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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第18話 借りた恩は返したい




 その後の展開は怒涛だった。


 すぐに伯爵に話が伝わり、伯爵家お抱えの山師や、魔法使いの地質学者を始めとした調査団が超特急でオルトス子爵領へ送り込まれた。


 一週間ほど後に早馬で届いた調査速報には、確かに大規模鉱脈あり、と結果が記されていた。


『なんで今まで誰も気付かなかったんだ……!』

「街道の外れの、何もない田舎すぎて、出入りするのは自領の小麦商人くらいしか居なかったもので……。魔法使いも魔道具職人もいませんし、過疎のせいか魔族も滅多に出ないので、冒険者も来ません。出ても地元猟友会のおじ様たちでなんとかなります」

『確かに、魔族を追って国じゅう飛び回ってた俺でさえ正確な場所知らないしな、あんたの地元』

「でしょう……?」


 鉱脈があるとわかっても、我が領にはそれを産業として開発できる技術もノウハウもない。

 そこで、鉱山開発の歴史が古いジェイム伯爵家に、このまま協力を依頼することにした。


 私は急遽、伯爵家との開発交渉窓口役となり、調査結果がまだ出ないうちから伯爵と協議を重ねる毎日となった。


 日を置かずに現地の父と手紙でやりとりし、子爵家の不利にならない条件を模索した。

 正直、家にいた頃より忙しく、神経も使ったが、領地と家族の平穏を守るために、出来る限りの努力はしたつもりだ。


 結果、伯爵家の技術的支援や投資はもちろん、王宮や他領からの過剰干渉から守ることや、採掘は慎重に進め、適切に管理して領民の生活や環境を急変させないことなど、全面的に領同士の協力関係を結ぶ方向で話がまとまった。


 これで、領地の経済も、我が家の家計も、今までとは比べるべくもなく好転することだろう。


 冥婚が終わって謝礼を貰ったら「はい、さようなら」のつもりでやってきたというのに、気付けばすっかり伯爵家との強固な縁ができてしまっていた。

 まるで、本当に政略結婚でもしたような状態だ。


 父は、「モニカ、お前は女神様が遣わせて下さった娘に違いない!」などと、手紙の文面だけでもすっかり舞い上がっているのが目に見えた。

 宥めるのが大変だったが、先祖代々脈々と続いてきた貧乏暮らしに出口が見えたのだから、無理もない。


 亡き母が言っていた、「もっと幸せになれる」という言葉がそのまま現実になったようだ。


 これも、母が繋いでくれた巡り合わせ。

 私は形見のペンダントを手の中に握り締め、楽園に居る母の魂へ向けて、感謝の祈りを捧げた。



 ◇ ◇ ◇



 開発交渉は、巻きに巻いて進めた。

 伯爵家が辺鄙な田舎領に何やら手を出している、などと他家に気付かれれば、面倒なことになるからだ。


 詰め込んだ話し合いがようやく一段落ついた頃には、すでに二週間ほど経過してしまっていた。


 朝食後の自室。

 ソファで寛いでいた私の隣で、リュシオンは行儀悪く背もたれに頬杖を付きながら、気だるげに話しかけてきた。


『ようやく落ち着いたな』

「ええ、ひとまず、今日からはまたゆっくりできます」

『領地経営ってのは大変なんだな……』

「あなた、一応伯爵家の跡取りでしたよね……?」


 久しぶりの休みにほっとしている自分に気が付き、私は密かに驚いた。


 実家に居た頃はこんなふうに、ずっと休む間もなく働いていたというのに。

 伯爵家に来てからすっかり、ぐうたらすることに馴染んでしまっていたようだ。


 実家に帰ったら以前とは違った忙しさが待っているだろうに、この体たらくで無事日常に戻れるだろうか。


『ずっと放っておかれて寂しかったんだからな。今日は存分に構ってもらうぞ』

「はいはい」


 このやかましい幽霊も、楽園に行く気配は相変わらず微塵もないし。


 この二週間、仕事の合間にからかわれたり、ちょっかいをかけられて文句を言ったりしているうちに、だんだん雑談や冗談も交じってきて、まるで友人のような気の置けない応酬をするようになっていた。


