第19話 英雄の最期
長男のリュシオン亡き今、この伯爵家の次期後継者は次男クライブとなっている。
伯爵家の伝統で魔法使いとして育てられた彼だが、リュシオンとは真逆の穏やかで真面目な性格だ。
領地運営の勉強もしっかりしてきていて、個人主義で放浪癖もある長男よりも、後継者には向いているかもしれない。
『悪かったな』
この二週間は、私の実家オルトス子爵家との交渉を繰り返していた場にもよく同席していて、私もクライブとはすっかり打ち解けていた。
一緒にお茶でもどうかと持ちかけると、クライブも快く応じてくれた。
「モニカさん、まずはお疲れ様でした。こんなに早く話がまとまったのも、モニカさんのおかげです」
「いえ、私はいつも通りに仕事をしただけです」
「いやいや、突然だったのに、ここまで冷静に交渉できる令嬢はなかなかいないと、父も驚いていましたよ。モニカさん、あなたは本当に凄い人です」
「すべては家族と領民のためですもの。私にできることを精一杯やるだけですわ」
ここまで手放しに褒められると落ち着かない。
私は必死にクライブの言葉を躱すが、さすがに照れてしまう。
今後安定してお金が入ることが決まって、気が緩んでしまっているのもいけない。
『おいクライブ、兄貴の嫁に色目を使うとはいい度胸だな。お前しっかり婚約者いるだろうが』
リュシオンは何が気に障ったのか、弟に至近距離でメンチを切っている。
気付かずにお茶を啜っているクライブが相手なので絵面が虚しい。
「それで、モニカさん、今日は僕に何かご用でも?」
「ええ、しばらく忙しくしてしまっていたので、そろそろ本来のお役目を再開しなければと思いまして」
「そういえば、兄を弔うために来てくださったんでしたね。すっかり違う仕事をさせてしまってすみません」
『そういえばってなんだ、そういえばって!』
怒るリュシオンの気持ちはもっともだが、すでに彼が亡くなって一ヶ月。
人間というものは不思議なもので、どんなに辛く悲しい出来事があっても、四六時中ずっと悲しみに沈んでいられるようには出来ていない。
それは家族を亡くした痛みでさえも同じだ。
「リュシオン様が亡くなってもう、ひと月が経ってしまいました。ですが、私はまだあの方の御霊に十分寄り添えているとは言えないと思っています。もし、クライブさんがお辛くなければ、リュシオン様が亡くなった時の状況を、もう一度詳しく教えていただきたいのです」
「モニカさん……」
クライブは目を見張って、私をじっと見つめていた。
そして、腹を決めた様子で頷いた。
「わかりました。ご婦人には恐ろしい話だと思いますが……あなたの誠実さに、僕も誠意を持ってお答えします」
クライブはもう一度お茶で口を潤してから、話し始めた。
「一ヶ月前。戦場は街の西側に広がる荒れ地です。魔族の群れの兆候が観測され、数日以内には兄も駆けつけてくれました。その後すぐに魔族の群れも動き出し、戦闘が始まりました」
クライブの静かな語り口で、私の脳内にも戦場の光景が浮かび上がる。
「兄は単騎の遊軍として、自由に動いてもらっていました。なにしろ飛行魔法と大規模殲滅魔法が得意なもので、下手に護衛を付けてもかえって邪魔になってしまうんです。僕は前線近くで戦況を見ながら、兵に指示を出していました。兄が血路を開き、前線をどんどん押し上げていきました」
まさに一騎当千の英雄と謳われるのも納得の戦いぶりだ。
リュシオンをちらりと見るが、特に反応はないので、このあたりのことは覚えているらしい。
「そして、魔族の群れを深くまで食い破ったところで、ついに族長を発見したのです」
族長。魔族の群れを率いる首領だ。
この族長を仕留めれば、魔族の群れは統率を失って総崩れになる。最優先の攻撃目標である。
「兄と族長の交戦は熾烈を極めました。僕らも、周りの魔族も、おいそれと近づけないほどに。兄が族長に集中している間、僕は周辺の低級魔族を抑え込んでいたのですが……」
『曖昧なのはこのあたりからだな』
リュシオンが身構えて言う。
私も聞き逃すまいと、より深く耳を傾けた。
「その時、異常な魔力の流れを感じたのです」
「異常な魔力?」
リュシオンが眉を寄せたので、私は代弁するように訊き返した。
「はい。僕は兄やミーシアほど魔力感知が得意ではないのですが、そんな僕でも感じるほど、歪な魔力の流れでした。こう、本来の魔力の流れを無理矢理捻じ曲げるような……」
『“呪い”だ』
クライブの証言を聞いて、リュシオンが口走った。
彼は虚空を見つめ、その糸口から必死に記憶を辿ろうとしていた。
『そうだ、あの族長、“呪い”を使う奴だったんだ。そういう族長は一筋縄じゃいかない。クライブに近付かないよう声を掛けた気がする』
「その歪な魔力を感じた後、兄が僕に『呪いだ、俺がやるから来るな』と叫ぶ声が聞こえました」
リュシオンの記憶と、クライブの証言が噛み合った。
クライブが、魔法の素人である私に向けて、捕捉してくれる。
「“呪い”というのは、一部の族長級魔族が使用する、反魔法の力です。生命構成要素のうちの“魂”に干渉する術と言われていて……すみません、難しいですよね。要するに、人間の魔法とは相性が悪い、魔族だけが使う特殊な術、と考えてください」
『魔法学院じゃ二週間かけて教えるとこだからな、このあたり。細かいことは気にするな』
「わ、わかりました」
いきなり聞いても理解ができない単語ばかりで、私は大人しく「そういうものか」と思うに留めた。
クライブが本題に戻る。
「その後も何度か、その呪いの気配を感じながら戦闘していたのですが……」
そこで言い淀んだクライブは、膝の上で拳を握りしめ俯いた。
「不意に静かになって……決着がついたのかと思って、振り返ったら……!」
高ぶる感情を押さえつけるようなクライブに、私は思わず手を挙げて止めようとした。
しかしクライブは静かに首を振り、深い息を吐き出すと、弱々しい声で“最期”を語った。
「……刎ねられた兄の首は族長の手にあり、身体は激しく炎上して、地面に倒れていく所でした」
痛々しい沈黙が部屋に満ちる。しばらくはクライブも、私も、何も言えずにいた。
リュシオンだけは、冷静な顔で顎に手をやり、クライブの語った言葉を吟味しているようだった。




