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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
133/244

第一話(133) 魔法少女の試練

 いよいよ待ちに待った、旅立ちの日がきた。この日で十七年間暮らしたお部屋ともお別れ。たくさんの本や手芸品、それに楽器やお気に入りの服があり、そのすべてに思い出が詰まっているけれど、どれも持って行くことはできない。


 神殿に行く前に、鏡台で全身を確認する。真っ黒な礼服は仕方ないとしても、髪型が気に入らなかった。勧められて切った黒紫色の髪が一向に伸びてこず、うなじの辺りが涼しいまま。それ以来、お友達のオススメには耳を貸さないと心に誓った。


「マルン、元気を出しなさい」


 と自分に言い聞かせてみる。旅立つ前の不安な心境が表情に出ていた。こんなのは私らしくない。私の取り柄はいつも明るく振る舞えることだから。丸い顔に、丸い鼻、それに黒い目を丸くすれば、いつもの私になる。


「よし、それでいいのよ」


 私が明るくしていれば、それだけで旅は楽しくなる。旅の仲間がつらい顔をしていても、私だけはいつも明るく振る舞うつもり。そう、この旅は私の他に三人のお友達も一緒で、四人で試練を受けることになっている。


「マホ?」


 続き部屋にいるルームメイトの名前を呼んでも返事が返ってこなかった。でも、これはいつものこと。出入り口から覗いて見ると、ベッドの上で夢中になって本を読んでいるマホの姿があった。この子は本を読むと、物語の中に入り込んでしまうのが悪いクセ。


「神殿にお呼ばれしているのよ? 着替えもしていないじゃない」

「ああ、うん、ごめんなさい」


 仕方ないから、いつものように私が着替えを手伝ってあげることにした。同じ年齢だけど、見た目が幼いので自然と妹のような感覚を持ってしまう。それは四歳か五歳の頃から変わっていないし、これからも変わらなそう。


 黒衣を着せたら、今度は鏡台の前に座らせる。腰まで伸びた綺麗な黒紫色の髪を梳かしてあげるのも私の優しさ。今日は動きやすいように後ろで編んであげることにした。その間、マホは黙って本を読んでいる。これが私たちの日常だったりする。



「ちょっと、なにグズグズしてるのよ」


 私たちの部屋にノックもせずに勝手に入ってきて、声を掛けてきたのは隣部屋のビーナだ。彼女も今回の旅で一緒に行くお友達の一人。よく喋り、よく笑い、よく泣き、まるで人間の女の子みたいな子。


 ときどき意地悪に感じることもあるけれど、いたずらっ子として素直に受け入れるしかなかった。最近になって黒紫色の髪を肩の辺りで切って、本人は満足げにしているけれど、私の髪で実験したのは間違いないと思っている。


「ミルヴァも待ってるんだから早くしてよね」


 そう言って、部屋から出て行った。ミルヴァというのはビーナのルームメイトで、彼女も一緒に旅をするお友達の一人だけど、待たせているのは彼女ではなく、神殿にいる大魔法士のジア様だ。そのことを思い出して、とにかく急ぐことにした。



「先が思いやられるわね」


 部屋を出ると、廊下の壁にもたれているミルヴァが溜息交じりに呟いた。それから胸まである長い黒紫色の髪を背中に回し、不機嫌そうに、といっても本人にとっては普段通りらしいけど、神殿を目指して、つたつたと修行院の廊下を歩いて行くのだった。


 ビーナがその後に続き、私がその後ろを歩き、そしてマホが後ろについて歩く。その順番が私たちの関係を象徴していた。背の高さも順番通りで、誰もが私たちのことを四姉妹だと勘違いするのだが、実際は血の繋がりはない。


 長女のようなミルヴァはとにかく頭が良く、魔法士の適正も高く、頼りになり、厳しい時もあるけれど、誰よりも思いやりのある優しいお姉さまのような存在だ。四人だけの旅だけど、彼女がいれば心配することは何もない。


 大人っぽい顔立ちで、人間に混じれば成人女性に見えると思う。真っ黒な瞳は神秘的で、修行院では小さい子どもたちの憧れの的にもなっている。そういう私も密かに憧れていたりする。ダメな私にも優しくしてくれるから。



