表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台荘の微光  作者: 浮世雲のジュン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/44

第8話 「朝の笑いと、小さな決意」

第8話 「朝の笑いと、小さな決意」


朝の七時半。

https://suno.com/s/mE0GO4JtiHCZP0al

灯台の回転光が、夜の役目を終えて柔らかな朝霧の中に溶けていく頃。


機械室のスピーカーからは、Ólafur Arnalds - 「Saman」 が静かに流れていた。

高橋澪、鈴木彩、そして佐藤海人の三人は、初めて一緒に朝食の席に着いていた。


海人が作った味噌汁に、彩が手伝って焼いた少し焦げた味付け卵。

三人分の椀が並ぶ光景は、まだ新鮮だった。


「彩さん、これ……ちょっと焦げてるかも」

澪が笑いながら言うと、彩が照れくさそうに肩をすくめた。

海人が静かに一口食べて、

「……遥も、最初はよく焦がしていた。」


その一言で、テーブルに小さな笑いが広がった。

温かく、ほんの少しだけ軽やかな笑い声。


海人は椀を置き、遠い目で窓の外を見た。


——遥の言葉——


「遥は、朝食のときにいつもこう言っていた。

『海人、今日は少し笑ってみて。

光を設計する人は、まず自分の中に光を持っていないと、

他の人の居場所なんて作れないわよ』

……無理に明るくしなくていい。ただ、そっと笑える朝を、一緒に作ろうって。」


澪は椀を両手で包んだ。

熱が指先から胸の奥まで染みていく。

突然、少年の最後の記憶が静かに浮かんだ。


——施設の廊下で、いつも少し前かがみだった12歳の少年。

ある雨の夜、澪の袖をそっと掴んで、小さな声で言った。

「先生……僕、明日もここにいていい?」

澪は微笑んで「もちろん大丈夫だよ」と頭を撫でた。

その翌朝、彼は二度と姿を見せなかった。


胸の奥が、鋭く痛んだ。

目頭が熱くなり、視界がぼやける。

一粒の涙が、味噌汁の表面に落ちて、小さな波紋を静かに広げた。


澪は唇を強く噛み、震える声で、けれどはっきりと、言葉を紡いだ。


「……私、もう少しここにいさせてください。

あの子の『明日もここにいていい?』という言葉を、

ただ『大丈夫』で片付けてしまったこと……

ちゃんと受け止めて、向き合いたい。

私が救えたつもりになっていたこと、本当は何も救えていなかったこと……全部、見つめ直したい。


それから、もう一度、児童福祉の現場に戻りたいんです。

今度は、海人さんみたいに。

ただ『ここにいてもいい』と、静かに伝えられる人間に……

この灯台荘で灯った光を、暗い夜を抱えた子どもたちに、

そっと届けられる人間になりたい。

本気で、そう思えるようになりました。」


声の最後は、掠れてほとんど聞こえなかった。

涙が頰を伝い落ちても、澪は拭わなかった。

彩がそっとハンカチを差し出し、海人は静かに椀を置いた。


「…………ああ」

海人の一言は、短かった。

でもその声には、深い肯定と、静かな温かさが込められていた。


彩が澪の手を握り、

「私も……少しずつ、自分を許せるようになりたい。」


そのとき、玄関の呼び鈴が静かに鳴った。

新しい漂着者——40代半ばの男性・山田耕平。

海人はいつものように、無言でタオルとほうじ茶を差し出した。

澪は涙を拭い、彩と共に男性を案内しながら、静かに伝えた。


「ここにいてもいいんですよ。」


その声は、昨日の自分より、確かに強くなっていた。


朝食の残りを温め直し、四人分の椀を並べる。

まだ言葉は少ない。

でも、灯台荘の台所は、確かに昨日より、ずっと温かかった。


海人は窓の外の灯台を見ながら、心の中で遥に語りかけた。

「遥……お前が見たかった光は、こういう朝かもしれないな。」


(第8話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