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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第五章 夜明け
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可惜夜の、その先へ

「はあ……」


世界に一瞬だけ白い霧がかかる。

眼前に拡がっているのは、見慣れた景色。

ここは家の近くのちょっとした台地にある、小さな空き地。誰もこんなところに来ようとは思わないから、1人で考え事をするにはもってこいの場所だ。まあ、雑草とかの手入れがされているのは気になるけど。

───さてと、これからどうしようか。

あんな風に啖呵を切ったはいいものの、めでたしめでたしで終わるとは思えない。想像もつかないような手を使ってくるのか、はたまた死なばもろともの精神で道連れにしようとするのか。

俺がやれる最大限はやったつもりではあるが、他にもっといい手があったのではと考えてしまう。

多少は成長したと思っていたけど、こういったところは変わってないみたいだ。


「遥!」


本来なら聞こえるはずのない、俺を呼ぶ声が聞こえた。その声に、思わず笑みがこぼれる。

声の主の方に振り返ると、そこには、最愛の人がいた。


「はあ……はあ……はあ」


ここまで走ってきたのだろうか、肩で息をして呼吸を整えようとしている。その事実にどうしようもないほど嬉しくなった。


「どうしたんだよ、そんなに急いで」

「どうした、じゃない!」


大きな声でそう言って俺の目の前に来た渚の瞳には、怒りと驚きがあった。

理由は……明白だろう。


「おばさん達から聞いた。私のためにやってくれたこと」


紗枝さん達には「渚が帰ってきたら包み隠さず全部話してくれて構わない」と言ってあった。渚の事だし、聞いた途端に家を飛び出して、俺の家まで来て、ここについて母さんから聞いたんだろう。


