文化祭 その3
文化祭2日目。今日も午前のシフトなので、昨日と同じように仕事をする。違うところがあるとすれば、喜野の代わりに渚がいることだろう。
「そういや今日遥のお母さん来るんだっけ」
「そう。今朝も『ガチメイクして行くから楽しみにしといて』って言われて不安しかない」
「すっぴんでもあんなに綺麗なのに本気でメイクしたらどうなるんだろう」
渚は何度かうちに来た時に両親とは会っていて、互いに顔を知っている仲だ。何故か知らないが俺の小さい頃のアルバムの写真が流出しているらしい。恥ずかしいからやめていただけると助かる。
後で消させようと考えていると、突然、教室の外からざわめきが聞こえてきた。
「……ねぇ、なんか外騒がしくない?」
「やめろ今現実逃避してるから。何も聞こえないし何も見えない」
「あー、うん来たね。すごいよ人だかり」
人違いかもしれない。多分そうだ。他の有名人が来たんだ。そうに違いない。
そう思いながら、視線をそちらに向けると。
「……………………いる〜」
いた。見るからにヤバい。撮影用のメイクをしているのがよく分かった。茶髪のストレートパーマが撫でる肌はそのままCMに使えるんじゃと思うレベルで綺麗だった。
服装はクールな感じで、黄色いTシャツに薄い紫色のテーパードパンツを履いて、みんなおなじみ何故かずり落ちない肩掛け黒ジャケット。
母さんの周りにできている人だかりを見て、人気っぷりを再確認する。元トップモデルは伊達じゃない。
そして、外の騒ぎに気付いたのは俺たちだけじゃない。既に中に入っているお客さんや、クラスメイトも外の景色に夢中だ。
「ちょ、あれって」
「SEーNAじゃない?」
かつて一世を風靡したトップモデル『SEーNA』こと一ノ瀬凛。それが俺の母親だ。
「遥、お父さんは?」
「……?父さんどこだ?」
俺の視界には母さん1人しかいない。トイレでも行っているのだろうかと思っていると、どこからか戻ってきた。戻ってきたのだが……。
「なんでだよ……」
そこにはいつものメガネをかけた少し頼りない父さんはおらず。いたのは黒髪をセンターで分け、コンタクトをし、シンプルな白いシャツに青いジーパンというカジュアルな格好をした一ノ瀬和斗だった。服装は何ら問題はない。というかさすがはファッションデザイナー。とても似合っている。
問題なのは顔である。どう見たってメイクをしている。おそらく母さんのメイクさんにでも頼んだのだろう。息子の様子を見るにしてはやりすぎである。
仕事をしながら分析をしていると、いつの間にかその時はやってきた。
全員が静まる中、接客をしに行く。
「お帰りなさいませ、おじょ…………」
「?」
言い切らずに黙った俺に視線が集まる。仕方ないと思う。だって。
「……ごめん無理。さすがにお嬢様呼びはキツい」
「「「!?!?!?」」」
俺の発言に息を呑む音が聞こえる。確かに母さんとの関係を知らなかったらその反応をして当然だろう。
「そこをなんとかするのが仕事でしょ〜」
「アラフォーならマダムの方がいいか」
「まだ36なんだけど?」
「アラフォーじゃん」
「37からがアラフォー派もありますぅー」
いつものように2人で軽口を言い合いながら、空いている席に案内する。
「んで、何食べんの?」
昨日と同じように決めてもらっているはずなので、早速注文を聞く。
「これとこれとこれ」
「りょーかい」
「あ、あと」
注文を通しに行こうとすると、父さんに呼び止められた、
「なに?」
「定員さんのスマイル1つ」
「はぁ…………」
父さんのバカな注文に対してため息をつきながら、注文を書いた手帳をパタンと閉じる。やってくれるのかと2人が少し驚きを見せている。
「いつも家で見せてるからダメでーす」
そう言い捨てて、注文を通しに行った。見せるわけねぇだろ。
「お、おい一ノ瀬」
戻ると、近藤が今までにないほどあたふたしながら、俺を呼び止めた。
「あの2人……」
"あの2人とはどういう関係だ"と言い切らなかった辺り、まだ動揺しているのだろう。この中で唯一平然としてるのは渚くらいだ。ほかは全員何が起きたか分からないといった様子。
俺はそんな教室全体に聞こえるように言い放つ。
「俺の両親」
「「「「─────────え?」」」」
はい1拍置いて〜。
「「「「えええええええええええええ!?!?!?」」」」
教室の全ての窓ガラスが振動するくらいに大きな声が教室内に響く。
「確かに結婚して子供もいるって公言してたけど!」
「その子供が同じ学校とかヤバいって!」
何となく予想はしていたが、ここまで騒がしくなるとは思わなかった。
そしていつの間にか、教室の外には美人夫婦を一目見ようととてつもない人だかりができていた。先生たちが頑張ってくれてはいるが、人が多すぎて波に流されている。ほんとうに申し訳ない。
「これが遺伝子か……」
近藤は俺の顔を見ながらそんなことを呟いた。
「これが遺伝子よ……」
多分考えていることは違うだろうが、遠い目をしながらそう答えた。顔がいいと面倒事に巻き込まれるんだぜ……。
「はい、一ノ瀬」
クラスメイトから両親が注文した料理を渡された。その目は「お前しか行けないから行け」とものがたっていた。
もとよりそのつもりだったので、何も言わずにトレイを受け取る。
「ご注文の品です」
「サンキュー」
「なぜそれほどウキウキ」
「かっこいい遥が見れたので」
「それは……どうも」
面と向かって言われると小っ恥ずかしい。頬をかきながら目を逸らして答えたら、またそれを茶化された。
それから2人が満足するまで話し相手になり、気がつくともうシフト交代の時間になっていた。
「もうそろそろ交代だから帰った帰った」
「むぅー、もう少し待って」
口を尖らせて抗議してくる。
「ダメ。俺にも文化祭を回らせろ。あと正直言うと帰った方がいいぞ」
「分かってる。分かってるから味わってるんじゃんか〜」
「そうそう。母さんの言う通り。もう少しくらい、さ?」
この2人の人気を考えると、どこに行ってもとてつもない人だかりが生まれて正直危ない。なのでなにか起きる前に帰るのが1番いいのだ。
横目でみんなの様子を確認すると、全員ものの見事に首を横に振っていた。流石にもうもたないらしい。
「NG出たんで強制退出でーす」
「そんな〜」
「ほら出てった出てった!」
2人の背中を押して、強引に教室から出す。一瞬でとてつもない人に囲まれたが、やはり伊達にこの世界を生きていないな。上手い具合にあしらって姿を消した。
「さて、と」
午後のシフト組に向き直る。午後組には喜野や海瀬、鈴名の顔も見える。そして外にはとてつもない人だかり。それを確認しながら、満面の笑みでとてつもなく無責任な言葉を告げる。
「あとは任せた」
「「「ふざけんな!!!!」」」




