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蓋然性ってなに? 2

「そうよね。貴女の今の状況なら、そう願うのも当然よね。貴女なら、異世界転移の魔術が使えれば、こちらに召喚された瞬間の日本に戻ることも確かに不可能ではないのだもの。……でも、ごめんなさい。でも無理なの」


溢れる期待と共に吐き出した言葉があっさりと却下されたのは、有り体に言えばショックだった。


彼女が私に対して好意的だからこそ、より衝撃が大きい。


「だって、私はそちらの世界に行けないもの。ここは図書館と呼ばれるけど、正確には母のギフトで作られた、どの世界にも属していない空間なの。どこの世界からでも入られるけれど、自分のいた世界にしか出られないわ」


「え? だってアルトさんのお母様なんですよね?」


「だからさっきも言ったでしょう? どこで生きるかではなくて、誰と生きるかだと。もちろん、私は最愛の人を選んだ訳よ」


子供をこの世界に残して、彼女は旦那さんと一緒に世界を渡ったのだと思い至った。

当時のアルトさんは、もう子供と呼べる年齢ではなかったのかもしれないけど。


「お手伝いしてあげられなくてごめんなさい」


若干しょんぼりして頭を下げてくる。


私の自分勝手な願いだったのだから、謝られるようなことではない。

少しばかり、いえ、かなり期待してしまっただけなのだ。


「そんなに私ってガッカリしたように見えますか?」


大きく首を縦に振るところを見ると、余程酷く落胆した様子だったのだろう。

それは私の方が申し訳ない。

勝手に期待値を大にした私が悪いのだ。


気を取り直して質問を続けなければ。

彼女にお願いできないのであれば、何でもいいから情報を取得しなければいけない。


ランさんはゆっくりしているが、実際にはここにいられるタイムリミットがわからないことだし……。

ああ、まずそれか。


「この空間の性質を少し教えてもらいましたが、ここにいられる時間の制限なんてのはあるんですか?」


「ここは図書館なので、知りたい事柄を調べるための空間なの。だから、貴女が知りたい事柄の答えを得れば自動的に排出されるんじゃ無いかしら」


切り替わった質問に彼女は丁寧に答えてくれる。

根が善良で、裏表の無い女性なのだ。


「タイムリミットはあるけど、自分では決められないし、どのくらいの時間かも計れないって事ですか」


「その認識で正しい。そして、貴女はここから出たら、もうこの空間に来ることはないような予感がするわ」


おおっと、かなりな核心。

つまり、彼女の勘が正しければ、これは最初で最後の邂逅だという事だ。


情報取得の機会だというのに、少年が傍にいないことに一抹の不安を覚えた。

質問の取捨選択、聞いた回答の記憶、どちらの能力にも自信がない。


かと言って、無駄話を続けるには時間がもったいない。

私は私が知りたい事を聞くまで退場させられないとしても、ランさんも同じだとは限らない。

先に彼女がこの場から去る可能性もあるからだ。


行儀が悪いとは思ったが、冷めてしまった紅茶を飲み干して、私は質問を頭の中で繰り返す。


うん、聞くならこれだ。


「その魔術、シヴァティア王国の王弟殿下が行使して、成功するような代物ですか?」


ランさんに頼めないなら、少年とも話してたように、カークさんを頼るしかない。


ランさんが笑みを深めた。


「私の代理として思い浮かべるのが王弟殿下なんて、どんな異世界生活を送っているのか興味があるわね」

「お知り合いですか?」

「本人は凱旋パレードで見たことがあるだけよ。でも、彼の祖母を知っているわ。言ったでしょう? イレギュラーの蓋然性」


あ、なるほど。

あの強さで加護がない訳がない。

つまり、カークさんもそうだ(イレギュラー)という事だ。


加護待ちのリアンさんも同じなのだろう。

巡り逢いの蓋然性。


確かに不思議だったのだ。


カークさんとリアンさんから、加護持ちは世界の総人口からすると非常に少ないのだというのは聞いていた。

だから、その少ない加護持ちとこうも簡単に出会ってしまう確率はどのくらいなのだろうと。


だけど、異世界人の血縁者である加護待ちは、異世界人や加護待ちと出会いやすいのが世界の理なら、なるほど、理解はできないが納得はできる。


そして、おそらくだけど、異世界人の血が濃いほどこの蓋然性が高いってことだろうか。


で、蓋然性って、結局なんなのよ。


「あの子の人間離れした魔力は母方の加護と父方の加護が重なった結果だと思うのよね。私は鑑定の能力がないから、魔力感知で分かる範囲でしか推測できないのだけれど。私以外の魔術行使者ってなると、確かに彼が適任だわ。それでも、本来なら不可能ね」


