予想通りの大盛況
「ん……おはようございます」
「おはよう遥君。早起きだね?」
早めに目が覚めてしまって、とりあえず下に行ったら、恭也さんが既に着替えて何かしてた。
「なんか目が覚めちゃって。恭也さんこそ早いですね」
「みんなが寝てるうちに準備をね。そろそろみんな起きてくる頃だろうし先に顔洗ってきたら?」
「そうさせて貰います」
洗面所で顔を洗っていたら、全員起きたようで階段を下りる足音がドタバタと聞こえた。
「おはよ……遥」
「おはよう」
挨拶を返していると、眠そうにしてる渚が真っ先に洗面所まで歩いてきて顔を洗った。俺まだ途中だったんだけどな……。
その後、全員顔を洗ったあと、昨日の残りのシチューを朝ごはんに食べて、今日から3日間働く仕事場へと向かった。
□
「上に部屋があるからそこで着替えておいで。説明とかはその後にするから」
「「「はーい」」」」
着替えるために上がると、部屋が2つあった。部屋…というか物置だ。だが着替えるだけなら十分だろう。
「じゃ、また後で」
「ん」
俺たちは別れ、着替え始めた。
「おぉ……」
「ん?どうした喜野?」
着替えている途中で喜野が変な声を漏らした。
「いや、鍛えてるなぁと思って」
どうやら見ていたのは上裸になった俺の身体らしい。
「そっちもだろ。結構腹筋割れてんじゃん」
「まぁ自分磨きは欠かさずやってますので」
「流石は王子様」
「海に沈めてやろうか」
なんてからかったりしていると、向こうから声が聞こえてきた。
「渚……また大きくなったんじゃないか?」
「いや、まぁはい……」
「えいっ!」
「ひゃっ!?ちょっと陽菜さん!」
「おぉ……これはこれは……。1年生で将来有望だね……」
「急に揉まないでくださいよ……」
「渚っちもそうだけど、陽菜さんも凄いと思いますけどね」
「そう?」
「次は私の番ですね?」
「ま、待って渚ちゃん!ちょっ、あっ!」
などといった声が聞こえてきた。
「「……………」」
「早く出よう」
「そうしよう」
俺たちはいたたまれなくなってそそくさと部屋を後にした。
しばらくして、渚たちも着替えが終わって下に降りてきた。
「お待たせー」
「やっと来たk……」
「?どうした一ノs……」
俺たちは思わず固まった。それもそのはずである。本来接客をするのなら水着の上に何かしら1枚羽織るもんだ。海瀬と鈴名はちゃんと羽織っている。けれど、渚と陽菜さんは何も羽織っていない。水着のままだ。渚はこの前俺が選んだ水着を着ている。ちょっと嬉しい。陽菜さんは紐を首の下あたりで交差させているタイプの水着を着ている。
「2人とも忘れたらしい……」
俺たちが考えていることに気づいたのか、海瀬が代わりに答えを言ってくれた。
「何してんだか……」
呆れ混じりにそう呟くと、渚から反論があった。
「大丈夫だって!別にただ接客するだけなんだし。」
「うんうん。渚ちゃんの言う通り。心配することないって」
「「……………」」
俺たちは顔を見合わせた。
「なんかあったら……」
「そうだな……その時は……」
喜野も同じ考えだったらしい。
「「?」」
なんの事かよく分かっていない2人はそのままにしておくことにした。
「まぁみんないい人だから大丈夫だとは思うけどね」
「まぁおじさんが言うなら……」
「じゃ、仕事の説明をするね。事前に言ってた通りに、女の子たちは接客、男の子は僕とキッチンで料理を作る。接客は注文とテーブル番号をメモにとってカウンターに置いてね。そして、キッチンはそのメモを見て料理を作る」
「ほうほう」
「ま、大体はそんな感じかな。詳しいことはその時々に教えるから」
「分かりました」
「楽しみだね〜タカ」
「陽菜姉と俺は毎年やってるじゃん」
陽菜さんが喜野に後ろから抱きついた。なぜこの2人はこの距離感で付き合ってないんだ………。あっ、喜野めちゃくちゃ我慢してる。おもしろ。
□
「すみませーん」
「はいはーい」
「こっちもー!」
「はーい!」
「注文いいですかー」
「少々お待ちをー!」
案の定大盛況。陽菜さんだけだった時でも結構な人が来たらしいけど、もはや比にならない。あちこちで注文が飛び交っている。そしてそれに比例してキッチンも死ぬほど忙しくなっていた。
