DLC最終話 永遠の英雄(Talk of the unknown world:Version α)
はい。予定になかったDLCである最終話外伝でございます。お楽しみください
こつりこつり、と暗黒に包まれた空間を抜き身で手に持つユキノと隣を共に歩く浅見。俺等以外の全てが全く見えないのだ。あまりに不気味な景色に何かがあるのではないかと勘ぐってしまう。
「夏井」
浅見が俺の名前を呼び、俺の顔はその声を発した浅見に向く。浅見は周りを見渡しつつ言う。
「この空間、ずっとこの城の廊下に仕掛けられた盲目効果のある罠かと思ってたんだが・・・何か違う気がするんだ。このよくわかんねぇ空間に誘われた時に落とした宝剣の欠片が此処に落ちてるってことはよ、この空間、ループするもので、そもそもがあの城が邪神の魔法による嘘だとしたら・・・もう既に俺たちは邪神のいる部屋に侵入してるんじゃないか?」
浅見は自身の考えつき、出した結論を俺に述べた。その考察に疑いが無いわけではないのだ。ないのだが、浅見の言う城が最初から嘘なのだとしたら、全てと言わずとも、殆どに辻褄が合う。あのRPGの定番である敵の暗黒騎士や淫魔やオーガロード。それ全てが外でやり合った時のステータスと同じであり、上昇していないことから考えても、邪神があの戦いを見ていたと解釈すれば不思議な事ではない。
「ユキノ」
『うん邪神君、今は浅見君だったかな?、その子の考察は九割がた正解よ』
ユキノは肯定した、しかし、九割がたと言う。俺はユキノにその意味を聞こうと口を開こうとするが、その前にユキノは、でも、と続ける。
『私は浅見君の考察が一〇〇%合っててほしいと思ってた。ううん、昔は確かにそう信じてた。でも、私は行き付いてしまったのよ、この異空間の異様さに』
「異様さ?」
『えぇ、この異空間には神気が溢れてるわ、只の人間が居たら死に至るくらいには濃密ね。でもこの空間に来れるのは人外みたいな奴くらいだから、そこら辺はどうでもいいの。重要なのは神気が溢れてるって事なのよ。神気が溢れてる、それが示すのは神がそこに存在しているっていう証拠みたいな事なのよ、だから、何柱かの内の一柱の筈なんだけど・・・私の知る限りこんなにドロドロとした神気の持ち主はいない筈なんだけどなぁ・・・』
ユキノのぽつりと呟いた最後の言葉に小さい疑惑を持ったが、取り敢えずと浅見の方へ向き、その手に握る黄金の剣――宝剣と呼ばれる物であろう――へと視線を落とす。
「その宝剣、だったか。それの出典は?」
「お?凄いな夏井。これが神話から出たってわかんのか」
俺の質問に以外にも食い付く浅見。そういえばこの宝剣を見たことが初めてだったな、と思いながら刀身に歪な模様を刻まれている宝剣をジロジロと見つめる。
「これはな、【オルナ】っていう剣で、アイルランド神話に伝わってる巨人族の王であるテトラの剣で、後にオグマ神に渡ったっていう剣だな。これといった能力はないが、俺の能力で無限増殖させられる」
それも十分驚異なんじゃないかとも思ったがそれは飲み込んでおくとしよう。と、ユキノが戻ってきたようで、ごめんなさい、と一つ俺たちに謝る。
『本当に申し訳ないわ、思考に耽ってフウマ君達の事を忘れてたなんて・・・・』
「まぁそれはいいんだが、さっき言ってた神気の持ち主が誰か分かったのか?」
『いいえ、わからなかったわ』
その問いに関して返ってきたのは否定の言葉だった。ユキノを見つめ続ける俺と浅見の視線には困惑の情が含まれていた。でも、とユキノは続ける。
『この神気が誰の物か関係なく、此処まで来た以上邪神を倒すわ。というかフウマ君たちは邪神を倒すことだけに重点を置いて、いい?』
