ソレと白衣と痴話喧嘩
オレ達は異世界の片隅にある海岸にやって来ていた。
そこにはアレが一人佇んでおり、海を静かに眺めている。
「やっぱ綺麗だよな……絵になるというか、なんというか」
「アレは昔から美人だよ。多分、僕達の仲間内でも一番可愛いんじゃないかな。まぁ、僕も負けてないけどね!」
横から回り込んで正面にきたソレが笑顔を見せる。
オレが無言でソレの頭を軽く撫でると、機嫌が良くなったのか鼻歌まじりで散歩に出かけていった。
「アレ、ごめんな。オレのせいで嫌な思いをさせて、謝るよ」
色々と聞くべきことはあったが、オレはまず謝罪をすることにきめていた。
『え!? ……そんな、謝ること……ないです……よ?』
オレが真っ直ぐに瞳を見つめると、アレは頬を赤らめ視線を逸らしてしまう。
「色々あったけど、今はこの状況を楽しんでいる。
できればこれからも楽しくやっていきたい。ダメか?」
『はっ、はい! ワタシも、ずっとオレと一緒にいたいです……』
「はい、スト〜ップ! ラブコメみたいな空気はやめてよね。
やるなら僕も混ぜてくれなきゃだめだから!」
いつの間にか戻ってきていたソレが二人の間に割って入り、アレのことを睨みつけていた。
「なんか今ならアレのこと、もっと深く理解できる気がする。
初日に聞いてダメだったアレの正体、もう一度言ってほしい」
『…………はい。◇√∇‰⇔です』
「いってぇ!!」
ズキンと頭に衝撃一つ。
オレは懐かしい痛みを振り払うように首を大きく左右に振ると、その様子が面白かったのかソレはケラケラと笑っていた。
「無理に知ろうとしなくていいよ! 人間には荷が重いだろうからさ、多分、知る時がきたら自然とわかるよ!」
ソレの言葉を素直に聞いたオレは首をかしげながらも頷く。
「正体以外に知りたいことはまだある。
オレ達の契約ってさ、何か意味があるのか?
いまいちまだよく理解できてないんだよ、一体何が目的なのかとかさ。もしよければ教えて欲しい」
『意味は……あります。ワタシとオレとの契約は、最初に説明した通り、アナタの意思を確認する行為。
内容は人によって違いますが、試している本質は同じです。
信じてほしいのは、この契約はワタシの意思ではありません。
オレには絶対に死んでほしくないと心から思っています』
オレは腑に落ちなかった。
やはりアレは何か肝心な部分に触れようとせず、核心的な部分を隠しているように感じたが、黙っていることに決めた。
「僕はただ単純にオレのそばにいたいから契約しただけだよ、契約は二人の絆を深める意味合いもあるんだ。仲良くしようね!」
「前から気になっていたんだが、ソレはどうしてオレに固執するんだよ。命を助けたわけでもないし、恩がある訳でもないだろ?」
「最初はさ、アレが好きになった奴がどんなのか見てみようと思っただけなんだ。でもね、実際会ってみたらオレは昔、僕が大好きだった人にそっくりだった。
生き写しというか、生まれ変わりかと錯覚するほどに……」
「好きだったって、喧嘩別れでもしたのか?」
「殺された。僕の目の前で」
「殺された? でもアレもソレも神様よりすごい存在なんだろ?
