後編
隣国の村はポポンタ村によく似て、すんごい田舎で 、すんごい優しい人がいっぱいの、良い村だった。ちなみに、ゲタワ村っていいます。
私を迎えに来てくれたのは、村長の息子さんのテオ・シルバリオさん。23才で、猟師をして暮らしているんだって。だから、身体が大きくてガッチリしてる、骨太さんなんだね。彼がどれくらい大きいかというと、並んで立つと、私の頭が彼の肩くらい。でも大きい身体とは裏腹に、中身は優しい人。一人でこの村にきた私を気づかってくれる。無口な人で、必要最低限のことしか話さないみたい。
ゲタワ村に来て、一週間がたった。私はかなりこの村に馴染んだ。今は村長さんの家の空き部屋を借りて、住ませてもらっている。なんと、家賃はタダで三食付き。こんなによくしてもらっていいのかしら?
そんな気持ちから、私は掃除に洗濯にお料理に、何でもまかせろやいっ!な気持ちでシルバリオ家でバリバリ家事をこなしております。若干駄洒落も入れ込んでみました。
村長さんも、奥様も、すごく優しくて美しい方たち。仲睦まじく寄り添う二人は、私の密かな目の保養になってる。
そこに、フラッとテオさんも加わると、もう文句のつけようがないくらい。
テオさんはシルバリオ家から歩いて30分くらいのところに家を構えていて、毎日朝昼晩と食事をとりにやってくる。…30分の距離を毎回歩いてくるって、大変だよね?前に、自分で作らないんですか?って聞いてみたら、「ユミルの飯が食べたいから」って言われた。私のご飯、テオさんの好みの味付けみたい。ちょうど味覚に合ったのかな?
そんなわけで、テオさんとは毎日顔を合わせている。毎日、朝ごはんの度に、テオさんは綺麗な花を一輪摘んで、私に渡してくれる。何にも言わないで、じっと私を見つめながら差し出される花。多分、今日もご飯ありがとうとか、綺麗な花咲いてたぜ!って気持ちで摘んできてくれてるんだと思う。でもテオさん、女の子に花を渡し慣れてないのか、毎日カチカチに固まった無表情で渡してくる。一番最初に花をもらったのが一週間前で、ここに来てすぐの時だった。
初めての知らない場所で、一人きりで寝るのが落ち着かなくて、その夜はあんまり寝れなかった。次の日の朝、寝不足と緊張でフラフラしながら朝ごはんの食卓についたら、テオさんが私に一輪、花を渡してくれた。それがすっごく嬉しくて。私は満面の笑みで花を受け取った。
そしたら、それを見ていた村長さんと奥様がビックリ仰天して、そのあと手に手をとって踊り出さんばかりに非常に喜んでいた。あとで奥様に聞いてみたら、「あの子、何をしても女性に興味を持たなかったのに…」「いつの間にか、本当に大人になって…」とひとしきり感激していた。
落ち込んでいる女の子を慰めるなんて、テオも大人になったのね…という意味だと推測する。
本当にテオさんは優しい人。他にも、さりげなく重いものを持ってくれたり、高いところにあるものを取ってくれたり。所用で暗い道を歩いていると、どこからか現れて、シルバリオ家まで送ってくれる。イケメンスキルが高すぎて、惚れるなという方が無理です。
…そうなの。私、テオさんのことが好きになってしまったの。まだ一週間しか一緒に居ないのに、おかしいかな、なんて思ったけど。男の人と一緒にいて、こんなに心が暖かくて、なんだかむずがゆくて恥ずかしい気持ちになるのは初めてで。
…私、17にして遅い初恋到来みたい。
初めての恋だから、どうしたらいいのかわからなくて。顔を見るのも恥ずかしくなったりして…朝食の時間にわざと水汲みに行って道草食って、テオさんと会わないようにしたり、花をもらう時もありがとうが言えなかったり、テオさんの顔が見れなくなった。
そんな態度を一週間続けていたら、テオさんが急に倒れてしまった。
最近、食も細かったし、目の下に大きなくまがあったから私も心配してた。彼の友達に聞いてみたら、テオさんは私の態度が急に変わったことをすごく悩んでいて、食事も喉を通らず、夜も眠れない日々を過ごしていたみたい。
考えてみたら、私はテオさんにとって妹みたいな存在なんだろうな。17才と23才だもの。…テオさんにしてみたら、私なんてガキんちょなのかも。それに彼は一人っ子だし、妹に憧れを抱いていても不思議じゃないもの。
テオさんは私に優しくしてくれて、家族ぐるみですごく仲良くさせてもらっていた。なのに、急に訳も言わずに自分だけ避けられたら…それは落ち込むよね。
私、テオさんのお見舞いに行かなきゃ。そして、仲直りしよう。避けた理由は言えないけど…今度からは、「妹」としてテオさんに接しよう。
ずきずきと傷む心に気づかない振りをして、私はテオさんのお家に向かった。
テオさんのお家に勢い勇んで来たはいいけど、何て言おう…玄関の扉の前で花を一輪手に持って、私は立ち尽くしていた。
「今までごめんなさい。実はテオさんが好きで…いやいや、格好よすぎて顔が見れなかっ…だめだっ。変なことしか言えない…っ!」
頭を抱えて唸っていると、中からガタンっ!という音が聞こえた。あれ?テオさんは寝込んでるはずだけど…
「テ、テ、テオさーん…?」
扉越しに声を掛けてみるけど、しんとしてなんの音もしない。
おかしいな、返事もないなんて。
試しにドアノブを回してみると。…わお、開きました…無用心だよ、テオさんっ!
