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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
148/244

第十六話(148) 帝都ガルディアへの旅

 軍部からの命令により、ガルディア帝国領の国々では負傷兵の治療が義務付けられていた。それはポロー領も例外ではなく、十万の本隊が去った後も、治療所では特に重傷の負傷兵が現在も数百人程度保護されているのだった。


「ガルディア兵は一人残らず殺してしまいましょう」


 一夜明けて、身支度を整えた後に一息つくミルヴァが決意した。


「そんなことしてポロー王に迷惑が掛からない? だって治療するように命令されてるんでしょ?」


 ビーナが危惧した。


「大丈夫よ、完治させろとは言われてないみたいだし」

「でも、五百人くらいいるみたいだけど?」

「重傷者ばかりだから死んでも不自然ではないわ」


 ミルヴァが花茶を飲みながら優雅に持論を補強する。


「それに負傷兵が滞留しているからポロー王も避難させた領民を呼び戻すことに躊躇しているのでしょう? 皇帝に仕える兵士は天兵ですものね。兵士が悪事を働いたとしても、己の判断だけでは裁けないのよ。仮に自衛のために殺したって、責任を取らされるのはポロー王の方なのだから。ここは、わたしたちが裁いてあげないと」


 ということで、治療所となっている兵舎へ向かった。



「祈りを捧げたいのですが、よろしいですか?」


 ミルヴァが軍医に許可を願い出た。


「結構ですよ。陛下からの許可も出ておりますので」


 いつものことながら、そこら辺の根回しは完璧だ。


「それでは始めさせていただきます」


 そう言って、病室のベッドで治療を受けている負傷兵を見下ろした。


「祈りなんかいらねぇ。欲しいのは薬だ」


 兵士が拒絶した。


「このままじっとして、ゆっくりと休むのです。いいですか? ゆっくりですよ?

そうすれば二、三日もすれば痛みの意識は消えてなくなります」


 その言葉を聞いた途端、兵士はすぐに寝息を立てるのだった。

 軍医が驚く。


「こりゃ、たまげたな。この者は痛くて眠れないと言っていたのですよ?」

「神に祈りを捧げただけです」

「さすがはウルキアの修行者様だ。神はまだお見捨てになってはいないようだ」

「日が昇る方に祈りを捧げるのです」

「ええ、もちろん。そうしていますとも」

「では、あなたの祈りが通じたのでしょう」

「あなた様が仰られるなら、そうに違いありませんね」

「ガルディアの監察官にはご内密にお願いします」


 王城には監視目的のガルディア兵の高官が残っていた。

 軍医が頷く。


「心配無用です。仮に説明したところで、信じることはできないでしょう。肝心の信じる心がないのですからね。負傷兵からの聞き取り調査を優先して、無理に話をさせるものですから、自らの手で死に至らしめる始末です。まぁ、あの男も責任を負わされる恐怖に怯えているんですけどね」


 それからミルヴァは監察官の目を避けつつ、病室を移動しては次々と負傷兵に祈りを捧げるのだった。同じような言葉で眠らせていくのだが、痛みが消える日数は人によって変えていた。これは自然死を巧妙に装うためなのだろう。


 まず『じっとして』という言葉で身体の自由を奪い、『ゆっくり』という言葉で突然死を回避させて、『意識が消える』という言葉で死に至らしめる。これは時限つきの死の魔法だった。


 負傷兵が簡単にミルヴァの魔法に掛かってしまうのは、負傷兵の心の中に痛みから解放されたいという欲求があるからで、その欲を上手く利用したわけだ。つまり負傷兵の方から望むように魔法を受け入れているということになる。


 その心理を巧みに利用できるから、ミルヴァは自身の魔法を強大に増幅させることができるわけだ。言葉を掛けるだけなので簡単そうに見えるけど、相手の心理を読むことができないと魔法を掛けることはできない。


 それから負傷兵全員に、遅くとも半月以内に死ぬように魔法を掛けてからポロー領を後にした。別れ際にミルヴァがポロー王から石像のモデルにしたいとの申し出を受けたが、それを彼女は断って、私たちが訪れたことを口外しないようにと約束させるのだった。



