第二十七話(159) オルバ王の暗殺
カラスによる諜報活動部隊を組織するビーナの報告によると、カグマン王国の現国王であるオルバ・フェニックスが暗殺されてしまったようだ。ただし、王宮で交わされた会話をカラスが拾ってきただけなので、真偽のほどは定かではなかった。
「確かなの?」
木の根元に座り、背中をもたれ掛け、総人口五万人以上にまで成長したオーヒン町を眺めているビーナは、私が訊ねてもしばらく何も答えてくれなかった。おそらく彼女は頭の中で情報を精査している最中なのだろう。
「暗殺は確かよ」
ビーナが首を捻る。
「でも誰が殺したのか分からないのよね。カグマン王国の王都にある王城というのは、おそらくだけど宮廷部分と朝廷部分にはっきりと分かれていると思うんだけど、その肝心の宮廷内部で交わされた会話を拾ってくることができないのよ」
王都を偵察しに行ったことはあっても、城壁の向こうを覗いたことはなかった。
「オルバ王はオフィウ・フェニックスっていう腹違いの妹と結婚してるんだけど、どうやら暗殺が起きた前後から姿をくらましているようなの。だから朝廷内の一部の人間は彼女が事件に関わっているか、または、同様の被害に遭っているのではないかと心配しているようね」
そこでビーナが天を仰ぐ。
「でも暗殺自体はすでに解決しちゃってるみたいなんだ。オルバ王が大好きで可愛がっていた男の子がいるんだけど、その子が容疑者、というよりも犯人として、すでに捕まってるんだもん」
宗教上、男色はご法度だ。
「状況としては、オルバ王は眠る時にいつもその男の子に室内を見張らせているんだけど、寝室で凶行が起こって、それに気がついた衛兵が駆けつけた時には、室内にその男の子しかいなかったというのね。しかも手には血の付いた細身の剣が固く握られていたそうで、どう見ても言い逃れできない状況だったの」
今度は悲しそうな顔をして俯いた。
「残念なことに、その凶器はモンクルスが献上したばかりの剣だったみたい。護身用にと磨き抜いた剣だったみたいで、それによって命が奪われてしまったんだから、さぞやショックだったでしょうね。実行犯の男の子が意識不明のまま発見されたから、モンクルスも犯行に関わっているのではないかと嫌疑を掛けられちゃったのよ。彼のかつての部下たちがすごく苦しんでいるのが会話から分かったんだ」
宮廷内は護衛がたくさんいるので、その男の子が犯人で間違いないだろう。私にはモンクルスが暗殺に関与しているとは思えなかった。出世することも可能だったのに、褒美に山の土地しか望まなかった剣聖が、今さら国王を殺すとも思えないからだ。
「それとは別に出所不明の会話があって、その中で気になったのがパルクスについてなんだけど、カイドルの皇帝が停戦協定を破って国境地帯の領土を荒らし回ってるっていう情報が王国内で拡散されているのよ。そんな事実はないんだけど、王都の近くの宿場町でもその話で持ち切りで、オルバ王が暗殺されたことは王宮の外までは漏れていないから、会話に上るのはパルクスのことばっかりなんだ」
ビーナがその謎について自分で解説する。
「でもそれは多分だけどね、わざとデマを流している人がいると思うの。だって、少し前まではパルクスの評判がすこぶる良かったんだもん。ほら、交易路を妨害していた山賊を退治したわけでしょう? だから行商人の中でも、カイドルの帝都に行った方が、同じ品物でも高く値がつく場合があって、交易の流れが変わりつつあったのね。それを気に入らない人たちがいて、それでわざとパルクスの悪名を広めているんだと思うの」
筋の通る読みだ。
「この拡散されたデマの大きな問題は、実際にパルクスのありもしない反乱を鎮圧させるために戦争の準備を始めているところなのよね。農作業が終わる秋以降に遠征できるように指示を出している人がいるんだもん。何も知らない彼らにとっては、オーヒン町の五万を超える移民は脅威以外の何ものでもないみたい。だから、まぁ、当然の動きではあるんだけど」
過去にミルヴァは丸五年となる、この年が『勝負の年になる』と言っていた。私たちは年を取らないため、見た目に変化が起こらないので、周囲の者に不審に思われてしまうからだ。だから何かしらの決着をつける必要があったわけだ。
しかし年内に帰ってくる予定だったミルヴァが帰らずに新年を迎えてしまったために、五年間で島を手に入れるという夢は延期となった。その影響でカグマン王国に戦争の準備をする時間的猶予を与えてしまったわけだが、これがどう転ぶのか、私には分からなかった。
