第十五話(103) ドラコの機転
困難な状況にあることは分かったが、それでも気になることがあった。
「ユリス・デルフィアスが近くまで来ています。明日か明後日にはハクタに到着していると思われます。彼の元にはミクロス・リプスやジジもいますよね? ユリスは今回の救出作戦のことを知っているのですか?」
ドラコが首を振った。
「いえ、ユリスには話していません。ミクロスやジジにも何一つ話していないのです」
「どうしてですか? ユリスはあなたの上官です」
ドラコが水を飲んで一息入れた。
「黒幕が分からないと言いましたよね? それはつまりユリス・デルフィアスである可能性もあるということです。もちろん、私は彼のことを信じていますが、しかし、捜査を行う以上は誰一人として除外するわけにはいかないのです。それともう一つ、この作戦が失敗すれば、私が王族殺しの首謀者として後世に名を残すことになる。だから黒幕を突き止めるまでは、ユリスやミクロスやジジですら欺かないといけないのです。彼らだけは巻き込んではいけませんからね」
ドラコは『命令に従っただけで、自分の意思は関係ない』と言いながら、自分が汚名を被ることを分かった上で作戦を立てたわけだ。どうしてこれほど国家に忠義を尽くせるのか、もっともっと彼のことを知りたいと思った。
ドラコが続ける。
「今回の救出作戦の肝は、私が実際に王妃陛下と王太子殿下を暗殺したと敵営の黒幕に思わせることにあります。つまり王宮が襲撃されて、現場検証を行った時に、七政院の六人の遺体の他に、王妃陛下と王太子殿下の遺体もあったと思わせなければなりません。そこで七政院の唯一の生き残りであるハドラ神祇官にも容疑が掛かかりますが、暗殺計画が成功し、陛下と殿下が死んでいると思わせることができれば、そこで一先ずは命が狙われることがなくなるのです。どれだけ時間を稼ぐことができるか分かりませんが、大事なのは、暗殺計画が成功した後、誰が、どのような行動を起こすのか、それを観察することに意味があるのです。今回の暗殺計画には続きがあるかもしれませんし、今回の計画で終わりなのかもしれない。そういったことも含めて、暗殺計画が成功したと思わせたいのです」
暗殺計画に関わる七政院の六人は大貴族の面々だ。そうなると拷問で黒幕を吐かせるわけにもいかないし、今からスパイを送り込むことも難しい。拷問ができないのなら、処刑を躊躇う必要はないわけだ。
「しかしドラコ、王妃陛下や王太子様の遺体を偽装するのはいいとして、神祇官以外の六人を殺してしまうというのは疑惑を招くのではありませんか? 黒幕がいた場合、その者はムサカ法務官としか接触していないわけですよね? 現場の状況を伝え聞いた時に、黒幕がどのように思うのか心配になるのです」
ドラコが頷く。
「公子には素晴らしい洞察力が備わっているようだ。その場合は神祇官の裏切りか、私の裏切りか、両者が共謀しているか、そのいずれかを疑うこととなるでしょう。しかし、暗殺を実行したと思わせることができれば、我々には新たな計画があるのではないかとも考えるはずです。この場合、疑心暗鬼を芽生えさせるだけでも充分なのですよ。疑いを持たせるだけで、あちらの方から探りを入れてくるでしょうからね」
王妃陛下と王太子様の死を偽装することができれば、とりあえず命を救うことができたわけで、それだけでも大成功といえるだろう。そこでドラコは同時に暗殺計画の首謀者を見つけたいと思っているわけだ。
ドラコが遠い目をする。
「ユリスやミクロスや、特にジジが本気で私のことを疑ってくれたら、黒幕も私が国を裏切ったと思うかもしれません。そうなると、こちらが探さなくても、向こうから接触してくるなんてこともあるかもしれない。それを誘発するのが理想ですが、そう上手くいくとも思っていません。まずは王妃陛下と王太子殿下をお救いし、その上で七政院の六貴族を殺さなければいけませんので、それで難しい作戦になると言ったのです」
そこでドラコが窓の方に目を向けた。
ランバが窓辺に移動する。
「外が騒がしいですな」
「捕り物があったようだ」
ドラコの言葉にランバが驚く。
「まさか、ここまで賊に侵入を許すことはないでしょう」
「しかし兵士の格好ではないぞ?」
そこで窓の外に目を凝らすと、ジンタが取り押さえられているのが見えた。
「あっ」
立ち上がった反動で、丸椅子を床に転がしてしまった。
「あれは僕の友達です」
ドラコが念を押す。
「それは確かですか?」
「はい。間違いありません。彼はジンタといって、彼に島の出来事を調べてもらって、それでここにドラコの部下が潜んでいることを教えてもらって、彼に近くまで案内してもらったのです。王都で落ち合う約束でしたが、心配で見に来たのかもしれません」
ランバが感心する。
「それが真ならば大した男ですぞ」
ドラコも驚いている。
