文化祭準備その2
文化祭の準備が始まって数日。飾りなど少しずつ形になってきた。
「この飾りどこー?」
「そこそこ。いい感じにお願ーい」
「メニュー何個いるんだっけ?」
「んーとな、9個らしいわ」
「オッケー」
みんなで決めた教室のデザインをもとに動き、何かわからないことがあればその都度実行委員が指示を出していく。限られた予算の中であれはしようこれはやめようと考えるのはなかなか骨が折れたが、あとはみんなで協力すれば何とかなるので役目はほとんど終わったといっていいだろう。
「鈴名はーん、ちょっとええか?」
「はいよー」
アネゴたちは今日も今日とて衣装作りに勤しんでいる。布とかの素材の準備は、すでに買ったり、手芸部の備品を引っ張り出して終わらせていた。
今は衣装を作るための採寸を行っている。服は着回す予定なのでいい感じの体格の人をピックアップして採寸するんだと。で、今鈴名が呼ばれたというわけだ。
「アネゴ……、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんやなんや」
「ゴニョゴニョ……」
「なるほどなぁ。おもろいけど、うちだけじゃ決められへんな」
いったい何を話してんだろ。
2人のほうを見ていると、ふとアネゴと目が合った。
アネゴはちょいちょいと手招きして俺を呼んでるらしい。まぁ今は別に仕事ないし、いっか。
「一ノ瀬はん、ちょっと相談あんねんけど」
アネゴのもとに行くと、開口一番にそんなことを言われた。
「相談?」
「鈴名はんがな、海瀬はんにタキシードやなくてメイド服を着させたい言うてな。おもろそうやけどさすがに独断はどうかと、実行委員のお許しを得よう思て。どう?」
「なるほどなるほど」
サプライズとはいえ、もしもの事もあるやんかと指を立てて説明しているアネゴ。
確かにそういった強要はよくない。マジでよくない。
けれど、俺は知っている。海瀬なら多分大丈夫だと。
「海瀬には秘密にしてほしいんだけど、あいつこの前可愛い服も着てみたいって言ってたんだよ」
それは少し前、たまたま海瀬と二人きりになったときのこと。
「一ノ瀬はさ、普段どんな服を着るんだい?」
突然こんなことを聞かれた。
「急にどうした」
「ふと気になっただけだよ」
「……普段なぁ、スポーティなものが多いな。動きやすいし」
外出した時の服装を思い出して答える。
スポーティな服は良い。動きやすく、それでいておしゃれだ。
「私もそういうものが多い」
確かに海瀬の背格好とルックスなら似合うだろう。
「でも、たまに思うのさ。かわいい服を着てみたいと。私だって女の子なんだ、そう思うのは当たり前だろう?」
海瀬の周りからの評判はほとんどが「かっこいい」だの「イケメン」だの男っぽい表現の言葉だ。「かわいい」と褒めるのは鈴名か渚くらいだなといまさらながらに思う。
「みんながかっこいいとか褒めるからそっち系の服を着てきたけど、昔からフリルのついたワンピースなんかも着てみたかったんだ」
目を伏せ、昔を懐かしんでいるように見える。
ああ、これはあれだ。俺と同じだ。俺ほどこじらせていないが、根本は同じものだ。
「その気持ちはよくわかるから、"着たいものを着ればいい”なんて馬鹿なことは言わない。でもまぁ、いつかかわいい服を着る機会があれば、勇気を出して素直になってみるのもアリなんじゃないか?」
その勇気を出せなかったのが今の俺なんだがな。海瀬にはこうなってほしくない。
「勇気か……。そんな機会があれば考えてみるのもいいのかもしれないな」
腑に落ちたように頷く海瀬。あとは、彼女しだいだ。
————————なんてことがあったり。
「だからメイド服を用意していいんじゃない?」
「一ノ瀬はんがそう言うならそうするわ。ありがとーな」
「どーいたしまして」
そう言って、鈴名のもとに戻っていった。これがいい機会になるといいんだけどな。まあ多分鈴名がお願いすれば割とすぐ素直になりそうなのは内緒で。