拒否の選択肢は無いとユキノの雰囲気から漂う。それに俺達は勿論と頷いた。そして浅見と目を合わせ、もう一度頷く。スッ、と俺と浅見は右足を上げ、地面を踏み抜く。空間に小さなヒビが入り、そのヒビは大きく、そして空間を壊した。キラキラと空中に漂う空間を形作っていたポリゴンが光を反射し、まるでダイアモンドダストの如き光を発す。そしてその幻想的な光景の背景で起こっている出来事に驚愕した。
「・・・・おい。何で、何で邪神の奴がそこに死体になって転がってるんだ?」
驚愕に染まっている浅見の声音が目の前の異様な光景を現す。血に塗れた邪神と思わしき男が地に伏しており、その傍らには俺の驚愕の意味が居た。その者は深紅のドレスを着こみ、上に羽織るは白き紋章が刻まれた褐色のマント。ドレスから覗くミルクの様な肌は幼さを感じさせる。だが対照的に体は成熟し、成人していると思わせる身体つきは老若男女を問わず全てを魅了する魅力があった。そして、その姿は俺には見慣れた姿であり、彼女は此方を向いて表情を変えて微笑んだ。
「お久しぶりです、お兄様」
そう、彼女は、妹は、菜々は、言った。
「な、な・・・」
「えぇ、貴方の愛しい妹の夏井菜々ですわ」
感情の感じさせない声音で返答する。こいつは一体何者なのだろうか、そんな疑問が生まれた。
「どうかなされましたか?具合でも悪いのですか?ご安心ください、私がお兄様を癒して差し上げます」
笑みを張り付けたような表情で俺に歩み寄ってくる。歩み寄りながら差し出される左手が死神の鎌に幻視してしまう。無意識に一歩引く。浅見は焦った表情で此方を向き怒鳴る。
「そいつから離れろ夏井!」
浅見が遠くない位置に居た為怒鳴り声が大きく響き、我に返る。後ろに大きく飛んだ。
「『生成』!」
宝剣を握る右手とは別に左手に新たに宝剣を複製、もとい、生成する。そして大きく振りかぶると左手の宝剣を菜々に投擲した。剣は菜々へ一直線に飛翔し、菜々の左腕を斬り飛ばした。弧を描くように飛ばされた左腕は血を撒き散らしながら地面を二回程バウンドし、転がった。菜々は目をぱちくりとさせ、肘から下の無くなった部位を見つめる。
「あらあら。左腕、無くなってしまいましたね」
あっけからんと言う菜々に恐怖を覚える。何とも言えない恐怖感に不快という感情すらも浮かばず只無意識に後退し続ける。それでも尚菜々は血の流れ続ける左腕の先を見つめたまま止血しない。突然、左腕が生え、生えたての左手を伸ばす。
『フウマ君!!一度後退して!!!』
ユキノの叫びにびくりと体を震わせ、更に距離を開けるべく後ろへ大きく飛んだ。それを見て、追いかけようと足に力を入れた菜々に浅見が立ちはだかった。
「・・・邪魔を、しないでもらえます?」
敬語を使う口調とは裏腹に、押し潰されそうになる暴力的な圧力が浅見を襲った。これは純粋な殺意の塊。気を抜けば一瞬で意識の持っていかれそうになる濃密な殺意。否、殺意よりも凶悪な何か。浅見は歯を食いしばり、殺意に耐える。菜々はめんどくさそうに指を鳴らす。すると何処からともなく長剣が飛翔し、地面に突き刺さる。そして長剣の陰から一人の人物が現れる。
「お呼びでしょうか、我らが主よ」
「えぇ、この邪魔な人形を始末して。いいわね?」
「はっ、我が命に代えても」
優雅にお辞儀をし、浅見の方へと振り向く。それと同時に長剣を掴み、浅見に一太刀振った。それを右手の宝剣で防ぐ。無理な体勢からだった為に宝剣が砕けた。そしてその人物は顔を上げ、ニタリと笑みを浮かべた。
―――――――――――――――【浅見視点】
俺は自分のユニークスキルを発動し、先程砕かれた右手に握る宝剣と左手に宝剣を補充した。汗が額から頬に伝わり冷たさを多少感じる中、両手に握る宝剣の柄を強く握った。
「おやおやおや?これはこれは~邪神様じゃないっすかぁ~??こんな所でお会いするなんて~・・・あぁ、申し訳ない、元・邪神様でいらっしゃいましたねぇ~???」
