文化祭前夜
「あー疲れた」
風呂から上がってそのままベッドにダイブ。
実行委員としてクラスの食品管理やら、学校の教師陣との話し合いとか、めちゃくちゃきつかった。まさかここまで実行委員というものがきついとは思わなんだ。
まぁ、あとは明日明後日の本番さえ越えれば解放されるから。あともうひと頑張りだな。
「どーしよっかな、明日」
そんなことより考えなきゃいけないことがある。アネゴが言ってたことだ。
いまだに迷っている。あと一歩の勇気が出ない。アネゴに「周りを頼れ」って言われたけど、それができたらここまで拗らせてないし苦労もしてないんだよなぁ。
でも、ここがチャンスなのもわかっている。ここを逃したら次いつ機会が回ってくるのか分からない。
あと一歩。その一歩が重い。そのことに考えるたびに中学校のことが頭をよぎる。クラスの奴らはそんな奴らじゃないってのは頭では理解してるんだけどな。
そんな時に、スマホが鳴った。
「ん?」
バイブの長さからおそらく電話だ。もう10時だってのにいったい誰が?
スマホを見ると、そこには「蒼野渚」の文字が。
なんでこんな時間に、しかもメッセージで、とかの疑問はあるがさすがに出ないわけにもいかないよな。
スマホの応答ボタンを押す。
「もしもし」
『もしもし~?今大丈夫?』
「大丈夫だけど、どうした?」
こんな時間にと聞いてみたら、意外な言葉が返ってきた。
『いや、なんか悩んでる感じだったから』
「…………うそぉ」
もしかしてけっこう顔に出てた?え、それならほかの奴らにも悩んでたの伝わってたのか?
『あ、別に顔には出てなかったよ?なんかいつもと違うな~って私が思っただけだから』
顔に出てきてないならよかったよかった……って、そんな些細な変化に気づくって……。
「お前俺の事見すぎだろ」
『は、はぁ!?別に友達として当然のことなんですけど!?』
やばい、超うれしい。思わずにやけそうになる。好きな人ってすげえ!こんなんでうれしくなるんだ。
「はいはい。で、その悩みを聞きにきたと」
必死に平静を装って続きを促す。
『あー、悩みの内容はなんとなくわかってるんだよね』
「そこまで分かってるとちょっと怖い」
『なんでさ!?あーもういいや。あと一歩が踏み出せないんでしょ?』
ホントに怖くなってきた。もはやエスパーだろ。
「まあそんな感じ」
『遥の悩みを詳しく知ってる身からすれば、安易なことは言えないからなぁ』
電話越しの声から本気で悩んでくれているのが伝わってくる。こういうところが好きなんだよなぁ。
「別にそこまで悩まなくても……。軽いアドバイスでも十分ありがたいよこっちは」
というより、多分どれだけ軽くても俺の背中を押すに足りる言葉になる。
『そう?まあ遥が言うなら、ほんとに私個人の考えを伝えるね?』
「ああ」
『私は、見てみたいよ。あっちの遥も。だって今の遥も、「夜宵彼方」としての遥も、どっちも私にとっては「一ノ瀬遥」だしね』
ああ、ダメだな。想像以上だ。背中を押すに足りるなんてレベルじゃなかった。背中を思いっきり蹴られた感じ。さすがにチョロすぎると思うぞお前。
『……どう?』
「大丈夫、踏み出せる」
恐る恐る聞いてきた渚に、確信をもってそう伝える。
『よかったぁ……』
めちゃくちゃ嬉しそうな声色に、こっちまで嬉しくなる。俺の悩みについて考えてくれただけでも嬉しいのに、さらに追加が来るとは。
「……ありがとな」
『どーいたしまして。それじゃ、明日早いしそろそろ寝よっかな。おやすみー』
「あ、ああ。おやすみ」
通話が切れても少しの間、スマホを見続けていた。アネゴに言われてからここ数日、ずっと悩んでいたってのに、こんなあっさり解決するなんてな。
好きってすごいな。ここまで変わるもんなのか。もしくは俺がチョロいだけか。多分後者だけど。
渚に悩みを打ち明けた時も、こんな風に助けてもらったな。周りを頼る前に先に助けられるとは。
アネゴにもお礼を言わないとな。アネゴの言葉がなかったら、渚に相談なんてせずにまた逃げてたかもしれないし。
明日の俺を見たときの渚の笑顔を想像する。あいつなら自分のことのように喜んでくれるんだろう。
その顔が見れるなら、とさらに決意が固めて、俺は眠りについた。




