第3話 結末
そして日付が変わり朝日が昇り切った頃に私とティガス殿下の結婚式が始まりました。
王宮のパーティー会場では私たちの結婚を祝う為に王侯貴族たちが所狭しと集まっています。
これから茶番劇が行われるという事も知らずに。
そしてネーション男爵家の令嬢リッチェルの手を引きながら会場に現れたティガス殿下が私に指を突き付けながら大声で宣言します。
「エリーシャ! お前との婚約を破棄させてもらう」
昨日の打ち合わせとはまるで違う展開にも私は戸惑う事もなく、冷めた目でティガス殿下とリッチェルを眺めています。
「静粛に」
ティガス殿下はざわめく参列者たちを静かにさせると怒気をはらみつつ言葉を続けました。
「エリーシャ、お前は私という婚約者がありながら我が弟のカリオンと密通をしていただろう!」
「……ティガス様、何か証拠でもあるのでしょうか」
「昨晩お前とカリオンが王宮内で逢瀬をしているところをこのリッチェル嬢が目撃しているのだ! 今更言い逃れはできんぞ!」
「一体何事ですか?」
「今日はお二人の結婚式ではなかったのですか?」
「これは修羅場ですかな?」
会場内が騒然とする中、上座に座っていた国王陛下がティガス殿下に怪訝な表情で問いかけます。
「ティガス、それは真実なのか?」
「はい、間違いございません父上。この女よりによって愚弟のカリオンなどと!」
「それはおかしい。カリオンは昨夜はずっと王宮内で余の寝室の前の警備をしていたぞ」
「え? い、いやそんなはずは……」
「いえ、陛下の仰る通りです」
「カリオン様は間違いなく一晩中寝室の前に立っておられました」
国王陛下の近習の騎士たちが次々と証人としてそう発言をするとティガス殿下は目に見えて意気消沈していきます。
「そんな……話が違う。どういう事だエリーシャ」
「何が違うんだ。申してみよティガス」
「い、いえ……その……何かの手違いがあったようで」
ティガス殿下の企みなんて最初から全てお見通しです。
深夜の王宮で私とカリオン殿下が二人で会っているところを誰かが目撃すればどう見ても浮気を疑われるでしょう。
言い逃れができない状況を作り上げて私に全ての罪を擦り付けて婚約破棄の大義名分を作り上げ、その後堂々とリッチェルを妻に迎え入れようという魂胆だったのです。
だから私は夜ではなく昼間に堂々と勤務中のカリオン殿下とその同僚の騎士に会いに行きその企みを伝え、カリオン殿下にもアリバイを作って貰う為に深夜の陛下の寝室前の警備にシフトを移って貰うように頼み込んだのです。
私が言われた通りに深夜にカリオン殿下と会っていると思い込んでいるティガス殿下は疑う事もなく私たちが密通をしていると主張して自爆したのでした。
国王陛下はティガス殿下に寄り添っているリッチェルに視線を移して問い詰めます。
「リッチェルと申したな。そなたは間違いなく深夜にカリオンとエリーシャが逢瀬しているところを見たというのだな」
「えっと……周りが暗かったので見間違ったのかも……」
リッチェルは目をきょろきょろさせながら苦しい言い訳を述べるのが精いっぱい。
そして「話が違う」と言わんばかりにティガス様を睨みつけます。
さすがは武勇の高さで知られるネーション男爵の娘だけあってその眼力は相当なものです。
繰り返される時の中でティガス殿下が何度も刺されたというのはあながち作り話でもなかったのでしょうね。
さすがにパーティー会場に刃物を持ち歩いてはいないはずですのでティガス殿下にとっては不幸中の幸いと言ったところでしょうか。
(だから最初からこんな作戦は無謀だって言ったじゃない!)
