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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
102/244

第十四話(102) ドラコ・キルギアス

 ランバ・キグスの怒声が響いた瞬間、二人の兵士は直立不動の状態で固まった。


「こちらはテレスコ長官のご子息で在られるぞ」


 すでに身元は知られていたようだ。


「足まで縛ることはなかろう」

「はっ。逃げられぬようにとのご命令でしたので」

「解いてやれ」

「はっ」


 ロープが解かれ、足に自由が戻った。


「公子殿」


 白銀の髪をしたランバは僕のことをそう呼ぶのだった。


「お手の方の自由は今しばらくお待ちくだされ。これには訳がございましてな。別所にてご説明申し上げます故、それまでご辛抱願いますぞ」


 朦朧とした意識のまま、兵士の後に続き、地下の階段を上り、地上へと出た。そこはジンタの言っていた収容所らしく、閉じ込められていたのが地下牢だったということが分かった。収容所を出ると、隣接してある兵舎へと連行された。時は夜明けなり。



「さぁ、公子殿、こちらでお待ちくだされ」


 通された部屋は会議室だった。

 そこで丸椅子に座らされた。

 開け放たれた木窓の外から光が差し込んでいる。

 しばらくすると、ランバが一人の男を連れてきた。


「まさか、この場所を見つける人がいたとは」


 そう言って、微笑みを湛えたのはドラコ・キルギアスだった。短髪に髭を生やした柔和な笑顔を持つ男である。優しそうな顔をしているので強そうには見えないが、すでに千人以上の首を刎ねてきたのは紛れもない現実だ。


「あなたは、ドラコ……」

「憶えておいでくださいましたか」

「祝勝会の式典で一度お目に掛かっていたので」

「私もよく憶えております。随分と大きくなられましたね」


 ドラコは僕のことを記憶してくれていたようだ。


「規格外の体格を持つ弟がおりますが、公子の方が年少のはずですが、当時の弟と筋肉の量がそれほど変わらないようにお見受けいたします。食べることも修行の一つと考えて、一日も休むことなく稽古に励まれてこられたのでしょう。流石はテレスコ長官のご子息だ」


 そう言うと、僕が所持していた短剣を目の前に掲げた。


「それと、これですが、公子の物で間違いございませんね?」

「はい。私の持ち物です」


 その答えを聞いて、鞘から抜き出し、刃先を確認するのだった。


「よく研いである。そして、サビ臭さが一切感じられない」

「はい。父上から厳しく躾けられましたので」

「私もお父上から多くを学びました」


 そう言うと、短剣で僕の手を縛っていたロープを断ち切るのだった。


「これはお返しいたしましょう」


 そこで鞘に納めた短剣の持ち手を僕の方に差し出すのだった。


「よろしいのですか?」

「それは構いませんが」


 短剣を返してもらったはいいが、条件があるようだ。


「ただし行動の自由は制限させていただきたいのです」

「それはなぜですか?」

「それを説明する前に、ここへ来た理由をお聞かせ願いたいのです」


 有無を言わせぬ圧を感じた。嘘はつけない。この人に嘘をつけば、殺されるような気がしたからだ。生まれて初めて怖いと感じた。『死』が、これほど唐突に意識させられるものだとは思ってもみなかった。


「ここに来たのはドラコ、あなたに容疑が掛かっているからです」

「それが理由ではないはずだ」


「はい。王宮が襲撃されるという噂があって、それにドラコ、あなたが関与していると容疑が持たれ、それで偶々ですが、ハドラ神祇官の護衛隊の中に、あなたの部下を見た者がいるのです。それで神祇官と話をすべく、ここへ来たというわけです」


 ドラコが訊ねる。


「お父上のテレスコ長官には話されましたか?」

「いいえ。母上にも嘘をついてここへ来たのです」


 ドラコがランバの方を見る。

 それを受けて、ランバが報告する。


「昨夜の段階ですが、官邸に動きはないとの報告を受けております」


 僕みたいな子どもの話を鵜呑みにしないのは当然の話だ。


「いいだろう。情報の制御は我々の仕事だ。急がねばならないことに変わりはないさ」


 そこでドラコが僕の正面に腰を下ろした。


「公子に一つお願いがあるのですが、よろしいですか?」

「それは王宮の襲撃に関わることですか?」

「その通りです」


 やはりドラコが一連の事件に関与していたようだ。


「協力しろというのですか? できるはずがないじゃないですか。私はそれを阻止するためにここに来たのです。王宮を失うということは、故郷を失うようなもの。一年後には誓いを立てて、この身を捧げると決めています。ドラコ、あなたも陛下に誓いを立てたのなら、せめて、ご逝去の報が正式に発せられるまで、王宮に身命を賭すべきではありませんか? 新しい国王に誓いを立てられないというのなら、それも結構。その時は、改めて私が相手をしようじゃありませんか。私は王太子様をお守りして、王政の維持に努めて行くと心に決めているのですからね」