それから初夏の季節になって、ようやくミルヴァが大陸から帰ってきた。実に一年振りの再会だった。突然の帰島だったので聖堂で顔を合わせた瞬間、飛びついて抱きしめてしまった。私はやっぱり彼女のことが姉のように思えるほど大好きだということが分かった。
すぐに修道館の官長室に移動して、ビーナを交えて会議を行った。館自体が男子禁制で守られているけど、その中でも官長室は二重扉で音漏れがないように作られているのだが、これはミルヴァがブルドン町長にお願いして設計させたものだ。
部屋の中には円卓と三つの椅子しかなく、それが等間隔に置かれており、顔を見合わせながら語り合うのが私たちの秘密会議だ。上や下もなければ、三者の間に割って入るような人もいない。私たち三名で手を取り合う関係が、この部屋に集約されているというわけだ。
「一年間も帰らずに何してたの?」
ビーナは寂しかった気持ちを苛立つことで訴えた。
「仕事に決まってるでしょう?」
ミルヴァは時に私たちの親代わりにもなる。
「半島の付け根にジマ国という先住民系の国があったのは憶えてる? アステア系のクルナダ人に迫害されて土地を奪われた民族でもあるんだけれど、その国の安全保障を手伝ってあげていたのよ。彼らのルーツは古代ウルキア人でもあるから、絶滅させてはいけないと思ったの。島を手に入れたら大陸を征服する時の足掛かりにもなるでしょう? 行く行くは同盟を結ぶような関係にしていくつもりだけど、それには自衛だけでも自分たちの手でやってもらわないといけないと思ってね。それで周辺国と断交するという決断を選ばせたの。もちろんオーヒン国、じゃなくてカイドル帝国が全面的に支援するという保証付きでね。デモン・アクアリオスは本当に有能な男よ。といっても、半島情勢を安定化させたのは、わたしたちが不穏分子だった最下層を移民として引き取ってあげたから、それで平和に暮らせているので、とどのつまりはわたしたちのおかげなんだけどね」
それは間違いないことだ。
「デモンが一緒じゃないということは、お子さんが無事に産まれたんだ」
ビーナの言葉にミルヴァが驚く。
「あら? よく知っているわね」
「うん。去年の秋だったかな? パルクスの元に伝書が届けられたみたいだから」
「そう、わたしは奥さんを同行させていたことも知らなかったからビックリしちゃった」
「びっくりしたといえば、パルクスも結婚するみたいよ」
「本当に?」
そう言ってミルヴァが目を大きくしたけれど、私も驚いた。
「うん。お相手の方はリング領の王女なので驚きはないけどね」
私の恋のアドバイスとケール夫人の後押しが実ったということだろうか? 関係ないかもしれないけれど、それでも自分のことのように嬉しく感じた。相談してくれた相手が幸せになってくれるというのは、実に気持ちがいいものだ。
「でも難しい問題があってね、二人は相思相愛だし、周りも祝福してくれているんだけど、王女を帝都に行かせるわけにはいかないということで揉めてるのよね。もうすでに新婚さんのように暮らしているから結婚を取りやめるという選択はないみたいだし、かといって帝都を一年以上も留守にしている状態だから、それも心配みたいで、結局デモンが帰るまで保留している感じかな」
ビーナがいるからカイドル側の情報は筒抜けだ。
ミルヴァが訊ねる。
「他にこの一年で変わったことはない?」
ビーナがカラス部隊から得た情報を思い出しながら口にする。
「一番驚いたことが、ミルヴァの名前が王都にまで伝わっていたことかな? 最初は勘違いかと思ったけど、でも違うの。王都から帰ってきたカラスがミルヴァの名前をハッキリと口にした。誰かは分からないけど、貴族の高官の中にこちらの事情を知る人物がいるのは確かだと思う。デモンと一緒に大陸に行ったことを知っているみたいだし、諜報活動を行っている組織があることは確かね」
ウルキア帝国から来た修行者というだけで奇異な存在だ。
「後はここにきて戦争の機運が高まっているということかな? パルクスがチャバに仮の皇居を構えてからの話なんだけど、カグマン王国の方で戦争の準備が加速しちゃったの。それは移民を増やし続ければ起こり得る事態として予想していたけど、問題は王都やハクタ町で『チャバ町を取り戻せ!』と叫ばれていることね。ウチのカラスたちが揃って連呼するものだから、しばらく休ませてあげなくちゃいけなかったんだから」
そこでミルヴァが訊ねる。
「意味が分からないんだけど、カグマン人とチャバ町に何の関係があるの?」
チャバ町はカイドル帝国固有の領土だから疑問を持つのは当たり前だ。