「ああ、馬車と同じ速度で走ってきたことになる」
「走りながら水を飲めるから、自分の足の方が速いと言っていました」
ランバが豪快に笑う。
「ミクロス殿と同じことを言う男が他にもいるというのは傑作ですな」
「おもしろそうな男だ」
そう言うと、ドラコがランバに指示を出した。
「両手を縛って、ここに連れてきてくれ」
「しばし、お待ちを」
ランバが部屋を出ると、ドラコが忠告する。
「公子は手を後ろに隠したまま、一言も喋らぬようにお願いします」
そう言って、手を縛っていたロープを拾い上げて懐に隠した。
「頼むから、放してくれよ」
しばらくして、ジンタがランバに連れられて入ってきた。
「酔っ払って迷子になっただけなんだよう」
ジンタは僕の方を見ようともしなかった。
「そんな言い訳が通用すると思っているのか?」
そう言って、ランバはジンタをドラコの前に跪かせるのだった。
「その方、名を申してみろ」
ドラコが尋問を始めた。
「この身なりで分かるだろう? 名前なんてあるわけないんだ」
「何をしにきた?」
「だから言ったろう? 迷子になったって」
「そんなわけなかろう」
「へっ、信じないのはオタクらの勝手さ」
そこでドラコがジンタのモジャモジャ頭を掴んだ。
「小僧、この場にお前の見知った顔はあるか?」
「無理を言っちゃいけませんぜ」
ドラコがジンタの髪を引っ張って僕の方を向かせた。
「そいつの名を言え」
「知らねぇもんを、どう答えろっていうんですかい?」
「言えば命だけは助けてやろう」
「そんなこと言われたって、知らねぇもんは知らねぇんだ」
「ならば用はないな」
そこでドラコはランバの腰から剣を抜き取るのだった。
それからゆっくりとジンタの斜め後ろに移動した。
斬首しようとしているのはジンタにも分かっているはずである。
処刑を見たことがあるが、この時点で小便を漏らす者も少なくない。
「おいおい、何をするっていうんですかい?」
ジンタはまだ口を利く余裕があった。
ドラコがわざと剣先を見せる。
「その口を塞がなければならんでな」
「頼むよ。なんにも知らねぇんだ」
「命が惜しければ吐け」
「だから知らねぇって言ってるだろう」
「ならば仕方ない。死んでもらおう」
そう言うと、剣を振り上げるのだった。
それから思い切り振り下ろした。
思い切りだ。
間違いなく剣を振り抜いたように見えた。
それなのにジンタの首は繋がったままだった。
寸でのところで止めたのだ。
凄まじい寸止めの技術だ。
剣の刃先を守るためには必要な技術である。
「ジンタよ、お前は命が惜しくないのか?」
目を閉じていたジンタがドラコを見上げた。
「ハァ、アッシのことを知ってたんですかい?」
「公子から聞いていたのだ」
ジンタが大きく息を吐き出した。
「死んじまうもんだと思いましたぜ」
僕も芝居だと知っていたのに、ドラコが本気で殺すと思ってしまった。
ドラコがジンタの手を縛ってあるロープを断ち切る。
するとジンタは解かれた手ですぐに額の汗を拭うのだった。
「どうして公子の名を告げなかったのだ? お前の素性はすべて聞いている。正直に申してみよ」
そこでジンタが初めて自分から僕の方を見た。
「彼はドラコ・キルギアスだ。正直に答えるといい」
「へい、情報屋ってのは雇い主の名前を言っちゃいけねぇんです」
「それは己の命と引き換えにすることか?」
「命なんてもんは、わずかでも財産を持ってるから惜しくなるんでしょ?」
彼は孤児で、物を持たないジンタには執着するものがないということだ。
「それにね、アッシが知ってることを吐いたところで見逃してくれる人はいませんぜ。アッシのことを大事にしてくれるのはダンナしかいないんでさ。拷問されないだけもマシな人生だったと思わなくちゃいけねぇ」
常に危険と隣り合わせだったと、今まで思いやることができていなかったと痛感した。
そこでドラコがランバに剣を返した。
「よかろう、お前の身もしばらく預かろう。ミクロスほどの足を持つという話だからな。それだけの足があれば情報収集だけではなく、島中に流したい情報やデマや噂話をバラ撒くことも可能だろう。しばらく公子と一緒にいてもらうことになるが、我々の証人にするには最適だ」
するとドラコは僕にこれまで話したことをジンタに説明させるのだった。それはおそらく僕が一度聞いた話をどこまで正確に記憶しているか試すためだ。それと聞いた話以外に勝手に付け加えたりしないか調べるためでもある。
そういうことを瞬時に理解出来るのは、ジンタからの話を正確にフィンスに伝える仕事を何度もこなしてきたからだ。練習と実践の賜物である。伝聞や伝言というのは恐ろしいもので、間に人ひとり挟んだだけでも内容が正反対に変わることがあるのだ。
