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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第十五話(147) ガルディア帝国領

 私が彼女に従ったのは、それは目前に差し迫った危機があったからだ。それが過ぎ去ったのだから、次は大魔法士ルキファ様とのお約束を守らなければならないので、ここは説得する必要がある。


「ねぇ、ミルヴァ、ルキファ様とのお約束はどうするの? アセディア王女は今も眠ったままなのよ? 当面の危機は去ったのだし、これ以上は深入りすることないじゃない。風聞を流す仕事など人間のやることであって、私たちがやる仕事ではないと思うの。だから一刻も早く眠っているアセディア王女を目覚めさせてあげましょう」


 ミルヴァが断固拒否する。


「まだ終わりじゃないの。ガルディア軍はウルキアに敗れたわけではないのだから、再度の大規模遠征の作戦が立てられるかもしれないでしょう? わたしたちがアセディア王女の元へ行っている間に征服されたらどうするの? そうなってしまっては、今回の努力も無駄に終わってしまうじゃない」


 それは仮定の話だ。


「でも、アセディア王女やスロース領の人たちは今も気を病んでおられるのよ?」

「大丈夫よ。掛けた魔法はすぐに解ける。永遠に眠らせるなんて出来っこないんだから」

「『すぐに』って、いつ解けるの?」


 ミルヴァはその問いを無視する。


「仮に魔法が解けなくても、わたしはまずガルディア軍からウルキアの人たちを守る仕事を優先したいと思っているの。それが結局はスロース領にいる人たちの為にもなるんですもの。あなたのことですから、『目の前の人を救えぬ者に何ができるのか』と言いたいのでしょうけど、それは人間に限った話であって、わたしたちには当てはまらないのよ? だって、わたしに不可能はないんですもの」


 それでも家出娘を連れて帰るのが私の使命だ。


「ルキファ様とのお約束を果たすのが先でしょう? ガルディア軍だって、今回の遠征に失敗したのだから、軍を立て直すのに時間が掛かると思うの。だから先にアセディア王女のところへ行きましょう? ねぇ、ビーナもミルヴァを説得してあげて」


 ビーナは説得するどころか、私に反抗的な目を向けるのだった。


「マルンは気楽でいいわよね。あなたは魔法士見習いとなって安全な場所で暮らせるんだもん。でも、ウチらは違うの。これから人間社会で生きていかなければならないんだからね。だから、その前に大掃除をしなくちゃならない。だって、そうしなければガルディア人に殺されるかもしれないんだもん。だったら、魔法力があるうちに最低でも百年の平和は確保しておきたいじゃない? ホント、マホやアンタは自分のことしか考えられないんだから」


 そこで呆れたようにかぶりを振る。


「それもこれも大魔法士様、いや、そんな風に呼ぶこともないか。あの、大ババ様が悪いんだ。もう、まともな判断ができなくなってるんだよ。だから世の中が乱れているんじゃないの? しかも大ババ様のいる場所を中心にしておかしくなってるじゃない? たぶん、これは偶然じゃないと思う。あの厭世的な態度が、魔法界と人間界の溝を大きくしてるんだよ。積極的に働き掛けをしないから人間が堕落していったのね。マホに任せたって、まともな仕事ができるとは思えない。だから、乱れた世の中を元に戻すには誰かが世直ししないといけないんだ。それができるのはウチらしかいないんじゃない?」


 ビーナに話を振った私がバカだった。

 ミルヴァが提案する。


「マルン、あなたはここで帰ってもいいのよ?」


 家出娘を行方不明者にさせてはいけない。


「だったら約束して。その、百年の平和を確保したら、アセディア王女の元へ行くって」

「分かったわ。約束する」

「ビーナは?」

「うん。約束する」


 生まれて初めて彼女たちから約束を取り付けることができた。


「そうと決まったら、早速だけど逃げ帰った敗残兵の後を追うことにしましょう」


 ミルヴァに従って、西方への新たな旅が始まった。



 ガルディア帝国領内での移動は地図のない旅となったが、道に迷う心配はなかった。それは『すべての道は帝都ガルディアに通ずる』という言葉があるように、領内の交通網がしっかりと整備されてあるからだ。


 理由は簡単で、どんなに遠方の小国でも、その地を治める国王、または領主を決める時は、必ず帝都に赴いて皇帝から拝命を受けねばならないからだ。その際に手土産を持参しなければならないので、馬車道の整備は命懸けの事業となるわけだ。


