生命の皆様へ。宇宙は今日、死にました。
「……出てこい、メア」
暗黒物質が呼びかけると、闇の中から少女が現れた。
「はい、お父様」
黒のワンピース、透き通るような白い肌、瞳の中に宇宙が広がっている。亜麻色の髪を姫カットにしている可愛らしい少女を、暗黒物質が誇らしげに見つめている。
「これは我が娘、宇宙と契約した星の落とし子だ。我々の力を全て注いだエニグマに対抗する唯一の切り札。これをお前に託そう。お前の目を通して世界を見せたい」
暗黒物質がいい放つと少女がオレの側まで歩み寄り、ペコリと頭を下げた。
オレも反射的に頭を下げかけて冷静になる。
「いや、待ってくれ、託すって言われても見た目は普通の女の子だし、受け取れないよ」
オレは戸惑っている。
てっきり武器か何かを授けられのかと予想はしていたが、まさか少女を託されるとは考えてもいなかった。
「心配は無用だ、貴様の両の眼に住まわせる。これで貴様も宇宙の一部だ。星を見通し、全てを悟れ。この世の全てに抗うがいい」
暗黒物質が右手を上げ、呪文を唱える。
少女の体がオレの両目の中に吸い込まれていった。
少女の精神とオレの魂が一つとなる。
直後、脳内に声が響く。
『これからよろしくお願いします。ご主人様、私と貴方は一蓮托生。本気で宇宙を救うというなら、私も貴方の力となります』
「今度は暗黒物質の力かよ、どんどん人間離れしていくな、オレは……」
暗黒物質の力を受け入れた、というよりは無理矢理に植え付けられたオレが自己憐憫していると、その感情をダイレクトに感じ取ったメアが憐みの声を投げかける。
『何も気にすることはありません。何かを成し遂げるためには覚悟が必要ですから。……貴方、心臓がありませんね。一体どうやって活動しているのですか?』
「確かに心臓は刹那に潰されたけど……って、人の身体の中を勝手に調べるなよ。なんか恥ずかしいだろ!」
『……エニグマの力、健康的な人間の肉体、それにこれは……』
オレの言葉などお構いなしに、メアがオレの肉体の中を隅々まで調べていく。
恥ずかしくても止めようがなく、羞恥に耐えるしかない。
「なんだよ、まだ他に何かあるのかよ。いい加減にやめてくれ」
『いえ、問題ありません。では改めてよろしくお願いしますね、ご主人様』
「あっ、ああ……よろしく」
『お父様、それでは行ってまいります』
出会ったばかりの少女に尻に敷かれている事実にもどかしさを感じながらも、口には出さずにオレはその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
暗黒物質は考える。
宇宙誕生以来、永遠と思える時をかけて戦ってきた対戦相手に絶対に勝てないのだと悟ったとき、悔しさよりも笑いが込み上げてきた。
我々は道化なのだ。
壮大な舞台装置に組み込まれた小さな小さな歯車の一つに過ぎない。そう悟ってしまった。
何かに熱を込めて打ち込んだときほど、冷めた時の反動は大きい。一が突然、虚無になる。
だからこそ、心血を注ぎ、存在の全てを賭してまで育て上げた愛娘を簡単にくれてやった。
我々はもう戦えない。傍観者でいい。諦めた。上には上がいる。
そう思い込んで生きていくのだ。
──永遠に。
「ヤッホー! 遊びに来たよー!」
暗黒物質の思考を断ち切る明るい声音。
「貴様、何者だ。我々に何の用だ」
目の前にいるのは光。
そうとしか認識できない。
黒塗りの光が、ニタニタと人を小馬鹿にしたような表情をしているのがわかる。
「あ、オレ? 巷では不可能殺しなんて呼ばれてるみたいだね」
少年のようなあどけなさで光は語る。
「エニグマを殺す者か、噂は聞いている。我々に何の用がある」
「いやー、ずっと見てたんだけどさー、ダメだよー! 約束を破ったら。ちゃんと三年後に戦争しないとさ、ね?」
まるで駄々をこねる子供のようだ。
人の気持ちも知らないで、一方的に自分の気持ちだけを押し付ける、タチの悪い子供。
「争ったところで、我々にメリットなどないのだ。それに、希望に全てを託した。世界の行く末は、あの男に任せることにした」
理詰めで話しても、通じるかはわかない。
だとしても対話を試みるのが、大人なのだろうか。
実にくだらない。
「アンタさー……宇宙の意思のクセに、意思弱すぎ。メンタル雑魚は死んでいいよ。オレが代わりにやってやるから」
超速で駆ける、一筋の光。
放たれた光線が螺旋を描きながら暗黒物質の胸を貫いた。
「グッ、貴様、何を……。エニグマに殺されたときとまるで違う。我々が死ぬ? あり得ない、あり得ない、こんな幕切れ……」
暗黒物質の肉体が光の粒子となって消えていく。
完全に死ぬ、暗黒物質はそう理解した。
「オレに消せないものはない。宇宙の意思を完全消滅させることにしました。暗黒物質さん、生存競争から脱落でーす。これからはオレが暗黒物質を兼任してあげまーす! だからさ、バイバイ」
傍観者でもいられない。
暗黒物質の席は、暴君の手によって取り上げられてしまった。
「世界の行く末を見る事なく、我々が消えるか……。小僧、後は頼んだぞ……」
「そうそ、老害は黙ってクタバレばいいの。いつまでも我が物顔で世界に居座られたら、若い連中の迷惑になるんですよー?」
意識を完全に断ち切るように追撃の閃光が一閃。
この瞬間、宇宙を支配していた暗黒物質は完全に消滅した。
そして今後の宇宙を支配するのは、新たなる神。
「宇宙に住む生命の皆様、宇宙は今日、死にました。これからは不甲斐ない宇宙の意思をオレが引き継ぎます。三年後の戦争が楽しみですね! それではまた、お会いしましょう、さようなら!」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
私の作品を読んでくださる全ての皆様に感謝しております。




