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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
155/244

第二十三話(155) オーヒンの発展

 百戸にも満たなかったオーヒン村が、現在は三千戸にまで家屋を増やし、それに伴って人口が一万人を突破した。それがわずか一年の間に起こったことだ。その景色を丘から眺めながら、ミルヴァがマークス・ブルドン村長の足跡を説明する。


「マークスが戦争ですべてを失った男なら、カイケル・コルピアスという男は、戦争ですべてを手に入れた男ということになるわね。同い年でありながら、生まれた場所で真逆の人生を歩むというのは、人間社会では往々にしてあることだけど、この二人が特異なのは、決して互いを敵対視しなかったことかもしれない」


 先住民系や身分が低い者を蔑む風潮があるように、貴族を必要以上に悪者に仕立て上げる風潮があるのも人間社会で、わだかまりを持たずに接するというのは、簡単にできそうで簡単ではない、というのが私の見解だ。


「赤毛のカイケル・コルピアスはアステア系マアス人で、先祖も戦争で儲けてきた人たちなのよ。フェニックス家が半島に出兵した時に進んで援助したことで王家の後ろ盾を得て、クルナダ半島の利権を持ちながら、カグマン島でも交易権を確保して、更にはハハ島からの穀物船を護送する仕事を一手に任されるようになったの。任されるのも当然よね? 穀物船の運航を妨害していた海賊団を雇っていたのがコルピアス家だったんですもの」


 魔法使いのミルヴァとビーナだから手にすることができた情報だ。


「アステア人というのは本当に商売がお上手で、カグマン国の大遠征の際も利益の追求を諦めないのよ。大陸のアステア系ヘパス人もそうだったけど、戦争に乗じて地質調査や人口調査などを行って安全に情報を集めてしまうのよね。それで二十歳のカイケルも遠征に志願して、王国軍という名の護衛に守られて島の情報を収集していったのよ」


 アステア人は故郷に執着しないといわれているが、それは世界のすべてを手に入れようとしているからだろう。しかも他民族に戦争をさせて、自分たちは利権だけを独占するという徹底したノウハウがあるのだ。


「カイケル・コルピアスが目を付けたのは、やはりわたしたちと同じオーヒン一帯の土地だった。他の者ならば鉱山資源がないので見捨てるのでしょうけど、彼にはそこが貿易港として最大の都市になることが分かっていたみたいね。ひょっとしたら近くに金山があることも承知しているのかもしれない」


 王宮の貴族や王国の臣民は北方地域という理由だけで蔑み、つまらないプライドのために、アステア人に将来有望な土地を盗まれようとしているわけだ。王都が『古都』と呼ばれる日もそう遠くないのかもしれないと思った。


「ただし、コルピアスにも悩みはあった。それはオーヒンの領有権がカイドル帝国にあるということだったのね。アステア人というのは自分の命を懸けてまで土地を手に入れる民族ではないから、今日まで放置せざるを得なかったのよ。彼らは他人に農地を開墾させて、収穫を見込めるようになってから争わせて、権利だけをいただくのがスマートなやり方だと思っているから」


 他者からは残虐に見えても、本人たちは美意識を持っていたりするのが人間だ。


「でも、できる限りのことをやっておくのもアステア人の特徴なのね。ブドウ畑で有名なマエレオス領があるでしょう? その隣の山もフェニックス家の荘園なんだけど、そのベントーラ領の領主の孫娘と結婚したのよ。あそこは加工しやすい石が多いから、わたしたちから見ても、すごく重要な場所だったのよね。最悪の場合、そこの領主にも魔法を掛けてしまおうかと考えていたところなの」


 石がなければ王城は建てられない。


「でも、その必要はなかった。カイケル・コルピアスは、わたしたちが望むことを先立って準備してくれていたんですもの。彼はベントーラ領が治外法権であることをいいことに、そこに王城を建てるという構想を抱いていたの。つまり城塞都市の設計ね。そのために計画を着々と進めていたようだけど、彼には一つだけ足りないものがあった。それが都市構想全体の指揮を任せられる現場監督だったのよ。十五年前にコルピアスはマークスに建築の仕事を辞めないように説得した過去があったみたいだけど、マークスは二度と家族を戦争に巻き込まないためにも固辞したみたいね。でも、その息子を助けるために、今回はマークスの方からお願いに上がったというわけ。教会の移築を了承してくれるなら、都市建設の現場監督を引き受けるって」


