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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第十四話(146) 新たな試練

 洞窟を出ると、元きた林道をプリード領へ引き返すように歩いて戻った。道案内してくれていた黒猫がいないので、そうするしかなかったのだ。先頭を歩くミルヴァは、まるで何かに憑りつかれたように、一心不乱にずんずんと進んで行く。


「ねぇ、ミルヴァ、少し休みましょうよ」


 ビーナが声を掛けても、ミルヴァは返事をしないので、ひたすら彼女の背中を追い掛けるしかなかった。どうして私まで一緒に行かなければならないのか、疑問があっても答えは得られないのである。


「あっ、お城が見えてきたよ!」


 ビーナが叫んだところで、ミルヴァがくるりと振り返るのだった。それは久し振りに見るミルヴァの顔だった。三、四日も休まず歩いてきたので、顔を合わせることもなかったというわけだ。


「あなたたちは今、分かれ道に立っているの」


 お城までの道は一本のはずだ。


「強制はしない。どちらに行くか選ばせてあげる」


 ミルヴァは何を言っているのだろうか?


「一つは、ここで解散して、自分たちの在るべき生活に、といっても、ビーナは魔力を奪われてどこかの教会へ。そして、マルンは魔法士の見習いになるんだったわね。それもいいわ、それが本来の道でしょうからね」


 それ以外の道など存在しないはずだ。


「もう一つは、わたしと一緒に旅を続けるの。その場合、もう、二度とウルキアの地を踏むことはないでしょうけどね。わたしは独りでも旅を続ける。あなたたちを誘ったのは、わたしと一緒に旅を続けることを願って、そう決断すると思ったから。さぁ、選びなさい」


 ビーナが即答する。


「もちろん一緒に行くけど、どこへ行くというの?」

「その前にマルン、あなたの返事を聞かせてもらいましょうか」


 いきなりそんなことを言われても、すぐに返事をすることはできなかった。


「マルン、あなたは帰れば魔法士になることができるのだから、ビーナが返事をする前に断れたはずよ? それなのに迷っているということは、あなたは、わたしたちと一緒に旅を続けたいと思っているからなんじゃないの?」


 ミルヴァの言う通り、私は迷っていた。


「迷いが生じた時点で、本来するべき選択、つまりは帰って魔法士になるということが、必ずしも正しい判断とは思えないと、そう考えているんじゃない? だとしたら、あなたはもう一つの選択をするべきなの。迷った時点で、そうしなければならない。心がそう命じているのですからね」


 彼女の言う通りだった。狂言誘拐の時に魔法のアイデアを出したのは私だからだ。そのことでミルヴァとビーナに加担したような、負い目を感じていた。


「分かった。ミルヴァと一緒に行くよ」

「そう言ってくれると思った」


 私の旅の目的は、ミルヴァとビーナの家出娘を無事に在るべき家に帰してあげることだ。今は説得できないが、時間を掛けてでも母なる神の待つ地へ連れ帰らないといけない。それを私の新たな試練とすることにした。



「ところでミルヴァ、ウルキアを捨てて、どこへ行こうというの?」


 私たちのいる場所は、ガルディア帝国との国境の狭間にある見晴らしのいい丘の上だ。スパビア王女と別れてから半月くらい経過していたので、予測では二週間後には、ここにガルディア帝国の大軍が侵攻してくるという状況にある。


「捨てるわけじゃないのよ? それどころか助けてあげるの。スパビア王女はわたしを信じてくれたんですもの。恩には恩で報いるのが道理でしょう? 魔法士としては失格かもしれないけれど、薄情者にはなりたくないもの」


 ミルヴァは決して悪い人ではないのだ。

 ビーナが唸る。


「助けるといっても三十万以上の大軍でしょ? どうやって助けるというの? まさか一人一人に魔法を掛けて改心させるんじゃないよね? そんなことしてたら命がいくつあっても足りないけど?」


