VS女勇者 覚醒の予兆
「脇を締めて、拳は目の高さ……。大丈夫だ、オレはやれる」
自らを鼓舞し拳を固め戦闘態勢に移ると、一気に加速し女勇者へ向けて一直線に駆ける。
「黒の弾丸」
女勇者が右腕を突き出し呪文を紡ぐと、指先から膨大な量の弾丸が撃ち放たれた。
魔力によって生み出された漆黒の弾丸が空を切り裂き迫り来る。
飛来する弾丸を素早く横に飛び退いて躱し、地面を転がりながら岩陰へ身を隠す。
「隠れても無駄だ」
魔力の弾丸がさらに苛烈に乱射された。
撃ち出された魔弾は分厚い岩壁を容易に貫通し、勢いが衰えることはなくオレの肉体を引き裂こうと襲い来る。
「マジかよ、滅茶苦茶だな……」
無数の弾丸が木々や大地に着弾し、炸裂し地面を抉り、爆風を巻き起こしながら周辺一体を破壊し尽くしていく。
全てを破壊する魔力の弾丸が残す弾道を掻い潜り、死に物狂いで走り抜け、遮蔽物の多い森林地帯へと逃げ込んだオレは息を整え、反攻の機会を伺う。
「よく逃げるやつだ。もういい面倒だ、終わらせる。黒炎火葬」
女勇者が詠唱するのを聞き、嫌な予感がしたオレは反射的に身を固め、防御の体勢を取るが、繰り出された黒の獄炎は森林地帯を丸ごと焼き払い、衝撃の後に派生した凄まじい熱波に飲み込まれ体ごと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたオレが驚愕の表情を浮かべ、不恰好に着地するのを見て、女勇者は苛立ちの表情を見せる。
「まだ生きているか、しぶとさだけは大したものだ」
「まいったな、お手上げだ。レベルが違いすぎる。戦闘にすらなっていない、これじゃ一方的な狩りだ。何か手はないか……」
高速で迫り来る勇者を見据えながらオレは懸命に考えていた。
肉弾戦に持ち込めればあるいはと考えていた。
格上の相手だろうと策を練れば対等できると考えていた。
だが明白な実力差を見せつけられた今、それを覆す手段は見当たらない。逃げるのが精一杯で今生きていることが奇跡だ。
平和な生活に浸っていた一般人と百戦錬磨の戦士、比べるまでもない。最初から同じ土俵に立ってすらいないのだ。
(──見栄張って出張ってビビってんじゃねーよ。引っ込んでろ、オレがやる)
オレは軽い目眩と共に幻聴を聞く。
同時に視界が歪み、靄がかった状態となる。
強烈な吐き気が込み上げ、立ち眩みに見舞われた。
「あれ、なんだこれ、意識が……オレ…………オレ?」
女勇者がオレに向かって右ストレートを繰り出したのがわかった。
恐ろしいほどに速い拳が顔面に直撃すると頭では理解していたが、思い通りに体は動かない。
死を覚悟した──ハズだった。
気がつくとオレは勇者の拳を躱し、流し、いつの間にか背後を取っている。
「──動きが、変わった。
今のスピードを常人に躱せるはずが無い……何かしたのか」
女勇者が驚嘆している。
自らの拳が空を切ったことが信じられず、愕然としている様子だった。
「戦闘で隙みせてんじゃねーよ」
オレとは違う別の誰かが勇者を挑発し、おちょくるかのような軽いパンチを二発、顔面へと叩き込む。
「カッ、ガッ!? 速い、そしてこの威力、キサマが、ガッ!」
姿勢を崩し、混乱している勇者の脇腹へ追撃のボディブローを捩じ込んだ。
爽快な気分だった。
繰り出す拳が全て直撃し、躱すことも捌くこともできない相手に一方的に攻撃を繰り返す。
悪魔的な快楽と精神を支配される恐怖を同時に味わいオレ自身も混乱していた。
「キッ……さまぁっ!」
勇者が激昂するが関係ない。
身体全体でリズムを刻み、流れるような足捌きで勇者が繰り出す拳を次々と回避しながら死角へと回り込む。
そして力の差を見せつけるような軽い打撃を数えキレないほどに叩き込む。
「なぜだ……なぜ私が押されて……こんなことはありえない」
「ありえないも何も、これが現実だろうがよ。じゃあなニンゲン」
満身創痍の勇者に向けて、全身全霊の一撃をお見舞いする。
体が浮き上がるほどの強烈な一撃に、朦朧としている女勇者の顎に全身全霊のアッパーカットを直撃させると、勇者の体が、くの字に折れた。
つづけざま追撃の拳を複数回打ち込み、勇者は宙をしばらく舞った後、大の字で地面に倒れた。
「オレー! おめでとう! 勝てたね!」
胸に飛び込んできたソレを抱えて、オレは首を傾げる。
幻聴も幻覚も消え、意識はハッキリとしている。
だというのに勝利の実感は感じられなかった。
「勝てた? ……あっ、あぁ、勝ったんだよな。オレが……勝った。そうか、そうだよ、な」
「んふふ……よしよし。僕もすっごく嬉しいよ!」
ソレは満面の笑みを浮かべているがオレは腑に落ちない。
「──貴様らぁぁ……!」
突然の怒号に大気が震える。
声のする方へと視線を向けると女勇者が憤怒の形相で迫ってきていた。
「しつこいなー! 僕のオレが勝ったんだから、お姉さんはもういいよ。バイバーイ!」
ソレが勇者に向かって突っ走り、頭部を軽く一撃。
すると勇者は凄まじい勢いで飛んでいき、木々を薙ぎ倒し、それでも勢いが止まらず突き進み、やがて姿が見えなくなった。
「……さすがにやりすぎだろ」
「僕も多少はムカついてたから。それにあのお姉さん死んでないよ? 褒めて褒めて!」
言いながら抱きついてきたソレの頭をオレが撫でると、甘え切った顔でソレが表情を崩し、嬉しそうに微笑む。
「んふふ……なんだか昔を思い出すみたい。幸せだな。
さっ、アレを迎えにいこうっ!」
「場所、わかるのか?」
「うん! 知ってるよ! 僕だけがオレを独占するのも悪いしね」
二人してゆっくりと歩きだす。
オレの初めての戦闘は勝利こそしたものの、納得のいく結果ではなかった。
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