そんなものが死んだりするのかよ」
『死にません。例えこの宇宙が銀河ごと消滅しても、ワタシ達は存在し続けるでしょう。それ程に異質で特別なのです』
「なんなんだよ、それは……」
「僕は彼を殺した犯人を絶対に、絶対に探し出して罪を償わせてやるんだ。どんな手を使っても、絶対にね」
『落ち着いてください、ソレ。一度オレの部屋に戻りましょう。
話の続きはまた、そちらで。ワタシは後から合流します』
やり残したことがあると言ったアレを異世界へ残してオレとソレは自室へと戻ってきた。
生まれて初めての戦闘、今まで感じたことのない種類の疲労感に襲われ、オレはベッドへと直行し、そのまま泥のように眠った。
◇ ◇ ◇ ◇
「オーイ! 朝ですよー!」
ソレの呼びかけに薄らと目を開いたオレは上半身を起こし周囲を見回した後ベットの端に座る。
天井を見上げて大きく一つ、欠伸をしたオレは最初こそ呆けていたが、意識が完全に覚醒すると途端に真剣な顔つきとなり、自身の両手をまじまじと見つめる。
「どうかしたの?」
「いや、人を殴った感触がまだ残ってて……てかソレ、もしかして一緒のベッドで寝たのか?」
「んふふ、当然だよね? 僕達ずっと一緒にいるって約束したでしょ?」
「オレはそんな約束をした覚えはない」
「もう……照れちゃってさ! ──ッ何かくる、伏せて!」
言うや否や身体ごと飛び込んできたソレをオレは受け止めるも、態勢を崩し二人はゴロゴロと床を転がる。
耳を劈くような雷鳴、風が吹き荒び、室内に閃光が駆け巡る。
暴風雨の中に放り込まれたような感覚に陥り、オレはソレをキツく抱きしめ、嵐が収まるのを待った。
室内に静寂が戻った頃、ベッドの上に一人の男が座っていた。
「うわっ……よりにもよって一番面倒なのが来た……」
ソレが苦虫でも噛み潰したかのような表情で男をみている。
男はズレた丸眼鏡をクイッと上げ、白衣についた埃を払う。
一見すると医者か学者のようにも見えるが、形容し難い胡散臭さと雰囲気を醸し出している。
「突然の来訪、許してくれ給え。
突然だがオレ君、君達のことは全てみていた。
その上で警告に来たのだ。是非傾聴していただきたい」
白衣の男がのべつ幕なし語り出すと、オレの返事を待たずにさらに言葉を重ねる。
「君の本来いるべき世界、地球は宇宙から既に消滅している!
君のしている努力は全て水泡に帰したのだ! あぁ、嗚呼、実に悲しい幕切れではなかろうか、人間とはなんと哀しき生物なのであろう。私なら間違いなく死を選ぶ! だが死は私を拒絶する!」
空いた口が塞がらなかった。
男が壊れたラジオのように延々と喋り続けている。
「あいつは何?」
「認めたくないけど、同類……かな。
アイツは人が一番嫌がることを見抜いて語りかけてくる。
相手にしないのが一番の対処法かも。オレが気に食わないなら殺してあげたいけど、アイツも不死……なんだよね……。
あの口調、3番の真似か、腹立つな」
二人でヒソヒソと話していると白衣の男はソレを一瞥し口角をあげ、意気揚々と喋り出した。
「えぇと、ここでの名前は確か……ソレ! 2番を殺したのは私だ。私が殺してやったよ、この手でね。遂に我々の念願が成就した。不可能殺しの実現だ!」
「……は? 何それ……何言ってるかわからないな、僕」
ソレの声は酷く冷たかった。
呆れているのか怒っているのか表情からは判断できない。
「死というものは全てのものに平等であるべきだとは思わんかね。
君も一度は考えたはずだ、この世から消えてしまいたいと。
私もそうだ死にたかったよ、だから殺してやった、死を与えてやったんだよ!!」
「へぇ……どうやって……」
全身の毛が総毛立つ感覚。
何もしていないのに冷や汗が止まらなくなる。
オレはソレが殺気を放っているのだと察した。
「どう? フム、それは失念していたな。
……そう! 存在の否定だよ、何事も認知無しには了知無し。
我々も強いようで脆い存在であったようだよ!」
「良かった。君も犯人じゃないね。もう帰っていいよ」
ソレがシッシと手を振ると、白衣の男はさも心外だと言わんばかりの表情で食い下がる。
「なぜ否定する? なぜ容認しない? 私が殺してやったのだよ、さぁ、怒れ、狂へ、壊れてしまえよ」
「否定する理由? まぁいいか答えてやるよ、下衆ゲス。
彼が殺されてから僕は自分の体でありとあらゆる試行錯誤を繰り返した。それも気が遠くなるほど、永遠に近い時間をかけて。
存在の否定で死ぬ? ふざけるな! 僕達はそんなことでは死なない。喧嘩しに来たなら相手をしてやろうか?