少しだけドアを開けて様子を見てみると。
「うわ…」
ごちゃっ。と物が散乱してる。足の踏み場もないとは、この事か。
どうしよう。初めてテオさんの家に来たけれど、見てはいけない一面を見ちゃった気がする。あわわ、と一人慌てていると、奥の方から声が聞こえた。テオさん?と呼び掛けても返事がない。でもやっぱり唸り声が聞こえる。
失礼とは思いながらも、中に入ってみる。山積みの物体Xを太もも上げの要領で避けながら進んでいくと。
テオさんがいた。ベッドに横になって、小さな抱き枕に長い手足を絡めて寝ている。…テオさん、こんなにイケメンで無口キャラなのに抱き枕ですか…すんごく可愛いんですけど。
萌えー!!って心の中で絶叫しながらテオさんの顔を覗き見ると、汗びっしょりで赤い顔をしてる。着ている寝間着も、汗で ぐっしょりと しめっているように見える。これじゃあ、治るものも治らない。私は大急ぎでテオさんの看病に取りかかった。
「…ユ、ミル?」
テオさんの看病をしながら、片手間に部屋を片付けていると、テオさんが目を覚ました。
「テオさん、今はまだゆっくり休んでください。喉乾いてないですか?お水飲みます?」
身体を起こすのが辛そうなテオさんに、奇跡的に発掘した急須で、少しずつ水を飲ませる。え?って思うかもしれないけど、田舎ではよくやります。少なくともポポンタ村では。
「夢みたいだ…」
テオさんが虚ろな目で、ぼそりと呟いた。
「夢じゃないですよ。だから、はやく元気になってまたご飯を食べに来てください」
その時はちゃんと、妹役に徹しますから。その言葉は胸に秘めて、テオさんに笑いかけた。
その後、また眠ってしまったテオさんを起こさないように そうっとシルバリオ家に戻り、村長さんに事情を話して、その日はテオさんのお家に泊まり込みで看病をした。
「私のせいで具合が悪くなってしまったと聞いたから、私が責任を持って看病します」。村長さんの家から、テオさんの家に戻る途中ですれ違ったテオさんのお友達に言った言葉。
それをふと思い返して、「ぎゃあぁあ~っ!思い上がりも甚だしいんじゃーっ!!」っと恥ずかしさで一人悶えたけど。同じ頃、テオさんのお友達もシルバリオ家も「よっしゃ!踏ん張れ、逃がすなテオーっ!」と嬉々乱舞していたことを、私は知らない。
頭を撫でられるくすぐったさで、目が覚めた。どうやら、ベッドにもたれながら寝ちゃったみたい。
「ん…テオさん…?」
目を擦りながら、ベッドにもたれ掛かっていた身体を起こすと、私を見ていたテオさんと目があった。
テオさんはベッドから上半身を起こしていて、私にビシッ!!とすごい早さで手を突き出した。あまりにも鬼気迫った顔してるから、殴られるのかと思った。
付き出された手を見ると、一輪の花が。これ、昨日私が摘んできたお花だ。水に浸けておかなかったから、ちょっとしんなりしちゃってるけど。
「これは…ユミルが、俺に?」
「うん、昨日テオさんに渡そうと思って、摘んできたんです」
思えば、あんなに毎日花をもらっていたのに、私がテオさんに花を渡すのは初めてだ。いつもクッキーとかご飯とか、食べ物でお返ししてたから。
…男の人に花を、なんておかしいかもしれないけど、いつもテオさんが私にくれていた花が綺麗に咲いていたから。なんだか嬉しくなって、つい摘んできてしまったんだ。
「ユ、ユミル…っ!」
突然テオさんが花を握りしめながら、ぶるぶる震えだした。
「テオさん?!さっ、寒いんですか!?それとも、お花、嫌でした?」
ビックリしながら、とりあえず背中を擦る。また熱が上がっちゃったのかと思って。
「いや…嬉しい…」
良かった。テオさん、喜んでいたくれたみたい。でもテオさん、無表情で涙を流すのはやめて。なんだか怖いもの。
そして、涙が止まらないテオさんの背中を擦りながら、避けてごめんなさい、と謝った。なんで急に避けたのか聞かれたけど、何を聞かれても「恥ずかしかったんです」と言って押し通した。私がテオさんを異性として意識しちゃったから避けてたんです。…なんて、絶対に知られるわけにはいかない。
改めて、妹になりきらなくちゃ!と決意を新たにする。
なのに。テオさん…顔を赤くしながら、「花、ありがとう。…大切にする」なんて はにかんで笑うなんて、反則だよ。…イケメンオーラにくらくらしちゃう。ああ、素敵すぎるよテオさんっ。
一晩ぐっすり寝て、テオさんの体調もだいぶ回復したみたい。私も夜通し看病したりお家を片付けたりしたから、ちょっと疲れちゃった。
「じゃあ私、朝ご飯作ったら お家に帰りますね」
一晩泊まり込みだったから、お風呂も入ってないんだよね。私のご飯は 村長さんから具が たっぷりのサンドイッチを持たされてたから、それを ちょこちょこつまんでた。
「ユミル」
身体に優しいのは、やっぱり お粥かな。スープもいるかな。どっちも ドロドロじゃん。でも病人食だからいいのか、と考えながらキッチンに足を向けると、不意に呼び止められた。
「何です…わっ」
振り返ろうとしたら、ぎゅっ、と抱き締められてしまった。
わあぁあー!!ビックリし過ぎて声が出ないよテオさんっ!!いきなりなにを…!?