 山間の寒村では脱走兵による暴行や略奪の被害が相次いでいた。戦争は血を混ぜるための生殖活動の一部にすぎないという割り切った考え方もあるけれど、それを肯定するビーナではなかった。


「ここも子どもが殺されてる」


 抵抗を試みた農夫の死体や裸にされて死んだ女たちの死体を見ながらビーナが怒る。


「ガルディアには犯罪者しかいないんじゃないの? 『人間は誰しもが原罪を背負っている』っていうレベルの話ではないよ。欲望のままに罪を犯してるんだもん。これって完全に罪の意識が欠落してるよね? 罪悪感を持てないっていうことは、それが悪い事をしているという意識がないからだよ。ガルディア人が囚人の末裔っていうのは本当のことかもしれない。ガルディア人にとって、技術は盗むものであり、資源は奪うものであり、女は暴行するものなのよ。囚人の末裔だから、悪人が守られるの。それだけではなく、奪われた者や暴行された者の方が悪いと思っているに違いないわ。完全に盗人の発想よね。囚人の末裔が自己弁護に励んでいるんですもの。そんなんじゃ、世の中が良くなるはずがないじゃない」


 そこで顔の原型を留めていない女の死体を見ながら溜息をついた。


「ガルディアの女たちも情けない。結局、盗人の子どもを産んで、その子どもも盗人にしてしまうんだもん。自分の子どもがこんなことをしても、何とも思わないで子作りに励むのよ? 自分たちに責任があるって、どうして思わないのかな?」


 ミルヴァが即座に否定する。


「女に責任を求めるのは、それこそ、あなたが自分で言った盗人の発想じゃない。ガルディア人がわたしたちの神を盗んで、その上で男神崇拝にすり替えたのは、女から力を奪うためでもあったのでしょう。母神を奪われた女なんて非力なものよ。産む道具としか扱われないんですもの。それでどうしてガルディアの女を責めることができるというの? 女が悪者になるように巧妙に誘導するのも、盗人であるガルディア人の悪知恵なのよ。あなたがその術中に嵌まってどうするの?」


 その言葉を受けて、ビーナは村人の埋葬作業を始めるのだった。



 それから歩みを止めずに歩き続けてエルキュリー領に入った。旅人が羽根を休める場所ということで旅の都とも呼ばれているところだ。ガルディア帝国の旧都でもあったが、西側の支配を強めるために遷都したという歴史がある。


 そこから南下したところにアウス・レオス大王が生を受けた古都がある。南征を終えた時点では世界の中心であるかのように栄華を誇っていたが、レオス家が断絶してからは、ガルディア帝国に統治されたという経緯がある。


 結局ガルディア帝国の繁栄というのは、遡ればアウス・レオス大王が様々な文化や植物の種などを自国に持ち帰って、発展させたり改良したりした歴史があり、それらをすべて略奪したことで得られた結果にすぎないというわけだ。


 北方の雪深い地域には先住民族がいて、戦いの歴史も数多く残っているのだが、ガルディア人が記録する資料には一切記載されることがないのは、先住権の記録すら略奪の対象だからだ。人間界で侵略者が英雄視されるのは、征服者が多数派になるからだろう。


 一方で、西の果てに向かった先住民は『忘れられた民族』とも呼ばれ、意外なことにウルキア人と同じ宗教や文化を継承しているから面白かったりする。原始的な生活をしている民族も存在するが、近代的な暮らしをしているガルディア人と知的レベルは変わらない。


 それなのに争い事を避けて僻地で暮らしている人を『蛮族』と呼ぶのが人間界最大の不思議だ。私にはガルディア人のように大量虐殺をしている民族の方が遥かに野蛮に見えるのだが、人間にはそれが反対に見えるらしい。本当に人間の価値観とは分からないものだ。



 エルキュリー領に入ってからは治安の悪さを感じるようになったので、日中は極力人目を避けることにした。旅の都といっても自由に旅行や巡礼ができるわけもなく、あくまで交易路が存在しているにすぎないからだ。


 女三人で宿場町や城下町を歩けるはずもなく、常ににおいや音で人の気配を気にしながらの移動となった。幸いにして能力の高いビーナがいるので賊に不意打ちされることはなかったのだが、問題はミルヴァがわざと賊に襲わせようとすることだった。