 マークス・ブルドンにとって、カグマン王国は家族の仇でもあったわけで、フェニックス家の縁戚者のために働くというのは抵抗があったことだろう。それでも息子のためにと覚悟を決めたわけだ。


「人間社会において、やはり手に職があるというのは、優秀さを見極める上で重要なポイントみたいね。また、カイケル・コルピアスが優秀な人材を放っておかなかったというのも大事なポイントかもしれない。カグマン王国の七政院では自分たちの立場を危うくさせるような人材を上から押さえつけるでしょう? その点、コルピアスは人種や出自に拘らずに味方に引き入れるんですもの。マークスが船を闇ルートで卸すことができたのも、コルピアスの仲介があったからみたい」


 アステア人は憎たらしいほどの商売上手だ。


「それでいて、恩を着せずに商売関係だけを維持するんだから、アステア人というのは本当にリスク管理も徹底しているのよね。今回はマークスがコルピアスに会いに行ったんだけど、二人が再会したのは休戦以来だから十五年振りなんですって。マークスの方から頼みにくるまで待っていたというのは、商売には根気も必要だって分かっているのよね」


 商売上手のアステア人と、侵略を続けるガルディア人との組み合わせが最も恐ろしいコンビで、今はガルディア系のフェニックス家が支配しているが、いつアステア人に乗っ取られてもおかしくない状況でもあった。


「カイケル・コルピアスがマークス・ブルドンとの交換条件に応じてから、すぐに教会の移築が始まったの。コルピアスのもう一つ凄いところは、マークスが神の声を聞いたことに対して疑念を一切持たなかったことね。つまり、彼は神を信じる人でもあったの。だから寒村に大聖堂を建てることに反対しなかったのよ」


 それはコルピアスにとっても神のお告げのように感じたからだと思う。


「ところが問題もあって、食糧はゴヤ町へ運ばれるはずの穀物船を海賊に襲われたことにして横流しすることに成功したんだけれど、人手だけはどうしても足りなかった。働かせるにも最低限の住環境が必要なんですもの。そこで二人が考えたのは、少し離れたところにあるチャバ町から人材を引き抜くことだったの。人材だけではなくて、木造家屋をきれいに解体して、そのまま町を移動させようと思ったのね。ところがそう簡単にいくはずがないじゃない? だから、そこだけは魔法で手伝ってあげることにした」


 ここで一気に歴史が加速したようだ。


「魔法といっても、無理強いしたわけじゃないのよ? チャバはカイドル帝国の南部最大の町で五万人以上は暮らしているんですもの。引っ越しさせるにも限度があるじゃない? だから優しい口調で『このままでは戦争に巻き込まれるから、マークス・ブルドンの聖堂を早く完成させなさい』って夢を見せてあげたの」


 それで一万人近くの住人が引っ越してきたわけだ。


「オーヒン村に移住してきた者にとって、マークス・ブルドンは神からの使者と同じなのよ。夢を見せた翌日に、マークスがチャバ町にやってきたんですもの。町民とマークスが互いを見て驚いていた顔は今でも忘れないわ。その日のうちに移築作業を始めて、村営と並行して聖堂造りが始まったのね。当初の計画よりも大きな聖堂を建てることができたのは、そういう経緯があったからなのよ」