(仕方ないだろ、私たちが一緒になる為には他に良い考えが思い浮かばなかったんだ)
二人は国王陛下や諸侯の前という事も忘れて小声ながら見苦しく罵り合いを始めます。
そしてはっと我に返ると今度は国王陛下に向けてオドオドしながら言い訳をさえずり始めました。
「父上……どうやら彼女の勘違いだったようです。それに私も結婚を控えてマリッジブルーとでも申しましょうか、必要以上に神経質になっていたようです。私は気分が優れないので今日のところはこれで失礼します」
そう言ってそそくさと退場しようとするティガス殿下を国王陛下は強く引き留めて言いました。
「待てティガス、勘違いと申したがそもそもお前はいつリッチェルにその話を聞いたのだ?」
「え? それはもちろん昨夜に……あっ」
「ほう、昨夜とな。その時その話を聞いていた者は他にいたのか?」
「あ……いや……それは……」
それはつまりティガス殿下は昨夜リッチェルと二人きりで会っていたという事に他なりません。
ティガス殿下は口をもごもごさせながらそれ以上言い訳の言葉すら出てこない様子です。
「馬鹿もの! エリーシャという婚約者がいながら他の令嬢と浮気をしていたのはそなたの方ではないのか!」
「ち、父上……誤解です……私はエリーシャに嵌められたんだ……」
「誰かこやつらを独房に連れて行け!」
ティガス殿下とリッチェルの二人は騎士たちに連れられてパーティー会場から引きずり出されて行きました。
そしてティガス殿下は後日改めて国王陛下自らの指揮による厳しい尋問を受け、洗いざらい計画を白状させられた揚句に廃嫡処分となり死ぬまで離宮での軟禁生活を強いられたそうです。
ネーション男爵家もこの騒動の責任を問われお取り潰しとなり、一族は平民に落とされた上に炭鉱送りとなりました。
リッチェルは毎日ティガス元王太子に対しての愚痴を零しながら屈強な男たちですら音を上げるような重労働の日々を送っているようです。
既に令嬢だった頃の面影は微塵もなく、どこかで出会っても言われなければ彼女だとは気付かないでしょう。
そしてティガス元殿下との婚約が白紙になった私は屋敷に戻って婚約前と変わらぬ穏やかな日々を送っていました。
コンコンコン。
部屋で読書をしていると扉をノックする音が聞こえました。
「エリーシャ様、失礼します」
「どうぞ」
扉を空けて部屋に入ってきたのは私専属のメイドのマリーです。
「エリーシャ様、カリオン様がいらっしゃいました」
「カリオン様が? 屋敷にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「客間でお待ちいただいておりますのでどうぞお越し下さい」
「分かったわ、有難う」
客間の扉を開けて中に入るとカリオン様が穏やかな笑みを浮かべながら私を待っていました。
「あの時以来だねエリーシャ。それにしても災難だったね」
「まったくよ。結果としてあのような人に嫁がずに済んだ事は良かったんですけど、私の晴れ舞台を楽しみにされていたお父様とお母様もすっかり塞ぎ込んでしまって……」
「だったら早く次の相手を見つけてご両親を安心させてあげればいいだろう」
「そう簡単にはいかないわ。今回の騒動で私は周りから腫れものを触るような扱いをされるようになっているんですもの。このままでは行き遅れてしまいますわ」
「ははは」
「笑いごとじゃありません」
「失礼。じゃあ俺が夫候補に立候補をしようかな」
「え? 今なんて?」
私は一瞬耳を疑いました。
だってカリオン殿下は私にとっては弟のような人です。
そこに恋愛感情が生まれるはずがありません。
事実私は一度だってカリオン殿下を異性として意識した事はありません。
いいえ、それは全部嘘。
私はティガス様から婚約の解消を持ちかけられたあの日に自分の本当の気持ちを思い出したはずです。
本当は子供の頃からずっとカリオン様の事をお慕いしていました。
でも国王陛下の命令でティガス殿下の婚約者にさせられた時にその想いを断ち切る為にずっと私はティガス様を愛していると自分に言い聞かせていました。
皆の前ではこの婚約をまるで子供の様に大袈裟に喜んで見せたのもその為です。
だから婚約の解消を持ちかけられたあの日、私の心の中に過ったのは失恋によるショックではなく安心感でした。
あの時マリーが驚くほど冷静でいられたのも今考えれば当然でしょう。
「俺が成人を迎えた日に告白をするつもりだったのだが、その前に君とティガス兄上との婚約が決まってしまった。幸せそうな君を見ていると反対する事はできなかったんだ」
淡々と続けるカリオン様の告白の言葉を私はまるで夢の中にいる様に上の空で聞いていました。
これは本当に現実なのでしょうか。
「でも……それでは本当に私たちが浮気をしていたのではないかと疑われてしまいますわ」
「その心配はいらない。今まで俺たちに一切の不貞がなかった事は皆がよく知っている。それに父上は王室と公爵家との関わりを重要視されている。王位継承権を放棄したとはいえ俺も一応王室の一員だからな。父上に相談したら良い考えだと賛同されていたよ」
「……私などで本当に宜しいのですか」
「もちろんだ。君が良いんだ」
カリオン様の真摯な言葉にとっくの昔に諦めていたはずの感情が蘇り、私の目からは堰を切ったように涙が溢れ出てきます。
「お、おい、何も泣く事はないじゃないか……そんなに嫌だったのなら俺も潔く身を引くさ」
突然の出来事に戸惑うカリオン殿下。
しかし私は涙を拭いながら言いました。
「違います、私は嬉しいんです!」
「え? それじゃあ……」
「はい。喜んでお受けいたします!」
こうして私とカリオン様は王国中の人々の祝福を受けて結ばれ、幸せな生涯を過ごしました。
なおティガス元殿下の没落劇は国民たちにとって反面教師の材料として注目され、おとぎ話の定番となり後年までその悪名と共に伝えられたといいます。
完