死ぬよりもっとキツい苦痛をくれてやってもいいんだぞ……なぁ、15番よ」
今まで喋り続けていた男がここに来て初めて黙り込む。
ソレが放つ圧倒的殺意が空間そのものを支配していた。
一言でも口を出そうものなら、それは即、死に繋がるであろう。
「ソレ、落ち着け。いつもの明るい笑顔を見せてくれよ。な?」
ソレの肩を掴み必死に宥めるも、怒りの臨界点を越えたのか、震える声で言葉を発して、強く拳を握り込んだ。
「──オレ、ごめん、ちょっと……僕、限界、かも。色々、押さえてて、今まで……我慢、もう、駄……目」
次の瞬間にはソレは男に掴みかかっていた。
男の顔面を殴り飛ばし、壁に貼り付けとなった男を魔力の刃で切り刻む。
ボロ切れのようになった男の顎を膝蹴りで砕き、踵落としで肋骨を粉砕し、光の弾丸を指鉄砲から乱射して身体中を蜂の巣にしていく。
男は文字通り完全に破壊されていくが、次の瞬間には何事もなかったかのように再生している。
ソレは楽しむかのように男を破壊し、再生してはまた壊すを繰り返す。その光景はまさに地獄絵図のよえであった。
目の前で繰り広げられる惨劇を止めようにも、オレにはどうすることもできなかった。
悪夢のような時間は永遠に続くかのようにも思えたが、嬲られ続けていた男の怒声で状況は一変する。
「調子に乗んなやクソガキがぁぁッ!!」
豹変した男がソレの頭部を鷲掴みにし、そのままの勢いで地面に二度、三度叩きつけ、そのまま放り投げる。
倒れたソレの頭部を男は踏み砕き、冷酷な微笑を浮かべた。
「ようやく本性を出したな下衆。僕もそろそろ本気を出そうか」
ソレの頭部も再生していた。
何事もなかったかのようにソレは言い、口内に溜まっていた血液を吐き出すと、先程よりも強い殺気を放ち男を見据える。
「待ってろよ、今オレがなんとかしてやるから」
ソレの悪魔のような姿を見ていたくなかった。
己は無力だと理解していた。これから自分がする行為は無意味だと最初からわかっていた。しかし、ただ黙って見ている事は出来なかった。
オレは拳を握り込み、白衣の男に向かって渾身の一撃を叩き込もうと踏み込む。
「引っ込んでろ、人間」
オレの身体が宙を舞う。
訳がわからないまま壁へと叩きつけられた。
相手がどう回避したのかも、何をされたのかも理解できない。
「おい、ソレ。こいつ殺すわ……」
男がオレの額に踵を乗せ、下卑た笑いでソレを見つめる。
男がほんの少しでも足に力を入れようものなら、オレの頭部は容易く粉砕されるだろう。
「……オーケー、僕の負けでいい。そっちの要求は?」
ソレがあっさりと負けを認めると、男は更に醜悪な顔を見せた。
「お前、今二つやってんだってな。俺らんとこに付いてこい」
「……わかった。従う」
あまりにも簡単にソレが戦意を解いたことに拍子抜けしたかのか、男はあっさりとオレの頭部から足を下ろした。
「へっ、お前も丸くなったな。それもこれも全部、この人間のせいか。……いくぞ」
ソレが男に連れて行かれようとしている。
だがオレの体は動かない。
肉体的に受けたダメージもあるが、それすら上回る人外達の恐怖に、脳が行動を起こすことを拒否していた。
「……オレのこと頼むよ、アレ。僕のことは心配しなくていいから」
男に腕を引かれたまま、ソレは闇の中に消えた。
オレの意識も微睡の中に沈んでいく。
◇ ◇ ◇ ◇
『大丈夫ですか?』
気がつくと目の前にはアレがいた。
「見てたんだろ? 全部……」
力のない声でオレが呟くと、少女も囁くような声で答えた。
『……はい』
「どうして助けてくれなかったんだよ、ソレが連れて行かれたんだぞ」
『あの状況では手出ししても無意味です。
相手を倒せない以上、ワタシとソレが二人がかりでも、結果は変わりません。相手が手段を選ばなければオレは一瞬で殺されていたでしょう』
「ソレはどうなるんだよ」
『とりあえず、殺される心配はないと思います。
ですが相手の目的がわからないので、どうなるかまではわかりません』
アレの言葉を聞いたオレが表情を曇らせ呟く。
「……協力してくれとは言わない、ソレが連れて行かれた場所まで案内してくれ。頼む」
『それは……できません』
「なんでだよ! アレだってソレの事が心配だろ?」
『行ってどうするのですか! 先程、手も足も出なかったでしょう? ワタシだってソレのことは心配です、でも……』
「やって見なきゃわからない。次は上手くやる」
『ワタシ達を殺すことは不可能なのですよ?