 僕の言葉にランバが豪快に笑うのだった。


「何が可笑しいのですか?」


「いや、これは失礼した。しかし、隊長に決闘を申し込む者がおるとは、流石はテレスコ長官のご子息ですな。剣聖モンクルスが恐れていたのはジェンババではなく、お父上だったという話は、あながちデタラメではないのかもしれませんぞ」


 笑われている理由が分からなかった。


「これが神のお導きだとしたら、天は我々に味方しているのかもしれない」


 ドラコの眼差しは真剣だった。


「公子、我々も同じ志を持っておるのです」


 意味が分からない。


「どういうことですか?」


「試すような真似をしたことは謝罪いたします。ですが、お気持ちを聞けて良かったと思っております。なぜなら公子ならば、我々の仲間を誤解や謂われなき中傷、そして失敗した時に下される処罰から守っていただけるのではないかと考えられるからです」


「まだ、言っている意味が分かりません」


 ドラコが言い切る。


「我々の目的は王宮を守ることにあります」


 その言葉に、これまでの認識がひっくり返った。


「しかしドラコ、あなたが王宮を襲撃すると噂されているのですよ?」

「それは我々が意図的に流した情報なのです」


 父上の予想が当たった。


「自分が襲撃すると、自分で流したというのですか?」

「はい。私の名前が必要だと判断しました」

「どうして?」

「それが王妃陛下と王太子殿下を救い出す唯一の方法だと思えたからです」


 そこにドラコにしか成し得ない作戦がありそうだ。

 モンクルスの再来が回想する。


「パヴァン王妃とパナス王太子の暗殺計画の話が持ち上がったのは今年の春でした。計画を進めていたのはノルーア・ムサカ法務官で、ダリス・ハドラ神祇官がその暗殺計画を知った時には、すでに残りの七政官全員が賛成の立場を取っていたといいます」


 話の途中で口を挟むのはよくないが、それでも訊ねずにはいられなかった。


「ムサカ法務官がそんなバカげた計画を立てるとは思えません。あの御仁はとにもかくにも厳格で、職務に忠実な方だと聞いていますよ? 長年に渡って陛下の御為に勤めてきた男です。そのお子を殺すわけがないではありませんか」


 ドラコが眉根一つ動かさずに答える。


「仰る通りでございますが、法務官閣下は亡き国王の兄、オルバ国王から現在の地位を賜ったということを忘れてはなりません。閣下は王宮の秩序や慣習を重んじる男です。兄王のご嫡男が存命しているのならば、マクス王子を本流に戻すのが、王宮の正しい在り方だと考えるのです」


 そういえば、オフィウ・フェニックスが連れて来た子どもを王族と認め、王族復帰に協力したのが誰であろう、ムサカ法務官だった。ハクタの魔女は、ムサカが夫である兄王に忠実だったと知っていたから利用したのかもしれない。


「暗殺計画を知ったハドラ神祇官はどうされたのですか?」


 それが僕にとって一番大事な質問だ。


「当初はハドラ神祇官を除いて計画が進められていたそうです。それは反対されるだけではなく、告発を受けると考えたからでしょう。王族の暗殺ともなれば、計画しただけでも死罪だけでは済まされず、一族の崩壊をも招いてしまいますからね。しかし、密告だけで告発できるほど容易ではないのが権力というものです。街のゴロツキを収容所にぶち込むのとは訳が違いますからね。証拠なき告発を行えば、ハドラ神祇官の方が妄想を疑われる始末です。ですから、神祇官猊下は話に乗るしかなかった。それは計画の全貌を掴むためです」


 エリゼの父親は謀反人ではなかった。


「それで、どうしてドラコが暗殺計画に関わってくるのですか?」


 現在、捜査線上に首謀者として浮かんでいるのが目の前にいるドラコだ。


「神祇官が法務官に暗殺計画について問い詰めても、初めは知らぬ存ぜぬと白を切っていたと言います。それが『手を汚すことなく実行できる』と示唆したところ、ふた月ほど間を置いてから、『ご教示願いたい』との返事があり、そこで会合への参加が認められたのです。それが今から百日前のことでした」