「しかし、酷いものね」


 荒廃した村の惨状を目の当たりにして、ミルヴァが嘆いた。


「子どもの死体まであるじゃない。軍紀なんてあったものじゃないわ。今回のガルディア軍による侵攻はただの侵略戦争ではなく、両国に関係のない、平和に暮らしていた離村の人たちの暮らしまで奪ってしまったのよ」


 都市部から離れた集落だと、情報伝達の術などないから、それが大国同士の戦争による侵攻だったことも認識できなかったことだろう。逃げることができればいい方で、村の存在が見つかったら何も残してはくれないのだ。



「ねぇ、ミルヴァ、少し先の木陰に敗残兵がいるみたいだけど、どうする?」


 山間の林道を歩いていたところ、ビーナがいち早く人間の気配に気がついた。撤退したといっても十万人以上もいるので、命令に従わない者も出てくるわけだ。そのまま山賊になるような輩がいてもおかしくないのが、急造されたガルディア軍の側面でもある。


「何人くらいいるか分かる?」

「臭いからすると十人もいないけど、いいとこ半分かな?」


 風使いのビーナだから魔力で嗅覚を研ぎ澄ますことができるわけだ。


「だったら気をつけることもないわね」

「でも、奴らが離村を襲撃して回ってるんじゃない? 死体が新しかったもん」

「大丈夫、わたしに任せて」


 そう言って、ミルヴァは警戒することなく先へ進むのだった。



「おやおや、こんなところに巡礼者がいるとは思わなかったな」


 やはりというべきか、待ち伏せしていた五人の敗残兵の一人に声を掛けられた。


「見たところ手持ちがないようだが、困ってるんじゃないのかい?」

「いいえ」


 ミルヴァが応対した。


「他の者とはぐれちまったのかな?」


 護衛がいないか警戒しているのだろう。


「わたしたち三人だけですので」


 その言葉に、五人のガルディア兵がニヤっとしたように見えた。


「若い女が三人だけで山道を歩くなんて危険だぜ」


 今にも襲われそうな気がして怖かった。


「俺たちが近くの町まで案内してやるよ」

「いいえ、結構です」

「遠慮するこたあねぇよ。金は取らねぇからよ」

「あなた、石像をご存知かしら?」


 ミルヴァが急に訳の分からないことを言い出した。


「なんだ? 石像のある教会を探しているのか?」

「そう、知っているならそれでいいの」

「案内してやるぞ? この先の都にあったはずだ」

「結構よ。あなたたちの身体が、その探していた石像なんですもの」

「なに言ってんだ。おい、この女からヤっちまおうぜ」


 変な間があったが、私には何が起こったのか理解できなかった。


「おい、どうした? 早くこの女を取り押さえろ」


 命令を受けた部下が戸惑っている。


「親分、身体が動きません」

「なに言ってんだ」


 と振り返るが、首から上しか動かないので、親分本人も慌てふためく。


「おい、なんだこれ? どうなってんだ?」


 パニックに陥っているが、五人とも首を振って叫ぶことしかできなかった。


「石像らしく、口も閉じてもらいましょうか」


 ミルヴァが口にした瞬間、五人とも完全に固まってしまった。


「お前たちみたいなクズは、どうせ石像になるような人生は送れないのだから、生きたまま石像にしてあげたのよ。感謝なさい。ここで死んで動物のエサになるでしょうが、やっと何かの役に立つ生き方、じゃなくて死に方ができたのだから、最期に善い行いができて良かったじゃない」


 石像となった五人の兵士の目から頬へと涙が伝うのだった。


「少しは人間らしい感情も残っていたのね」


 これがミルヴァの詠唱魔法だ。相手が石像を知っている時点で、暗示魔法から逃れる術は皆無となる。初めに首から下だけ動かなくさせたのは、ミルヴァ自身が『身体』というワードを詠唱したからだろう。


 それから『口を閉じてもらいましょうか』と詠唱することで完全に石化させることができたわけだ。仮に人が通り掛かっても、五人は暗示に掛かっているだけなので、誰も彼らを救うことはできないはずだ。それが詠唱魔法の恐ろしさだ。


 石像となった五人の敗残兵が見えなくなったところでビーナが注意する。


「ねぇ、ミルヴァ、もう、あんな真似はやめてよね。今回は大人しく魔法に掛かってくれたからいいけど、いきなり襲われたらどうするの? 不意打ちされたら、魔法なんて掛けてる暇なんてないんだからね」


