表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯台荘の微光  作者: 浮世雲のジュン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/44

第31話 「白い刷毛と、届かない声」

第31話 「白い刷毛と、届かない声」


翌朝も、灯台荘は穏やかな喧騒に包まれていた。悠真は台所の隅で、昨日と同じ椅子に座っていた。

https://suno.com/s/BYsXsCfbsWfdSZYU

ただし今日は、手に刷毛を持っている。

昨日の塗装の続きを、朝のうちに一人で続けたいと言ったのだ。

海人は黙って頷き、代わりに温かいお茶を淹れて置いていった。外壁の白いペンキは、潮風で少しずつ剝がれかけていた。

悠真はゆっくりと刷毛を動かす。

一筆、一筆。

十年間、ほとんど何も握らなかった手が、かすかに震えながらも、確かに壁に触れている。あかりが、いつものように小さな刷毛を持って寄ってきた。

「おじちゃん、一緒に塗ろう?」悠真は言葉を返す代わりに、軽く頷いた。

二人は並んで、下の方の壁を塗り始めた。

あかりの刷毛ははみ出しまくり、悠真の刷毛はまだぎこちない。

でも、二人の影が朝の陽に長く伸びて、重なり合っていた。

午前十時過ぎ。

澪は二階の自分の部屋で、昨日届いた手紙をもう一度読んでいた。

翔太の笑顔の写真を、胸のポケットにそっとしまった。そこへ、響子がノックもせずに顔を出した。

「澪さん、ちょっと来て。海人がみんなに話があるって。」集まった二十三人の前に、海人が立っていた。

手に、一通の新しい封筒を持っている。「今朝、郵便受けにあった。

差出人は……悠真さんの、妹さんだそうです。」悠真の肩が、ぴくりと動いた。海人は封筒を悠真に差し出した。

悠真はしばらくそれを見つめ、震える指で封を切った。中には短い手紙と、一枚の古い写真。

写真には、幼い悠真と、少し年上の女の子が灯台の模型の前で笑っている姿があった。

お兄ちゃんへ突然でごめんなさい。

お兄ちゃんがあの施設を出たって聞いて、ずっと連絡できずにいたけど……

やっと勇気が出ました。私、今、遠い街で保育士をしています。

あかりちゃんっていう子がいて、毎日「おじちゃんに会いたい」って言ってるの。

……あかり、って名前、覚えてる?お兄ちゃんが灯台荘にいるって聞いたら、

どうしても手紙を書きたくなった。

もしよかったら、返事なんて無理でもいいから、

ただ「生きてるよ」って、いつか教えてほしい。ずっと、待ってるね。——美咲より悠真の目から、一筋の涙が落ちた。

それは、声にならない嗚咽とともに、ゆっくりと零れ落ちた。海人は静かに言った。

「返事は、急がなくていい。

でも、刷毛を動かした手で、いつか書ける日が来るかもしれない。」

午後。

悠真は外壁の塗装を続けながら、時折、手紙の封筒をポケットから出しては眺めていた。

あかりが隣で「悠真おじちゃんの妹さん、来るの?」と聞いてきた。悠真は初めて、掠れた声で答えた。「……わからない。でも……

いつか、会いたいかもな。」その言葉は小さかったけれど、灯台のてっぺんで回る光のように、確かにそこにあった。夕暮れ。

岩場で皆が輪になると、奏がギターを、響子がバイオリンを静かに奏で始めた。

今日はいつものハーブティーではなく、澪が淹れた温かいココアだった。海人は空を見上げ、遥に語りかけた。(遥……

また一つ、届いた声があった。

刷毛はまだ震えてるけど、確かに動いている。

手紙はまだ、返せていないけど……

ここは、そういう場所なんだな。

「ただいま」を重ねて、いつか「行ってきます」と言える場所に、

少しずつ変わっていく。)夜風が、皆の頰を優しく撫でた。

(第31話 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