頭が噴火しそうなほど真っ赤になって、ぐるぐる混乱していると。
「…ユミル、ここに住まないか?」
「ええ?」
「自分でも、昨日の今日で早すぎるとは思うが…でも、一緒にいたいんだ。」
早すぎるとは?えっと、ああ、私の年齢ですか?テオさんは私を妹扱いしてるから、親代わりみたいなシルバリオ家からこちらに来ないか、っていうことかな。
「看病してもらって…今日、目が覚めてユミルがいたのが、嬉しかった。…ここで二人で、暮らしていけたらと思う」
…なるほど。つまり、病気で弱っているときに看病してくれて、すごく心強かった、と。それで、一人で暮らすより、二人の方が寂しくなくていいなあって感じかな。確かにこの家、一人で住むには広いもんね。私も孤児院にいたから、家にいつも誰かがいてくれる安心感って、すんごくよくわかる。
…ふむ。テオさんは温もりを求めていらっしゃるのね。
よし、ここは私も妹として、一肌脱ぎましょう。好きな人と同じ屋根の下なんて、恥ずかしいしなんの苦行?って感じだけど。…でも、好きな人と一緒にいれるのは嬉しいし。
「私でよければ、ここに住ませてください。」
そう言ったら、テオさんは私を抱き上げて、また大泣きをしてしまった。よほど一人じゃなくなるのが嬉しいみたい。可愛い人だ。
泣き止んだテオさんが、朝食を食べながら根性で熱を下げてしまったあと。二人でシルバリオ家に行った。一人息子と一応年頃の乙女である私が一緒に暮らすなんて、そんなの駄目!!って反対されるのかと思ってたんだけど、意外にアッサリと許可がおりた。奥様なんて、大喜びして「お祝いしなくちゃ!」って言いだしたと思ったら、今度は号泣しながら「この子をよろしくね」とか言い出すし。
村長さんも奥様も、テオさんに同居人ができたのがとても嬉しいみたい。あの家の惨状を見たら、家事をこなせる私があそこに住むのは有りがたいってことかも。
早くも次の日、自分の荷物をまとめた私は、トランクを片手にシルバリオ家の玄関に立っていた。
「村長さん、奥様。お世話になりました」
ペコリと頭を下げる。実質二週間くらいお世話になったシルバリオ家を去るとなると、やっぱりちょっと寂しい。
「ユミルちゃん、私たちのことはお義父さんとお義母さんって呼んでちょうだい。ユミルちゃんは、私たちの娘も同然なんだから」
ウフフ、奥様まで私をテオさんの妹扱いですか。シルバリオ家は家族揃って妹が欲しかったのかな?
「分かりました。お義父さん、お義母さん」
私がそう言うと、二人とも笑顔で喜んでくれた。荷物持ちをかってでてくれて、私の隣にいたテオさんが顔を真っ赤に染めているだなんて、二人に手を振ることに気を取られていた私は気づかなかった。
そして、30分の距離を歩いてテオさんの家へ。
玄関に着いて、ドアを開けようとするテオさんの服の袖をつかむ。不思議そうな顔をするテオさんに、私はペコリと頭を下げた。
「今日から、よろしくお願いします」
言って、顔をあげると。
顔から火が出そうなくらい真っ赤っかになったテオさんがいて。…やっぱり、可愛い人だなあ。って思った。
私は、知らなかった。ここ、ゲタワ村の属する隣国の風習では、好きな異性に交際を求める時、自分で摘んだ花を一輪手渡す。相手が交際を了承した時には、同じく花を一輪自ら摘んで手渡すのだと。
そして、隣国は若い男女が一つ屋根の下に暮らす同棲なんて、厳しい貞操観念上、有り得なくて。
「一緒に住もう」が最大級の愛の言葉、プロポーズだなんて、私は知らなかったのだ。
それからテオさんのお家に住んで二週間がたった頃。つまり、私がゲタワ村に来てから一ヶ月が過ぎた頃。
傭兵と領主問題が片付いたので、エルフの長が迎えにきたんだけど。そこでテオさんと全てを知った私の嬉し恥ずかし大騒動が勃発するのは、まだ少し先の話。