 これはビーナの言う通りだ。


「大丈夫よ、その時は別の方法で対処してたから」

「別の方法って?」

「落雷をイメージさせて感電死させるの」

「それだって試したことないでしょ?」


 ミルヴァが口を尖らせる。


「だから試せる時に試してるんでしょう? そうそうに殺さなければならない人間なんて出くわすことがないんだから、色々と実験してみないとね。今回は身体の一部分だけに魔法が掛けられるか調べてみたかったの」


 それを初の試みでできるのだから、やはりミルヴァの詠唱魔法のレベルは確実に上がっているようだ。おそらく『石像になれ』と言えば、瞬時に全身を硬直化させることができるはずだ。私には何百年掛かっても到達できないレベルだ。



 それから山を越えたところで、ガルディア帝国領の東部としては最大の都であるポロー領に入った。芸術の都とも呼ばれ、大陸の至る所から彫刻の技術を学びに芸術家の卵たちが留学しに来るという話だ。


 こういうのは彫刻に適した石材があるから文化が育まれるのであって、良質な土がある場所では、それが土器の発展に変わるだけだ。砂鉄の取れないような場所に生まれた人間を未開人と蔑むのは、それが理解出来ない愚かな人間だけだ。


「ここからは注意が必要よ」


 お城のある都へ入る前に、ミルヴァが喚起する。


「ここからは敵国領になるけど、身の危険を感じても、衆人環視の中では魔法を使わない方がいいわね。できるだけ目立つ行動は避けるの。わたしたちにとっては当たり前でも、人間にとっては奇跡ですものね。良い事をすれば女神のように扱ってくれるでしょうけど、災いが起これば石を投げるのが人間よ。悪いことが起こると他人のせいにするのも人間なの。わたしたちが思った通りには、理解してくれないと考えた方がいい。それどころか勝手に悪意を抱くんですもの。そうね、もしもの時は殺さずに、眠らせておきましょう。それも、唱える時も『眠れ!』では強すぎるから、『眠くなる』と弱める必要がある。そうすれば気絶しただけに見えるでしょうし、目を覚まさない事態は避けられるから」


 そこで私に視線を合わせた。


「マルンは出来ないでしょうから、わたしたちから離れないようにすること」


 私としては従うしかなかった。


 ポロー城のある城下町は意外なほど治安が良かった。気を張って乗り込んだのだけれど杞憂だったようだ。巡礼者に親切で、まるでウルキアに帰ってきたかのような居心地の良さを感じるほどだった。


 それでも明らかにおかしな点があった。それは女の姿を一人も見掛けなかったことだ。そもそも町の大きさや建物や家屋の数に比して人口が少なすぎる。かといって死体もなかったので、ガルディア軍の襲撃を受けたわけではなさそうだ。


 その疑問に関しては、ポロー王が答えてくれた。王城に行くと、丁重に迎え入れてもらって、王の間での謁見のみならず、宮廷内にある美術品が飾ってある展示室にまで招待してくれた。そこでガルディア帝国の歴代皇帝の石像を見物させてもらうことができた。


「他に人はおりませんので、正直に仰っていただいても結構です」


 ポロー王は二十代前半の細身で、知的そうだけど神経質そうな男だった。


「どれも酷い作品、いや、芸術品と呼ぶのも腹立たしい物ばかりです。顔つきを見てください。高圧的で、下品で、教養の欠片もないでしょう? 権力者の表情には苦悩が滲むものですが、ガルディアの皇帝像にはそういったものが一切感じられないのです。石はこれ以上ない品質ですが、モデルがつまらない人物では駄作しか出来上がりませんよ。それを『良い出来だ』と満足するのだから救いようがない。見る目がないならそれで構わないのですが、興味を持つから性質が悪い。真の芸術作品はすべて盗まれました。帝都の奴らなど、偉そうにしていますが、ただの盗賊でしかないのですよ。自由に創作することが禁じられ、こんな物ばかり作らされるのですから、才能のある者は、もうこの都へは寄り付きません。まったく、帝都の奴らというのは、文化を後退させる存在でしかないのですからね」


 ウルキアの修行者を名乗ったことで、ポロー王の態度を一転させたようだ。


「プリード領のスパビア王女と知己の間柄だと仰っておられましたね? 殿下にお伝えください。ポロー女王は、いえ、母上のことですが、『女王は無事だ』と。今回のガルディア帝国による侵攻ですが、都を守ったのは母上のおかげなのです。我が女王がいたからこそ、三十万の兵士から領地の女たちを守ることができました。アイツらときたら、幼女であろうが、老女であろうが、関係ないのですからね。女を暴行するために戦争に参加してるようなものなのですよ。母上だけではなく、ご先祖様の英断がなければ、遠征中に暴行と略奪によって地上から消された村や町と同様、我が領土も滅んでいたかもしれません」


