もオーヒンに都を遷そうとしておるのだな?」


「間違いございません。計画では年内、遅くとも二年以内には人口が十五万から二十万まで増える見込みかと思われます。そうなってからでは、戦争の準備はさせているとはいえ、もはや太刀打ちできぬかと。いいえ、決して殿下のお力を見くびるつもりはございません。ですが、実が熟すまで待ってやる義理もないではございませぬか」


「パルクスを討てというのだな?」

「私奴は殿下のご命令に従うまでにございます」

「しかし陛下が首を縦に振っても、こちらからの出兵では、七政院は反対するであろうな」

「何も七政院に派兵を求めなくてもいいではありませぬか」

「ゴヤ町の在留兵だけで戦えと?」

「相手は五千の兵力でしかありません」

「だが、パルクスは手強いぞ?」

「ならば秘策を用いようではありませぬか」

「秘策とな?」

「はい。モンクルスを召喚するのです」

「彼奴はとっくに引退しておる」

「墓の中というわけではございませぬ」

「どうするというのだ?」

「モンクルスの名で指揮を振れば良いではございませぬか」

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