「こんな無茶して!遥に何かあったらどうしてたの!」

「まあ、そん時はそん時よ」

「───ッバカ!ホントにバカ!それに、私助けてなんて頼んでないし」

「確かにあの時のお前は『助けて』なんて口にしなかった。でも別に関係ないんだよ。助けて欲しいかどうかなんて」

「え?」

「俺は、俺が助けたいと思ったから助けたんだよ」


そうだ。これが俺の今までの原動力。目の前にいる渚を助けたい一心で、ここまでやって来た。そこに渚の意思は関係ないし、介入する余地もない。独りよがりな我欲だ。


「…………なんで、私を助けるために、そこまでしてくれるの?」


そんなの決まってる。


「なんでって……そりゃあ、惚れた女性の悲しむ顔を見たい男なんて、居ないだろ?」

「─────ふぇ?」


逆に居るなら見てみたいなそんなやつ。

中学の頃は恋なんて馬鹿馬鹿しいと思ってたけど、いざする立場になると、これがまた思いのほか心地良い。

好きな人のためならなんでも出来そうな気がして、何でもしてあげたいと思うようになって。

一日中、その人について考えてしまう。

渚の方を見てみると、顔を真っ赤にして固まっていた。


「───えっ、いや、ええ!?」


あ、動き出した。

どうにか処理しようとしているらしいが、この様子だとまだまだ時間がかかりそうだな。

まあ、処理しきるまで待たないしなんなら追加入るんだけど。


「もう一度、今度は分かりやすく言ってやろうか」

「待って待って待って!ちょっと待って!」

「むぅ……」


想いを伝えようとしたら、当の本人に止められた。


「い、いつから?」

「……最初から」

「……一目惚れってこと?」

「そうなるな」


嘘は言ってない。子供の頃に会ったときからずっとなので。自覚したのは最近だけど。


「…………マジ?」

「マジ」

「……ちょい待って」

「ん?」

「なんかもう泣きそう」


そう言った渚の目は潤んでいて、あと何かそこに訴えかけるものがあれば決壊しそうだ。

何とか引っ込めて、こちらに向き直る。


「ふぅ……、だから、助けてくれたと?」

「そうだよ。まあ、結局白馬の王子様みたいにはできなかったけどな」

「白馬の王子様……?─────ぁ」


多分思い出したんだろう。なにかに気づいたような顔をし、そしてすぐに瞳に涙が溜まっていく。

泣き顔を隠すように、俺の胸に顔をうずめてきた。


「……せっかく引っ込めたのに、泣かせに来るのやめてくれる?」

「それは無理な相談だ。だって今日はお前のことを泣かせに行ってるからな」


そう言って、すぐそばにいる彼女を抱きしめる。

一瞬渚の肩が跳ねたが、受け入れてくれたのかすぐに体を預けてくれた。

夏にも思ったけど、相変わらず細いな。でも、それがかえって庇護欲を掻き立ててくる。離したくなくなる。


「ほんとにばかなんだから」

「渚が幸せでいれるためなら、喜んで馬鹿になるよ」

「なに……それ」


どんどん渚の声に嗚咽が混じってきた。それに伴って俺の服を掴む力も強くなる。


「最初はさ、別にここまでする程じゃなかったんだよ。漠然と幸せになって欲しい程度で、自分が何をするとかは考えすらしなかった」

「うん」


俺の過去を知っている渚なら、こんなふうに思った理由もわかってくれているだろう。

中身を見ていない、上辺だけの好意を浴び続けていた俺にとって、『好き』とは気持ち悪いもので、ある種のトラウマだったと思う。

でも、本物は違った。

こんなにも愛おしくて。

こんなにも離したくなくて。

自分にはもうどうしようもなくて。


「でもダメだった。もちろん幸せになって欲しいとは今でも思ってる。けど、もしできるのならその隣に居たいと思うようになったんだ」

「欲張りだねえ」

「ああ、欲張りだよ。だって、渚の全部が欲しいんだから」

「思ってたより強欲」

「これくらい強欲じゃなきゃ、お前を捕まえられないんでな」


そう言って俺たちは笑い合う。まだ渚は涙を流していて、その涙を拭おうと、頬に手を伸ばす。

けど、拭っても拭っても涙は止まらなくって、それがまた可笑しくって笑ってしまった。


「どんだけ泣くんだよ」

「仕方ないじゃん、今までの人生で1番嬉しいんだから。泣かせに来てるんでしょ?なら大人しくティッシュになっててよ」

「お前なぁ……。雰囲気台無しじゃん」

「でも変にロマンチックなのより、こんな感じのが私たちらしくない?」


渚の言う通り、変に雰囲気を作るより、軽口を言い合ういつもの感じの方が俺たちらしい。

でも告白くらいはそれなりの雰囲気でやりたくない?


「それはそうだけどさ、告白くらいは雰囲気作らない?」

「告白……そうか告白されるんだ私。えっ待って急に恥ずかしくなってきた」

「……準備いい?」

「すぅーはー、OK、こい!」

「そんな身構えなくても……」


とは言ったものの、何を言おうか。自分の想いをどれだけ言葉に乗せよう。

……いや別にいいか。渚にはこの重さは伝わってるはずだ。ここまでやって伝わってなかったら普通に泣く。

簡潔に、それでいて想いを全部乗せて。


「好きです。これからも、ずっと、俺の隣に居てくれませんか」


具体的な未来を口にするのは恥ずかしくて、それでもこんなに想っているんだってことも伝えたくて、こんな曖昧な言い方になってしまった。


「───はい」


そんな告白でも、渚は受け入れてくれた。今までで一番涙を流しながら、俺が一番好きな笑顔で。


「はあ〜」


謎の言葉を発しながら、より一層俺を抱きしめる力を強くする渚。

それに応えるように俺も愛しい人を抱き返す。


「ねえ遥」

「なに?」

「私こんなに幸せでいいのかな?」

「いいんじゃない?てか幸せになってくれなきゃ俺が嫌」

「ふふっ。なら幸せにならなきゃだね」

「どんどん幸せを感じてくれ。それが俺の幸せだからな」


幸せでいるお前の隣にいることが、俺がしたいことなんだから。


「遥も幸せにしてくれるんでしょ?」

「そりゃもちろん。幸せすぎて死にそうになるレベルでやってやるよ」

「遥さんにそんなことできるの〜?」

「じゃあ現在進行形で体験してるこれは何。俺の勘違い?」

「「ははっ」」


いつも通り。今まで通りの軽口の言い合い。でも今までと違い、とてつもなく楽しい。これが、『恋』というものなんだ。

ふと、渚が顔を覗き込んできた。

互いに見つめ合う形になる。

なんだなんだと思っていたら、背伸びして顔をこちらに近づけてきた。でも全然届いてない。何度か挑戦しているうちに諦めたのか、ぽすっと俺の胸に頭を置いた。

ああ、なるほど。………ほんとに可愛いなこいつ。


「渚」

「なn」


渚が上を向いた瞬間に唇を重ねる。

渚は一瞬肩を跳ねさせたが、すぐに首に腕を回してきた。

永遠のような刹那の時間は息が苦しくなるまで続いた。

唇を離すと、酸欠でとろんとした顔の渚が映る。

ちょっとやり過ぎたな。


「……ちょっと長い」

「それはすまん」

「しっかりしてよね」

「式までには完璧にしておくから」

「ならいいけど……」


将来を当たり前のように考えてくれていることに嬉しくなっていると、冬の、肌を突き刺すような冷たい風が強く吹いた。


「そろそろ帰ろう」

「だね」


そうして、俺たちは抱擁を解いて歩き出した。手は離さずに繋いだままで。

少し前までは届かないと思っていたその手を強く握る。

離す気なんて毛頭ないし、もし離してなんて言われても離してやらない。


「ね、遥」

「どうした?」

「好きだよ」

「知ってるよ」

「反応悪いなー。ここは急に言われて照れるところでしょー?」


渚には言わないが、幸せでいっぱいなので恥ずかしいって思いは全くない。何度言われても嬉しさが勝つ。


「残念ながら嬉しさが勝つので照れることはないな。俺を照れさせたいならそれなりに工夫するこった」

「可愛くないぞー」

「可愛いのは渚だけで十分でーす」

「…………」

「はい照れたー」

「なっ……!」


虚を突かれた渚は怒って叩いてくるが全然痛くない。ポコポコって音が聞こえてくるくらいには弱い。俺に効いてないことを理解したのか、攻撃をやめて歩き出した。

それからも俺たちは話をしながら歩いた。俺も渚も、来て欲しくないと思っていた未来のことを。

恐怖はある。これからどうなるのかなんて不安しかない。でも、不思議となんとかなる気がしてる。

だって、隣に君が居るから。

ついにですよ。ついにこの時が来ましたよ。

あ、まだ続きます。ちゃんと終わりも考えてるんで!

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