僕がジンタに話し終えると、今度はジンタに聞いた話を繰り返させるのだった。ドラコは一緒に仕事をする人間を自分の目で試さないと安心できない人のようだ。この場で合格を告げられたとしても、その後の行動や態度も観察するはずだ。
「二人とも素晴らしい記憶力だ。ミクロスやジジの少年時代を思い出す」
これ以上ない褒め言葉だった。
しかしジンタは不満げだ。
「アッシの足に勝てる奴はいないんですがねぇ」
ランバが豪快に笑う。
「ミクロス殿も同じことを言ってましたぞ」
そこでドラコが窓辺に移動した。
窓の外を見ても、異変は感じられなかった。
「閣下がお越しになったようだ」
しばらくしてから窓の外を馬車が横切るのだった。
ドラコが真剣な眼差しで訊ねる。
「公子、王宮へ行ったことはございますか?」
「五年前までは毎年呼ばれていたのですが、それ以降は一度もありません」
「結構」
僕の答えを聞いて、ドラコは一人で納得するのだった。
「ドラコ、何があったというのだ?」
そう言いながら、ダリス・ハドラ神祇官が会議室に入ってきた。
そのまま、すぐに僕の方に目を向けた。
「賊というのは、テレスコ長官のご子息のことか」
ジンタを一瞥して、ドラコに訊ねる。
「どういう状況かね?」
「その前に、どうぞお掛けになって下さい」
ドラコが神祇官と二人のご子息に椅子を勧めた。
「公子も私の横に。ジンタはランバの横に立っていなさい」
僕とドラコが並んで座り、その正面にハドラ父子が並んだ。
ランバとジンタが窓辺に移動する。
部屋の前に警護兵を立たせているが、扉は閉ざされていた。
そんな中、ドラコが口を開いた。
「公子にはすべて話してあります。それは我々の作戦行動を見届けてもらうためで、テレスコ長官のご子息に証人になってもらうのが目的です。成功しても、失敗しても、テレスコ長官に我々の大義が正確に伝わることを、この私がお約束いたします」
長兄のリュークが何か言いたそうに口を動かしているが、隣にいる父親が黙っているので我慢している感じだ。一方で、次兄のルシアスはあくびを我慢しながら、ひたすら時が過ぎるのを待っている感じである。
ハドラ神祇官が疑問を口にする。
「ご子息がここにいるということは、長官にも知れ渡っているということではないのか?」
ドラコが僕の方を見た。
「王宮の安全に関わる問題です。公子の口から説明していただけますか?」
「父上には話しておりません。計画に支障をきたすことがないことをお約束いたします」
ハドラ神祇官が頷く。
「エムル・テレスコの血を信じるとしよう」
そこでドラコが改まった。
「時に閣下、ご相談があります」
「申すがよい」
ドラコが上申する。
「救出作戦の実行、つまりは閣下に同行し、王宮内部で計画を遂行する実行者を、ご子息ではなく、このヴォルベ・テレスコに代えていただきたいのです」
理解力のない頭ではないと思っていたが、こればっかりは意味が分からなかった。
「息子のリュークでは力不足ということかね?」
ドラコに臆するところはなかった。
「はい。然様でございます。ご不興を被るのを承知で申し上げますが、マクチ村での働きを見るに、ご長兄の剣さばきでは王宮内部を制圧するには不安があると、部下から報告を受けました」
リュークがテーブルを叩く。
「それはランバ・キグスの報告ではないのか?」
ドラコは瞬き一つしなかった。
「彼の判断は、私の判断であります」
リュークが問う。
「隣に座っている者と知り合ったのは、いつだね?」
「今朝でございます」
それにはハドラ神祇官も驚いた様子だ。
リュークが怒りをにじませる。
「貴君は五十日以上も前から準備してきた者よりも、出会ったばかりの子どもを優先するというのか?」
「王妃陛下と王太子殿下の御為でございます」
ここで言い返すのは不敬に当たる。
そこでリュークは言い掛けた言葉を引っ込めるのだった。
ハドラ神祇官が不安を口にする。
「いや、しかし、今朝作戦に加わったばかりの者に任せて大丈夫なのかね?」
「これから指導します。後は本人にお訊ねください」
そう言うと、ドラコが僕の方を見た。
ハドラ神祇官が問う。
「確か、ヴォルベだったね。君は事の重大さを承知しているのか?」
まだ、作戦内容を聞かされてもいない状態だ。
しかし、心はすでに決まっていた。
「この手にて反逆者を処刑できる、その機会を得られて喜びに湧いております」
その答えにハドラ神祇官が感心する。
「これがモンクルスの系譜というものか。そなたにも英雄の血が流れているようだな」
褒め言葉として受け取るにはまだ早い。
「作戦の成功を以って、それを証明いたします」
「うむ。期待しているぞ」
突然の提案に驚きはしたが、すぐに気持ちに火がついたのは、エリゼの顔が思い浮かんだからだ。それを不純な動機と思わせないためには、しっかりと作戦を成功させなければならない。エリゼに近づける喜びを抱くのは、陛下と殿下を救出してからとしよう。




