第二十一話(153) 王の器
今は何もないオーヒンの浜辺に立ちながら、私たちは夢を語り合っていた。ミルヴァは平和な世界を望み、ビーナは芸術やスポーツに溢れた世界を望み、私は彼女たちのお手伝いをすることを望んだ。
「楽しい未来の話はそれくらいにして」
ミルヴァが気を引き締める。
「そろそろ現実的な話をしましょうか。芸術にしてもスポーツにしても、人口を増やさないことには始めようがないでしょう? 現在は百戸にも満たない、しかも家屋とも呼べない、まるで犬小屋のような民家が点在しているだけですものね。村長と呼ばれている人もいないから、記録上は村ですらないのよ」
ゴヤ町から追い出された人たちの集まりなので、全員が悲惨な暮らしをしていた。徴兵すらされない、つまり信用して働かすことができないので、奴隷にすらなれない人たちだ。
「新しい国を作るにはどうしたらいいかというと、先住民のいない土地があればそれに越したことはないでしょうけど、この島ではそうも言っていられないでしょう? だったら方法は限られてくるの。今回の場合は、集落を村にして、自衛可能な状態まで発展させたところで、土地の領有権を持つカイドル帝国に独立を認めさせるしかないのよね。それにはまず村長を見つけなければならないの。いずれはオーヒン国の初代国王になる人間だから、ここの人選は凄く大事よ」
そこでビーナが訊ねる。
「あれ? ミルヴァが国王になるんじゃないんだ?」
「当たり前でしょう?」
「え? なんで? 女王国にしないと意味がないのに」
「わたしが表舞台に立ったら、建国する前に殺される」
「そんな奴らは石像にするか雷を落として殺しちゃえばいいじゃない」
「笑顔で近づいて、背中に短剣を隠し持っているのがガルディア人なのよ?」
「剣聖モンクルスは暗殺者も返り討ちにしたけど?」
ミルヴァが呆れる。
「それはお芝居の中の話でしょう? もう、いい加減にして。それよりビーナ、あなたも目立たないように心掛けないとダメよ。言うのを忘れていたけど、明日から日が出ている間は風を使っての移動を禁止します。この島はとにかく狭いから、常に人の目があることを忘れないで。特にマナン・リングの住んでいる山には近づくのも止しましょう」
マナン・リングはオーヒンの隣の山に住んでいる女王だ。
「マナン・リングって何者なの? 皇女ではないんだよね?」
ビーナの問いにミルヴァが答える。
「わたしもまだ調べている途中だけど、どうやらマナン・リングの先祖がカイドル帝国の初代皇帝だったみたいね。家名は伝わってないけど、おそらく女帝ウインのことだと思う。その女系の直系子孫を代々守り続けているのがリング領の人たちなのよ。元々カイドル帝国の帝都がリング領にあって、遷都して現在の北東に王城を構えるようになったみたいね。あそこは険しい山や渓谷が天然の防壁になっているから選択は正しかったと思う。それと同じくらい、ウインの子孫を守るために帝位を子どもに継がせなかったのも正しい選択だったのよ。フェニックス家も所詮はガルディア人と同じなのだから、女王国を存続させていたら停戦せずに根絶やしにするまで戦っていたことでしょうからね」
始皇帝は古代ウルキア人の女だった。
ここでミルヴァが仮説を立てる。
「これは完全に根拠のない憶測なんだけど、この女帝ウインというのは、わたしたちと同じ魔法使いだったんじゃないかって思うのよね。カイドルでは足の速い女が優れた女性の特徴として挙げられるんだけど、これってウインが風使いだったっていうことにならない? 莫大な量の金が眠っているリング領の山を守っているのは、彼女が地中の金属を見つけ出す魔法が使えたからだと思うの。他にも、この島の馬は大陸産よりも大きいわよね? しかも速いし、疲れにくい。これはビーナと同じ動物使いでもあったと思うんだ。といっても、その馬力に勝る軍馬がすべてカグマン国に盗まれてしまったみたいだけどね。本当にフェニックス家というのはガルディア人らしく、盗みと真似しかできない無能な王族なのよ」
