第1話 派遣さん
「派遣さ~ん、解体やっといて」
俺は地面に転がった山を見た。ツノの生えたウサギ――ホーンラビットが八体。一匹あたり俺の胴くらいある。
「……八体、まとめて、でしょうか」
「おう。あ、血抜きもやっといて。角は折るなよ。売り物だから。ついでにそのへんも掃除しといてくれると助かるー」
注文が多い。そして一つも自分でやる気がない。
ダンジョン〈北央坑道〉第三層。
東証プライム認定クラン〈ガレオン〉の、本日の討伐プロジェクトだ。
討伐は正団員様のお仕事。血抜きに解体に運搬、それからこの先で発生するあらゆる雑事は派遣の仕事。
ちなみに、この角を売った金は俺には一銅貨も入らない。
時給だからな。世界が滅んでも、俺は時給だ。
「なあ、あれだろ。例の『万年ボード無し』」
「レベルだけ九百超えてるらしいぜ? ウケる」
「マジで!? でも、スキル無しのレベル九百なんて、ただの重い人間だろ」
「うまいこと言うなあ」
聞こえてるぞ。
……いや、うん。全部事実だから言い返せないんだけどな。
この世界の人間は、十五になれば誰でも【スキルボード】が出る。
レベルが上がるたびにスキルポイントをもらえて、剣術でも魔法でもパン作りでも好きなスキルを取っていく。そういう仕組みだ。
俺には、それが出なかった。
十五の春も、二十歳の冬も、三十一になった今朝も。ボードはうんともすんとも言わない。
代わりに、なぜかレベルだけは上がった。人の三十倍の速さで。
だが世間の評価はこうだ。「スキル無しのレベル九百は、スキル持ちのレベル三十に負ける」。
実際、負ける。
だから俺の呼び名は「派遣さん」。もう本名より長く使われている。
◇◇◇
「――で、エリス君は王立アカデミアの院を主席で出たんだって? いやあ、うちのクランも安泰だ」
「恐縮です」
「なに、そのうち僕が一から鍛えてあげるよ。ま、まずは基本のキから、ね」
解体を終えた素材袋を三つ背負って、俺は列の最後尾を歩く。
前方からやたら弾んだ声が聞こえてくる。
教育係のドルフさんと、新人研修を終えて今朝配属されたばかりの新人さんだ。名前はエリスと、扉の外で聞いた。
派遣は朝会に入れてもらえないので、拍手の音だけ廊下で聞いていた。あれはたぶん拍手だったと思う。
「へえ、じゃあ座学は満点だ? さすが院卒!」
「いえ……実戦は、今日が初めてで。少し緊張してます」
「大丈夫だいじょうぶ。第三層なんて散歩みたいなもんだから」
散歩、ね。
散歩コースで毎日ウサギが八体も湧くか。
第三層は確かに浅い。だが魔物が出ないわけじゃない。そして「慣れた奴」と「油断した奴」から順番に、ダンジョンは喰っていく。
16年もいれば嫌というほど見てきた。
だから癖になっている。歩きながら、耳と鼻と首筋の産毛でまわりを探るのが。
その癖のまま、俺は天井を見上げた。
――そして、うなじの毛が逆立った。
岩の裂け目。ぬめる、黒い影。気配ひとつ。
シャドウウルフ。強くはない。正団員なら誰でも倒せる相手だ。
ただし、気づいていればの話。
そいつの狙いは、最後尾の俺じゃなかった。
基本のキを聞くのに夢中な、新人の――無防備な背中だ。
「――伏せろッ!」
叫んだ時にはもう、体が勝手に動いていた。
袋を放り捨てる。三歩で二人を追い抜く。裂け目から黒がしなって跳ぶ。
勘で、軌道を読む。
経験で、急所を測る。
度胸で、懐に踏み込む。
我流剣技――【KKD斬り】。
シャドウウルフが着地するより早く、そいつは真っ二つになって地面を転がった。
「……ふえ?」
新人さんが立ち上がった時には終わっていた。
言っておくが、俺が強いわけじゃない。シャドウウルフなんて正団員なら誰でも倒せる相手だ。
ただ、誰も気づいていなかった。だから気づいた俺が倒した。
それだけの話である。
「おいおい、なんだよいきなり大声出して」
ドルフさんが転がった死体を靴の先でつついた。
「シャドウウルフ一匹じゃないか。あんなの、僕がひと睨みすれば逃げてったよ」
「……そうですね。差し出がましい真似を」
深々と頭を下げる。
派遣が正団員の前で手柄面をしてはいけない。これは礼儀というより、来月も契約を更新してもらうための生存戦略だ。
放り捨てた袋を拾いに戻ろうとした、その時だった。
「あの……っ!」
新人さんが駆け寄ってきた。
「ありがとうございました! 助かりました……!」
「いえ。あなたなら、自分でも倒せてましたね。余計な手出しをして、すみませんでした」
本心である。院卒主席の腕なら、気づきさえすれば後れは取るまい。
俺がやったのは、先に気づいたことだけだ。
「気づけなかったら対処もできませんよ。ですので、助けられました」
新人さんはきっぱりそう言って、それから続けた。
「その……お名前、聞いてもいいですか?」
「……名前?」
「はい。助けてもらったのに『派遣さん』って、失礼ですから」
失礼、と来たか。
この職場で俺への呼び方を失礼だと思った人間は、たぶん彼女が初めてだ。
レント、と名乗るまでにたっぷり三秒かかった。
派遣先で名前を聞かれたのが何年ぶりか、思い出せなかったからだ。
「レントさん、ですね。じゃあ、次からはレントさんって呼びますね」
「……はあ。どうも」
「レントさん! 本当にありがとうございました」
早速二回も呼ばれた。
まっすぐ頭を下げて、新人さんは小走りで列に戻っていく。
……なんだろう、この胸のあたりのむずがゆさは。
やめてくれ。三十一にもなって、名前を呼ばれたくらいでうれしくなるな。俺は。
と、その時。
視界の隅でぴこんと何かが灯った。
『レベルが上昇しました』
『レベルが――上限に到達しました』
『長らくお待たせいたしました。ただいまより【スキルボード】を開放いたします』
……待たせた?
誰が、誰を?
空中に淡い光の板がにじみ出る。三十一年間うんともすんとも言わなかった、あれが。
――――――――――――――――
【スキルボード】
氏名 :レント
レベル :999/999(MAX)
スキルP:ただいま計算中です……
備考 :未払い分を確認しています。今しばらくお待ちください
――――――――――――――――
未払い分。
備考欄にはっきりそう書いてある。
前を歩く討伐隊の誰も、こちらを見ていない。ボードは本人にしか見えないらしい。
つまり今この瞬間、このダンジョンで俺だけが知っている。
世界が、たった今ひっくり返ったことを。
――で。「未払い分」ってなんだ。
まさか、三十一年ぶんのスキルポイントの話じゃないよな。
「……最悪だ。今さらかよ」
お読みいただき、ありがとうございました!
スキルの振れなかった派遣冒険者は、この先も地道に最強へ近づいていきます。
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今後ともよろしくお願いいたします!
※本作はカクヨム様にも掲載しています。