 ビーナの言う通り、私たちは魔法使いだけど、決して不死身の肉体を持っているわけではない。物理攻撃を受ければ命を落とすので、敵兵に見つかってもいけないわけだ。


「今は思いつかないけど、もう少し敵陣に近づいてみましょう」


 ということで、西に進路を取った。



「あれは敵軍の斥候兵ね」


 二日ほど歩いたところで『オオカミの森』と呼ばれている広大な森林地帯に入った。ミルヴァが敵兵を見つけて、そこで歩みを止めて、しばらく辺りを散歩しながら思案を巡らして、ようやくアイデアを捻り出すのだった。


「ガルディア帝国軍はプリード領に侵攻する前に、必ずこの森で一度全軍を結集させると思うの。人間は水がある所でしか住めないのだから当たり前よね? 三十万の兵士の飲み水を確保できるのは、この『オオカミの森』以外には考えられない。もうすでにキャンプ地として手が加えられていることから、ここに作戦統合本部を設置することは間違いないわ。そして、プリード城から森の手前の平原が主戦場になるわけね」


 彼女はビーナの情報分析も役立てていた。


「そこで閃いたの。ほら、人間は小動物を捕まえる時に罠を仕掛けるでしょう? そのアイデアを借用して、人間に罠を仕掛ければいいんじゃないかと思って」


 ビーナが楽しそうに訊ねる。


「おもしろそうね。で、その罠っていうのは何?」

「これよ」


 と言って、ミルヴァは地面に生えているキノコを採るのだった。


「どこにでもある普通のキノコじゃない?」

「それを魔法で毒キノコに変えてやるの」


 これこそがミルヴァにしか思いつかない独特ともいえる創造性だ。


「正確には幻覚を見せるように魔法を掛けるから毒キノコではないけどね。ほら、即効性のある毒だとすぐに見破られちゃうじゃない? それだと数百、いや、数十人程度で被害が収まってしまうものね。それよりも幻覚を見せて、何が起こったのか分からなくさせればいいのよ。そうすれば誰もキノコが原因だとは思わないでしょう? この森は敵軍にとって貯水地であると同時に食糧庫でもあるの。すでに先発隊がキノコを食糧にしていたから、この森のキノコは安全だと思い込んでいるでしょうし、だから今のうちに一本でも多くのキノコに魔法を掛けておきたいのよ」


 私にはその魔法の掛け方が分からなかった。

 今回はビーナにも理解できない様子だ。


「ねぇ、ミルヴァ、どうやってキノコに魔法を掛けるの?」


 ミルヴァは教えるのも得意だ。


「動物と一緒よ、あなた得意じゃない? 体内に取り入れた人間に猜疑心を持たせるように暗示を掛けるのよ。そうね、他にも恨みを抱かせたり、嫉妬させたり、そこら辺は自分で工夫してちょうだい」


 説明を受けると、ビーナは風に乗ってピョンピョンとウサギのように飛び跳ねて行ってしまった。ちなみに風使いといっても空を自由に飛べるわけではない。吹いている風に乗れるだけで、風そのものを起こせるわけではないから。


 それでも台風や竜巻のような強風ならば飛び続けることは可能かもしれない。しかし着地に失敗すれば死んでしまうので、わざわざ試す者はいないという話だ。ただ、それも現在のレベルの話であって、彼女なら自由に飛べる日もそう遠くないような気がする。


 こうして関係ないことを考えているのは、私はキノコに魔法を掛けることなどできないからだ。見よう見まねでやってみるが、どうも魔法が掛かっているような気がしないのだ。だから任せることにした。


 マホは『何もしない』と言ったけど、今回に限ればミルヴァの方が正しいように感じる。直感的にも、論理的にも、倫理的にも、ガルディア人による侵略などあってはならない話だと確信が持てるから。


 初めは聖地などどうでもいいと思っていたけど、侵略の被害に遭う人と出会ってしまうと、無視を決め込むなど不可能だ。ミルヴァならばウルキア人を守ってあげることができるので、力になりたいと思った。



 それから二日も掛けてキノコに幻覚作用を催す魔法を掛けて、準備万端で敵軍の到着を待った。その翌日には第一陣として五万の兵が『オオカミの森』に進軍してくるのだった。これらはすべて風使いのビーナによる報告だ。