ミルヴァは女を政争の道具にしているフェニックス家に怒っていた。後継者の男児を産むことができない女を病気と称して毒殺した歴史があったらしく、それでジス家と共に根絶やしにしなければならないと心に誓っているというわけだ。
「人間社会を見てきたから、あなたたちも分かっているでしょうけど、国王というのは愚か者でもなれる職業なのよ。そもそも世の中がこうも間違いだらけなのだから、むしろ愚か者こそ国王に相応しい職業といえるわね。でも、わたしたちが作り直す世界ではこれまでと同じようにはさせないわよ。間違ったことをすれば、国王でも裁かれるのが正しい世の中ですものね」
そこでミルヴァが話を戻す。
「本当はマナン・リングにわたしたちの国の国王になってもらいたかったのよね。この島には彼女ほど女王に相応しい人がいないんですもの。でも、かなり厳重に守られているので領内に踏み込むのも危ないの。だから近づくのは止しましょう。リング領というのは『勝手に入れば二度と出ることはできないけれど、入らなければ危害が及ぶことはない』と言うし、彼女にお願いするのは全島を統一してからでも遅くないわ。その時はリング領の領主も代替わりしているでしょうけど、それならそれで構わないのよね」
私たち三人だけが年を取らないというのが利点でもあり難点でもある。
「彼女がダメでも、国王候補は他にもいるの。といっても、マナン・リングと比べると見劣りするんだけどね。それでも、どうせわたしたちが実権を握るのだから、繰りやすい人の方がいい場合もあるでしょう? 早い方がいいと思ったから、見つけておいたんだ」
ということで、オーヒンの村長候補に会いにゴヤ町へ向かった。
ゴヤ町はカグマン王国の領土で、ハクタ町と並ぶ二大交易港として知られている港町だ。人口も王都とハクタに次いで三番目に大きな町だそうだ。都市部だけで推定三十万人はいるはずだが、記録では十万人以下と記されていた。
これは身分を持たない者を人間としてカウントしないので、実態と記録に大きな誤差が生じてしまうのだそうだ。納税できない者を人間扱いしないことで罰を与え、それによって逆説的に納税者を守ったり優遇したりしているわけだ。
ゴヤ町の中心地では納税者の居住地があり、そこでは警邏隊が常に見張っているので治安が良いけど、町外れでは何が起きても見て見ぬ振りという実態もある。一度でも居住区から追い出されると、這い上がるのは不可能というわけだ。
修行者である私たちから物を盗もうとしたり、服を脱がせようとしたりする者には、ミルヴァは容赦なく雷を落とした。他にも『海に落ちろ』と声を掛けるだけで、息を詰まらせて窒息死するのだった。
長旅をして感じたことは、物資を狙った盗賊とは滅多に遭遇しないけれど、服を盗む追い剥ぎがとにかく多いということだ。命までは取られないけれど、遊び感覚でやる者もいるので注意が必要だった。
ゴヤ町は活気に溢れていた。漁師町でもあるので、昼前に仕事を終わらせる人が多いようだ。男たちが獲った魚を加工するのが女の仕事で、港にある加工場では多くの女たちがせっせと魚を捌いていた。
仕事を終えた男たちが向かう場所は酒場を中心とした繁華街と決まっているようだ。賭け事に興じたり、女を買ったりと、そこは大陸の主要な都市と変わらなかった。交易商もいて、大陸の珍重品で競りが行われることもあるようだ。