「ところで、あなたが亡くなって、」

『死んでない』

「……あなたが倒れた戦いから、もう一ヶ月ほど経ちましたが、なにか変化はないのですか?」


 リュシオンは思案しながら答えた。


『無いな。むしろ、うまく言えないが、なんだか最近は調子がいいとすら感じる』


 幽霊の調子とは一体。


「記憶の方はどうですか? 葬儀の日までの二週間ほどの記憶がないと言っていましたよね」

『それもまったく』


 リュシオンはもどかしそうに語った。


『こう、時々、頭の隅まで浮かんできている感じはするんだ。なにか、とんでもなく重要なことを忘れている気がして……』

「それは、確かに落ち着きませんね」


 元を辿れば、領地の財政問題が解決に向かったのは、リュシオンとの冥婚がきっかけとも言える。

 私はもう、彼には大きな借りができてしまったのだ。


 彼が心残りを抱えて楽園に行くことができないのだと言うのなら、その未練を晴らしてやるのが、私にできる恩返しだろう。

 今までは適当にあしらってばかりだったが、こうなったからには、私も本気で彼に協力しようと思う。


「なにかきっかけでもあれば、思い出せるのではないでしょうか?」

『きっかけ?』

「例えば、覚えている一番最後の記憶で、居た場所とか、やっていたこととか……」


 私が言うと、リュシオンは深刻な顔で答えた。


『……戦場だ。魔族の族長と戦闘していて……そういえば、あの戦いがどうなったのか、そこから記憶が曖昧だ』

「クライブさんは、あなたの首が族長に刎ねられて、術で身体を灼かれるのを見たと仰っていました」

『そうだったか? 言われてみれば、確かに首を刎ねられたが、身体は……』


 そこまで呟いたが、リュシオンはそのまま虚空を見つめ、しばらく固まってしまった。


 長いこと硬直し続けるリュシオンを、私も固唾を飲んで見守る。

 やがて、リュシオンは勢いよくこちらを振り向いて叫んだ。


『今! 俺! だいぶ惜しいところまで行ったよな!?』

「は、はい、行ってたんじゃないかと思います!」

『だぁー!! 今本気で思い出せそうだったのにー!』


 リュシオンは天を仰いでぐしゃぐしゃと頭を掻き乱した。


「というか、その、自分の首が刎ねられたことは覚えてるんですか?」


 その時本人の意識はどうなっていたのだろうか。

 即死だったからすぐに幽霊になった?


『うーん……だが、首無しの身体が燃えるのはしっかり見ていた気がする……』

「ど、どういう状況だったんですかそれ……?」

『わからん……』


 リュシオンも腕組みして唸ってしまった。

 しかし、少し会話しただけでも思い出せそうになったというのは、光明かもしれない。


「リュシオン様、もう一度、クライブさんに当時の話を詳しく聞いてみませんか? あなた本人が聞けば、なにか思い出せるかもしれません」

『そうだな、何もしないよりはましだろう。今日、クライブは?』

「クライブさんなら、今日は屋敷に居たはずです」

『よし。さっそく行くぞ』


 善は急げとばかりに部屋の扉に向かうリュシオンだが、私はふと思い至り、足を踏み出すことができなかった。


『どうした?』


 まるで、「散歩に行かないのか?」とでも尋ねるような気楽な表情で、リュシオンが振り返る。

 私は真剣に言った。


「あの、怖くはないのですか? 自分が死んだ瞬間を、もう一度思い出そうとしているんですよ?」


 いつもなら茶化してくるリュシオンも、私の目を真面目な様子で見返してきた。

 やがて、その口角が強気に上がる。


『大丈夫だ。何故なら俺は死んでいない。俺の勘が……魂がそう言ってる』


 リュシオンは胸を張って、心臓の位置を拳で叩いた。


『この俺の勘は外れないって言っただろう? 英雄の勘を信じろ』


 そうおどけて、リュシオンは扉をすり抜けて先に行ってしまった。


「……そんな顔で言われたら、信じたくなってしまいます」


 軽口返しにしては湿っぽい言葉が、私の口から漏れて出る。

 もし本当に、リュシオンがまだ生きていたら……。


 不意に胸を締め付けた考えを振り払って、私もリュシオンの後を追って扉へ向かった。




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