第41話 「遥の、静かな予感」
第41話 「遥の、静かな予感」
海人は灯台最上部で、ペンダントを胸に当てたまま、目を閉じていた。
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記憶の扉が、再びゆっくりと開く。
遥の最後の会話——その奥に隠れていた、彼女の「予感」の輪郭が、今、鮮明に浮かび上がってきた。
あの冬の夕暮れ。
遥はコートを羽織りながら、海人の胸に寄りかかっていた。
いつもの明るい笑顔の裏側で、彼女の指が、海人のシャツを少し強く握っていた。海人は気づかなかった。
でも今、思い出せば——遥の瞳の奥に、ほんの小さな影があった。遥は海人の目をまっすぐに見つめ、穏やかだけれど、どこか遠い声で言った。「海人……今日は、なんだか波の音が、いつもより近く聞こえるの。
心のどこかで、『今日は少しだけ、遠くまで行ってしまうかもしれない』って……
そんな予感がする。」海人は笑って、彼女の頭を撫でた。
「またそんなこと言って。
君はいつも、嵐の前になると心配性になるんだから。」遥は首を軽く振り、微笑みながら続けた。
具体的な言葉が、今、海人の耳に蘇る。「違うの。ただ……
もし、私が帰れなくなったら。
灯台の光を、絶対に消さないで。
一人の胸の中でも、いいから。
この灯台荘に来る人たちは、きっと君の光を必要とする。
……私がいなくても、君は灯台でいて。
それが、私がここで生きてきた証だから。」彼女の声は優しく、でも微かに震えていた。
遥は海人の掌に、自分の手を重ね、指を絡めた。
その手の温もりはいつも通りだったが、
わずかに冷たさを感じた——まるで、遠い波の冷たさが、すでに彼女の指先に触れていたかのように。「ねえ、海人。
もし本当に何かあったら……
私は、灯台の光になって、君のところに戻ってくる。
波にのって、星になって、
ここにいる誰かの胸に、そっと灯りを灯すから。」遥はそう言って、海人の唇に最後のキスをした。
そのキスは、いつもより少し長く、
別れを惜しむような、優しい重みがあった。
彼女の瞳の奥に浮かんだ予感——
それは、死の恐怖ではなく、
「愛する人を残して去らなければならないかもしれない」という、
静かで、深い覚悟の色だった。遥は最後に、明るく微笑んで言った。
「行ってきます、海人。
大好きだよ。
……灯りを、よろしくね。」その後ろ姿が、夕闇に溶けていく瞬間、
遥は一度だけ振り返り、手を小さく振った。
その笑顔は、いつもの遥そのものだった。
でも、海人は今になって気づく。
あの笑顔の奥に、すべてを受け入れた、静かな光があったことを。
海人の胸が、激しく締め付けられた。
ペンダントを握る指が白くなる。
遥の予感は、ただの不安ではなかった。
彼女は、灯台の光を愛し、この場所を愛し、
海人を愛したからこそ、
自分の身に何か起きても、
残された人々が灯りを失わないように——
と、静かに覚悟を決めていたのだ。(遥……
君は、あのときすでに、
波の冷たさを感じていたんだな。
それでも、最後まで笑顔で「行ってきます」と言って、
俺に灯りを託した。
その予感が、君の最後の優しさだった……)海人の頰を、熱い涙が伝った。
でも、その涙は苦くはなかった。
遥の予感が、今、灯台荘に集うすべての人の光を、
静かに祝福しているように感じられた。
翌朝、海人は皆の朝食の席で、珍しく遥の話を少しだけ続けた。「遥は、最後に『もし何かあったら、灯りを消さないで』と言った。
彼女の胸には、静かな予感があったんだと思う。
でも、その予感は、俺たちを暗くするものじゃなかった。
皆がここで灯りを灯せるように——
そんな、優しい予感だった。」美咲がそっと涙を拭い、悠真が海人の肩に手を置いた。
あかりが「遥おねえちゃん、灯台の中にいるの?」と聞いてきた。海人は微笑み、頷いた。
「うん。
きっと、皆の胸の中に、そっと灯りを灯してくれているよ。」夜、海人は最上部で、遥に語りかけた。(遥……
君の予感の形が、ようやくわかった。
それは、恐怖ではなく、
愛する人たちを、灯りの下に残したいという、
深い、優しい覚悟だった。
ありがとう。
君の予感は、今、確かにここで生きている。
悠真の震える腕、美咲の溶けゆく渦、あかりの笑顔……
すべてが、君の託した光で輝いている。)風が、海人の涙を優しく乾かし、
回転灯は、遥の想いとともに、夜の海を温かく照らし続けた。
(第41話 完)
灯台の光は、遥の想いとともに、ますます深く優しく広がっています。
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