第三十三話(121) 公子の決断
夜半前にタウロスが五人の警護兵を連れて戻ってきた。全員がモンクルス隊の子孫である。着くなりココマとハドラ神祇官とネベンとカメロの遺体に祈りを捧げ、丁重に棺に納めるのだった。埋葬の儀は後日執り行うと聞いた。
その後に五人でランプ片手に敵兵の死体を見に行き、僕のところに来て、剣の腕を過剰なくらい褒め称えるのだった。それ以上に弓矢の腕を褒めていたが、当のガレットがいなかったので、早々に仕事に戻ってしまった。
僕の方は宿直小屋でミノルと一緒に寝床に就いたが、彼の方は行方不明の兄貴が気になってか、なかなか寝付けない様子だった。憶えているのはそれくらいで、気がつくと、あっという間に夜が明けていた。
隠れ家を移すが、移送先もカンザン領内なので半日の移動で済むという話だ。現場の指揮はタウロスが執ってくれているので、僕は出発の合図を出すだけである。ミノルには申し訳ないが、王妃陛下と王太子様を待たせるわけにはいかなかったので出立することにした。
敵兵を取り逃したということもあり、タウロスの進言に従って、湖畔の丸太小屋に二人の警護兵を残してきた。リューク・ハドラの背後に主犯が存在しているのは明らかなので、これからは居場所を知られたことを前提に作戦を立て直さなければならなかった。
警備兵を残してきたのはご遺体の管理を任せるという意味合いもあった。ハドラ神祇官のご遺体はハドラ領で、祖先が眠る墓地に一緒に埋葬してあげたいところだが、陛下と殿下をカイドルにお届けする日が来るまでは叶えてあげることが出来そうになかった。
「それではこれより出発いたします」
僕がした仕事はパヴァン王妃にそう伝えるだけだった。王妃が乗る馬の手綱を引くのは警備兵の仕事で、タウロスはパナス王太子の馬の手綱を引き、他の二人の警護兵は前方と後方の警戒に当たり、僕とミノルは場所を記憶することに専念させてもらうことにした。
「おい、ちょっと待て!」
出発しようとした時、森の中からガレット・サンが出てきたので警護兵が驚いた。
「彼女はお前たちが会いたがっていたガレットだ」
タウロスが槍を構えた警護兵に説明した。
ガレットが僕に報告する。
「マヨルが帰ってきたのに待たないのか?」
ミノルが歓喜する。
「本当かい?」
「あの乳牛みたいな面を見間違えるものか」
警護兵を煩わせないために出立を遅らせることにした。
しかし、マヨルはなかなか姿を見せなかった。
ガレットはどれだけ先にいるマヨルを確認できたというのだろう?
その間に、当の彼女は五人の警護兵に囲まれていた。
「本当に、そなたが弓を引いたというのか?」
「あれだけ深く射れるものなのか?」
「その細腕に、どれだけの力が宿っているというのだ?」
「実演して見せてくれないか?」
「その弓も見せてくださらんか?」
質問攻めである。男よりも筋肉の量が少ない女が強い射撃をしたものだから信じられないのだ。僕自身もガレットが射る直線的で光のように速い矢道は見たことがないので、この目で見たはずなのに信じられないでいる。分かっているのは弓が特殊だということだけだ。
「ちょっとだけでいい」
「ああ、俺にも触らせてくれ」
「撫でるだけでいいんだ」
「もう、我慢できない」
「頼む! 一回だけでいいんだ」
ガレットが男たちを叱る。
「アタシに近づくな! 近づいたら命がないと思え!」
そう言われて、なぜか嬉しそうな顔をする男たちだった。
どうにも僕には理解できない心理が存在しているようだ。
「あんちゃん!」
「弟よ!」
マヨルが手を振りながら駆け寄ってきた。
よく見ると、その手には生首が握られていた。
「それは何だ?」
僕の問いにマヨルが答える。
「逃亡兵の首を証拠として持ってきた」
「残りの一人を見つけ出したというのか?」
「そうですが、ということはコイツで十三人全員ですかい?」
「そういうことになるな」
マヨルが歓喜する。
「弟よ、やったぞ! これで牧場を持てるんだ」
