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はじめての異世界転移

 

 オレがアレの後を追い飛び込んだ影の中に広がるのは無限に広がる大宇宙のような幻想的な光景。

 その空間の只中をひたすらに落下していく。

 どこまでもどこまでも落下していくうちに、浮遊感も感じなくなり、意識が遠のいていく。

 このまま死んでいくのだと言われても納得できてしまうような焦燥感と絶望感に包まれ、何もかもが曖昧になっていく。


「死ぬってこんな気持ちなのか。悪くはないかな……」


 やがて星空の中に小さな歪みが生じ、たゆたい揺れる。闇の中に生まれた漣はやがて大波となり、宇宙全体へと広がっていく。


「何してるんだろ、オレ」


 オレはやがて考えることすら億劫になり、静かに瞼を閉じた。

 だが闇はそんなことすらおかまいなしに膨張、縮小を繰り返し、荒れ狂う大波はしだいに凪いでいき、最後には光となった。


「なんだ……これ。 ──眩しっ!?」


 人生を諦めかけていた心を無理矢理に揺り起こしたのは強烈なまでの陽の光。同時にズシッと大地を踏み締める感覚が足に宿り、沈み込んでいた意識を覚醒させる。


「外!? ……ソトだ、オレはやったぞ!! 現実世界に帰ったんだ!」


 闇の中を落ちていたはずが、いつの間にやら大地に立っている。思わず泣きそうになるのを堪えて、オレは歓喜した。 

 肺の中に新鮮な空気をとりこみ、頭上を見上げ、鳥たちが弧を描いて飛んでいくのを眺めて歓喜の声が漏れる。

 現実世界の余韻を噛み締めるように身体全身で堪能する。


「ところがどっこい、異世界です!」


 現実は一瞬で崩壊した。

 満面の笑みを浮かべたソレがオレの元に近づいてくる。


「異世界って……アレはこんなとこに何しに来たんだよ」


「多分、僕が焚き付けちゃったのもあるけど……この世界を消しに来たのかな。それとも単純に逃げ込んだだけか、真意は彼女にしかわからないね」


「そうか。なら早くアレを探して帰るとするか」


「ねぇ。追いかけろって言ったのは僕だけど、向こうが勝手にいなくなったんだし、やっぱり二人で帰らない?」


「それは駄目だ。アレはオレに怒って出ていったんだから、ちゃんと謝らないとな。それに、これはオレとアレとの勝負なんだよ」


「勝負?」


「オレが喰われたらアレの勝ち。オレが元の生活に戻れたらオレの勝ち。対戦相手がいないと決着がつかないだろ? オレはアレとの勝負に勝ちたい。だから今はアレを探す」


「……わかったよ、そういうことなら僕も協力してあげる! 

 この世界の様子を見てくるから、何かあればいつでも呼んでね?」


「ああ」


 一頻り言葉を交わしオレ達はそれぞれその場を離れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 妖精が空を舞い、完全武装の戦士達が野原で魔物と戦っている。