ニコニコと俺に向けて笑みを絶やさない男に、本当にこいつは・・、と心の中で毒づいた。こいつは以前、夏井が俺の建てた『不夜城』にのり込んで来たときに真っ先に逃げた七つの大罪の一人。傲慢のルシフェルト・・・っていう名前だった気がする奴だ。奴の手には鈍く輝く蒼い長剣が握られており、切っ先の刺さった地面は凍っている。奴のユニークスキルは確か――
「おやおやおや?まさか元邪神様はワタクシのユニークスキルを覚えていてくださらないとぉ~??そんな薄情なぁ~、では改めてワタクシのユニークスキルの名前をお伝えしましょう。ワタクシのユニークスキルの名は【無欠の聖擬剣】ですよぉ~、今度はおぼえてていてくださいねぇ~???まぁ、どうせ貴方は此処で死ぬので、教えても意味は無かったと思いますねぇ~????」
「相変わらず、ストレスの溜まる言い方だな、ルシフェルト」
俺は肩を竦め、ルシフェルトは俺を睨み付けた。ルシフェルトの背中から巨大な翼が姿を現した。左右で色が違い、左翼が黒、右翼が白というまさに――堕天使のようである。否、彼の者は堕天使である。その整った顔に憎悪の色が浮かぶのが目に見えて分かった。
「貴方がッ!貴方があの異常者に情けなく!倒されるから、我らが主に見放されるんですよ!この無能がァッ!!」
俺は血走った目を此方に向けるルシフェルトを冷めた瞳で見つめる。ルシフェルトは冷めた視線を気にせず続ける。
「貴方は我らが主の偉大さをわかっていない、なのでワタクシが我らが主に導かれた時の事をお話ししましょう。ワタクシは魔王を倒すべくして民から選ばれた勇者であったのです――」
いや、此処で新しい設定を入れなくていいんだけど・・・・。
ルシフェルトの言葉を聞きながら冷めた視線から困惑の眼差しに変わり、俺はは少し、面倒くさい奴、と思った。突然ルシフェルトが話を止め、此方を睨み付けた。
「だからこそ、ワタクシは貴方を許せない。あの万人に救いの手を伸ばしたあの方を裏切った貴様には!」
ルシフェルトは【聖擬剣】を握り、踏み込む。白刃がキラリと光り首筋に届く。それを宝剣で斬り上げ、弾く。スピードを乗せた一刀を弾かれルシフェルトが体制を崩した。ガラ空きとなった胴に一撃を叩きこむ。ルシフェルトはその一撃を【聖擬剣】で防ぐ。バチリと火花が散り、ルシフェルトの顔が苦に満ちる。俺は叩きつけるような重力魔法を使い、ルシフェルトを吹き飛ばす。そこに追撃を入れる為ルシフェルトを追う。
「『月鏡』!」
右手に握られた【聖擬剣】と全く同じ剣が左手に靄と共に出現した。そしてこの空間の上空に蒼い月が浮かんだ。地面を滑りながら俺の双刀による追撃を【聖擬剣】を十字に構えて受ける。鍔迫り合いのまま俺達は睨み合う。
「此処でくたばりなさい!反逆者!!」
ルシフェルトは双剣で押し返す。俺は地面を蹴り後退を余儀なくされた。それでも尚迫る双剣を手に持つ宝剣で逸らし、滑らせ、回避する。
「悪いが、此処で死ぬ訳にはいかねぇんだよ!!」
迫りくる双剣の刃に宝剣で防ぎながら斬り結び、空間に剣戟の音が響く。【聖擬剣】から徐々に青い軌跡が生まれ始め、目に見えて剣速が早まり一刀一刀の威力が上がり、押されていく。
「負けて・・・溜まるかってんだッッ!!!」
宝剣から黄金の光が溢れ、刀身に纏わり付いて波打つ。押されていた戦況が傾き始め、逆にルシフェルトを押し始めた。ルシフェルトの顔が苦虫を噛み潰したようなものに変化し歯を食いしばる。
「『勇気ある者』発動!」
ルシフェルトに後光が差し、【聖擬剣】に真っ赤な光が溢れる。まるで狂戦士の様で緊張感が走る。この剣戟の間合いからルシフェルトがバックステップで抜け出し、俺がそれを追う形で斬り伏せに行く。と、ルシフェルトが右手の【聖擬剣】を逆手に持ち帰ると瞳に光が灯り、ヌルりとした動きで俺の剣を捌き、ルシフェルトがぼそりと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「『オール・カウンター』・・・これが俺の魔王討伐に使った技だ」