この町でも演劇は人気があり、何人もの男が順番に剣聖モンクルスを演じるのだった。シナリオにロマンスがないのは、モンクルス本人が結婚していないからで、そこら辺は現実に即しているようだ。
「十年」
劇場を出てからミルヴァが宣言する。
「いや、五年後にはここのお客さん全員をオーヒンの劇場に集めるの。十年後には十万人、三十年後には百万人と、家族単位で増やしていけば、百年後には世界で一番の都にすることができるでしょう? 大陸の貿易商や行商人を集めるにはオーヒンに来れば必ず儲かると思わせないとダメね。でも銀貨を吐き出すだけでは貨幣経済を安定させることはできないから、輸出品になりそうな物があるか、じっくりと調べてみる必要があるわね」
ミルヴァならば一千万都市にすることも不可能じゃないと思った。
「それよりも村長候補だったわよね。紹介するから、ついて来て」
ミルヴァが向かった先は色街だった。
「ねぇ、ミルヴァ、ここがどこだか知ってるの?」
「売春宿でしょう?」
「知ってて連れてきたんだ?」
「当然でしょう?」
そう言って、周囲の目も気にせず街中を堂々と歩いて行くのだった。好奇な目で見られているが、黒衣を着ているためか、通行人や立ち飲みしている連中から誘われることはなかったが、卑猥な言葉はあちこちから聴こえていた。
「ああ、いた、いた」
ミルヴァが売春宿の入り口で見張りをしている男を指差した。
「あの男をオーヒンの村長にしようと思うの」
表情がなく、怖そうな顔をしている大男だ。おそらく売春宿の元締めに雇われた用心棒なのだろう。黒い癖髪ということは、南方系の先住民をルーツに持っているということになる。つまり、カグマン王国では身分が与えられない人間だ。
「冗談だよね?」
ビーナの言葉にミルヴァが問い返す。
「冗談って、何が?」
「ウチらは国王候補を探してるんだよ?」
「わたしもそのつもりだけど?」
「あんなのを国王にするつもりなの?」
「あら、ワル・ザザは誠実な男よ?」
それが用心棒の名前のようだ。
「男社会の犠牲になっている女たちを暴力から守ってあげているの。最も弱い女たちの為に命を懸けることができる男なんて滅多にいないでしょう? 弱者の為に身体を張れるなんて、まさに王様に相応しいじゃない。ワル・ザザこそ、オーヒンの国王に相応しい男よ。それに最初は軍隊なんて持てないんだから、自分たちの村くらいは自分たちで守ってもらわないといけないでしょう? そういう意味でも村長はワル・ザザにしか頼めないと思うの」
ビーナが一蹴する。
「筋肉しか取り柄のない男はやめて」
「強靭な肉体を磨き上げる精神こそ称賛すべきでしょう?」
「褒める頭はないってことね」
「それは、あなたの好きなモンクルスも一緒でしょう?」
「違う。剣聖は常に頭で勝ってきたの」
「頭で勝ったのはジェンババの方でしょう?」
「違う違う。実はそれ逆なんだよ」
色街の通りの真ん中で言い争いが始まった。
「よぅ、ねぇちゃんら、どうしたよ?」
そこへ三人の酔っ払いが絡んできた。
「迷子にでもなっちまったか?」
「へへっ、オレたちが道案内するぜ?」
ミルヴァが三人と対峙する。
「あなたたちに用はないの。勝手に話し掛けないでちょうだい」
その言葉で魔法が掛かったのか、三人とも口をもごもごするのだった。
自分に何が起こったのか分からず、取り乱している。
するとミルヴァに掴み掛かろうとするのだった。
しかし、その手を掴んで捻り上げる男がいた。
ワル・ザザだった。
喋れなくなった酔っ払いをあっさりと片付けてしまった。
左腕一本しか使わないのは彼なりの慈悲だろうか?
