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可惜夜(あたらよ)に君を想う  作者: ウエハース
第五章 夜明け
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これからの"日常"

『ピンポーン』


見慣れたインターホンを押し、扉が空くのを待つ。しばらくすると、聞き慣れた声がインターホン越しに聞こえてきた。


『はいはーい』


その声とともに、家の扉が開いた。


「おかえり、遥」

「ただいま、母さん」

「……渚ちゃんもね」

「は、はい」


母さんは俺の右隣にいた渚にも声をかけた。

なぜ家に渚も連れてきているのかというと、単純にもう夜遅いから。時間を気にせずに2人でイチャイチャしてたらもう日付が変わりそうな時間になっていた。

この時間に1人にするわけにもいかない……というのは建前で、もっと一緒に居たいだけなんだけど。


「ささ、入って入って」


母さんに促されるままに俺と渚は玄関の扉をくぐった。

靴を脱いでリビングに行くと、そこには父さんがいた。いつもみたいにニュースを見ながら緑茶を飲んでいる。


「お、おかえり遥」

「ただいま父さん」

「ほうほう」


隣の渚を見て、納得したように首を縦に振る父さん。


「渚さん、うちのバカ息子を拾ってくれてありがとう!」

「ふえっ!?は、はい……?」

「誰がバカだ」

「あいてっ。酷いぞー息子ー!」


急に大声を出してバカ呼ばわりしてきた父さんをひっぱたく。なんかこの人テンションおかしい気がする。

中身見えてないけど飲んでるのっていつもの緑茶なんだよな?酒じゃないよな?

そんなことを考えてると、酒の匂いがどこからともなく漂ってきた。

あ、これ飲んでら。


「母さーん!こいつ酒飲んでるー!」

「なにぃ!?ちょっと待ってて今行くから!」


来客用の布団を探していた母さんが爆速でリビングにいる父さんを懲らしめにやってきた。

たまたま出っぱなしになっていたタバスコを手に取り。


「客が来るってのに、なぁに酒飲んでんだあ!」


蓋を開けたそれを、父さんの口にぶち込んだ。


「…………くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」


一瞬で酔いが覚めた父さんはあまりの辛さにのたうち回り、バカみたいな量の水をがぶ飲みして何とか意識を保つことに成功した。


「はぁ……はぁ……死ぬ……三途の川見えた……」

「さすがに父さんが悪い」

「それは……そうだけどさ。もうちょっと手心ってものを」

「ないね。反省してお父さん」

「すみません……」

「ふふっ」


そんな俺たちが可笑しかったのか、ほどけるような笑いが渚から聞こえてきた。


「あ、すみません。仲良いなって思って」

「お見苦しいところをお見せしました……。あ、そういや渚ちゃん」

「はい?」

「来客用のお布団なんだけど……無かったんだよね」

「あれ?前あったの見たよ俺」


その記憶があったから今回渚を家に泊めようと思ったのに。

俺の部屋なら布団一枚分くらいのスペースもあるし行けると思ったんだけど。


「うん、前まではあったんだけど、つい最近捨てちゃった☆」

「何してくれてんの?」

「なのでごめんけどベッドは渚ちゃん、遥は床で」

「床以外の選択肢は!?ソファとかあるじゃん!」

「私たちが使うからダメでーす」

「そこは譲れよ!」


親としての権力をこれでもかと濫用してくる母さんとやいのやいの言い合ってると、繋いでいた右手が小刻みに引っ張られた。


「あの〜、私としては別に一緒でもいいと言うか」

「ダメよ渚ちゃん。男なんていつでも狼になるんだから」

「心外すぎる」

「いや、私が、遥と……一緒に……いたい、ので」


だんだん俯き、それにつれて声が小さくなっていたが、しっかりと俺たちの耳には届いていた。

────可愛すぎでは?