私が「蓋然性」に腹を立てている間に話が進んでいた。

不可能の言葉に肩を落としかけた私を置き去りに、更にランの説明は続く。


「なんだけども、貴女の場合、可能性は低いけれど、ゼロじゃないわよ。だって、貴女のバッグは常に元の世界と繋がっているわけでしょう?」


不思議そうにランが私のバッグを見る。


「とは思うけど。成功確率は高く見積もってもないに等しいわよね。私のメモが部屋に残っていはずだからそれを元に魔術を組めば……そうね、数パーセントぐらいは可能性が出てくるかも」


下がり始めていた私の頭が、弾かれたように上を向いた。


「カークさんにお願いしたら日本に帰られるって言いました?」


信じられないものを聞いたかのように目を瞬かせて。

私の反応に僅かにたじろいだランさん。

捲し立てるように言葉を流していく。


「カークさんとやらが王弟殿下の愛称なのかしら。私は限りなくゼロに近いし、難しいという話をしたと思うんだけど。

貴方の脳内翻訳は違うように聞こえているのかしら。可能性があるというだけの話よ。実際の所、日本自体を知らないだろうから、更に精度は落ちるだろうし。違う世界や時代に繋がってしまいそうだし。戻れたとしても別の並行世界の可能性が高い訳だし。厳密には元の世界へ戻ったとは言えない気もするし」


どれもこれも、私の期待を膨らませるのに十分な力を持っていた。

何故なら、0%ではないのだから。


「タイムパラドックスの発生していない並行世界の同じ歴史の同時刻の日本であれば、それは日本に戻ったってことでいいはずよね」


「タイムパラドックスが何かわからないわ」


私の呟きに、ランさんが肩を竦めた。


「並行世界論は分かるのにタイムパラドックスは知らないんですね。時間を巻き戻す魔法とか、過去に戻る魔法とかありそうなものですけど」


「世界の時間を戻して、過去に行くなんてことできないわよ? さっきも言ったように、別の次元の似た世界と繋がることはできるけども」


並行世界論は、いわゆるタイムスリップ系の過去改変のパラドックスの説明に使われる。

過去を変えて戻った世界は既に自分の知る世界とは異なる。

タイムパラドックスの理論から、戻った時に元の同一世界で生きていくのであれば、過去改変は不可能であり、過去改変できている時点で戻った世界は自分の世界ではないのだ。


「つまり、この世界では、並行世界への移動という概念が先にあるため、タイムパラドックスの概念が発生しなかった世界なのね」


「なるほど! だから彼と会話が噛み合わなかったのね! あ! 私のタイムリミットだわ。貴女が帰る時は、私の家に出るから、詳しくは私の残したものをさが……」


突然声を荒げたランさんが、最後まで言い終える前に私の前から消えてしまった。


唐突な終了。

彼女の説明通りなら、おそらく知りたい事を知ったために、彼女はこの空間から排出されたのだろう。


そして、静かな図書館の閲覧室に一人残された私は途方に暮れるしかなかった。







唐突な浮遊感。

ベッドの上にドサリと落下する。


ランさんが消え、一人取り残された私はしばし呆然と立ちすくんでしまったが、それもそう長い時間ではなかった。


彼女との会話を反芻し、内容を概ね理解できたと思った瞬間、唐突に私は別の場所にいた。

それが、暗闇の中のベットの上ということだ。


でも、ちょっと乱暴すぎない?