三人が走り去るのを見届けてから、右手で天に祈りを捧げるのだった。
なぜか周囲の傍観者から拍手が沸き起こった。
しかし、ワル・ザザの表情は無表情のままだった。
冷たい目でミルヴァに警告する。
「お嬢ちゃん、ここへは来ちゃいけないって言ったはずだ」
ぶっきら棒な喋り方だけど、女には優しいようだ。
「もう、二度と来ちゃいけない」
優しい助言だけれど、目は怖かった。
「分かったら、さっさと帰りな」
一方的に伝えると、売春宿に帰って行くのだった。
オーヒン村に戻ってからも彼女たちの言い争いは続いていた。夕暮れの浜辺で若い黒衣の少女が口喧嘩をしているのだから、傍から見たら異様に映るだろう。しかし日没前だったので彼女たちを止める者は誰もいなかった。
「とにかく、あんな男を村長にするくらいなら、ウチは降りるからね」
「降りるって、どういうこと?」
「何もかもやめるの」
「やめてどうするつもり?」
「劇団を旗揚げする」
「また、お芝居」
「また、そうやってバカにする」
「だってバカじゃない」
「バカなのは芸術を理解出来ないミルヴァの方でしょ?」
「わたしは真の芸術を理解できない人間たちとは違う」
「真の芸術って、なに?」
「わたしたちがやろうとしていることでしょう?」
「だから何よ?」
「この地球上のすべてを美しい世界に作り替えるのよ」
「それが、あんな醜男を村長にすることなの?」
「美醜は関係ないでしょう?」
「関係あるの!」
「村長を見た目で決めろというの?」
「そう。それが人気のある芝居と人が集まらない芝居の違いなんだもん」
「また、お芝居」
「人間社会では大事なの」
「それはお芝居の話でしょう?」
「一緒よ、もうすでに民主政治、つまりは選挙制度だってあるんだし」
「だったら、尚のこと中身で決まるんじゃないの?」
「まだ人間社会にそんなこと期待してるの?」
「わたしが作り直した世界では、政策によってリーダーが選ばれるの」
「夢見ないで」
「どうして? 当たり前のことでしょう?」
「それが当たり前にならないのが人間社会なの」
「だったら、何が大事だっていうの?」
「政治家もお芝居と一緒で、衣装や化粧や小道具や、なにより台本が重要になるんだって」
「また、お芝居」
「ミルヴァだって、初めて人間に魔法を掛けた時は演出を必要としたでしょう?」
そこでミルヴァが天を仰いだ。
どうやら初心を思い出したようだ。
今回の口喧嘩はビーナの勝ちだ。
「ごめんなさい」
ミルヴァがビーナの手を取って謝罪した。
「わたしには参謀役を務めてくれる、あなたの力が必要だということを忘れていた。そのために一緒についてきてもらったのに、危うく独裁者になるところだったわ。これでは人間のことを笑えないわよね。本当にごめんなさい。今回はあなたの意見に従うことにする」
切り替えの早さがミルヴァの頭の回転の速さでもある。
「あなたはどういう人が村長に向いていると思うの?」
しばらく長考して、ビーナが静かに語り始める。
「これは『オーヒン国をたった一人で建国した偉大なる初代国王の一代記』というお芝居を創作するつもりで考えればいいの。その男が死んだ後に、誰もがオーヒン国の国王を演じることに憧れ、観客がその芝居を何度も観たいと思うような、そんな男を村長にすればいいのよ。これは実力で皇帝が選ばれるカイドル帝国だけではなく、厳しい身分制度下にあるカグマン王国の庶民の方が、この成り上がりの英雄譚に熱狂するかもしれない。身分の低い者たちに夢を見せることができたら、フェニックス家の絶対王政を打倒するのも夢ではないわ。ウチらが直接手を下さずとも、王宮は足元から崩壊することでしょう」
ビーナには劇作家の才能がありそうだ。
「カイドルの皇帝ではなくて、オーヒン国の初代国王というのが大事なポイントね。多くの兵士を抱えているわけではないのだから、軍隊を統率する力はまだ必要ないの。それは軍隊を持った時に別の人に任せればいいんだもん。じゃあ、何が必要かっていったら、オーヒンは資源が一つもないんだから、その何もない土地から金を生み出す力が重要なのよ。それには手に職を持っている人間じゃなければならないわよね? それと見た目、つまりはルーツよね。これから二つの大国に挟まれた狭い土地で人口を増やそうと思ったら、先住民と移民、その二つの血が混ざっている人間が理想だと思う」
その言葉を受けて、ミルヴァはマークス・ブルドンという男を見つけ出した。




