表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9.三年生、冬(2)

 握る手を緩めることもなかったのに、彼は私の右肩をつかんでゆっくりと抱き寄せ、そのままキスをした。あえぐような熱い吐息を互いに浴びせながら、唾液をこぼしそうになりながら。

 彼の左手が私の肩から少しずつ降りていき、コートを開いて、ブレザーに差し込まれる。そして私の胸に覆い被さる。控えめになで回していたその手に、やがておずおずと力が込められる。そして私の方は、右手をダウンの合わせ目に沿って降ろしていく。服の構造のせいで彼のようにはうまくいかないけれど、とはいえ今日はそれなりにスムーズに、ベルトを外してズボンの前を開かせると、手をあてがった。いつも驚くほどの熱と存在感が、下着の柔らかい感触越しにそこにある。そして彼の手も、いつの間にか私の同じ場所へと移っていた。片手は握ったまま、キスも途切れさせないまま、窮屈な姿勢で私たちは互いに向かい、交差していた。


 私も彼も、その行為について知ってはいても、何の意味があるのかは理解していなかった。彼には有って私には無く、私には無くて彼には有った。私たちは違っていた。だからそこにあったのは、ただ相手がそんな行為を受けることを望んでいるらしいという中途半端な知識、理由だけだった。

 思えば、キスだって同じことだった。何かの意味のためにそれをするのではなく、それを私たちは演じたかっただけなのだった。だから、彼が不器用なせいか控えめすぎるせい(たぶん両方だろう)で、彼の手が唇や舌よりもずっと小さな感覚しか私に与えてくれなかった一方で、私の方では逆に、彼の制止が間に合わず、下着を汚してしまったことがあるほど、私と彼の受けた刺激に差があったとしても、どうでも良かった。


 しかしこのときの私は、物欲しそう(にも思える)彼の熱から手を離し、キスを止めて唇を離した。上気した彼のぼんやりとした表情を見て、ひどく胸が痛んだ。


 ――ねえ、約束しない? これからは、お互い、先に来たら、できるだけ、今日会えた時間まで待つっていう。そしたら、これから、もっとたくさん会えるよね。

 ――僕が待たせることになるんじゃないの? そんなの、悪いよ。まだしばらく、寒いだろうし。

 ――じゃあ、私が勝手に待つわ。会えない方がキツいから。

 ――なら……できるだけ早く来れるようにするよ。それで、僕が先だったら、僕も勝手に待つから。


 にっこりと彼は笑い、たぶん同じように私も笑っていた。

 実際この約束は効果てきめんで、この日以来私たちは、毎日のように会うことができた。しかしそれで何か痛みがやわらいだとかいうよりは、むしろ、近づいてくるもっとひどい痛みの予感がはっきりとしていくばかりだったような気もする。

 そんな約束の向こう側を見てしまっていたせいか、互いの体への接触をまた始めても、私は、胸の奥の痛みを感じてばかりだった。私の舌を押し返す彼の舌や、下着の間に滑り込んでくる彼の手が与えてくれる感触が、どれほど私の芯を震わせていても。それでも、あるいはだから、私は彼の感触を求めた。下着の割れ目(男性用のは便利だ)に手を這わせ、差し入れ、彼の熱に指を絡める。経験で学んだ通りに、彼の顔や手の中の熱の様子をうかがい、あるいは楽しみながら、指先で擦り、撫でる。やがて最後の痙攣とともに、ほんの短く、少しだけ、小さく、呻くようにしながら、彼は私の手の中に、驚くほどの熱を吐き出す。そして後には、彼の荒く湿った息づかいと、私の胸の疼きの余韻だけが残っていた。


 こんな行為に日々を費やすより、もっと利口な方法はたくさんあったのだろう。例えば、相手を示す言葉や数字、つまり情報を交換するだとか。しかし馬鹿なことに、私が彼の、そして彼が私の名前すら知らなかったと気づいたのはこの日から一ヶ月以上経ってからで、その後には彼と会う機会のないまま、私の生活から、このバス停の存在感は消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