紅の光が迸る【聖擬剣】が迫り、俺はそれを残った片手の宝剣で防ぐ。防いだのも束の間、紅の刃がもう一刀迫るのが視界に入った。何故・・・、そう考えるが、答えに行き付いたのは案外早かった。あぁ、そういう事か・・、納得した。何故一刀だけだったのに急にもう一刀飛んできたのか、それはルシフェルトの行った先程の行動にある。・・そう、‟逆手″である。逆手にした後身体ごと回転したのだ、俺が一刀目を防ぐことを予見して――否、俺が、ではなくこれを初見で受けた者が、だ。そこで俺は宝剣を離し、もう一振りの宝剣を作り出すと、現在夏井から盗んだ再現可能な技を使う。
「『偽・七神刀流奥義 雷迅黒双刀』」
黄金の光が溢れていた宝剣から黄金の光を塗り潰すように黒い焔が立ち昇る。バチリと小さな雷が刀身に発生すると共に、ルシフェルトの視界から俺が消えた。ルシフェルトの放った一刀が虚空を斬り裂き、ルシフェルトが目を見開く。黄金の光を纏ったもう片方の宝剣に黒い焔が移り、更に速度が上がる。一刀一刀が死を刻む刃であり、死神だ。ルシフェルトは冷静にその刃を受け流していく。
「ちっ、クソが!」
悪態を吐きながらだが確実に驚いていた最初よりかは動きが良くなり精神状態が正常になってきたという証拠である。仕掛けるのは此処しかない・・此処で仕掛けなかったら確実に負ける!、タイミングを見定めるべく攻撃を続け、遂にそのタイミングが現れた。此処だっ!、足に力を入れ直角に動きを変える。両手の宝剣から黒い焔が失せ、スピードが格段に落ちる。原因は無理矢理身体を直角に変えた事と技の途中で全く別の行動をとったからと推測し、そのまま前進を続ける。
「『死剣 桜花』!!」
俺の放った剣技にルシフェルトは見事に反応し、力を逃がすようにして受け止めた。俺とルシフェルトはバックステップでお互いに距離を取る。俺は左手に握る宝剣を魔力により粉砕し、左手に魔力を込める。
「『金木犀の息吹』!」
左腕を振り上げ、砕け散った宝剣の屑に命令を下す。宝剣の屑は黄金の光を帯び、その姿を金木犀の花に変えながら舞い上がる。
「ほう、では私も『聖擬剣の軌跡』」
ルシフェルトも同様にして聖擬剣を砕き、腕を振り上げる。そして聖擬剣の屑に蒼き光が灯り、舞い上がる。俺とルシフェルトは無言のまま睨み合い、そして。
「舞え、『息吹』!」「撃ち落とせ、『軌跡』!」
言い放つと同時にお互いに左腕を振り下ろし、待機状態にあった魔法を発動させた。金木犀は黄金の光を撒き散らしながらルシフェルトに向かい、聖擬剣は俺へと蒼き光を撒き散らし飛翔する。金木犀と聖擬剣が衝突し、火花を散らす。そしてお互いの魔法が互いの左腕を吹き飛ばした。自分自身の血液が頬に付着し、痛覚神経を伝って脳に到達する。左腕のあった場所から伝わる激痛に顔を顰めながら足に力を入れ、地面を蹴った。既に金木犀と聖擬剣は左腕が消し飛んだ時に効力を失い地面に落下している。落下する魔法の残滓に構わず走り抜ける。そして宝剣を握る右腕を振り上げ、断ち切る直前に宝剣の刀身に魔力を流し、これから放つ手動人工能力に耐えられるように耐久力を上げる。そしてそのままルシフェルトに振り下ろした。刹那、複数の宝剣がルシフェルトの四方八方から同時にその体を斬り裂くべく現れた。
「手動人工能力、『刹那の――――――万華鏡ゥゥゥッッッッッッッ!!!!!』」
大地を殺し、大気を裂くスキルに音と周囲の色が消え、ルシフェルトに直撃する。
「なっ・・ん・・・!」