「カグマン国の貴族の間では、チャバ町を自国領だと思っている人が大半なのね。どうしてそんな認識の違いが起こっているかというと、死んだチャバの町長がカグマン王国の王宮まで出向いて主権を譲渡した記録が残っているからなんだよ。死んじゃったから有耶無耶になっちゃったけど、それを知らずにパルクスはチャバ町に居座っているわけだから、敵国としては停戦協定を一方的に破棄したと思われても仕方ないよね」
謎の死にも裏がありそうだ。
「戦争が始まるかもしれないわけね」
ミルヴァが覚悟する。
「パルクスは敵国の動きを察知しているの?」
「残念ながら結婚のことで頭がいっぱいみたい」
「まぁ、わたしたちが知り得ることの方が人間社会では異常ですものね」
「でも、コルピアスのおじさんは警戒しているみたいよ」
「警戒って?」
「このところゴヤ町の神官長と一緒にいることが多いから」
「ゴヤ町に神官なんていたかしら?」
「春に、そう、オルバ王が暗殺された後に現れたけど」
「なんていう人?」
「ゲミニ・コルヴスだったかな? ちょっと前歴が分からないんだよね」
「神官だと大陸から招いた可能性もあるわね」
「うん、コルピアスのおじさんとも親しげだし」
「どんな会話をしていたか憶えてる?」
ビーナがカラス部隊からの報告を思い出す。
「町の教会に住んでいるから、カラスが聞こえるような場所で都合よく会話をしてくれないんだけど、聞こえる範囲では他愛のない話ばかりよ。ウチらのことを教えてあげたり、ブルドン町長について教えてあげたり、デモンの帰島が延期になったこととか、どれもウチらが知っているようなことばかりね」
ミルヴァが怖い顔をする。
「それって、コルピアスが情報をリークしているだけじゃない。いいえ、違うわね。コルピアスは元々敵国側の人間なのだから、カグマン王国にとって都合が良くなるように仕事をしているだけで、ごくごく当たり前のことをしていると考えた方がいいのかもしれないわね」
ビーナが問う。
「それってウチらを裏切ったっていうこと?」
「裏切りとは違うんじゃない?」
ミルヴァが難しそうな顔をする。
「わたしたちやブルドン町長の三組だけで村営について話し合っていた頃は間違いなく危険なリスクを冒してまで協力してくれた支援者だった。それがわたしとデモンの二人で町営について話し合いをするようになったから不信感を抱かせてしまったのかもしれない。ほら、反乱者を取り締まるために常駐させた五千人の皇軍の食糧まで負担させてしまったでしょう? それで王国側の有力者に相談するようになったというのは充分考えられるわね。だから裏切ったというか、スパイにさせてしまったのは、わたしたちのせいでもあるのかな」
珍しくミルヴァが自分を責めた。
「初めからスパイだったという可能性はないの?」
その問い掛けにミルヴァは答えなかった。
首を傾げたビーナが疑問を口にする。
「儲けることしか考えないアステア人が身銭を払うと思う? はっきり言って回収の目途が立つような投資じゃなかったと思うんだ。ウチらにとっては成功が約束された簡単な事業でも、人間にとっては高すぎるリスクだよ? 自分たちの土地に管理できるか分からない移民を受け入れるなんて怖いでしょう? きっとウチらが知らないところで保険をかけていたんじゃないのかな? それがカグマン王国による、ハクタ、ゴヤに続く三番目の貿易港の開港事業だったんじゃないの? そういう裏があったからチャバ町の町長が殺されて口を塞がれたのかもしれないんだし、コルピアスのおじさんに同情するのはまだ早いんじゃない?」
ミルヴァが微笑む。
「そうだったわね。負い目を抱かせるのがアステア人の常套手段だということをすっかり忘れていたわ。ジマ国の古代ウルキア人と一緒に暮らしていたものだから、わたしまで騙されやすい性格が移ってしまったみたい。コルピアスはアステア人だったのよね。そんな男が見返りも要求せずに、五千人分の食糧を提供するはずないか」
酷い言い草だけれど、ほぼ間違いないのが現実だ。
「でも、コルピアスが裏切ったという確たる証拠がないのも事実なのよね。敵側のスパイだとしたら、そのゲミニ・コルヴスだっけ? その親密にしている男も怪しいということになるけど、素性が分からないというだけでスパイ仲間と決めつけるわけにもいかないし」
ビーナが焦りを見せる。
「そんなこと言っても王国軍は戦争の準備を始めちゃってるんだよ? ウチらがコルヴスの素性を洗ってるうちに開戦しちゃうかもしれないじゃない? せめて、パルクスに対抗し得るだけの準備をさせた方がいいと思うの。下手したらミルヴァが連れてきた移民がみんな殺されちゃうかもしれないんだからね。そうなったらこれまでの六年間の苦労が全部吹っ飛んじゃうんだよ? それでもいいの?」
