文化祭 その4
「…………すごい視線を感じる」
「マジですまん」
午後組に丸投げしたあと、俺は渚と文化祭を回っていたのだが、案の定というかとてつもない人から見られている。昨日の話題に加えて、元トップモデルの息子という肩書きが増えたのだ。仕方ない。
よく見ると、話しかけようとウズウズしている人もいた。誰かが動くとそれに乗っかって馬鹿みたいな数の人が寄ってくるだろう。自分一人だけなら問題ないのだが……。
「ん?遥どうしたの?」
見つめていると、目が合い、不思議に思ったのか渚が聞いてきた。
「いや、ちょっとな」
どうしようか決めあぐねていると、ついにその時が訪れた。
「あのさ!君あのSEーNAの息子ってホント!?」
「写真撮ってもいい!?」
「今日のダンス踊らない?」
あっという間に囲まれた。しかも全員俺しか見ていないため、渚が轢かれそうになっている。抜け出そうにもこうも道を塞がれては身動きが取れない。
「いたっ!足踏まれた……」
「───ああもう!渚!」
「へ?——ぐえっ!?」
そんなの知ったことか。
俺は渚の手を引っ張って強引にこの群勢から抜け出した。
「逃げるぞ!」
「──!おーけー!」
俺たちはそれから10分くらい走り続けた。走って走って、気がついたらよく分からない場所まで来ていた。
「「はぁ……はぁ……はぁ……」」
辺りを見渡しても、全く見覚えがない。配管などが見えるためおそらく校舎裏のどこかな気がする。
「ここ……どこ……」
「分かん……ねぇ……」
2人して息を整えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「ありゃ、先客」
振り向くと、そこには雨鳴先輩の姿があった。
先輩は汗だくで服もヨレヨレな俺たちを見ると、ボソッと呟いた。
「…………事後?」
「んなわけあるかぁ!」
「冗談だって」
「羽那、どうしたんだい……って君は」
雨鳴先輩の後ろから顔を出した命先輩と目が合った。
「あ、お久しぶりです」
「君は…………」
命先輩は何かを思い出そうとするように額に手を当てる。その様子を見て何をしようとしているのか分かった。思い出すも何も俺の名前は教えてないからわからないだろう。
「そういえば自己紹介してませんでしたね。改めて、一ノ瀬遥です」
「よかった、僕が名前を忘れたのかと思ったよ。遥君か。改めて、雪葉命だ。よろしく」
ほっと胸を撫でおろす先輩。すると先輩と俺を残りの2人がつんつんと指でつついてきた。
「「どちらさま?」」
そんな2人に俺たちは夏休みに会ったことをざっくり話した。もちろんあの相談については話さなかった。
「ほえ~、そんなことが。って名前くらい聞いときなさいよ」
「へぇ~」
「あ、初めまして。雨鳴羽那です」
「蒼野渚です」
自己紹介も終え、なぜここにいたのかという話になった。
「いろいろあったんですよ。いろいろ……」
「……顔から苦労がにじみ出てるから言及はしないでおくね。私たちは命を休憩させるためにここに来たの。人混みに酔ってさ」
「今も吐きそう」
「あまり明るいところもだめだからここに来たの。ここは風通しもよくて日光もあまり刺さないしね」
アルビノの人は弱視が多いと聞く。初めて会ったときもサングラスをしていたのもそのせいだろう。
「手間をかけるね……」
「なーに言ってんの。いつものことでしょ」
何も知らない渚には仲のいい親友同士の会話に聞こえるんだろうけど、全部知ってしまっている俺には熟年夫婦の会話にしか聞こえない。
「大変ですね、お互い」
「だね」
俺と命先輩は顔を見合わせて苦笑する。
「さてと渚ちゃん。私とお話ししよっか」
「え?いいですけど……何でですか?」
「まあまあ」
命先輩を座らせた後、雨鳴先輩は渚を連れて隅っこのほうに行ってしまった。仕方ないので命先輩の隣に座る。
「……で、なんか進みましたか?」
夏休みの相談事について振ってみる。
「まだなんだよね……。なかなかに勇気が出ない」
返ってきたのは予想通りと言ったら失礼だが、思った通りの言葉だった。そりゃそうだ。そんな簡単に勇気が出せたらたまたま会った年下に相談なんてしないよな。
「出たら苦労しませんよねぇ……」
「……なんかあったのかい?前とはこう、違うような気がするんだけど」
その質問を受けて、自然と目線が渚のほうへと向く。雨鳴先輩と話していて、頬を赤らめたり、ぶんぶんと首を振って何かを否定したりしているのも面白くて。いつか、あそこに。
「自身を持って隣に立つために、頑張らなきゃなって思っただけですよ」
そう、笑って答えた。
「そっか。ならお互い頑張らないとね」
「ですねぇ」
そう言って俺たちはグータッチを交わした。
そのあとすぐに話が終わった2人も合流して、せっかくならと4人で回ることになった。
「あー、これは逃げるわ。命いなかったら多分囲まれてるでしょこれ」
回り始めてからずっと視線を感じていた雨鳴先輩からそう聞かれた。
「囲まれたんで逃げたんですよね」
「うへえ」
その場面を想像したのか舌を出して嫌悪丸出しの顔をした先輩。そんなときに、ふと先輩たちのスマホが鳴った。
「なんだろ」
「……うわあ。2人とも見てごらん」
命先輩のスマホには『この顔見かけたら場所連絡して!SE-NAの息子さんらしい!』と指名手配みたいな文章とともに俺の写真が貼られていた。
「Oh…………」
「これは、ちょっと、ねえ?」
さすがにやばい。あとで母さんに文句言ってやろう。
——————ん?連絡?
「あ」
「「「?」」」
何かを思いついた俺に、いったいどうしたのかと怪訝な顔をする3人。
「俺、実行委員なんですよ。んでもちろん連絡取れるようにグループラインも作られてるんですよ」
「ああ、なるほど」
「確かに実行委員は文化祭じゃ教師陣の次に権力あるしね」
「あったまいい~」
さっそく、今起きていることについてグループラインに報告する。すると一瞬で手の空いている人たちから『対応する』との返信が返ってきた。さすがに問題視していたのだろう。
「よし、これでしばらくしたら落ち着くでしょ」
「なら好き勝手に回ろっか」
そうして、4人でそれぞれ回りたいところを言い合って回った。お化け屋敷で、怖いのが苦手だったらしい雨鳴先輩が渚にしがみついてた時の命先輩のめちゃくちゃ複雑そうな顔が、一番記憶に残ってる。
そうこうしてるうちに、2日目も終わりを告げ、後夜祭に時間になった。