「「「………………」」」


思わず3人とも固まって、下を向いたままの渚を見つめていた。


「マジで責任取りなよこれ」

「手放したりしたらさすがの僕でもぶん殴るよ」


2人の言っていることを聞き流して、目の前にいる可愛い生き物を抱きしめる。


「ちょっ、遥!?」

「さすがに可愛いがすぎるので大人しく受け入れてくれ。あとそれ外でやるなよ死人が出る」

「えっ、え?ど、どういう……?」


そろそろ自分の可愛さを理解して欲しい。こんなものを外でしょっちゅうやられたら死人が出るぞ。特に俺。

渚の肩を掴み、正面に向きなおって言う。


「頼むから俺を狼にしないでくれ」

「…………ぇぁ」


一拍遅れて意味を理解した渚がさっき以上に顔を赤くして固まった。頼むから普段からそのくらいの羞恥心を持ってて欲しい。


「……先風呂入っていい?ちょっと抑え込まないとまずい」

「元々その予定だったから入っておいで。私たちは渚ちゃんとお話があるので」


そう言って俺から渚の肩を奪って後ろから抱えていた母さんに少しジェラシーを感じたが、理性が悲鳴をあげていたので言われるがままに風呂場へと向かった。



  ▢



お風呂場へと消えていく遥を見送って、どうぞどうぞと言われるがままに一ノ瀬家のリビングの椅子に座る。

私に話ってなんだろう。


「はいお茶」

「あ、ありがとうございます」

「そんな緊張しなくてもいいよ。そんな深刻な話じゃないからさ」


そう遥のお父さんに言われると、不思議と緊張が解けて安心してしまった。


「で、渚ちゃんは紗枝さん達からどこまで聞いたの?」

「あー、それなんですけど……」

「?」


今更振り返ってみるととても恥ずかしいことではあるのだが。


「『遥が私のためにおばさんたちの件を何とかしてくれた』って聞いた途端に家飛び出したので詳しいことは全く知らなくて……」


私が知っているのは遥が私の抱えていた約束をぐちゃぐちゃにしたことだけ。どんな風にしたのかなんて詳しくは知らないし、なんであんなところで一人でいたのかも知らない。


「あの子も愛されてるねえ〜」

「それは、まあ自覚はしてます」

「ならまず詳しいことを話そうかな」


そうして、おふたりから何があったのかを聞かされた。

遥が私のことで心配になるほど悩んでいたこと。おばさんの抱えている問題を遥のお母さんを使って解決したこと。そして。


「え!?遥とあの2人で食事に!?」

「そうよ〜、最初に聞かされた時はそれはもうビックリしたんだから」


全く知らなかった。だからあそこでひとりぼっちでいたんだ。あと、遥はあの2人と何を話したんだろう。


「大丈夫かって聞いたんだけど、そしたら『大丈夫だってどう頑張ったって勝ち確なんだし。それに、ちょうどいい機会だし言わないと。"娘さんをもらってく"ってさ』って言われちゃって」

「遥ならほんとに言ってそうだけどね」

「ほんとに言ったよ?それ」


この場にいないはずの声が聞こえて思わず後ろを振り返ると、そこにはお風呂上がりの遥がいた。

火照った顔は妙な色気があり、思わず意識してしまって頬が熱を帯びたけど、すぐに引いて、遅れて驚きがやってきた。


「ほんとに言ったの!?あの2人に!?」

「うん。ボコボコに言い負かした後、帰り際に言い捨ててきた」


その事実が呆れと嬉しさが同時に私を襲う。おバカな行動に呆れつつも、そこまで想ってくれているという嬉しさが。


「ほんと、馬鹿なんじゃないの」

「馬鹿で結構」


そういやそうだった。この人は私のためなら喜んで馬鹿になる人だった。


「ほら、それより風呂。さっさと入りな。服は着れそうなの適当に見繕って置いといたから」

「ちょ、ちょっと!」


背中を強引に押されて、風呂場まで連行されてそのまま扉を閉められた。


「もうちょっと渚ちゃんと話させてよー」

「ダメだが?どうせ俺の恥ずかしい話でもするつもりだったんだろ」

「えっエスパー?」

「16年一緒にいるんだぞ。それくらい分かるわ。あと詳しいことはまた今度で頼む。さすがにちょっと眠い」

「へーい」


扉越しにそんな会話が聞こえてきた。遥の恥ずかしい話は興味しかないけど、待たせるわけにも行かないので仕方なくお風呂に入ることにした。



  □



「失礼、しまーす……」


風呂上がりの渚がロボットみたいにカチコチしながら部屋に入ってきた。


「緊張し過ぎじゃない?」

「なんか、こう一気に現実感が出てきたというか」

「それは分からなくもない」


実際俺もさっきまで緊張していたけど、俺以上に緊張してる人がいたので何とかリラックスできた。


「ほら」


ベッドに座って隣をポンと叩く。


「ん」


てっきり躊躇うものかと思っていたら素直に俺の隣に座った。こいつわりと図太い気がする。

渚が俺の肩に頭を乗せたと同時に、誰かが示し合わしたわけでもなく、自然とお互いの手のひらを重ねる。


「……疲れたねえ」

「全力疾走してたもんな」

「遥は疲れてないの?あの2人と食事なんて精神的にキツくなかった?」

「別に。というか一方的に言い負かしてたから気持ちよかったまである」

「性格悪」

「自覚してる」


渚と笑いあって話していると、少しずつ瞼が重くなってきた。そろそろ眠気の限界らしい。


「眠い。もう寝ようぜ」

「私も眠ーい」


2人でくっついてベッドに倒れ込む。布団を羽織ると温もりを感じた。いつもは布団の温もりだけだったけど、今日は人の温もりが傍にある。


「腕枕してよ」

「お前あれめちゃくちゃキツイの知ってて言ってるだろ」

「起きた時に悶える遥が見たい」

「お前なあ」

「ふふっ」


心底楽しそうに笑う渚の頬に触れる。


「どうしたの?」

「いや、可愛いと思ってさ」

「…………可愛いの安売りはやめて欲しいんだけど」


そうジト目で言う渚の顔は少し赤くなっていた。どうやらまだ言われ慣れていないらしい。


「本心を言ってるだけなんだけど。というかこれからもっと言うから早々に慣れてくれよ?」

「もっと言うの……?」

「ああ、こっちも恥ずかしくなるくらいには」

「うへぇ……」


本格的に瞼が重くなってきた。もう切り上げて寝よう。


「ダメだガチで眠い」

「私も……ふぁあ……」

「おやすみ」

「おやすみ。あ、そうだ」

「?」


寝る時の挨拶をして寝ようとしたところで、渚に呼び止められた。


「いろいろと、ありがとう」

「……どういたしまして」


そうして俺たちの意識は眠りについた。

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