 私たちが暮らしている修行院では、十七歳までの子どもがたくさん暮らしている。みんな生まれた時に預けられた者ばかりで、ここで魔法の勉強をして、成人を迎える日まで修行に励み、試練が与えられるのを持つというわけだ。


 適性がないと判断された者は途中で退院させられて、外の世界に追い出されるので、試練が与えられるまで残る者は少なかった。試験者が十人以上いる年度もあれば、昨年のように誰も残らない年も珍しくない。


 今年はというと、同い年で残っているのは私たち四名だけだった。他の子はとっくに退院させられて、町や村で人間と変わらぬ暮らしをしているという話だ。中には既に子どもを産んだ子もいるそうだ。


 落ちこぼれの私やマホが残っているのは、偶々ミルヴァの隣室で、偶々同じ班を組むことができて、偶々数々の試験をクリアすることができたからだ。ミルヴァの真似をして魔法を覚えることができたからこそ、今の私たちがある。


「あっ、お姉ちゃんだ!」

「ミルヴァ様!」

「ミルヴァお姉さん!」


 中庭で遊んでいた五十名以上いる小さい子どもたちがミルヴァを取り囲む。


「行っちゃイヤだ」


 黒衣に顔を埋める小さな女の子の頭を、ミルヴァが優しくなでる。


「魔法士になって帰ってくるから、その時にまた一緒に遊びましょ」

「約束してくれる?」

「うん。だからいっぱいお勉強を頑張るのよ」

「わかった」


 そこでビーナが口を挟む。


「帰ってきた時には半分も残っていないと思うけどな」


 そう言って、自分の言葉に笑うのだった。


「ビーナのイジワル」

「ハハハッ」


 こんな日常ともお別れかと思うと寂しくなった。



 私たちが向かっているガリヤ神殿には百名の魔法士がおり、その彼女たちが使役として大魔法士のジア様にお仕えしていた。私たちも試練に耐えることができれば、そこで暮らすことになっている。


 魔法士の歴史を一言で説明すると、この世界のすべてはガリヤ様がお創りになられたということだ。その何代目かの後継者がジア、ルキファ、テラアの三大魔法士ということになる。


 ジア様には魔法を与える能力があり、ルキファ様には魔法を封じる能力があり、テラア様にはその両方の能力が備わっているそうだ。今回の試練は、ジア様に与えられた魔法を、旅を通してテストされ、ルキファ様の判定を受けるのが目的だ。


 魔法士の最大の特徴は、能力が与えられる者は女に限られる点だ。これは原初神のガリヤ様が女であることに由来している。男に与えられることも不可能ではないそうだが、少なくとも現時点では、男の魔法士が存在しているというのは聞いたことがない。


 人間の歴史は魔法士の歴史の模倣でもある。女神も男神も、全知全能なる唯一神ですら、母神以外からは生まれ得ないというのに、なぜか人間は男神を崇める選択を行ってきた。完全に模倣するわけではなく、都合よく解釈するのが人間なのだろう。


 人間がオリジナルと思い込んでいるアイデアのすべても、私たちの模倣でしかない。強風に飛ばされた馬車を見て、空飛ぶ箱舟を思いついても、おそらく人間は自分たちのオリジナルだと思い込むだろう。


 私たち魔法士から神の概念を盗み、歴史を模倣し、自分たちのオリジナルだと思い込む、そんな人間社会を旅しなければいけないのが今回の試練だ。どうしてそのような試練をお与えになるのか、それを探るのも旅の目的の一つかもしれない。


 少しだけホッとさせるのは、旅の行程がウルキア帝国の国内に限られる点だ。ウルキアの国教は地教で、女神崇拝という原初に近い形で信仰されているため、女だけの四人旅でも問題なく旅が行えるからだ。


 いや、そもそもウルキア帝国も、元を辿れば魔法士が創り出し、能力を奪われた者や記憶を奪われた者で構成されているので、そこで比較的オリジナルに近い形の宗教が残されているのも当然というわけだ。王族が女系という点も記憶の消し忘れ、または名残りだろう。


 それに対して、大陸を二分するガルディア帝国は男神崇拝の太教を国教に定めている。魔法士の聖地であるガリヤ神殿から離れれば離れるほど、オリジナルから遠くかけ離れていくのは、人間の持つ特性と考えるべきか。