ミルヴァが腕を組んで熟考する。
「わたしたちの存在が相手側に知れ渡っている以上は、目立つような言動は避けた方がいいかもしれないわね。だからパルクスには王国側が戦争の準備を始めていると、わたしたちの方から伝えてはいけないの。警戒を煽るのも止した方がいいわね。ほのめかしたり、誘導したりするのもやめた方がいい。だって、わたしたちが王国側の動きに精通しているとなると、コルピアスよりもわたしたちの方がスパイとして疑われてしまうでしょう? それならまだしも、最悪の場合は無理やりスパイ容疑を掛けられて、不意に拘束されるかもしれないじゃない」
ただでさえ、魔女狩りの危険がある世の中だ。
「口を塞がれると魔法も掛けられないから、そういう不測の事態だけは避けたいのよね。大ババ様のように杖だけで魔法が掛けられるようになればいいんだけど、資質が違うのか、どうしても詠唱魔法しかできないんだもの。とにかく、魔法戦争のような能力勝負に持ち込めない以上は、魔力を隠しながら、人間社会のやり方で戦うしかないのよ」
ビーナが確認する。
「じゃあ、何もせずに王国軍の進軍を許すというの?」
コルピアスが敵側のスパイだとすると、今の私たちには勝ち目がないような気がした。
ミルヴァが頷く。
「そうね、今はまだ身の危険を冒してまで勝負に出る時じゃない。大陸に渡って、デモン・アクアリオスと一緒に仕事をして実感したんだけど、わたしたちだけでは、どうしたって国の運営なんかできっこないと思ったの。わたしたちが島を留守にした時に任せられる人間が必要なのよ。だって、征服するだけなら殺しちゃえばいいだけなんだけど、一人でも多くの人を幸せにしようと思ったら、ある程度は自分たちで努力してもらわないといけないでしょう?」
ミルヴァに心境の変化が訪れたようだ。
「女で一人旅をしているのは世界中を探してもわたしとビーナだけなんですものね。そんな不便な世の中を変えてあげるには、わたしたちの考えを拡散してくれる伝道士が必要になる。そろそろわたしたちも人間を信用してあげる時期にきているのかもしれないっていうわけ。それがブルドン町長であり、デモン・アクアリオスなんだけど、コルピアスに関しては、彼にも見極める猶予を与えてあげたいの。これまではよくやってくれたし、ひょっとしたらパルクスを始末してくれた方が得策かもしれないじゃない? だからゲミニ・コルヴスの素性も含めて、二人の動向をじっくりと探っていきましょうよ」
ミルヴァは王国から狙われているパルクスの命を助けるつもりはないようだ。そのことが心に引っ掛かってしまった。いや、彼の結婚相手であるマナン・リングが悲しんでしまうかもしれないというのが心苦しかった。
「そうだ!」
ビーナが何やら閃いた。
「だったらこうしましょ。何もしないというのはあまりにも芸がないじゃない? だからウチらで一芝居打つのよ。台本を用意するから、コルピアスの前でお芝居をするの。ウチらは王国側の動きを一切知らないという振りをしつつ、こちらの動きを相手に読ませる。そこでこちらの罠に掛かるような動きを見せるならば、コルピアスが敵側と通じている証拠になるでしょう? その時はコルピアスを反逆罪で処刑にして、ゲミニ・コルヴスも危険分子としてまとめて排除すればいいいいじゃない」
またしてもケール夫人の顔が思い浮かんで胸が苦しくなった。それでもビーナの案で話がまとまったので、横から意見することはできなかった。後はカイケル・コルピアスが私たちのことを裏切っていないことを祈るばかりだ。
その日のうちにミルヴァはリング領に滞在中の皇帝パルクスに宛てた手紙を書き、謁見の申し込みを行った。コルピアスにも手紙を書いて、古城へ出掛ける準備をさせるのだった。ブルドン町長は文字が読めないので護衛兵に口伝えで伝言を頼んだ。
ちなみにミルヴァが感心していたのは、島で作られている紙の質の高さだった。大陸産の紙とは原材料となる植物が違うようで、島固有の自生植物が紙の保存力を高く保っているという話だ。
島民が他の地域に比べて知的水準が高いのは、その質の高い紙のおかげだとも言っていた。貴重であるはずの紙が市場に流通しており、貴族階級だけではなく、一部の奴隷階級にも識字できる者がいるから驚きだ。
その質の高い紙がお芝居の台本にも使われているので、ビーナは面白い芝居を求めてゴヤ町だけではなく、ハクタ町や王都まで足を延ばすことが多いというわけだ。芝居の質だけならば、ガルディア帝国の帝都よりも上だと断言していたのが印象的だった。