思わず悪態をつくと、私の下で驚いた様子で固まっている青年に気づいた。

彼は、眠っていた自分の上に降ってきた存在に声もなく仰天している。


「……突然の訪問、失礼ですよ。どちら様ですか」


一瞬の絶句の後、剣呑な低音の声が響く。

左腕を私との間に差し込んで牽制してくるのは当然だ。


薄暗い中で顔ははっきりとは見えなかったものの、私には見知った青年だとすぐに分かった。

この一度聴いたら忘れられないイケメンボイスの持ち主は喫茶店の店主以外にいない。


安堵して思わず笑ってしまう。

そして、確信を持って、私は言葉を紡いだ。


「あはは。一週間ぶりですね。アルトさん」


身を起こして笑う私の言葉に、彼は眉を潜めた。


「日本語ですね……ヒナタさん?」


思い当たってくれたらしく、彼がわたしの名を口にする。

心地良い声と共に室内が明るくなり、互いの顔を至近距離で確認することとなった。


不思議そうに首を傾げる青年の仕草と表情が、図書館で出会った女性と重なる。

こう見ると、よく似ている。

どこかであったような気がしたはずだ。


「ランさんとそっくりですね」


思わず洩らすと、アルトさんが大きく息を吐いて、頭の後ろに置いていた右手で額を押さえた。


「そういう事ですか。図書館で母と会いましたか?」

「お会いしました。蓋然性どうのとおっしゃって、私には意味がわからなかったのですが、色々詳しくお話を聞く前になんらかの答えを得たのか、消えてしまわれました」

「なるほど。それで、貴女も答えを得てこちらの世界に戻ってきたという訳ですね」


相変わらずの甘くて良い声が耳朶をくすぐる。


「状況は理解しました。あそこから帰ってくる時、必ずこの地点なんだそうですよ。母がこちらに帰ってくることがなくなったので横着しすぎました。やはり、別の部屋を寝室として使えるようにした方が良いですね。それよりも……この体勢は良くないですよ」


指摘されて、私は現在の状況を客観視する。


ベッドの上で横になるアルトさんの上に私が伸し掛かっている。

まるで私が彼を押し倒しているかのようである。


「す、すいません!!!!」


慌てて彼の上から飛び降りた。


「随分冒険者らしい格好になりましたね」


くすくす笑いながらベッドから見上げられ、今度は私がキョトンとする番だった。


少し俯き上目遣いで前を見ると赤毛の前髪が見える。

視界に赤毛が入ってくることに慣れてしまっていて忘れていたのだ。


私って変装したままなのでした。


「あ、これは、いろいろジジョーがありまして。コンセプトは根暗な15歳の少年冒険者……なんですけど、この格好でよく私って分かりましたね」


改めて自分自身を見下ろしてびっくりだ。

私が私である部分が全くないはずなのだから。


「あなたたちの場合、話し方に特徴がありますから、知ってさえいれば変装していても話せばすぐに分かります」


でも、意識してなければ、聞こえてきた声と唇の動きがあってないなんてまず気づかないって、カークさん達が言ってたし、あの暗闇ですぐに日本語と認識できたアルトさんは、やはり只者ではないのだろう。


知っている人がいない異世界で、同郷の人々と同じ外見の青年は無条件で信じたくなるし、頼りたくなる。

脳が勝手に同族と判断してしまうのかも。


更には、優しげな雰囲気と同年代という気安さも相乗効果をもたらしている気がする。

それに、彼からは一定の好意を感じるし。


少年には、また迂闊だって叱られるかもしれない。

でも、他人から向けられる純粋な好意は素直に受け取りたい。


私は、カークさんのことも含めて、自身に起こった出来事をアルトさんに伝えることにした。


そして、それが正解だと思った。

どこぞのロマンス小説や少女漫画のように、言わなければいけないことを伝えずにすれ違って、簡単に終わる事を複雑にする必要はない。


私達は彼に手助けを求める立場だ。

お願いする立場で隠し事や誤魔化しがあってはいけない。

この家に残されたランさんのメモを探し出すには、アルトさんの許可が必要なのは明らかなのだ。


もしこれで何らかのデメリットが生じたとしても、アルトさんの機嫌を損ねる以上のデメリットなんて考えられない訳だし。


アルトさんに話して、メモ捜索の許可もらって、みんなと合流してから、大捜索といこうではないですか。


私が黒い靄に吸い込まれてから何時間経っているのか判断つかないが、現在深夜であることを考えると半日以上は離れていると推測できた。


端正な少年の顔が脳裏に浮かぶ。

思い出す彼の表情は、いつもちょっと怒った様子だ。

それが心配や不安からくるものだっていうのはもう知っている。


早めに合流しないとね。


私は脳裏の少年を掻き消すために頭を大きく振ってから、日本人の外見をした異世界人に向き合った。


「ナイショのお話ですよ」


第一声でそう伝えると、彼は興味を覚えたように目を煌めかせた。



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