第229話 交易都市ヴァル=ミルザン
帝都を出発してから二週間後、ミズトとウィルはアルカナス連邦の国境付近にある巨大な湖グランヴェルナのほとりに築かれた交易都市ヴァル=ミルザンに到着していた。
東のレガントリア帝国、北のセレニア共和国、南のリュミエラ王国の三方向と接するこの街は、アルカナス連邦最大の交易拠点として発展してきた街だ。
この世界に降り立って以来、ミズトが目にしてきたのは中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みばかりだったが、ここは一変して文化の薫りが異なっていた。
建物は曲線美を活かした木造建築が主役を張り、家々の屋根は鮮やかな青緑色で統一されている。
壁面に踊る極彩色の紋章や精緻な文様、そしてどこからか漂う香辛料の鼻を突く匂い。
五感を刺激する異国情緒に、ミズトの心は無意識のうちに高揚していた。
だが、感傷に浸る時間は短かった。二人は交易都市ヴァル=ミルザンに入るなり、冒険者ギルドに直行していた。
(またギルドか……)
ここだけではない。これまでに寄った帝国内の二つの街でも、ウィルは必ず最初に冒険者ギルドを訪れるのだ。
もちろんギルドや冒険者から情報収集する名目もあるが、彼の場合は真の目的が別にあった。自分たちが手を貸すべき依頼がないか、その目で確かめるためだった。
当然、約二か月後に開催される『洗礼の儀』に間に合わなければならないので、いつまでも一つの街に滞在することはできないのだが、可能な限り人助けをしようとしているのだ。
おかげでそれに付き合わされているミズトは、街に寄るたびに多忙な日々を強いられていた。
そして、ここ交易都市ヴァル=ミルザンでも、ミズトはウィルに連れられ冒険者ギルドを訪ねていた。
「なあ、受付のお嬢ちゃん。依頼の一覧を見せてくれないか?」
ウィルは受付に行くと、親しみやすい笑顔で受付にいる女性に言った。
「えっと……こちらは冒険者ランクC級以上の受付になっておりますが……」
受付の女性は、ウィルの後ろにいるミズトの顔を見ながら怪訝な表情を浮かべた。
「何を言っている。そんなもの分かっているさ」
ウィルは虹色の冒険者ギルド証を女性に手渡した。
「えっ!?? しょ、少々お待ちください……」
女性は手で口を抑えながら驚いた声をあげると、ウィルの冒険者ギルド証を受け取り、奥へと駆けていった。
そして一分ほどで戻ってくる。
「た、たいへん失礼いたしました! 『灯』のお二方ですね! お二方向けの依頼はこちらになります」
女性は深く頭を下げてから、三枚の依頼書を受付台の上に置いた。
(灯って言ったか?)
【はい、『灯』とは、ミズトさんとウィルさんのパーティ名になります】
すぐにエデンが疑問に答えた。
(ふうん……)
エデンが付けるより、抜群に良いセンスの名前だった。
「よし、ミズト。お前はこの二つを頼む!」
ウィルが三枚のうちの二枚をミズトに渡してきた。
(……はい?)
ミズトは反射的に受け取ると、依頼書の内容に目を通した。
一枚目は、街道をふさぐ落石の撤去。通行に邪魔な落石を撤去するだけなのだが、強力なモンスターが周辺に出現するため、高ランク冒険者向けになっていた。
もう一枚は、大量に発生したモンスターの討伐。落石現場からほど近い場所にある湖畔で、大量にモンスターが発生しているというのだ。
「…………」
落石のあった場所は、街からだいぶ離れているようだった。
それでいてウィルの持つ残り一枚を見ると、街の中だけで済む簡単な内容のようだ。
「なんだ? 逆がいいか? 魔法が使えるお前の方が色々融通が効きそうだと思ってな。俺はこっちをさっさと片づけたら、アルカナス連邦やハイデルンについての情報を集めておきたいんだ」
ウィルはミズトの視線に気づき、持っている一枚を見せながら言った。
(なるほど、適材適所ね)
「いえ、聞き込みはウィルさんの方が適任です。お任せいたします」
ミズトは軽く頭を下げた。
さすがにウィルは面倒だからと押し付けるタイプではなかった。
こうして二人は二手に分かれた。
ミズトの受けた依頼は、本来なら高ランクの冒険者パーティが何日もかけて解決する依頼だったが、ミズトはあっさりと終わらせ、数時間で街に戻ってきた。冒険者ギルドに完了報告をすると、受付の女性は目を丸くして驚いていた。
その頃ウィルは、その間にもう一つの依頼を終わらせると、宣言通り様々な情報を集め終えていた。