 今回の旅はウルキア帝国の東端から、ガルディア帝国に隣接する西端までの、信じられないような長い行程となる。日が沈む方向にひたすら歩いて行くというのが与えられた試練だ。『こうしろ』とか『ああしろ』とか、特に言われていないのも不安な点だ。


 そんなことを考えながらガリヤ山の山道を登っていると、中腹にガリヤ神殿が見えてきた。ジア様にお会いするのは十七年振りということだが、当然ながら記憶はない。『マルン』と名付けてくれたのもジア様で、私たちにとっては母神そのもののようなお方だ。



「お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」


 本殿に到着すると、使役に声を掛けられ、大魔堂へと案内された。中に入ると、神殿で働くすべての使役が整列していた。魔法士の資格を得ると加齢が止まるので、並んでいるのは私たちと同じ十七歳の若い魔法士しかいない。


 魔法士の資格が得られなければ、伴侶を得て、次の魔法士を産むために結婚生活を送ることになる。そこら辺は下界でのお話なので、今の私には何も分からない。とにかく誰もが人間社会に放り出されるのは避けたいと願っているというわけだ。


「ジア様をお呼びしますので、その場でお待ちください」


 そう言うと、使役が奥の通路へと歩いて行った。私たちは壇上の手前で横一列に並んで、静かにジア様を待った。振り返って使役の顔を確認したが、見知った顔は一名もいなかった。ということは、少なくとも十七年間は入れ替わりがなかったということになる。


 その間にも試練を与えられた者は何人もいたはずだが、その彼女たちもいないということは、魔法士の資格を得られなかったことを意味する。私以上に高い魔法力を持っていた者もいたはずだが、それでも魔法士になれなかったということは相当難しい試験なのだろう。



「……うわぁ」


 ジア様の登場に声を漏らしたのは隣のビーナだ。私はその神々しいお姿に声も出ず、見つめ続けることができなかった。その真っ黒い瞳は、まるで宇宙の深淵を覗いているような畏れがあったからだ。


 この世界は闇の中にすべてが内包されているが、まさにジア様の存在が闇そのものといった体感を覚える。それでいて慣れると安らぎを抱いてしまうのが不思議だった。生まれた時のことを思い出すのは、ジア様が想像していた母親の顔をしているからなのかもしれない。


 正確な数字は分からないが、すでに何百年も生き続けているという話だ。ちょうど私たちのお母さんのような年齢のままのお姿で加齢が止まっているが、なぜ加齢を進め、再び止めたのか、その過去については誰も何も知らない。


「こうして会える日を心待ちにしていました」


 壇上の椅子に座るジア様が微笑んだ。


「修行院での生活をずっと見てきましたから、あなたたちのことは誰よりもよく知っているつもりです。ミルヴァ、ここへいらっしゃい」


 そう言って、壇上へ上がったミルヴァの両手を握りしめた。


「あなたは面倒見がよく、とても優しい子です。正義感が強く、間違ったことに対して、しっかりと『間違っている』と言えるのですね。修行院の長い歴史の中でも、先生に意見した子はあなたが初めてでした。あなたには高い魔法力以上に、弱きを助ける思いやりがあるのです。それを決して忘れてはなりません。あなたが魔法士となって、修行院の先生になってくれたら、どれだけ心強いでしょう。それを子どもたちも望んでいます。頑張るのですよ」


 ミルヴァが礼を述べて列に戻った。先生に意見したというのは、教えるという仕事以外に、子どもの適性の合否を決める仕事を、院長先生が独断で行ったことを告発した時のことを言っているのだろう。


「次にビーナ、ここへいらっしゃい」


 同じように壇上に上がったビーナの手を握りしめる。


「あなたは明るく、いつも元気な子です。周りの子を笑わせた時、誰よりも嬉しそうな顔をしていますね。その楽しそうな顔を見るのが、わたくしの楽しみでもあるのです。落ち込んでいる子を誰よりも早く見つけて、いつも慰めてあげるのがあなたでした。あなたは魔法力よりも大切なものがあると、ちゃんと分かっている子です。それを忘れてはなりませんよ。ここにいる子どもたちも、あなたが魔法士になって一緒に暮らすことを望んでいます。ですから頑張るのですよ」