俺は直立に成り、命が肉体から零れ落ちていくのを感じながら右手に握る無数のヒビが入った宝剣を上空へと投げる。
「後は、頼んだぞ。夏井楓真・・・ありが――」
――とう
俺は言葉を言い終える前に上空へと投げた宝剣の刀身が二メートルを超えて脳天から突き刺さり地面に縫い付けた。そして俺の視界は漆黒に染まり、現世を見る事も無く意識が消えた。
―――――――――――――――【夏井視点】
「さぁ、お兄様。私と殺し愛をしましょう?」
狂気を感じさせる笑みを浮かべて歩み寄る彼女に未だ体は言う事を聞かず足は震えるばかりだ。そんな俺を呼び戻すのはユキノだ。
『早く戻ってきなさい!いつまで未知に恐れているの!!』
脳を揺さぶられる声に体が反応して『グリムガルド』を中段に構える。
「・・・悪い、ユキノ。少し自分を見失ってた」
未知の敵に対する途轍もない恐怖。それを拭ったのは俺ではなくユキノの声であることに菜々は口笛を一つ吹く。
「行きますよお兄様ッ!」
ドンッ、と地面の割れる音を聞き『グリムガルド』をガード体勢で菜々の攻撃を受ける。予想以上に重い剣技に顔を顰め歯を食いしばる。ギチギチと体中の筋肉が悲鳴をあげる。
ドクン ドクン ドクン
心臓の音が高鳴りを見せ、俺の身体が紅く発光した。身体から発せられる紅い何かにユキノは息を吞み、菜々からは恐怖が感じられた。
―――何だ、コレ?
この紅き何かは胸の中心、つまりは心臓から溢れ出している。俺は即座に状況を判断し、紅いモノを腕と剣に纏わせた。
「・・・・悪いな、浅見。借りるよ、お前のスキル」
スッ、と動かしたグリムガルドがユラリ、と残像を残し上段に置かれる。俺はグリムガルドを握っていた左手を離し、その残像の柄へと触れた。刹那、残像だと思われたグリムガルドの柄を俺の左手は握った。握ったグリムガルドを大きく横へ振りかぶるとあらゆる筋力を使い、投擲した。投擲されたグリムガルドは実体を持ち、本当に剣が、グリムガルドが二つに分裂したように思えたのだろう。菜々はあまりの非科学さに目を見開き数秒、体が硬直した。その数秒間は余りにも痛い時間だった。迫りくるグリムガルドに反応が遅れ、剣を横にして逸らした。逸らされたグリムガルドは霧となって掻き消え、残るは俺の右手に握られた漆黒の剣、グリムガルドとなって――四散した。
「はっ・・・・?」
菜々の声は掠れて聞こえ、その首は飛んでいた。――剣の達人に斬られると、知覚するまでに数秒かかる――正にそれが実行されたのだ。菜々は暗くなる意識を繋ぎ止め、魂をもやす。
「変化する我が魂」
滑らかに発言された呪言に宙を舞っていた頭部と地面に伏していた体を闇が包み込み、粘土のように捏ね繰り回され、姿形を変えた。闇の塊から這い出ようとする手は禍々しい闇で彩られた巨人族の手だ。
「腕形状変化、百腕巨人」
余った闇が人型を作り、輪郭まではっきりしてきた。それは先程までの菜々とは違う、異形の何かだった。
ゾクリ。
悪寒が走った。俺は地面を蹴り、後退した。刹那、先程まで自身の立っていた場所が闇の手で抉り取られていた。左手のひらに魔力を集め、突き出す。
「『ウォータージャベリン』」
ヘカトンケイルの手首に向けて飛ばす。ウォータージャベリンが手首を貫き、闇が噴き出し、動きが止まる。そのまま足を踏み込み、懐に飛び込んだ。ヘカトンケイルを袈裟切りにし、四散させる。そしてそのまま菜々を真っ二つに斬り裂いた。
「わす・・・れない・・で。・・・貴方を・・・ねら・・・う、・・・やつはまだ・・・い・・る」
倒れ伏す彼女だったモノを見つめ、顔を顰める。
「本当に・・・・こうするしか、なかったんだろうか・・・」
俺の呟きは虚空へと消え、誰にも聞こえる事はなかった。そうして俺は帰還する。
数日後、英雄の凱旋が、始まる。
――第二END――――FIN――
おやすみなさいませ