 話し終えたミルヴァの表情は充足感に満ちていた。


「これからのことだけど」


 ミルヴァに今後の予定について聞いてみることにした。


「オークスのお世話が終わったわけだけど、次に私は何をすればいいの?」

「あなたは完成した、あの聖堂でお仕事をするのよ」

「お仕事って?」

「村人の悩みを聞いてあげて」

「聞いてどうするの?」

「あなたは聞くだけでいいの」


 そこでビーナが横から口を挟む。


「そうそう、悩みを解決するのはウチらの仕事だからね」

「あんなところで寝泊まりして大丈夫かな?」

「大丈夫よ」


 ミルヴァが太鼓判を押す。


「聖堂の警備はザザ家がしてくれることになったから」

「ザザ家って、ゴヤの色街にいたワル・ザザのこと?」

「そうよ」

「余計に心配なんだけど?」

「王軍や帝軍の兵士よりも、お金に忠実な私兵の方が安全だから」


 そこでビーナがアドバイスする。


「いざとなったら殺傷魔法で殺しちゃえばいいでしょ?」


 それができれば不安に思うはずがない。


「二人の側から離れないようにする」


 それを否定したのはミルヴァだった。


「ダメよ。わたしたちは他にもたくさんやることがあって忙しいんだから。食糧問題が一番なんだけど、穀物船だけに依存してしまうのは良くないでしょう? だから開墾して農業を始めたんだけど、それがどうも上手くいかなくて、専門外のマークスとコルピアスの二人が頭を悩ませているところなの。それで結局は他から農夫を引っ張ってくるしかないということになったわけ。後は輸送できる範囲で集落から作物を買い付けるみたいだけど、その交渉を見届けようかと思ってるのよ。できるだけ干渉しないようにとは思ってるけど、交渉団の旅の安全ぐらいは確保したいじゃない? 山賊や追い剥ぎは早めに駆除しておきたいものね」


 それは私にはできない仕事だ。


「あと、漁業も始めたんだけど、漁場を巡ってゴヤ町と揉めている最中なのよね。間に流れる川が国境線でもあるんだけど、『海まで分けたつもりはない』って言ってきかないのよ。でも、こちらとしても譲れない問題なので、操業を止めるわけにもいかないのよね。話し合いといっても、あちらはマークスを村長と認めていなくて、『帝都の役人を呼んで来い』の一点張りなの。わたしたちからしたら、ゴヤ町の役人連中なんて、いずれは全員クビにして、身分を剥奪して、抵抗すれば処刑するからどうでもいいんだけど、それもできれば干渉しないで解決してもらいたいから悩んでいるというわけ。とりあえず一方的な攻撃があった場合は、罰として溺死させようと思う」


 溺死させるというのは水魔法のことだろう。


「ビーナには引き続きカラス部隊を使って島中から情報を集めてもらうことになっているのよ。ほら、マークスは正式に村民から村長に選ばれたけど、もうすでに村の規模を超えているでしょう? 数年後には人口がチャバ町と逆転しているだろうし、そうなるとカイドル帝国の南部の行政区分も変わってくると思うのね。今は帝都のお城に動きはないけど、異変が伝わるのは時間の問題だと思う。だって、ほら、カグマン王国の王宮ではすでに話題にしている貴族もいるのよね?」


 ビーナが頷く。


「そうそう、オーヒンはカグマン王国にとって、北上ルートの重要な拠点でもあったから、そこに住民を移住させたのには何か理由があるんじゃないかと疑ってるみたいなの。大昔からの古戦場だから人が住みつかない所として有名だったらしいけど、それがいきなり一年で一万人も移住して来たんだもん。敵国の貴族が驚くのも無理はないよ。だからって何かできるってわけじゃないのよね。ピンポイントで会話を拾うというのもなかなか難しいし、気楽にやらせてもらうしかないんだ」


 それも私には出来ない仕事だ。


「ということで」


 ミルヴァが仕切り直す。


「マルンは聖堂で村人の悩みを聞いてあげてちょうだい。わたしたちで解決できそうな問題ならば、それをブルドン村長の手柄にすることもできるし、誰がどんなことを考えているのか、それが分かるだけでも無駄ではないわ」


 というわけで、この日から聖堂で暮らすこととなった。



 聖堂は三階建ての高さがあり、屋上に釣り鐘が吊るされていた。一階部分は礼拝堂になっていて、誰もが参拝することができるようになっている。ご神体を置いていないのは、そこが攻撃対象とならないようにするためだった。


 礼拝堂に足を踏み入れると、久し振りにお家に帰ってきたような感覚を得ることができた。吹き抜けの大ホールとなっていて、まるで卵の中にいるかのように感じられた。設計者の意図は分からないが、この聖堂は間違いなく地教の聖堂だ。


 聖堂に隣接するように二階建ての木造家屋が建てられており、その建物を修道館と呼び、そこで修行者が集団生活を送ることができるようになっていた。男子禁制で、すでに私以外にも黒衣を纏った女たちが生活していた。


 そこではミルヴァとビーナが、なぜか『先生』と呼ばれており、私のことも同じように『先生』と呼ぶのだった。意味は分からなかったけど、悪い気はしなかったので、そのまま呼ばせることにした。


 聖堂の警備はザザ家の用心棒が務めていた。というよりも、公的な警備兵が一人もいないので、村全体をザザ家で守っている感じだ。たとえば荷馬車の護衛から、海岸や国境線の警備など。