 ファンタジー色の強い世界にオレは転移してしまったようだ。

 物騒な連中を避けるようにしてオレが歩を進めると、またしてもどこかで見たことがあるような城下町へと辿り着く。

 町の外れにある小さな道具屋で、オレは情報収集をすることに決めた。


「なんかさ、こう……見た目は金髪で可愛らしいんだけど、電波な感じで、アナタを喰べます! とか言う、化け物じみた変な女の子しらないか?」


「は、はぁ。最近は漆黒の勇者様のお陰で以前に比べると平和になりましたからなぁ。魔女や怪物の類も減り、現れるのは食うに困った逸れ魔獣くらいでして……」


 突然現れた男に意味不明な質問をされて、道具屋の店主はカウンター越しに渋い表情を見せるだけ。


「漆黒の勇者?」


「えぇ、立派なお方で魔王討伐のみならず、なんとこの世界を守護すると偽り、支配しようとしていた邪悪の神々さえも葬ってしまったとか」


「へぇ、すごいんだな。勇者とか魔王とか、完全にゲームの世界観だ。人間のオレには荷が重い。アレを早くみつけないと……」


 カランカラン。

 店のドアが開かれて来客を知らせるベルが鳴る。


「おや、勇者様。いらっしゃいませ」


 店主が迎えたのは長く伸びた漆黒の髪、すらりと伸びた長身の肢体。髪と同じ漆黒の鎧、黒刀を腰に携えた女戦士だった。

 女戦士は冷めた態度で店主を見据える。


「広場で魔獣が暴れている。駐在兵を呼んでやれ」


「えっ!? そんなまさか!」


 道具屋の店主が信じられないといった様子で店を飛び出していくのを見て、オレも後に続いた。

 道具屋から先、数十メートル程の先の広場で確かに何かが暴れている。鋼のような皮膚に反り返った黒い角、鞭のようにしなる尻尾に大きな翼。

 魔獣が火を吹き、鋭利な爪を軽く薙ぐだけで家屋が次々と倒壊していく。街中で暴れまる魔獣を前に人々は逃げ惑うしかない。

 騒ぎを聞きつけやって来た駐在兵が盾と槍を手に、魔獣に飛び掛かるが、まるで勝負にならない。

 魔獣に突き刺した槍は一瞬で刃こぼれを起こし、尻尾による一撃を受けた兵士の体が天高く舞い上がる。

 その様子を道具屋から出て来た女剣士が、腕組みをしながら眺めていた。


「おいアンタ、勇者なんだろ? なんとかしないのかよ。あの兵士、死んじまうぞ」


「あれも一国の兵士だ、何とかするさ」


 オレの問いかけに女勇者は冷たく、ぶっきらぼうに言い放つ。

 そんなことをしている間にも、罪もない女性や子供達までもが魔獣の犠牲になっていく。


「目の前で弱者が襲われてるんだぞ! それを助けるのが勇者なんじゃないのかよ!」


「私には関わり合いのない話だ。私の役目は終わった、そこまでして助けたいのなら自分でやったらどうだ」


「あぁ、オレ、お前が嫌いだ」


 憎々しげに勇者を睨むと、オレはすぐにその場を飛び出し魔獣が暴れる広場へと急いだ。


「……ソレ」


「はいはーい!」


 オレが呟くと瞬時にソレが飛んできた。


「一つ頼んでもいいか」


「僕の力を使う? 魔獣なんて、一瞬で消し炭にできるよ!」


 ソレが自信満々な様子に掌の上に光輝く魔力を放出して見せる。オレは緊張の面持ちでソレを見つめる。


「力はいらない。ただ……」


「なぁに?」


「オレ、ケンカとかしたことないんだ、傍にいて見守ってくれないか」


「全くもぅ……可愛いんだから。無理はしちゃダメだよ?」


 ソレが現れた途端に女勇者の目の色が変わる。

 広場までの距離を瞬時に疾走り、肉眼で捉えることが出来ない一閃の斬撃で魔獣を意図も容易く両断し、返す刀の切先をソレへと向ける。


「なんだ、それは……人間でも魔物でもない。  

 精霊や神々の類でもない、どこまでも深い闇、地獄の深淵よりも濃い悪意……貴様は何者だ」


「へー、君くらい強くなると理解できるんだね」


 ニコやかに応じるソレとは対照的に、女勇者の顔色には怒気が含まれている。


「……勇者としての本能が告げている、貴様は存在してはいけないモノだ。放置すればこの世界が終わる。斬り捨てる」


「さっきの魔獣は放っておこうとしたのに? お姉さん、矛盾してない? ひょっとして枯れたはずの正義心が戻ってきたのかな? ……でも残念! 君じゃあ僕を倒せない」


「貴様がそこに存在するなら、何であろうと必ず殺す!」


 オレは背筋にゾワリと気色が悪い感覚を覚えた。

 魂まで凍りつくような寒気と震えに

 ソレから放たれた純然たる殺意が周囲を包み、侵していく。


「調子に乗るなよ? ……ニンゲン」


 怖気立つ声で言うや否や、突きつけられ黒刀の刃をソレは握り込む。刃は眩い閃光を放ち瞬時に霧散し、光の残滓が空へと消えた。


「チッ……化け物め……」


 想定外の出来事に勇者は後方へ大きく跳躍し、距離を取る。


「ソレ、ちょっと待ってくれ」


 攻勢に出ようしていたソレを右手で制し、オレが一歩前へと歩み出る。


「どうしたの?」


「あいつはオレが倒す」


「僕のこと、守ってくれるんだ?」


 ソレが首を傾げ、小悪魔的な顔で微笑む。


「逆だ。ソレが戦ったら多分あの女勇者、死ぬんだろ?」


「そうなるね。本気で敵意を向けてきた相手は基本的に殺しちゃうからさ」


「そうなって欲しくないからオレがやる。

 子供を見捨てようとしたのは許せないけど、アイツは今本気で世界を救おうとしている。オレはアイツが死ぬのを見捨ない」


「……勝てるの? 多分この世界で最強の勇者ってのは間違いなく事実だと思うけど」


「勝つさ。勝ってアレを連れ戻して、ソレと三人で元の世界に帰る。だからオマエはオレを信じろ。必ずアイツを止めるから」


「んふふ……カッコいいこと言っちゃってさ! うんっ!」


 オレは震える足に力を込め、自身が戦おうとしている相手を見据え、長く大きな深呼吸を一つする。


「……よし、やるか!」

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