「オレはあんちゃんが生きてただけで嬉しいやい」
そういうことだったのだ。マヨルはガレットの『本陣を死守せよ』という命令よりも、僕の『敵兵をせん滅せよ』という命令を優先したわけだ。これは二つの異なる内容の命令を一つにしなかった僕の責任だ。マヨルは悪くなかった。
「しかし、よく逃亡兵を見つけられたね」
経緯を確認する必要がある。
「どうやって見つけ出したんだい?」
「リューク・ハドラが投降した時、湖岸を走る敵兵を見つけたんだ。リューク・ハドラは武器を持っていなかったので、それをミノルに任せて、オレは逃亡兵を追うことにした。しかし、とにかく逃げ足の速い男で、すぐに見失っちまった。それでも来た道を戻ると思って、オレは追い掛けることにした。勘が的中したが、結局、奴が眠るまで追いつけなかったから、こんな時間に帰ることになったんだ」
「そいつはお手柄だ。いや、大手柄だよ」
刺客を全員殺したということは、主犯に僕たちの居場所が伝わらないからだ。
「公子、いかがなさいますかな?」
タウロスもその辺のことを理解しているようだ。
「敵兵十三人を全員殺しましたから、一先ずは安心でしょうが、リューク・ハドラは伏兵を手引きするために目印を残してきていますから、やはり隠れ家は移した方がいいでしょう。警戒レベルも下げるわけにはいきません。今後については……、すみません。歩きながら考えさせてください」
タウロスが警備兵に命じる。
「全員、持ち場につけ!」
警備兵が機敏な動きを見せた。
「進め!」
一斉に歩き出した。
昼前、馬を休ませるために河原で休憩を取りつつ、昼食も済ますことにした。盛夏は過ぎたが残暑が厳しかったので、テントを張って、そこでパヴァン王妃とパナス王太子と犬と召使いが一緒に休まれた。
厳しい暑さのため、もう少し馬を休ませなければならないようだったので、テントの前にガレットを含めて全員に集まってもらい、今後の方針について説明することにした。テントの入り口を開けてもらったので、王妃陛下にお話しする形となる。
「それでは、お休みのところ失礼ではありますが、今後についてご説明申し上げます。陛下と殿下が居を移され、場所を確認次第、明朝にはセトゥス領へ戻ろうかと考えております。陛下、並びに殿下の御身は、タウロス護衛兵に委ねております故、彼の地に赴くことをお許し願えれば幸いに存じます。その後はこれまでの予定通り、デルフィアス陛下のご帰参を待ち、カイドル国へお運びする手筈を整えてからお迎えに上がります故、長らくの辛抱を強いることを、どうかお許しください」
テントの中からパヴァン王妃が声を掛ける。
「公子、充分に気をつけるのですよ」
強調表現をいただけたことが何よりも嬉しかった。
「わたくしのことは心配いりませんから、さぁ、お顔をお上げなさい」
旅立つ許可をいただき、後は自由に話しなさい、という含意のある言葉をいただけた。
「お心遣い、感謝いたします」
片膝立ちをやめて立ち上がり、テントの横へ移動したところで、タウロスに声を掛ける。
「ココマが亡くなったので、警護の責任者を引き受けていただけますね?」
「謹んでお受けいたします」
「次に会うのは直接お迎えに上がる時になります。代理を立てて、人を差し向けることはないので注意してください」
「ドラコ・キルギアスも同じことを申しておりましたぞ?」
「そうですね。何事も疑ってかかることが肝心です」
「貴君より立場が上の者を同行させてきた場合はどういたしますかな?」
今回のような失敗が再び起こることを危惧しているのだろう。
「ドラコの作戦は従弟のフィンス国王陛下や父上にも話していないことですから、今回のような事態は避けられると思いますが、今は陛下と殿下の御身を第一に考えるようにとしか申し上げることしかできません。何分、協力してくださっているセトゥス家の者とも一面識もありませんから」
「つまり『公子以外の者を信じるな』ということでございますな」
