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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第五章 夜明け
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覚悟と重さ

「はあ……」


3月14日の朝6時に、俺は1人でリビングでため息をつく。今日は10時から渚とバレンタインのお返し……もといショッピングに行くことになっている。フランスへ修行に行くにあたって、必要なものを買うとのこと。多少お金を出すことを条件にお返し判定させてもらった。

ならなぜため息をついているのかというと、目の前に置いている小さい箱が原因だ。そう、給料三か月分のアレである。今日を境に手続きなどで忙しくなるらしく出発の時まで会えなくなる。

何かできることはないか悩んだ結果、迷走しすぎて購入してしまった。今考えてみると迷走しすぎだと思う。どこに高校一年生で指輪をプレゼントする奴がいるんだよ。

そんなことを考えていたからだろうか、リビングに向かってくる足音に気付かなかった。


「おあよー……お?」


寝ぼけ眼をこすりながら母さんがリビングに入ってきた。人間、部屋にいた人に注意が向くのは当たり前。そうするともちろん小さな箱も目に入るわけで。


「……………………」

「……………………」


目をぱちくりさせながら俺と箱を交互に見る母さんと気まずくて顔をそらす俺。無限に感じられた数秒が過ぎたころ、母さんが口を開いた。


「い、いくら……?」

「…………10」

「じゅっ!?」


母さんの驚きも当然だろう。この小さな箱の中には10万を超えるものが入っているのだ。ほんとに何してんだろうね過去の俺。でも買ってしまったのだから渡す以外の選択肢はない。ちなみにサイズは渚が寝てる隙に測りました。彼氏なので合法です。

母さんはしばらく考えた後、テレビの傍にあるカードゲームを入れている箱を漁ってトランプを出してきた。


「ど、どうした母さん」

「遥、1先ポーカーしよう。私が勝ったらそれを渡すのは大人になってから。遥が勝ったら今日渡す。どう?」


なるほど、自分で決められないなら他人の力を使えばいいと。確かにそれなら踏ん切りがつくというもの。受けて立とう。


「よし乗った」

「それじゃ、はじめよっか」


ディーラーはこの為だけに叩き起された父さんが務め、ルール通りに進行していく。1先ポーカーは言ってしまえば運ゲーである。なので勝負は一瞬でついてしまう。


「…………なあ、やっぱやめにしないかこれ」

「あんたが優柔不断なのを何とかするためにやってるのに、そんなこと言ったら元も子もないでしょ」


そう言いながら手札をチェンジする母さん。それに対して俺は───何もしない。


「はい、オープン」


デイーラーの指示に従って母さん→俺の順番で役を公開する。


「ストレートフラッシュ」

「……ロイヤルストレートフラッシュ」

「「はあ!?」」


約65万分の1を引いてしまった。この勝負に消極的だったのはこれが理由だ。だって配られた時点で引き分け以上が確定したんだから。


「そんなことある???」

「あっちゃったんだから仕方ないだろ」


目の前でえげつない行為が行われて若干引き気味の2人。言っとくけどこれでアレ渡すの確定したからな!?


「それ渡すってことは…………まあ、買ったんならそれなりに覚悟はしてるよね」

「ああ」


将来そうなるだろうとは思うし、その覚悟もとうにできている。あくまで今回迷っていたのは今日と4年後、どちらで渡すのかだ。結局ゴミゲーになったせいで今日になったけど。

時計を見ると、既に8時に差し掛かっていた。ご飯もまだ食べてないし今すぐ準備しないと間に合わないのでは?


「てか自問してる場合じゃねぇ、ほんとに遅れる!」


爆速で着替えて、朝ごはん食べて、メイクして、アレ持って、OK!


「行ってきます!」

「行ってらっしゃーい!あと別に今日帰ってこなくてもいいからー!」

「…………ん?」


扉を閉めてから発言のおかしさに気付いたが、生憎と真意を確認する時間は俺には無い。

チャリを違反スレスレで爆走させて、目的地まで急いだ。



  ▢



「お、お待たせ」

「いや、今来たとこ……ってなんでもう疲れてんのさ」

「ちょっとな」


遅れそうだったので駅から全力で走ったからだと伝えると。


「別にいいのに。多少遅れるくらい」

「いつも遅れてくる側が何言ってんだ」

「うっ」


そう、実はこの女、付き合う前から重度の遅刻魔なのである。しかも俺と2人の時だけ。


「俺の時だけ遅刻しやがって……」

「いや、理由があってですね?」

「ほう?なら理由次第なら許す」


聞こうではないか。その理由とやらを。


「あの、前日の夜に服とかあーでもないこーでもないって迷ってると日付変わってたりがザラにありまして」


分からなくはないが……なんで毎回なんだ?数回迷うのはまだわかるけども。


「…………なんで毎回迷うんだよ」

「……好きな人の前では可愛い自分でいたいじゃん」

「……………………」

「……………………」


じわじわと互いに顔が赤くなっていき、気まずい沈黙がそれに拍車をかける。

何となくそんな気がしてたけど、こいつ俺のこと好きすぎるだろ。


「質問」

「は、はい」


ふと、その想いの重さが知りたくなった。最低な質問だとは思うが、人間興味を持っちまったら止まらないよな!


「もし俺が見ず知らずの女性とそれはもう仲睦まじくしてたらどうする?」

「既成事実でも作って離れないようにする」

「……なんか思ってたベクトルと違う重さ」


うん、重い。非常に重い。既成事実はやめて欲しいかな。せっかくやるなら同意の上でやりたいし。


「そ、そういう遥はどうなのさ!」

「え?あー、それは、ちょっと」

「私も言ったんだから!早く!」


いや、さすがに重いとか言う次元じゃないからホントに!自分でも若干引くレベルだから。


「はーやーく。はーやーく」

「───iん」

「え?」

「──監禁、するかもしれん」

「なる、ほど」


想像もしなかった答えに目を瞬かせる渚。我ながらにコレはどうかと思う。そうしたいと思うことすら危険だろ。


「まあ、でも」

「?」

「遥になら、されてもいい……かな?」

「────────」


こいつは本当に……!


「お前、言ってる意味わかってるか!?」

「私個人としてはらもう遥のものになってると思ってるので……」


朝っぱらから的確に理性を攻撃してくるのやめて欲しい。早朝に決めた覚悟がもうどっか行ったじゃんか。


「そ、そんなことより買い物!行くよ!」


強引に軌道を元に戻し、早歩きで目的地まで向かう渚。その耳は先まで真っ赤だった。

恥ずかしいなら言わなきゃいいんだよ馬鹿。というか教えてくれ。多分だけど、あと数回こんなのがあったら理性吹っ飛ぶから。

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