 ビーナが礼を述べて列に戻った。落ち込んでいる子というのは、適正がないと判断され、退院を告げられて、みんなと別れることに悲しむ子たちのことだ。何て声を掛けていいのか分からない子たちに、積極的に接することができるのが彼女の優しさだ。


「次にマルン、ここへいらっしゃい」


 ジア様に手を握られただけで泣きそうになる。


「あなたは気立てが良くて、仲間思いの子です。自分のことよりも、他者のことを思いやることができるのですね。年の離れた者には親を敬うように、目上の者には姉を慕うように、年下の者には妹の面倒を看るように接してきました。親身になって尽すことができ、それに喜びを感じられるということは、とても誇れることなのですよ。あなたには魔法力以上の、奉仕の心が備わっています。それを決して忘れてはなりません。魔法士になることを願っていますので、頑張るのですよ」


 礼を述べて列に戻った。マホの身の回りのお世話をしていただけだけど、それをしっかりと見られていたようだ。私だけ注意されるかもしれないと思っていたので、嬉しいというよりもホッとした。


「最後にマホ、ここへいらっしゃい」


 壇上に上がったマホの手を握りしめる。


「あなたは賢く、とても強い子です。今のあなたには分からないでしょうけど、あなたは自分が思う以上に強い魔法力が秘められているのですよ。その秘められた力が開眼するのか、また開眼したとしても、どのように使うのかはあなた次第ですので、これ以上、わたくしからは何も言うことはありません。己を信じて頑張るのですよ」


 マホが礼を述べて列に戻った。ジア様のお言葉でも、マホにそれほど強い魔法力が秘められているとは思えなかった。適性検査でも驚くような結果を残したことは一度もない。むしろ高い能力を持つ者ほど能力を奪われて退院していったような気がする。


「それでは魔黒石を渡しておきましょう」


 ジア様の言葉に従って、使役が私たちの首にネックレスを着けていった。ネックレスの先には、小指の爪ほどの黒い石がぶら下がっている。見たところ、他の仲間と全部一緒のようだった。


「魔黒石というのは、あなたたち自身を表したものですので、大切にしなければいけませんよ。それを旅の終わりまで身に着けて、ルキファにお見せするのです。何があっても失くしてはいけません。石の状態を見て、あなたたちの適性を見抜くのですからね」


 それ以上の説明はなかったが、とても重要なことのように思えた。


「それでは最後に旅のお供を預けます」


 ジア様の言葉に従って、使役が黒猫を抱えてきた。


「この黒猫は羅針盤のような役割をしてくれるはずです。気分屋さんのところもありますが、決して道を誤ることはありません。困った時には必ず助けてくれるので、気分がよければあなたたちを旅の終わりまで連れて行ってくれることでしょう」


 黒猫が使役の腕から離れた。

 それから順番に私たちの足に身体をこすりつけてくるのだった。


「ニャー」


 どうやらマホのことが気に入った様子だ。

 しゃがんだマホが頭をなでると、黒猫はすぐにお腹を見せてゴロゴロした。

 ジア様が椅子から立ち上がる。

 それを見て、マホも黒猫を抱えて立ち上がった。


「さぁ、準備はいいですね?」


 ジア様の問い掛けに、ミルヴァが質問する。


「試練というのは、ルキファ様の元へ行くだけでよいのですか?」

「そうです」

「他に達成すべき目標はありますか?」


 ジア様が答える。


「それは、あなたたち次第です。新たな目標を立てる者や、厳しい試練を課す者もいます。旅を通して、それを仮に実現したといたしましょう。ですが、それでルキファが魔法士の資格を与えるかどうかは別の話なのです。どのように判断するかは彼女が決めることであって、あなたたちが決めることではないからです」


 さらにミルヴァが問う。


「では、禁止すべきことをお教えください」


 ジア様が答える。


「それもあなたたち次第なのです。何を禁じるかは自分たちで考えなければなりません。ただし、それを守ったとしても資格を得られるかは別の話です。先ほどの話と同じで、最終的にはすべてルキファが決めるのですからね」


 そこで急にミルヴァが黙ってしまった。おそらく訊ねることも憚られる行為だと悟ったのだろう。もうすでに試練は始まっているのかもしれない。質問すること自体がマイナス評価にもなりかねないというわけだ。


「心の準備ができたようですね。さぁ、お行きなさい」


 ジア様に見送られて、私たちの旅が始まった。

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