「現段階ではそう判断せざるを得ませんね」
「承知しました」
そこでタウロスが申し訳なさそうに訊ねる。
「無用な心配かとも思われますが、ハドラ神祇官がお亡くなりになられたことで、資金のルートが絶たれたわけですから、何かと困ることになりましょう。とはいえ、猊下にはもう二人お子がおりましたな。ご次兄にはどのような印象をお持ちですかな?」
僕がハドラ家の身内を連れてきた時のことを心配しているようだ。
「次兄のルシアス・ハドラが父親殺しの主犯です」
周りの者も驚いているので、詳しく説明する必要がある。
「ハドラ家の兄弟とは何度か会っていますが、思い返してみると、長兄と父親が対立しているように見えて、実は、リュークという男は肝心な時に弟に頼り切っていたことを思い出したんです。ルシアスという男は長兄を過度に立てることで、リュークに王家の存在以上の自尊心を植え付け、ハドラ家のために命を懸けるようにと、時間を掛けて洗脳していきました。だからリュークは、王族のためにハドラ家の家名を犠牲にした父親を殺すことができたんです。ルシアスが兄に思想を刷り込まなければ、このような悲劇は起こらなかったでしょう」
タウロスが唸る。
「それでは増々お困りになられますな」
僕が思いついた作戦を話す時がきた。
「そこで、みなさんに聞いてもらいたいことがあるのです」
一同の注目が集まる。
「明日、僕はセトゥス領に戻りますが、それはアント・セトゥス財務官にお会いするためではありません。ルシアス・ハドラに会いに行こうかと思っているんです。それも彼の仲間になるのが目的です」
のどかな河原に緊張が張り詰めた。
「仲間になるといっても、それ自体が目的ではありません。真の目的はドラコを殺した犯人、または組織の正体を知るためにあります。このままルシアスを断罪すれば、溜飲は下がりますが、死の謎を解き明かすことはできない。だから仲間の振りをして、敵の懐に飛び込むしかないのです。ルシアスは父親の知らないところで誰かと会っていた形跡がありますから、彼の仲間になれば繋がりのある人物の正体を知ることができると思うのです」
周りの表情を見ると、理解を示してくれているように見える。
「幸いにして、マヨルが敵兵の残りを始末してくれました。もしも逃亡を許していたら、このような作戦は立てられなかったでしょう。湖畔の丸太小屋で何が起こったかは、僕たちしか知りません。ならば、それを利用しない手はないじゃありませんか。リュークは目印を残してきましたが、ガレットの存在までは予想できなかったはずです。まさか送り込んだ刺客が全員やられたとは思ってもみないでしょう」
彼女がいなければ、ルシアスの作戦は成功していたということになる。
「こちらから先に会いに行けば、向こうからわざわざ様子を探りにくることはないと考えられます。こうしている今もルシアスは兄の帰りを待っているに違いません。彼に状況を伝える者がいないのならば、ルシアスは僕の言葉に耳を傾けるしかないのです。ハドラ神祇官とリュークが肌身離さず身に着けていた遺品の首飾りがありますし、二人が死んだことを信じさせるにはそれで充分かと思われます。あとは『どうやって仲間として認めさせるか』という問題はありますが、それは移動中に考えるしかありませんね」
タウロスが不安を口にする。
「ルシアスは危険な男だと、公子自らが仰ったではありませんか」
それでも僕にはやらなければならないことがある。
「僕はドラコの復讐がしたいのではありません。彼らに相応の報いを受けさせたいのです」
それが僕の目指す秩序ある社会というものだ。
そこで興奮した警備兵が口走る。
「ココマやカメロのためにも頼んだぞ!」
タウロスは不安顔のままだった。
「しかし公子、今の我々には貴君だけが頼りなのですよ?」
リスクが高いのは僕も承知している。
そこへ山猫のような少女がタウロスの前にすっと歩いてくる。
「ヴォルベはアタシが守る」