 そこでドラコがランバの方に目を向けた。


「ハドラ神祇官が敵営に潜入するために考えた策というのが、ランバを通じて私と連絡を取ることだったのです。猊下は会合の場で『ドラコ・キルギアスに王族殺しの実行犯になってもらう』と提案しました。そうすれば万一にも未遂に終わった場合、『不当人事に不満を抱いた平民出身の兵士がクーデターに失敗した』と処理することが可能ですからね。本音を言えば、誰も自分の手を王族の血で染めたいとは思っていなかったのですよ。ハドラ神祇官はムサカ法務官の他に黒幕がいることを察していて、それを逆手に取ったわけです」


 そこでドラコがランバに水を頼んだ。

 頼まれたランバが部屋の外にいる警備兵に水を頼む。

 ドラコが話を続ける。


「しかし、そう簡単に私のことを信じる者はいなかった。兵士が自分たち貴族ではなく、王族に誓いを立てているのは誰よりも分かっていますからね。そこで法務官から『私が本当に実行できるのかテストする』と言われたのです。それが荘園にいる王家縁者の抹殺です。その条件を飲んだハドラ神祇官は、そこでランバを呼び寄せました」


 時系列がよく分からなくなってきた。


「その時点でドラコは何も知らなかったということですか?」


 モンクルスの再来と呼ばれている男が頷いた。

 そこで水が運ばれて、僕にも勧めてから、ドラコは水を飲むのだった。


「神祇官からのご命令ですから、私の意思は関係ありません。猊下は私が王家に忠義を尽くすと信じていたのでしょう。王妃陛下と王太子殿下を救うという大義さえあれば、必ずや命令に従うと」


 そこで矛盾を感じた。


「しかし荘園には、その王家の血筋の者がいます」


 ドラコが虚空を見つめながら何度も頷いた。


「私が誓ったのは、国王陛下ただ一人。荘園で悪事を働く領主に誓った覚えはないのです。王政と異なる法律を制定したのならば、それはもはや独立したも同じこと。自らが王となったのだから、兵士には直接忠誠を誓わせねばなりません。王になるということは、それだけの覚悟を要するということです」


 今はまだいいが、人口が増えると王政の維持が難しくなるかもしれないと思った。国王に直接拝謁しなければ強固な忠誠心など芽生えないからだ。それを補う役割を果たすのが宗教になるだろうが、まだまだ我々の島では土着信仰の方が強い印象だ。


 ドラコが続ける。


「しかし、荘園にいるフェニックス家と縁戚関係にある領主を無差別に狙ったかというと、そうではありません。あくまで悪事に手を染めている証拠が挙がっている者だけ処断することに決めたのです。それにはザザ家の不正を調べていた時の捜査資料が役立ちました。あの時、ザザ家を処断しましたが、悪いのは彼らだけではなく、取引を行っていた荘園の領主たちも同罪だったのですからね。ハドラ神祇官からリストアップされた領主たちの他に、手入れできなかった領主も、この際だからとまとめて断罪することにしました」


 そこで改めて僕にランバを紹介するのだった。


「彼はランバ・キグスで」

「はい。存じ上げております。父上が私に、入隊したらキグス教官に預けると言っていましたからね」


 ランバが嬉しそうな表情を浮かべる。


「長官から学んだことをお教えできれば、これほどのご恩返しもありませんな」


 ドラコが続ける。


「私がムサカ法務官から信用を得られたのは、すべてはランバの働きによるものなんです。私はカイドル州にいて、現場で指揮を執る自由はありませんでしたからね。もしも一度でも失敗していたら、暗殺計画を一手に任されることもなかったでしょう」


 ランバが補足する。


「すべては隊長の考えた作戦が功を奏したのです。隊長がハドラ神祇官のご子息に協力を仰がなかったら、マクチ村の堅牢な扉が開かれることはありませんでしたからな」


 ハドラ神祇官が父上にマクチ村の通行許可証を求めていたことを思い出した。


「しかしドラコ、襲撃に参加していないあなたが、どうして自らその名を流布して、わざわざ警戒させるような真似をしたというのですか?」


 ドラコの行動にはすべて意味があるはずだ。


「それには三つの理由があります。一つは荘園の襲撃と暗殺の責任を私一人が負うと敵営に思わせるためですね。こちらから私が首謀者であると印象付けてやれば、これは好都合とばかりに、最後の大仕事もなるべく関与しようとせずに押し付けてくるだろうと考えたからです。そして実際に彼らは私一人に責任を負わせると決めたのです。これはハドラ神祇官が彼らを上手に誘導してくれた結果ですけどね」


