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戦いの果てに




「―――魔王様、御目覚めください」



前触れも無く放られたその言葉は魔王のものではなかった。

残された力で体をひねり、どうにか前を向いたシンヤは咄嗟に息を潜める。


彼が見た光景――――夜風が吹き込む大窓の一つ、せり出した手すりに人影がしゃがんでいる。

月明かりの中、辛うじて見えたその姿は細身にスーツを纏った男。その背では二対の黒い翼が揺れており、堕天使とも言うべき風貌であった。


(しまった・・・・・・まだ生き残りが――――)


勇者としての使命が彼に再起を促すその最中、



「ルガリエ、か」



微かな声がひとつ、部屋の最奥からのものだった。

ゆっくりと視線を移すシンヤ。あの堕天使が見つめる先には亀裂の走った壁、そして小さな影が背を預けている。


「すまぬ、な・・・この身、鈍ってしまったらしい・・・」


骸の魔王の生存。シンヤにとってこれ以上無い懸念であり、絶望に違いなかった。


「一足及ばず、御無体です」


少年は愕然としつつも側近と思しき男を見つめていた。

一年に及ぶ旅の中、彼はこの様な姿の幹部格を見たことが無い。


(待てよ・・・そもそも何でこの世界に()()が・・・)


シンヤが感じた違和感に答えを見いだそうとしていた、まさにその時、



「・・・・・・御託はよい。それより早うあの者を処すのだ」



予想外の一言にシンヤの思考が、体が、凍り付いていく。

今の彼は多くの傷から血を広げ、更に魔剣による状態異常を重複して受け続けている。

彼の意識を繫ぎ止めているのは類まれな精神のみ。それですらも尽きそうになる。


(ま、そうなるよな・・・・・・)


堕天使の男に視線を投げられシンヤは死期を悟っていた。

しかし、



「その命は聞けません」



堕天使は動かなかった。

魔王は一瞥し怪訝な表情を浮かべる。


何故なにゆえだ? これは我が直令であるぞ」


僅かながらの沈黙。

このとき、ほんの一瞬だったが、シンヤには堕天使が嗤ったように見えた。


「そうですねぇ。強いて言うなれば、()()()()()()()()()()()()()()、ですかね」


「・・・・・・何だと?」


少女に走る確かな動揺の色。


「それに、その人間はもう死にます」

「説明致せルガリエ。お主に任せた別動隊はどうした?」


堕天使は、微笑んでいた。今度は紛れもない嘲りをもって。


「どうした? どうしたか、ですって? そんなの解るでしょう?

 皆見切りをつけたのですよこの戦いに」


「お主は諦めるというのか・・・・・・? 1000年前、神代に奪われた先祖の土地―――――その奪還こそ我ら魔族の宿願ではなかったのか? それを教えてくれたのは他でもない―――」


「ク―――――ハハ、ハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()??」


「・・・・・・どういうことだ? 説明致せ、ルガリエ!!」


声を荒げた少女に一歩、歩み寄った男は目を見開き、言った。



「これは失敬。解かりやすく言うなれば―――――貴方は騙されたのですよ、シギル=キルケー?」







訪れた沈黙を最初に破ったのは、シギルと呼ばれた少女であった。


「・・・・・・何を、何が・・・・・・わたし、私は―――――――」


震える声。

月光に当てられたその顔には雫が伝う。


「信じられない、といった顔ですねぇ? まぁ仕方ないでしょう。何せあの頃の貴方はまだ幼かった。故に純真無垢。魔族文明の衰退は人類種によって大陸の隅に追いやられたからだ――――――――――――そんな御伽話フェアリーテイル、よぉく読み聞かせましたとも?

その甲斐もあって、貴方は魔族の覇者となりましたね? 元より貴方には才能があって、カリスマがあった。

ありがとうございます。お陰で魔族われわれは充分に()()()


つまりは、貴方はもう用済みなのですよ」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・」



微かな嗚咽。

押し寄せる感情は形容し難く。

心の支えを、信じていた全てを口先だけで奪われ、シギルは溢れ出る涙ですら感じられなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな、そんな!! 嘘、であろうルガリエ?

それでは・・・・・・私がしてきたことは、侵略そのものではないか・・・・・・。

ルガリエ!? 答えよ! ルガリえ”ッッ!!?」


張り裂けそうな声で叫べども、少女がそれを言い終わることは無い。

立ち上がろうとした彼女をルガリエが壁に叩きつけたためである。


「残念ですがお別れです。蝶はいつまでも蛹に留まれませんからねぇ?

お気づきになられなかったのですか? だからこそ『骸の魔王』などと揶揄されていたことに!!」


既に深手を負っていたシギルに対し、ルガリエは闇を纏った拳を幾度も振るった。

寄せては返す苦悶の声も徐々に小さくなっていき、やがて消え失せる。



 体をアザに染めた少女が倒れ伏すと同時、シンヤはようやく我に帰っていた。

壮絶な一部始終を目の当たりにした彼を、堕天使は何の感情も無い顔で見下ろしている。


「あぁ、貴方には感謝していますよ勇者殿? 万全な魔王には私も敵うかどうか不安でしたからね。

お陰様でクーデターは達成、貴方は英雄になれて、これ以上無い幕引きと言えるでしょう。

お疲れ様でした。どうぞ安らかに、この城と共にお眠りください」


そう言って、ルガリエは傍に立つ石柱を蹴り砕いた。

元より劣化していた魔王城は耐えられるはずもなく、巨大な亀裂が辺り一面に走っていく。


「さようなら勇者殿。間違いなく貴方は魔族われわれの英雄ですよ」


黒翼で風を受け窓辺から飛び立つルガリエ。

シンヤにはその背を目で追う力すら残っていない。



 少年の視界には一人の少女がいた。

傷だらけの肢体と涙の残った顔からは彼女が魔王だったということすら想像がつかない。


 彼女には彼女の守りたいものがあって、自分には曲げたくない信念があって、その2つがぶつかった結果がこの有り様とは皮肉が過ぎる。

崩れゆく天井など目もくれず、少年は手を伸ばそうとした。


彼が何より嫌いな理不尽がすぐそこにあるというのに、体は言うことを聞いてくれない。

何より憧れた勇者が救うべき類の人に手を差し伸べることすら叶わない。


床に亀裂が走っていく。

構うものかと腕に力を籠める。


しかし彼より先に浮遊感が先行していた。



深い闇の底へ、瓦礫と共に少年は沈んでいく。


重力に誘われた少女へと、それでもなお手を伸ばし続ける。



「なぁ、お前はさ・・・・・・」


何かを言おうとする。

けれど、彼の記憶はその前に途絶えてしまっていた。



 王国歴3017年、冬――――

人類はこの戦乱を後に「最後の戦い」と呼んだという。



これにて「最後の戦いの後(略)」の前置きは一区切りです。何ヶ月にも渡って未更新だったこと、非常に申し訳ありません(-_-;)

イイ感じに笑って許してくだされば幸いです。


・・・・・・・・・・・・やっぱり最終回っぽいですねコレ? いや続きますけれど!

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