誕生日プレゼント
「誕生日プレゼント、何が欲しい?」
「え?」
学校から帰っていると、そんなことを訊かれた。どうやら自分自身でも把握していなかったが、俺の誕生日が近いらしい。
「欲しいもの……なぁ。別にこれと言ってないな」
「ええー、無欲すぎない?誕生日くらい欲出そうよ」
別に俺は無欲というわけではない。人並みに欲はあるし、それに振り回されるときもある。
ならなぜ欲しいものがないのか。理由は単純だ、既に満たされているからである。
「渚が彼女になった時点でもう満たされまくってるというか……」
「それは……嬉しいけどさ。なに、『プレゼントはわたし』とかすればいい?」
「いや、それはダメだ」
「なんでさ!?私に魅力がないっての!?」
逆なんだよな。自分が何をしでかすのか分からないから止めてるんだよ。
「襲われても知らんぞ」
「だ、誰に?」
「理性のタガが外れた狼に」
「………………」
渚は顔を真っ赤にして固まった。よし俺の勝ち。
「冗談はこれくらいにして、ホントに何も無いんだよな欲しいもの」
「なら、もう一緒に買いに行こっか。いい感じのもの探しに」
───なんてことがあったのが4日前。
そして今日、日曜日の13時に、俺は渚を待っている。待ち合わせは12時半なので渚は30分の遅刻をしていることになる。
渚にしては珍しいけど、人間誰しも遅刻の一つや二つするもんだ。気長に待つさ。
「ごめーん遅れたー!」
「お」
噂をすればなんとやら。
「遅いぞー」
「いやぁ、なかなか服が決まらなくて」
「で、結局無難なものに落ち着いたと」
そんな渚の格好は少しオーバーサイズの深緑色のコートに水色のジーパン、黒と白のスニーカーを履いている。
十分似合っているので、尚更他の候補の服も見て見たくはなったが、それはそれとして。
「とりあえずショッピングモール?」
「かなー。多分どこかでいいの見つかるでしょ」
「うーん無計画」
「な、なにおう!?」
仕方ないじゃんと頬を膨らませている渚をいい感じに宥めつつ、俺たちはショッピングモールへと向かった。
▢
「どこもかしこもチョコだねぇ」
「だなあ」
もう1月も数日で終わるからか、世の中はバレンタインモードになっている。
チョコが貰える奴にとっては特別な日だが、貰えない奴にとってはただの平日である2月14日が近づいてきているのだ。
「俺は楽しみにしてていいので?」
「お任せあれ。とびっきりのを作ってあげる!」
「それは楽しみだ」
胸を叩いて自信ありげに答える渚。というか趣味で洋菓子作ってる人間が作るチョコとか美味しくないわけが無い。店レベルのものが出てくるぞ多分。
「で、結局なんか欲しいものあった?」
「うーん……ピアスとか?」
一通りお店を見た結果、欲しいかなーレベルのものが何とか見つかった。普段つけてるピアス少し飽きてきてたんだよなそういえば。
「うち穴開けるのすら校則違反じゃないっけ」
「バレなきゃいいのよバレなきゃ」
「それはそう」
既に田沼先生に2回しょっぴかれてるのは黙っておこう。
「確かピアスっていったら……」
「真ん中あたりのお店だった気がする。戻るか」
「ういー」
歩くこと数分、お目当てのお店に到達した。
「いらっしゃいませー」
数多のアクセサリーが俺たちを出迎えてくれた。ピアスだけでなくネックレスや指輪までのたくさんの種類がある。
「結構あるね種類」
「渚なら俺に一番似合うものを選んでくれるよな?」
「絶対遥のが詳しいでしょ」
「そりゃそうよ。だからこそな」
わかってないなあ、可愛い彼女が自分のために選んでくれているというのが重要なんだよ。
「ええー?うーんとねえ……」
俺と商品を交互に見ながらあーでもないこーでもないと選んでいる渚。その様子がおかしくて思わず笑ってしまう。
「わ、笑うなぁ!」
「ごめんごめん」
店員さんが助けに来ようとしたが、どうやら空気を読むプロだったらしくただそこに立って見守ってくれていた。
そして悪戦苦闘の末、これというものが決まったらしい。
「よし、これにする」
そう言った彼女の手には、キキョウの花のデザインが施されたピアスだった。確か花言葉は『誠実』『気品』『変わらぬ愛』だったか。
「ちなみに選出理由は?」
「なんとなく。似合うと思ったから」
まあ花言葉なんて知らないよな普通は。
「にしてもキキョウとは大胆な選出。ロマンチストな一面もあったんだなあ」
「え、待って、もしかして花言葉?何そんな変な意味なの?」
焦った顔で急いでスマホで意味を調べている。何度かスクロールしてお目当てのものにたどり着いたらしい。
「ほーほー、……かっ……『変わらぬ愛』か……」
「いやぁ大胆大胆」
「も、もうそれでいいよ!そういうことでいいから!早く買ってくる!」
渚は顔を真っ赤にしてレジに行った。
これは最近気づいたことだが、渚はよく顔が赤くなるらしい。
イヤーナンデダロウナーマッタクココロアタリガナイナー。
「いい彼女さんですね」
微笑ましそうに笑っていると、ずっと見守ってくれていたプロの方が話しかけてくれた。
「ええ、俺には勿体ないくらいですよ」
「うちは指輪も取り扱っているので、その時はまたいらしてください」
「───!……そうですね。そうさせてもらいます」
この人は一体どれだけのカップルを見届けてきたんだろうか。恐るべき観察眼だ。
しばらく店員さんと話していると、買い終わった渚が戻ってきた。
「では私はこれで。お幸せに」
うーんスマート。去り際まで心得ているとはまさしくプロ。
「はいこれ……って誕生日当日に渡した方がいいか。うんそうしよう」
「え、生殺しなんだけど」
てっきり今貰えるものだと思ってたからその分落胆度合いもすごい。
いいじゃん今くれても!渚から貰ったって自慢させてくれよ!
「まあまあ、お楽しみにってことで」
「貰う側だから何も言えねぇ……」
ぶつくさ言いながらスマホを開くと、既に18時を過ぎていて、外も暗くなっていた。良い子はそろそろ帰る時間だな。
「晩飯は家だっけ?」
「うん、おばさんが用意してるらしい。外食にしても怒られないと思うけど、あの人悲しむからね……」
紗枝さんたちは例の一件からそれはもう溺愛ぶりがエス……すごいことになっているらしく、本人が若干引くレベルですごいらしい。
「ならそろそろ帰りますか」
「そうしましょう」
俺も晩飯はあるらしいので、満場一致で帰宅することにした。
「手袋持ってきたらよかったな」
俺の着けてる手袋を羨ましそうに見ながら、手を擦り合わせて息を吹きかけている渚を見て、とある考えが頭をよぎった。
着けている右の手袋を貸して、余った渚の左手と俺の右手を繋いでポケットに入れる。
「これなら大丈夫だろ?」
「───うん!」
からかうつもりで訊いたのにそんな満面の笑みで答えられると調子狂う……。
お気に召したのか、一気に上機嫌になった渚と、クリスマスの時より数が減ったイルミネーションを見ながら帰路に着いた。