 ブルドン村長にザザ家を引き合わせたのはミルヴァだった。私兵を必要としているという話を聞きつけて、ワル・ザザのところに話を持ち込んで、それからコルピアスの了承を得て、オーヒンの施設警備を担当することになったわけだ。


 現時点で、ミルヴァと面識のある者はブルドン村長とコルピアスとワル・ザザの三人しかいない。それも魔法使いとしての正体を知られているわけではなく、大陸からの巡礼者の一人という認識だ。


 彼らにとって博識のミルヴァは、まさに『先生』という立場であった。コルピアスに至っては、一度も魔法を掛けていないのに、幸運をもたらす守り神のように崇めるのだった。


 ここで一つ学んだのは、直接魔法を掛けなくても、人間は信じたいものがあれば、それを勝手に信じてくれるということだ。魔法を掛けたブルドン村長よりも、コルピアスの方がよりミルヴァを神聖視しているのが興味深い点であった。



 次の一年に向けて、ブルドン村長は造船に力を入れ始めた。ベントーラ領で王城を築くにはとにかく人手が足りないということで、半島で仕事のない者を移住させて、労働力に変えようと逆算した結果、大量の輸送船が必要と考えたわけだ。


 船を完成させると、次々と半島に向けて出航させるのだった。その際にブルドン村長の反対を押し切って、コルピアスと一緒にクルナダ半島へ渡ったのがミルヴァだった。それも、すべては彼女の計画だ。


 ミルヴァに誘導されているとも知らずに、大量の移民がオーヒン村へと流れ着いてきた。帰港した船の乗組員の顔を見ると、全員がまるで自発的に新天地へやってきて、開拓者にでもなったかのような表情をしているのである。


 オーヒン村の港で移民を降ろし、すぐに住民登録の代用として身体に刺青を彫るのだった。それから六人ずつで小隊を組ませて、小隊長に全員分の衣服などを付与して、十個連隊としてベントーラ領へ向かわせるのだった。


 向かった先のコルピアスの荘園では、王城を築く仕事に従事させる予定だそうだ。主に石運びをやってもらうということで、十代後半から二十代後半までの若い男が中心だった。


 赤毛や灰色の髪を持つ者がほとんどで、その多くが縮毛であることから、クルナダ国にいても要職どころか、仕事すらさせてもらえない人たちだということが見て取れた。


 そんな彼らにとって受け入れてくれたベントーラ領は、まさに天国のような場所かもしれない。若い時にしっかり働けば、老いてもちゃんと食糧が配給されるという取り決めもあるからだ。


 石運びという労働さえ怠けずにやっていれば、それが納税の代わりとなり、住むところを保証され、食糧も配給されるし、衣服も与えられ、お酒も飲めるしで、まさに至れり尽くせりといった感じだ。


 築城作業の前に、城下町の整備から始めた。ブルドン村長が現場を監督して、住環境を整備しながら仕事を覚えさせていくわけだ。移民には男と同数程度の女も必要ということで、食事の用意や水運びなどをやらせていた。


 移民の受け入れに成功した一番の要因は、コルピアスが希望を与えたというのもあるし、ブルドン村長の指導力も抜きにしては語れないけれど、最大の要因はやはり食料自給率が年単位で百パーセントを超えていたことが一番に挙げられる。


 保存食の加工場が上手くいっているのも、畜産が成功しているのも、その大部分はアント・セトゥスのおかげだと聞いている。オーヒンの北西部に広大な荘園地を有している男が協力したから移民政策が成功したわけだ。


 元々はカイドル帝国出身の豪族の出で、旧都があったリング領を守護していたそうだが、遷都後はあっさりと王国側に寝返り、王族の縁者を迎えて、そこを荘園地とし、戦争に協力する取り決めを結んで生き残ったという歴史がある。


 その変わり身の早いセトゥス家の当主が、周辺地域の情勢を見て、コルピアスに協力を申し入れたわけだ。その読みは正しいと思う。国同士は休戦中でも、島から紛争がなくなったわけではないからだ。


 加えて、セトゥス領は古くから有名な酪農地ということもあり、森で放し飼いをしている豚が狙われるということで、武装を強化するベントーラ領と早めに提携するのが最善の判断でもあったからだ。

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