「ミルヴァ、すごいよ、あいつら勝手に味方同士で殺し合いを始めちゃった」

「作戦成功ね。近くで見物してやりましょう」


 森の中を西に向かって進んで行くと、ガルディア軍の兵士の死体で地面が見えなくなっていた。正気を取り戻すことができないので、死ぬまで殺し合うしかなかったのだろう。改めて彼女たちが持つ魔力の強さを思い知った。


「おい、やめろ、落ち着け!」


 キノコを口にしなかった兵士が味方の兵士に追い詰められていた。


「俺の宝石を返せ!」


 そう言って、味方を斬りつけるのだった。

 事実かどうか分からないが、そんなことなど関係なく錯乱していた。


「これは親父の仇だ!」


 そう言いながら、逃げ惑う味方を何十人も切り殺す兵士がいた。


「あそこにも狼男がいるぞ!」


 そう言って、弓矢で味方を狩る兵士もいた。

 もう、訳が分からなかった。


「危険だから、しばらく離れましょう」


 ミルヴァに従って、森の外れに避難した。



「『狼男』っていうのは何?」


 ミルヴァが訊ねると、ビーナがお腹を押さえて笑うのだった。


「人の顔が狼に見えるように魔法を掛けたの」


 ビーナが涙を流しながら笑っている。


「そしたら『狼男』だってさ。アイツらバカじゃないの?」

「まったく、あなたったら、本当にくだらないことばかり思いつくんだから」


 ミルヴァは笑わなかった。


「だって、狼男なんているわけないのに」

「あなたには、そう見せる魔力があるの」


 補足すると、これは人間の持つ想像力に依存する魔法でもあるわけだ。人の顔を狼に見せるには、狼を知っているだけではなく、人の顔を狼に変えることができるだけの知能を必要とする。その知能がない者には掛からない魔法だ。



「ミルヴァ、やったよ、第二陣もキノコを食べてくれた」


 ビーナの報告によると、第二陣は十万人を超えていたそうだ。最初は味方兵士が全滅に近い形で死んでいたので混乱に陥っていたのだが、それを敵軍の攻撃であると断定し、一度は臨戦態勢となったものの、敵兵の姿がないということで警戒が解かれたようだ。



「今度は味方同士で合戦が始まるみたい」

「本当に?」

「うん。キノコを食べた第二陣が後発の第三陣に向けて攻撃を始めたの」

「行きましょう」


 すぐにお腹が空いてしまうのが人間で、警戒が解かれた途端に食事の準備に入り、統率が執れていたため、一度に同時に幻覚を見せることができたわけだ。それで集団催眠が掛かった状態となり、大軍同士の合戦に至ったわけだ。


 幻覚キノコを食べていない第三陣の五万人の兵士からしたら、なぜ自分たちが攻撃を受けているのか理解できないだろう。しかも、その軍勢が自分たちの倍もいるのだから反撃すら困難だ。



「キノコ軍が圧倒してるわね」


 ビーナがあくびをしながら呟いた。戦場となっている平原を望む丘の上で、私たちはのんびりとガルディア人同士の合戦を観戦しているところだ。人間よりも視力が良いので、人間側からは私たちのことは確認できないはずだ。


「いい? よく見ておかないとダメよ。恐怖心のない人間は、とんでもない身体能力を発揮するの。反射神経も違うでしょう? あれが潜在能力なのね。ただ、通常時でも練習によっては、能力を最大限まで引き出すことができる者もいるかもしれない。気を抜いたり、油断したりすると、殺されてしまうかもしれないから注意しないと。ほら、投石にも差がある。キノコを食べて自我を失った兵士は、とんでもない怪力を出すことができるの。人間に幻覚を見せるということは、普通の兵士を化け物に変えることができるということなのよ」


 それが人間にとっての宗教だったりするわけだ。


「それに比べてキノコを食べていない方はダメね。疑問というか、迷っているうちに殺されてしまうんですもの。踏み込みや、剣の振りが違うでしょう? 防御の体勢から、攻勢に転じられる人はわずかね。そうそう、逃げないとダメよ。勝てる相手じゃないんだから。あっ、脚力にも差があるんだ。実際に目にしても、普通の兵士は戦っている相手が正気じゃないと気づかないものなのね」