「3番テーブルの焼きそば!」
「2番テーブルのやつもうすぐできます!」
「あと何枚あります?」
あとどれだけ捌けばいいのか、気を紛らわすために聞いた。
「7枚だね……あ、8枚になった」
「マジすか」
聞かなければよかったかもしれない。
「あと、これからお昼のピークの時間になるから……」
恭也さんから追い討ちがかかる。
「………マジすか」
「諦めろ、一ノ瀬……」
喜野は遠い目をしている。本格的にまずいかもしれない、と喜野と同じように遠くを見ようとしたところ。
「定員さん可愛いね。今何歳?」
「「ん?」」
「ご注文は?」
「俺たちと遊ばない?」
典型的なナンパが現れた。座っている席は外側の席。
「そこのお姉さんも去年も居たよね」
標的はどうやら渚と陽菜さんらしい。キッチンから覗くと、男たちは注文せずに渚と陽菜さんをナンパしているらしい。
「はぁ……何も無いなら失礼します」
「お兄さん達、うちの従業員をナンパするのはやめてくださいねー」
ナンパ男たちが2人の腕を掴む。
「まぁ待ってよ。水着1枚で接客してるなんてそっちもその気があるんでしょ?」
「ちょっ、やめてください!」
「さすがにやりすぎだって!」
それを見た俺と喜野は調理道具から手を離す。
「恭也さん」
「少し外してもいい?」
そう問いかける俺たちを見て、恭也さんは微笑みながらこう言った。
「少しだけなら、ね。ほらさっさと行った行った」
「ありがとう」
「行ってきます」
俺たちは走り出した。
「なぁ、いいだろ?お互い楽しもうぜ?」
「ほんとに……!」
「「そこまでだ」」
ナンパ男たちの手を掴み、机に叩きつける。
「遥?!」
「タカ?!」
「いってぇな!何すんだよ!」
「他のお客様の迷惑になるのでそういった行為はやめてください」
俺たちを見たナンパ男たちは一瞬驚いたような顔をしたが、俺達が年下だと気づき、笑みを浮かべた。
「あーあ、いってぇなー。これ折れてるかもしれないな〜。これ病院行かなきゃ行けないな〜。だから、治療費、よこせ」
「俺もだわ。俺の方が重症かもな〜。こいつの倍貰うわ」
「「……………」」
ナンパ男の腕を押さえつけたまま、冷静に告げる。
「折れてるんです?」
「ああ。これ折れてるわ。ほんとに痛いわ」
「年下に腕を机に叩きつけられたくらいで折れる貧弱さでナンパとか、やめた方がいいんじゃないですか?」
「あ?」
続いて喜野。
「そんなんだからナンパ成功しないんですよ。鏡見たらどうです?」
言うねぇ。
「どうやら痛い目に遭いたいらしいな?」
「周りから見たらお客様の方が痛い目で見られてますけどね?」
「てめぇ!」
激昂した男たちが殴りかかってくる。それを俺と喜野は避けて足をかける。
「「ぶっ?!」」
勢いのまま男たちは顔面から砂に倒れ込んだ。
「クソが!」
男たちが起き上がるタイミングに合わせて、砂を落とすためのホースから水を顔面にぶっかける。
「「ごぼっ!ごぼごぼ!」」
当て続けていたら、途中で走り出して逃げ出した。
「逃げ足はや」
「まぁこれで懲りただろ」
「だな」
ふと周りを見ると、客が全員こちらを見ている。
「お食事中、お騒がせして申し訳ありません。まぁこんなことは忘れて、海を楽しみましょう!」
何を言おうか考えていたら喜野に先を越された。
「慣れてるのな」
「たまにあるからな」
「2人とも無事?怪我してない?」
忘れてたなんて言えないが、一応渚と陽菜さんに聞いておこう。
「う、うん私たちは大丈夫だけど」
「タカ達のほうこそ!もー怖かったんだからね!」
「はいはい、陽菜姉、俺たちは大丈夫だから」
「ならいいけど……」
喜野と目が合う。どうやら最後まで考えていることは同じらしい。
「渚」
「陽菜姉」
「「ん?」」
「「これ着てろ」」
「「ぶっ?!」」
着ていた服を投げつけた。
「別にいいのに……」
「そうそう、どう見られても私たちは気にしないし」
「「こっちが気にするんだよ」」
「2人ともー!そろそろきついから戻ってきてー!」
「あっはーい!」
「行こう一ノ瀬」
「「……………へ?」」
恭也さんに呼ばれて戻ったから、2人が顔を真っ赤にしていたことは気づかなかった。