ガレットに対して、タウロスは何も言い返さなかった。
改めて、王妃陛下に説明することにした。
「陛下、聞いておられたと思われますが、かような作戦を実行することにいたしました。つきましては、誠に心苦しいことではございますが、私奴が陛下と殿下のお命を奪ったこととさせていただきます。仮の話ではございますが、そのようなあるまじき行為を作戦に組した非礼を、どうかお許しくださいませ」
パヴァン王妃が声を掛ける。
「公子にすべてをお任せいたします」
王妃陛下から最上級のお言葉をいただいた。
新しい隠れ家に到着した時には、もうすでに日が沈んでいた。それでも日が沈む前に地理を頭に入れたので、たとえ一人で来ても迷うことはないと確信を持てた。そこも湖畔にある同じような丸太小屋で、タウロスら四人の警護兵で守ることになっていた。
到着してすぐに食事をして、宿直小屋でミノルやマヨルと一緒に眠りに就いた。ガレットも森のどこかで眠りに就いていることだろう。目を瞑ると、すぐに翌朝になっていた。足が痛くて仕方がなかったけど、休んでいる暇はなかった。
「公子、パヴァン王妃陛下が二人きりでお会いになりたいそうです」
タウロスに従って、丸太小屋の二階にある居室へと案内された。二人きりという話だが、居室にはパナス王太子が隣で座し、二人の召使いも部屋の隅に立っているのだった。場所は違えど、決まりは王宮と何も変わらないようである。
「公子、そこへお掛けなさい」
テーブルを挟んだ正面にある椅子を勧められた。
「失礼いたします」
この日のパヴァン王妃は礼服を身に着けていた。
「例の物をここへ」
王妃が召使いに命じた。指示を受けた召使いが寝室へ行き、小さな木箱を持って戻ってくる。その木箱はここへ来る移動中も召使いが大事そうに抱えていたものである。王宮から脱出した時もハドラ神祇官が抱えて、決して他の者に触らせなかったものだ。
「お持ちしました」
そう言って、召使いは木箱をテーブルの上に置いた。
「下がって結構です」
召使いが後方に控えた。
「公子にこれを預かっていただきます」
「中身は何でございましょうか?」
質問に答える前に、木箱の蓋を開けた。
それから包んでいる布をめくる。
すると金の輪が出てきた。
「何度もお訊ねして申し訳ありませんが、この宝物は何でございましょう?」
「フェニックス家に伝わる三種の神器です」
三種と聞こえたが、木箱の中には一つしかなかった。
「王冠の他に金印と金の剣がありましたが、金印はわたくしが王宮に入る前に、そして金の剣はわたくしが生まれる前には紛失していたと聞いています」
「それを私奴にお預けになるというのですか?」
「王宮に返して欲しいのです。これは陛下からパナスに託されたものですが、本来ならばフィンス国王陛下が戴冠なさるもの。存命とあらば、在るべきところにお返しするのが道理ではありませんか」
フィンスが戴冠式をしなかったのは、したくても出来なかったからだ。
「これほどのものを、この私奴などが預かってもよろしいのでしょうか?」
「公子ほど相応しい者がどこにいるというのです?」
これまでに見ない覚悟が感じられた。
「あなたがフィン正妃とご従弟をお守りしていたとハドラ猊下から伺いました。それを成し得た公子ならば、この三種の神器を王宮に返納することも可能でしょう。持つべき人が持つべきなのです。正妃と陛下が王宮に戻られたならば、私はもう王宮へ戻ることはできません。お二人がこれまでそうしてきたように、これからは私たちが日陰の者とならねばならないのです。あなたならば分かりますね?」
事件が解決しても、王宮の暮らしには戻らないと宣言しているのだ。
「フィンスならば、必ずやパナス王太子殿下に王位を譲られることでしょう」
パヴァン王妃が怒る。
「陛下の御心を手前勝手にお決め付けになってはなりません」
「発言を取り消します」
危うく僕がルシアスになり、フィンスをリュークにするところだった。