 逃げても逃げきれない人がほとんどだった。キノコ兵は負傷しても痛みを感じていないかのように戦い続けるので、なかなか戦力が落ちないのだ。普通なら離脱するような怪我でも、そのまま戦力を維持させてしまうのだった。


「ねぇ、ミルヴァ、キノコ軍だけど、ちょっと強すぎない?」

「うん。最終第四陣の到着予定は?」

「明日の日没前かな? でも早まるかもしれない」

「第三陣は持ち堪えそうにないわね」

「そうなったら、どうなるの?」

「分からない」

「分からないって、こんなのがウルキアに攻めて来たら大変なことになるよ?」

「そうね」


 そこでミルヴァが腰を上げた。


「わたしはスパビア王女に会いに行ってくる。ビーナは第四陣の様子を見に行ってきて。マルンは森のキノコをすべて処分して。一本残らず燃やし尽くすの」


 大変だけど、言われた通りにやるしかなかった。



 夜中の間、太陽が昇るまでひたすらキノコ狩りをしていた。キノコを集めては、枯葉に火をつけて処分した。ちなみに魔法使いは軽く指先をこすって摩擦熱を可燃物に当てるだけで火を熾すことができる。


 朝になって戦場に戻ってみたが、キノコ軍に殺された兵士の死体があるばかりで、そのキノコ軍の姿がどこにもなかった。そこへ風使いのビーナが、平原を吹き抜ける風に乗って、気持ち良さそうに飛び跳ねながら帰ってくるのだった。


「キノコ軍はどこに行っちゃったの?」


 ビーナが説明する。


「アイツら怖かったよ。夜中の間も休まず歩き続けたみたいでさ、朝方になって第四陣と鉢合わせしたんだけど、そのまま戦闘状態に入って、そこで全滅しちゃったんだ。というのも、待ち構えていた第四陣が状況を把握していたみたいで、弓兵を配備していたのが効いたのよ。後はもう、足を引きずりながら歩く負傷兵しかいないからさ、勝負にならなかった。到着した順番に殺されていくんだもん。待ち構えて殺す方が怖がってたよ」


 最終第四陣が無傷ということは、まだ十万の兵力があるということだ。三分の一まで減少したとはいえ、それでも本隊の戦闘力はバカにできない。国境の前線にウルキアの三十万兵がいるけれど、それでも安心できなかった。


「ガルディア軍の残りの兵はこちらに向かっているの?」

「いや、調査部隊を残して引き返しちゃった」


 ひとまず安心だ。


「それじゃあ、ミルヴァにも伝えないと」

「ウルキアの斥候兵もいたから急ぐことはないけどね」


 そこでビーナにも森のキノコ狩りを手伝ってもらった。



 それから翌日には待ち合わせ場所の丘でミルヴァと合流できた。ウルキア軍は敵軍の様子がおかしいということで、『オオカミの森』の手前まで進軍していたとのことだ。それでスパビア王女と再会するのに時間が掛からなかったわけだ。


「王女と二人きりで話し合ったことを報告するわね」


 ミルヴァが説明する。


「ウルキアの兵士の大部分は何も知らされず、これから戦争が始まると思っているの。そこで王女には予定通り進軍してもらって、彼女が敵兵を討ち破ったことにしようと思う。そうすれば、後からついてくる兵士は前線で戦っているスパビア王女が敵を全滅させたと思うでしょう? ガルディア人の死体を見せれば、そう思わせることができるのよ。これでスパビア王女の名声は国中に広がることでしょう」


 そこで西の地平に目を向ける。


「一方で、ガルディア人には兵士の間で裏切りと仲間割れが起こって自滅したという風聞を流すの。実際に生き残った兵士には、それが真実として見えていたはずだから、信じさせるのは難しくないわよね。そうして帝国内を疑心で満たし、二度と共闘させないようにするの。少なくとも、これで西側諸国は皇帝に自国の兵士を差し出すのを躊躇するはずよ。上手くいけば、ガルディア帝国を内部から崩壊させることができる。そこで、その風聞をガルディア帝国内に流す仕事だけど、それを私たちが引き受けると約束してきたというわけ」


 放蕩娘は、まだ旅を続ける気だ。

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