第230話 力を持った者の義務
その日の夜、宿屋でウィルがミズトに共有した情報は次の通りだ。
まずアルカナス連邦に関わる情報。
ここから千年王国ハイデルンまでは、やはり馬車で一か月半ぐらいはかかるようだ。アルカナス連邦は国土は広いが農業中心の国家のため、その間に通る街はそれほどなく、遊牧民もたくさんいる国のようだった。
ウィルが気になる情報は、途中で盗賊団が出没するエリアがあることと、エンシェントファイアドラゴンが目撃されたという噂のようだ。
見つけたら退治するつもりなのだろう、とミズトは思った。
「それともう一つ」
ウィルは表情を変えずに話を続けた。
「最近、アルカナス連邦内では異界人同士の争いが激しいそうだ。これだけ広い国だからな。異界人もたくさんいるのだろう」
話すウィルから嫌悪感は感じとれなかった。
(なあ、エデンさん。日本卍会のログ以外は見てないが、エデンさんが非表示にしてたりするのか?)
ミズトは自分の記憶とウィルの情報を突き合わせて、疑問をエデンに訊いた。
【いいえ、クランに関わるログは、今のところわたしがフィルターしたものはございません。ウィルさんのおっしゃっている異界人同士の争いとは、日本卍会によるものです】
(なるほど、あいつらこの国にいるのか……)
千年王国ハイデルンに関わる情報も、ウィルは色々と聞き出してきていた。
そもそもミズトは千年王国ハイデルンについて何も知らないので、ウィルは基礎知識も含めて説明した。
千年王国ハイデルンは、王国と言っても街はハイデルン一つしかなく、あまり大きな国家ではなかった。
しかし千年王国と呼ばれるだけあって、千年以上前からある世界最古の国家であった。
そして、世界を二分する大国、レガントリア帝国派でもアルテルウム聖王国派でもなく、数少ない中立国家であった。
さらに特筆すべきことは、千年王国ハイデルンは世界騎士団の庇護下にあるということだ。
そのため二大国家ですら手出しすることはできず、『洗礼の儀』が行われる場所としてもうってつけであった。
ハイデルンで『洗礼の儀』が行われることは大々的に発表されているようで、ここアルカナス連邦でも知れ渡っていた。
また、世界騎士団主催の武闘大会も同時期に開催されることになっており、優勝者にはとてつもなく豪華な賞品が与えられるという噂も流れ、世界中にいる腕に覚えのある剣士や、それを見ようとする人々が集まりだしているというのだ。
世界中で話題になるほど、近年稀に見ない大きなイベントになっているのだった。
「随分と大事になっているようですね……」
ミズトはウィルの話を聞きながら、そう漏らした。
「まあ仕方ないな。『到達者』が八人同時に存在しているなんて、歴史上聞いたこともない話だ。それに世界騎士団が関わってきているんだ。否が応でも盛り上がるだろう」
「なるほど……」
「あとは特に気になる情報はなさそうだ。ハイデルンの第二王子が婚約しただの、アクザルム収容所に重罪人が移送されただの、王国の東部で空から魚が降ってきただの、我々には関係ない情報だった」
ウィルは言い終わると、部屋に持ち込んだ酒をついで、そのまま飲み干した。
ミズトはウィルに差し出された酒を断りながら、やっぱり帰る言い訳はないかと頭を巡らせていた。
*
それから一か月ほど経った頃、広大な平地で馬車を進めていると、遠くに集落のようなものが見え、ウィルが御者に声をかけた。
「悪いが、あそこに寄ってくれないか?」
「はい、あちらの集落ですね!」
御者は答えながら手綱を動かし、馬車の方向を変えた。
(なあ、エデンさん。あれって町じゃないよな?)
ミズトは大きなテントのようなものを見つけ、エデンに尋ねた。
【はい、あれは『トゥルガイ』と呼ばれる騎馬民族の集落です。『トゥルガイ』は遊牧民のため、定期的に集落を移動させています】
(遊牧民の集落か……)
「ウィルさん、あれは遊牧民の集落ではないでしょうか。冒険者ギルドはありませんので、寄る必要はないかもしれません」
ミズトは、ウィルの気が変わらないかと期待しながら言った。
ここまで、ウィルは相変わらず立ち寄った町の冒険者ギルドで、人助けの依頼を受けながら進んでいた。
ミズトも、仕事だと思って付き合いはしているが、ウィルの積極性には少し呆れていたのだ。
「何を言っているんだ、ミズト。冒険者ギルドがあろうとなかろうと、あそこに人々が集まっているのは変わりないだろう」
「つまり、あそこにも困っている人がいるかもしれないと?」
「その通りだ! 我々のように力を持った者は、それを行使して人々を助ける義務がある! お前だってそう思うだろ?」
「ええ……まあ……」
(言っていることは合っていると思うが……)
ミズトも、力を持った他人に対してはそう思っている。
この世界で八人目の『到達者』となったウィルに対してなら、そう思う。
しかし、いざ自分のこととなると、どうも釈然としなかった。
「もちろん俺だって、今までなんでもかんでも助けてきたわけではない。自分の周りの人たちだけを助けようとしてきた。すべてを拾いきれないことも分かっている。だが、力を持った今の俺が、その力を無駄にすることはどうしても許せんのだ。少しでも助けられるものは、俺はなんとしても助けたいと思っている。もしかしたら相手にとっては押し付けかもしれないが、それでも出来ることから目を逸らすことはない!」
ウィルの目は真剣だった。
ミズトの価値観からすれば、ウィルの言葉は綺麗ごと過ぎて恥ずかしく、直視できない眩しい内容だ。
しかしミズトは、ウィルを否定する気にはなれなかった。
ミズトが同じように思うことはなくても、ミズトが同じように行動することはなくても、ウィルはそれでいい。ウィルはそれであってほしい。そう感じていたのだ。
ミズト自身は気づいていないが、だからこそウィルにここまで付き合っていた。
「分かりました。これも何かの巡り合わせかもしれません。寄っていきましょう」
(ああ、もう……好きにしてくれ……)
ミズトは小さく溜息をつき、そう悪くはない敗北感とともに、その眩しい正義感に身を委ねることにした。