オレはワタシやソレのような存在が大勢いる場所に向かおうとしている。人間が太陽に立ち向かっていくようなものです』
「不可能だろうとオレは行く。必ずソレを助け出す」
オレにはソレを助けられる根拠はなかった。
だとしても黙ってはいられなかった。アレは暫く考える素振りをしてから、ゆっくりと口を開く。
『……やっぱり、できません。オレを連れて行くということは、ソレの気持ちも踏み躙ることになる。わかってください……』
懇願するようにアレは言うが、引く気はなかった。
「どうしても連れて行ってくれないのなら、この場でオレを喰ってくれ。ソレを見捨てるくらいなら死んだほうがましだ。終わらせよう。オレ達の関係を」
言うべきことを全て吐き出して静かに目を閉じる。
生きるも死ぬも、進むも戻るも、全てをアレに託すことにした。
重苦しく長い沈黙の中でアレの返事を待っている。
『………………わかりました。でも、一つだけ、どうしても聞いておきたいことがあります』
「なんだよ」
『ソレのこと、一体どう思っているのですか』
「どうって……いつもオレのこと気にかけてくれるし、傍にいてくれるから、最初は厄介なやつだと思ってはいたけど、今はまあ、大切な家族くらいの感覚かな」
『違います! 私が聞きたいのは、特別な感情……いえ、アナタは鈍いのでこの際ハッキリと聞きます。ソレを愛しているのですか』
「愛っ!? なんだそりゃ。大体あいつ女なのか? オレはずっと少年だと思って接してきたぞ……顔はまあ確かに少年にしては可愛いほう……いや、少……女?」
『誤魔化さないでください! 今は性別の話をしているのではありません。ソレを愛しているか聞いているのです』
「いやいや、大切だし本気で助けたいけど、そうだな、可愛い妹か弟って感じだよ」
『はぁ……ちなみにですけど、ワタシのことは……どう思ってくれているのですか』
突然質問の趣旨が変わったことに軽く面食らうもアレが何を考えているのか言葉だけではわからなかったので、オレは率直な気持ちをアレへとぶつけることにする。
「最初はただの化け物だと思ってたよ、気味悪いし、オレのこと喰べるとか言うし。でも今はオレにとってなくてはならない、特別な存在になっていると思う。……大切だよ。迷惑かな?」
アレがどうして怒っているか考えても答えは出なかった。
だからせめて本心だけは伝えることにした。
『さぁ、急ぎましょう! 準備はいいですか?』
どうやら許してくれたらしい。
オレの言葉にアレは元気を取り戻した様子だった。
「ちょっと待ってくれ、オレも聞きたい事がある」
『なんでも聞いてください!』
「さっきアレは私達を殺すことは出来ないって、確信を持った感じで言ったよな」
『……はい。それは間違いありません』
「でもソレが好きだった相手は殺されたんだろ? だとしたら何か方法を考えれば、さっきの白衣の男も倒せるんじゃないのか?」
誰も好きで不死の化け物が巣食う世界に行きたいわけではない。
たとえわずかでも光明を見出すための問いかけだった。
何か一つでも攻略の糸口があれば、心の支えとなるからだ。
しかしその淡い期待もアレのたっぷりの沈黙によって掻き消される。
『…………オレ、火を燃やせると思いますか?
あるいは空気を刀で斬って血を出せますか?
不可能ですよね。今のは比喩ですが、ワタシ達が死なない、いや何をしても死ねないのです。
人間に時間は止められません。死んだ人を生き返らせることはできません。それと同じでワタシ達が不滅なのは覆らない……』
「じゃあソレが嘘をついている……か?」
『ワタシもずっと同じことを考えていました。ですが今は違います。ソレの言葉に嘘はないと思います。
不可能を殺した存在がいる……。そのことがワタシ達にとって救いになるのか、破滅への始まりとなるのか今はわかりません。ですが、ワタシもその答えを見つけるつもりです。さ、ソレの救出に向かいましょう』
アレは空間を引き裂き異次元へのトンネルを作り出す。
その中へ飛び込むようオレに促した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。