「芽生え」
目元に眩しさをゆっくりと目を開いた。近くの窓から陽の光が差し込んでいたのだ。
ぼんやりとした視界が鮮明になっていく。
「ん? ここは?」
そこは宿舎に用意された医務室だった。ゆっくりと体を起こそうとした時、痛みが走った。
痛みの箇所に目を向けると包帯や湿布が貼られていた。どうやらあの後、誰かが見つけて治療してくれたようだ。
「松阪君。起きたのね」
隣を向くと薄い仕切りの向こうから結巳の声が聞こえた。どうやら隣のベッドで寝ていたようだ。
「怪我は大丈夫なのか」
「ええ、対策本部の職員の方が治療してくれたおかげで。お腹の怪我も傷にはならないって」
「そうか」
隼人は安堵感を覚えて、ため息をついた。昨夜の激闘はまさに命のやり取り。
包帯と湿布だけで済んでいる分、かなり運が良かったと言える。
すると医務室の扉が音を開いて、見慣れないメキシカンポンチョをまとった男が入ってきた。
「おや。二人とも。無事でよかった」
「ザクロさん」
「あなたは対策本部の」
「ああ、ザクロだ。この前に会議であったな」
ザクロが近くの丸椅子に腰を下ろした。隼人自身、出会ったのはハンプティ・ダンプティの一件で顔を見た程度なのでほぼ初対面に等しい。
「すまないな。助けに行けなくて」
「いいえ。とんでもない。忌獣の相手を任せてもらって。おかげで幹部も討伐できましたから」
「でも、どうやってザクロさんはこの島に忌獣が出現したという事を知っていたんですか?」
隼人は疑問を投げかけると、彼が懐から一つのレコーダーを出した。そして、そのまま再生ボタンを押した。
「はい。忌獣対策本部です」
「金剛杵学園が行なっている孤島に鳥籠の使いが向かっている。今すぐに増援を送ってください」
「君は何者だ」
「名前を明かす事は出来ない。そちらに鳥籠の工作員が紛れ込んでいる可能性があるからだ。言えばその者に気付かれる」
「では君は鳥籠の信徒ということか?」
「僕は彼らには加担していない。姿を表に出せないのは申し訳ない。しかしこれだけは言える。僕は君達の敵ではない」
その言葉を最後に電話が途切れた。
「この声の存在がいなければ俺たちはここに来ることはなかった。そしてこの合宿を知っているのは学園関係と対策本部のみだ。外部の情報漏洩の対策も行なっている。となると」
「鳥籠の工作員がいるという事ですか?」
「そういう事」
隼人は深くため息をついた。声の主の言葉も信ぴょう性を帯びている。そうだとしたら今すぐに対策を取らないと行けない。
対策本部内に潜んでいるスパイ。それに気づいて、対策本部に情報を流した人物。
この二つの存在を見つけ出す必要がある。
「まあ、とりあえず二人には教えておく必要があったと思っていてな」
そう言うとザクロがゆっくりと腰を上げた。
「じゃあな。ゆっくり休んでくれ」
ザクロが手を振りながら、部屋を後にした。隼人は枕に頭を乗せて、思考を巡らせた。
「まさか対策本部にスパイだなんて」
「確証はないけど、確率はかなり高いかもな」
今後の事を考えて、隼人は少し不安だがこの島での一件はあちら側からしたらかなり痛手だ。
なんらかの情報で隼人達のいる島を見つけて、攻撃したにもかかわらず貴重な幹部を失った。
こちらにスパイがいるという情報だけを提供したようなものだ。
それだけでも大きな成果だ。
「とりあえず今はもう少し寝よう」
隼人は未だに体に残る疲れを癒すため、目を閉じた。
夕方。体調が回復した隼人と結巳は合宿所の食堂に向かっていた。
「以前の幹部との戦いよりは回復が早くなったわね」
「強かったけど、今回は対策がしやすかった。体力面ではかなり持って行かれたけどな」
苦笑いを浮かべて、食堂に足を踏み入れた。中は生徒達の話し声が飛び交っていて、昨日の騒動などなかったような様子だ。
周囲の生徒が扉の開く音で気づいたのか隼人視線を向けた。突然の出来事で驚いていると一人の女子生徒が立ち上がった。
それは昨日、隼人が助けた女子生徒だった。
「松阪君! 助けてくれてありがとう! 聖堂寺さんも合宿所のみんなを守ってくれありがとう!」
「助かった!」
「俺たちのために戦ってくれてありがとう!」
「ありがとう」
食堂の端から端から次々に感謝の事が聞こえて来る。少し前まで慊焉されていた彼からは思いもしなかった事だ。
「少し照れくさいわね」
「ああ」
隼人は妙に照れ臭くなり、指で鼻を掻いた。
席に着くなり、色々な事を聞かれた。怪我の具合。敵の強さ。自身の強さの秘訣。様々な事を聞かれて、返答に戸惑った。
困惑と動揺が入り混じった夕食会は騒々しさとともに幕を閉じた。
夜。月明かりの下を進む船の甲板で隼人は月を眺めていた。二泊三日と短い期間だったが、常に濃密な時間だった。
「松阪君」
結巳が長い白髪を靡かせながら隣に来た。
「いろいろあったわね」
「ああ、中々に濃い二泊三日だった」
この合宿で起こった出来事を思い出して、眉間を押さえた。
「そう言えばバーベキューといい、カレーといい松阪君。かなり楽しんでいたようね」
「まっ、まあな」
「この前まで学校なんてくだらない場所だあーみたいな事言っていたのにね」
「別にそこまで言っていないだろ」
隼人は過去の発言を掘り返されて、無性に恥ずかしくなった。しかし、彼女の言葉は事実だ。彼自身、この合宿での催しごとを楽しんでいた。
「でも元々、俺は入学する気なかったからな。戦闘員の中には個人で活動している人もいる。俺もそっちの道に行こうとしたら、じいちゃんに行くようにこの学園に行くように言われた。あとは学歴かな。戦いが終わった後の事も考えろってな」
隼人のこれまでの生きる指針は忌獣及び『鳥籠』の壊滅。それ以外はどうでも良かったのだ。
「でも、今はこの学校に来て良かったと思っている」
「なら良かった」
結巳が髪をかき上げて、朗らかな笑みを浮かべた。隼人自身、己の過去を乗り越えたわけではない。
未だに他者との交流にも積極的ではない。
それでも以前まで否定していたこの学校への入学には前向きになれたのだ。
美しい月光と少し肌寒い海風が二人を静かに包んでいた。
ありがとうございました!