 責任は一人で負い、功績は他と分かち合うようだ。


「二つ目の理由は、作戦自体に私の名前を必要としたからです。襲撃現場で略奪行為があれば、その時点で大義が失われてしまいます。断罪する現場で罪を犯せば、仮に救出作戦が成功しても、その後に責任を負わねばなりませんので、作戦に加わる兵士らを盗賊にしないためにも、私の名を末端の者らに知らしめる必要があったというわけです。実際よく統制が執れたと感心しています」


 ランバが補足する。


「隊長の名を汚す者はその場で処分させていただきました」


 殺したということだ。


「そして私の名を広めた一番の理由は、救出作戦に不可欠だからです。真の狙いが王宮にあると流したのも、この私ですからね。そうしなければ王妃陛下と王太子殿下を無傷で救い出すことなどできません。これでもまだ成功させるのは難しいのです」


 耳を疑う言葉だった。


「救出するのが難しいって、どういうことなのですか? 絶対に成功させなければいけないではありませんか。ユリスの判断にもよりますが、パナス王太子は次期国王なのですよ? 失敗はありえません」


 ドラコもそれくらいのことは承知しているはずで、それでも言わずにはいられなかった。


「言い訳じみた言葉になりますが、ハドラ神祇官が暗殺計画の情報を事前に入手できただけでも奇跡のようなものなのです。王族を暗殺しようと思えば、乗馬をさせて落馬させたり、パレード中に暴漢に襲わせたり、他にもオーソドックスに毒殺したりと、色々と工作は可能なのですからね。実際に彼らの当初の計画では、ユリス・デルフィアスに暗殺の罪を着せようとしていたのですから」


 ハドラ神祇官がいなければユリスまで失っていたかもしれないということだ。


「ハドラ神祇官が拘ったのは、他の六人の官僚に暗殺の意思を認めさせることでした。そのためには実際に彼ら六人に襲撃作戦に協力してもらわねばなりません。それ以上の証拠はありませんからね。ですから単純に王太子殿下と王妃陛下を退避させるだけではいけなかったのです。なぜなら、私たちは救出作戦と同時に六人の官僚をまとめて処刑する計画を立てたからです」


 七政院のうち六人までも結束しているということは、一時的に救出しても守り続けるのは難しいと判断したのだろう。王族の暗殺は大罪なので、大貴族といえども万死に値する。神祇官はその処刑計画をもドラコ・キルギアスに託したわけだ。


「しかし」


 それでも高いリスクを負う必要があるのか疑問である。

 そこで訊ねてみた。


「他の手段は考えられなかったのですか? 神祇官は他の六人に暗殺の意思があると確認したわけですよね? それならば問答無用で処断しても良かったはずです。今からでも王妃陛下と王太子様を安全な場所に移して、それから六人を処刑すればいいではありませんか」


 ドラコが首を振る。


「暗殺計画に関わったという証拠があればその方法が一番でしょう。しかし未然の状態で処刑するなど、各領地にいる領民から暴動が起こってしまいます。七政院が治めるその土地の広さは、襲撃した荘園の比ではありませんからね。我が国の秩序が維持されているのは、王政や宗教はもちろんですが、七政院の高い管理能力による部分が大きいのです。神祇官お一人の証言による処刑では、他の領民から陰謀を疑われましょう」


 それでも王妃と王太子の命を第一に考えなければならないはずだ。


「しかしあなたが暗殺の実行犯になるということは、少なくとも王妃陛下と王太子様のお命をお守りすることはできるのですよね? だってドラコが手を下さなければいいだけなのですから。そのためにハドラ神祇官も暗殺の実行を強引に買って出たわけでしょう?」


 ドラコが初めて自信のない表情を見せた。


「最大の問題は、未だに黒幕の存在が分かっていないということなのです。暗殺計画を立てて、荘園の領主を殺すようムサカ法務官に命じたのは誰なのか、それが分からない限りは、王宮に平和が訪れることはありません」


 ハクタの魔女しかいない。


「それは次期国王にマクス王子を擁するオフィウ王妃陛下なのではありませんか?」


 ドラコが頷く。


「それは充分考えられますが、我々の狙いは関わっている者をすべてあぶり出すことにあります。そのための救出作戦なのです。成功が難しいというのは、黒幕を突き止めるのが難しいということも意味しているのですよ。そうしないことには、パナス王太子が無事に成人を迎えることもできなくなりますからね」


 ドラコ・キルギアスに任せるしかないようだ。

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