 バクス領に向けて北西に進路を取り、お世話になった村を出たところで、ビーナが山賊に尾けられていることに気がついたのだ。山賊が滅多に村人を襲わないのは、畑の作物を盗むためには生かしておく必要があるからで、だから私たちに狙いを定めたのだろう。


「何人いるか分かる?」


 ミルヴァの問いにビーナが答える。


「十人はいるけど?」

「それが嫌がらせばかりする隣村の連中というわけね」

「ウチらが村を出るのを待ってたんだと思う」

「護衛が不十分な旅人を襲っているのは連中の仕業というわけね」

「どうする?」

「民泊させてもらったお礼に殺してあげましょう」

「十人もいるけど?」

「落雷で一発よ」


 ここへ来るまでに一度だけ五人の山賊と遭遇したことがあって、その時に『雷!』と叫んで全滅させたことがある。今度は人数が増えても魔法が効くのか試してみるようだ。用心するのは弓矢で足を狙われないようにするだけだ。


「二手に分かれて、一組が先回りしようとしてる」


 林道に入ったところで、ビーナが教えてくれた。


「挟み撃ちするわけね」

「武器を持ってるみたいだけど、鉄であること以外は分からない」


 それをビーナはにおいだけで判別したようだ。


「大丈夫、一気に片を付けるから」


 そのまま歩いていたら、予想通り木陰から山賊が現れた。


「へへっ、見ろよ、いい女だぜ」

「グヘヘ、まったくだ」


 そう言って、だらしない口から流れたヨダレを拭った。

 振り返ると、後ろにも山賊がいた。

 十人の山賊に囲まれた状態だ。


「早くひんむいちまおうぜ」

「おし、かかれ!」


 ミルヴァが叫ぶ。


「雷!」


 すると山賊が身体を痙攣させるのだった。

 まるで感電死したように、その場に全員倒れ込んだ。


 いや、一人だけ立ち尽くす者がいた。

 何が起こったのか分からず、あたふたしている。

 ミルヴァが続けて叫ぶ。


「雷よ、落ちろ!」


 次の瞬間、お腹を押さえて、男は前のめりで倒れ込むのだった。

 でも、それはミルヴァの魔法が効いたからではなかった。

 ビーナが槍を拾い上げて、男の腹部に突き刺してくれたからだ。


「はぁ」


 溜息と共に、ビーナが腰を抜かした。


「大丈夫だった?」


 ミルヴァが気遣うが、ビーナが腹を立てる。


「大丈夫なわけないでしょう?」

「ごめん、全員には効かなかったみたい」

「殺されてたかもしれないんだよ?」

「だから『ごめん』って言ってるでしょう?」

「これは謝って済む問題じゃない」


 ビーナの言う通り、魔法が効かなかった男が状況を把握することができずに、よそ見をしてくれたから先に槍を突き刺すことができただけで、訓練を積んだ槍兵が相手だったら先に攻撃を受けていてもおかしくなかったのだ。


「これは全員で反省しましょう」


 ミルヴァは時々ずるい言い方をすることがある。


「なんでウチまで反省させられるのよ?」


 ビーナの言い分は尤もだ。

 ミルヴァが説明する。


「もしもの時に物理攻撃でしか対処できないというのは問題でしょう? マルンもそうだけど、黙ってないで、ちゃんと一言で息の根を止める言葉を考えておかないとダメよ。わたしも『雷』以外の言葉を考えていなかったから、今回は反省する」


 私に詠唱魔法の才能、というか、素質はない。

 ビーナが立ち上がって、お尻についた土を掃う。


「でも、何を言っても魔法が効かない人間がいるんじゃないの? 雷を知らないはずがないし、打たれたらどうなるか分からないはずがないよね? だとしたら、魔法が効かない人間もいるって考えた方がいいんじゃない?」


 ミルヴァが青空を見上げる。


「今回は気象条件が悪かったのかもしれないわね。晴れていても近くに雷雲があれば轟音が響き渡ることがある。でも、それを経験したことのない者に落雷の魔法を掛けても、青空の下ではイメージさせることが出来ないのかもしれない。詠唱魔法というのは、掛ける相手に依存してしまうので相性が生まれてしまうんだわ」


