文化祭準備その3
「最後、一ノ瀬はんやな」
「はいはーい」
アネゴのあとについていき、隣の空き教室へと入る。普段使っている教室とは扉で繋がっており、食品の管理もここで行う予定だ。
「はい腕上げてー」
アネゴの指示に従って、採寸を進めていると、こんな質問をされた。
「……気悪くしたらごめんやけど、一ノ瀬はん、文化祭でかっこいいモード出さへんの?」
「かっこいいモード?」
「夜宵彼方としての一ノ瀬はん」
「—————は」
なんで。どうして。それは、あの2人しかしらないはずだ。なのに。
「なん、で」
「雑誌で見てな、これ一ノ瀬はんやんって思ってんけど……って一ノ瀬はん!?すごい顔してんで!?」
「ごめん、ちょっと」
立っていられなくなり、顔を押さえながら壁にもたれ掛かる。
大丈夫だ。お前はお前だ。それにアネゴはそういうやつじゃないだろ。あいつらと同じタイプだ。中学のやつらとは全然違う。だから、大丈夫。
「すぅー、はぁー」
胸に手を当てて深呼吸をし、自分を落ち着かせる。そこで頬を伝う冷や汗に気づく。やっぱり、まだなんだな。
「悪い、もう大丈夫」
「ほ、ほんとに大丈夫なんか?」
アネゴのこちらを心配する顔が、俺の胸を締め付ける。そんな顔をさせてしまった自分への嫌悪で吐きそうになる。
それを顔に出さないように必死に平静を装う。
「ああ、心配すんな。こっちの問題だから」
「いや、大丈夫やないやろ」
逃げるように立ち去ろうとしたら、それを止めるようにアネゴが俺の前に立ち塞がった。
「アンタ、めっちゃひどい顔しとんで」
「……もう大丈夫だから」
アネゴを無視して通り抜け……れなかった。体をねじ込ませて何としても行かせない意思がにじみ出てた。
「……アネゴ」
「行かせへんで、今にも倒れそうな顔して。1人で抱えても潰れたら意味ないやろ。少しでもいいからうちに話しや」
そこまでしてもらう義理はないし、してほしくない。こればっかりは俺個人の問題だ。
「大丈b」
「もし話さないって言うんやったら、保健室のベッドに叩きつけんで」
多分アネゴは俺が何を言っても引かないだろうし、性格上絶対ベッドに叩きつけられる。
俺がどうしようか考えている間にも、アネゴはじりじりと詰め寄ってきている。
アネゴから逃げるように後ずさりをしていると背中に壁の感触がした。いつに間にか壁まで追い詰められてたらしい。
これは……折れるしかないか。
「分かった、話すから」
その言葉を聞いたアネゴは満面の笑みを浮かべた。
はぁ、とため息交じりに過去について話す。話すといっても、全部じゃない。顔のことでひと悶着あって、それからそういうのが苦手になって、とざっくりとだけ。
「なるほどなぁ。そんなことがあったんか」
「そ、だからこれは俺の気持ちの問題なんだよ。俺に素直になる勇気があったらよかったんだけどな」
と、自嘲気味に笑ってみせた。
「諦めるにはまだ早いんちゃう?」
「え?」
まさかそんなことを言われるとは思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「勇気がなかったんなら誰かから貰えばええねん。他にもこのこと知ってる人何人かいるんやろ?」
「あ、ああ」
「ならその誰かから貰うのもありやな。自分1人で無理なら周りに頼るのは常識やで?」
周りを頼る……。そんなこと考えたことなかった。これは自分の問題だから自分でケリつけなきゃいけないって、決めつけて今まで生きてきた。
でも、そうだ。中学の時は自分1人じゃダメだったから、あんなふうに壊れたんだ。アネゴに言われなきゃ、また二の舞になるところだった。あーもう馬鹿。ほんとに馬鹿。
「サンキュー、アネゴ。なんか視界がぱっと開けたわ」
「ええんやで。一ノ瀬はんが言うたら、ウチはいつだって助けたるわ」
ふんすと自慢げに胸を叩くアネゴ。
「俺はアネゴの姉御肌が怖い」
「6人姉弟の一番上舐めたらあかんで?それに……」
「それに?」
「いや、何もない。さ、大丈夫になったんなら戻り。仕事あるんやろ?」
アネゴの言う通り、まだまだ仕事はある。というより佐々木に任せっきりになってしまっている。
「あ、そうじゃん。んじゃ戻るわ、ほんとにサンキューなアネゴ」
「どーいたしまして!」
アネゴにお礼を伝えて空き教室を出る。
戻ったら帰りが遅かったのを佐々木に心配されたから、「衣装について話してた」ってごまかした。
□
ウチはお礼を言って彼が去っていった扉を見つめる。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
「なんでウチは素直になれへんのや……」
あのな一ノ瀬はん。誰にだってこんな世話焼くわけやないんやで。
それに、好きな人には笑顔でいてほしいもんやろ?
「ま、それが言えたらここまで苦労しとらんのよな。ささ、仕事仕事」