 ポロー領には複雑な事情がありそうだ。


「ガルディア人と呼ばれるようになりましたが、我々の心は今もウルキアにあるのです。ここには守るべきものがあまりに多すぎるため、帝国の軍門に降るしかなかった。ウルキア人から見れば裏切り者でしかありませんが、プリード女王だけは、我々の立場をご理解していただいているのです。その証として、我が国における女王の任命権を委ねているのですからね。そうです、私が国王というのも擬態でしかありません。我がポロー領は今もって女王国であり、地教を信仰しております」


 国境の内と外が裏で同盟を結んでいたわけだ。


「ご先祖様の判断は今でも批判されており、私自身も疑っていた時期もあったのですが、こうなる日がくると予見していたからこそ先手を打っていたわけですね。今回の場合、帝政に寝返ったからこそ、侵攻の時期や兵力を知ることができたわけですからね。進路や、我が領土に入る具体的な期日など、正確に把握することができたのです。前哨戦でウルキアが勝利を収めたのも、我々が情報を掴むことができたからです。それによって、予想以上に手強い相手だと思わせることができ、それで領民を避難させる口実にすることができました。しかし、まさか最前線で内紛、いや、反乱が起こると思いませんでした。しかも死傷者の数が尋常ではない。これには正直、神のお力が働いたのだと思わざるを得ません」


 それが私たちの術策による勝利だとは微塵も考えていないようだ。


「というのも、そもそもガルディア人というのが無法な反乱者の末裔なのですから、こうなるべくして歴史が繰り返されただけなのです。しかも今回はその矛先が己に向けられたわけですから、これほど見事な因果応報も珍しい。皇帝などと大層な身分を偽っていますが、その実体は、古都ウルキアの監獄に収容されていた囚人でしかないのですからね。独立でも、解放でもないのです。囚人が暴動を起こして、脱走して逃げただけなのですよ。彼らはその記録を焼き払いたいのです。もちろん欲の塊なので他にも理由はありましょう。ですが、真の目的はウルキアにある図書館の蔵書を焼くことにあります」


 処刑を免れて監獄に収容されていることから、重い罪を起こしたわけではないことは確かだ。不敬罪に至らない政治犯か思想犯の類だろう。いずれにしても、母神崇拝の地教を否定している時点で、宗教を道具としか考えていない人たちだということが分かる。


 人間に自浄する力があれば、わざわざミルヴァが手を煩わせることはなかったはずだ。ガルディア帝国が侵攻する前に、というよりも、侵攻計画すら立案させてはいけなかったのだ。そんな簡単なこともできないからミルヴァに裁かれてしまうのだ。



 用意してもらった客室で寛ぎながらミルヴァが旅の目的を明確にさせる。


「最終的な目標はガルディア帝国を滅亡させることとしましょう。ポロー王の言葉を裏付けるために調査をしなければならないけど、彼の言葉が真実だった場合、古都ウルキアの図書館だけではなく、地教圏全域で焚書活動が行われることになるでしょうからね。今回は軍事侵攻という方法を取ったけど、今後は工作員を送り込んで内部から崩壊させる方法を同時に行うことも考えられるから、そうさせないためにも皇帝一族を根絶やしにしなければならいのよ。もうすでに余罪は充分だし、減刑を考慮する必要もないわね。今回の軍事侵攻を企てた者や参加した者には全員死んでもらいます」


 ビーナが訊ねる。


「滅亡させるのはいいけど、皇帝一族を根絶やしにした後はどうするの? どうせ他の誰かが帝位に就いて、結局は侵略を繰り返すだけでしょう? 帝政の配下にある国の連中は侵攻に反対せずに追随したのだから、滅亡させたところで、その後の世の中が良くなるなんて期待できないじゃない」


 ミルヴァは同意しながら説明を加える。


「期待はできないけど、大掃除をした後というのは気持ちがすっきりするものでしょう? お片付けができない者だって、お家をきれいにしてあげれば、汚さないようにしようと気持ちに変化が起こるかもしれないじゃない。まずは、わたしたちが澱みの原因となっている排出口の詰まりを取り除いてあげるのよ。その後のことは人間たちに考えさせましょう」

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