 つまり全体攻撃であっても、必ずしも全員に同じ効果を与えられるとは限らないということだ。異なる言語であっても唱えただけで効果を与えられるのは最高レベルの魔法士だけなので、ミルヴァであってもまだまだレベルが足りていないということだろう。


 魔法を掛けるには、まず相手を知ることだ。今回は相手にイメージさせることが出来なかったから効果を与えることができなかったけど、落雷に対する恐怖心がない者ならば、それも同様に効果を与えることが出来ないだろう。魔法は本当に奥が深い。



 それから休むことなく歩き続けて次なる目的地となるバクス領に辿り着いた。そこでガルディア帝国軍の敗残兵である十万の本隊に追いつくことができた。こちらは昼夜を問わず、しかも疲労を考慮せずに移動できるので可能となったわけだ。


 ガルディア帝国軍がバクス領に立ち寄ったのは、そこが酒の都とも呼ばれているからだ。おそらく出征前から帰還の際は経由ルートとして組み込まれていたのだろう。予定外なのは、それが勝利の美酒から、死者をいたむ惜別の酒へと変わったくらいだ。


 バクス領はブドウ酒の産地として有名で、帝都の酒造庫とも呼ばれているところだ。帝都が都を遷したのは『ブドウ酒に旅をさせないためだ』と信じる者もいるくらいである。


「朝っぱらから酒盛りを始めるみたいね」


 城下町を見下ろす山の中腹で、木に登って町の様子を眺めているビーナが呟いた。先頭の到着が前日の日没前で、しんがりの到着は夜明け前だった。それでも統率が執れている方だろう。それを先回りして観察していたのだ。


 皇族筋の指揮官らは王城に入り、比較的に身分の高い者が市街地に入って、残りの九割以上がテントを張っての野営だ。それが当たり前なので不満顔の者はいなかった。それよりも酒が飲めるので嬉しそうな顔をしているのだった。


「ねぇ、ミルヴァ」


 ビーナが枝に腰掛けて、足をブラブラさせる。


「思いついたんだけど、アイツらが飲んでいるブドウ酒に魔法を掛けるのはどうかな? そうすれば、また仲間内で殺し合うかもしれないよ?」


 ミルヴァが即答する。


「それはダメ。城下町には民間人もいるでしょう? 彼らに罪はないのだから、市民に被害が及ぶような真似は止しましょう」


 これが私たちの越えてはいけない一線だ。民間人でも徴兵を受ければ脅威となるが、私たちの目的、つまりガルディア帝国を滅ぼすことができれば、市民生活者としての生涯をプレゼントすることができるわけで、だから武器を持たない者は絶対に殺さないと決めていた。


「あ~あ、せっかくのチャンスなのになぁ」


 そう言って、ビーナがふわっと着地した。


「そうね、見た目が男なら兵士に紛れて内情を探ることができるのに」

「ロミ男じゃないんだから」


 ビーナが言った『ロミ男』というのは修行院で一緒に学んだロミという後輩のニックネームだ。男と見間違うような見た目をしているから名付けられた愛称だけど、決して粗野ということではなく、仲間思いの、かっこいい女の子だ。


「そうだ!」


 ビーナが何やら思いつく。


「何を話しているのか、会話を拾い集めるだけならできるけど?」

「どうやって?」


 ミルヴァでも方法が分からないようだ。


「うんとね、鳥に魔法を掛けるの。会話をしている兵士の近くに飛ばして、そこで話している言葉を記憶させるのよ。後は戻ってきたところで、その記憶した会話を再現するように喋ってもらうの。それをカラスにやらせようと思う。だってインコだと喋りすぎるんだもん。その点、カラスは寡黙でしょう? 頭も良いし、見た目もサイコー。諜報活動させるにはカラスほどぴったりな存在はないじゃない?」


 動物使いのビーナだから思いつく魔法であって、私には発想すら出来ない魔法だ。


「それじゃあ、お願いするわ」


 ミルヴァにも出来ない魔法のようだ。

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