オレが宇宙を救うから。
レオナルドは協定を結ぶと早々に去っていった。
異常で異様で嵐のような男にさんざ振り回されたオレは疲労感を嘆息とともに大きく吐き出した。
「はああぁぁぁ〜。よーやく、うるさいのがいなくなったな」
暗黒物質は渋い表情で俯いている。
「人にとって三年は貴重であろう。貴様も早く消えるがいい」
暗黒物質が目の前にいるオレを探るような目で見つめる。
エニグマであることに間違いはないのだが、今までに現れたモノとは少しばかり毛色が違ったからだ。
エニグマは世界の破滅を願う暗黒物質の前に過去何度も現れた。性別、容姿は違えど思考、行動パターンは毎回同じ。
正義の代弁者であるような立ち振る舞いを見せた後、一方的な殺戮を開始する。そして傷が癒え、行動を開始しよとした途端にまた現れる。
圧倒的な力を持った不死身の怪物には、暗黒物質が持つ宇宙的規模の戦闘力を行使しても歯が立たず、敗北という歴史だけを刻んできた。無慈悲で、残忍で、冷酷。
対話にも聞く耳持たず、取り付く島もない。
いつしか抵抗する事すら億劫になっていた。
抵抗してもしなくても、結果的に殺されるなら、何もしない方がいい。暗黒物質の総意になっていた。
最初にオレがこの場に現れた時も、死神が仕事をしにやってきた。その程度にしか考えていなかった。
だが今に至るまで、暗黒物質を殺すような素振りを見せていない。
この男となら、対話が成立するかもしれない。
今まで畏怖の念しか抱かなかった存在の本質を見極める事ができるかも知れない。
暗黒物質はそんな事を考えだしていた。
「三年? オレはそんなに待つつもりなんてないぞ」
オレがいい放つと、暗黒物質が眉を顰める。
「……今しがた協定を結んだばかりだろう」
「アンタ、宇宙の意思なんてイカつい存在なのに、あんな紙切れ一枚に縛られるつもりか? オレはごめんだな。どうやらオレは正義の味方じゃなくて、叛逆者らしいからな。好きにやるよ。大体、アイツこそ嘘ばかりで、こっちだけ律儀に約束を守る義理はない」
「嘘、だと?」
「ああ、レオナルドが言ってたろ、エニグマも暗黒物質も殺して宇宙を人類だけで統一すると。あれは嘘だ」
レオナルドの言動を、一言一句、吟味するように聞いていた暗黒物質にとって、オレの言葉は衝撃的であった。
ふざけた事を言っているとは感じていたが、嘘偽りを述べているようには思っていなかったからだ。
「どういうことだ」
「エニグマが全滅すれば宇宙は消える。宇宙はエニグマが存在するから成り立っているとオレは聞いた。アイツがそれを知らないわけがない。奴はハナから人類を利用して宇宙を消したいだけなのさ」
またしても飛び出した衝撃的な事実に、冷静を貫いてきた暗黒物質の表情に綻びが生まれる。
「つまり、我々が仮にエニグマを打倒できたとしても、宇宙が滅びるということになるのか。それならば、我々は何のために長年……」
宇宙の意思としての基本理念、エニグマを倒し、世界を暗黒物質で満たすという願望が、ここに来て瓦解した。
宇宙の滅亡とは暗黒物質の完全なる死を意味する。
エニグマを倒せても死ぬ。レオナルドに負けても死ぬ。レオナルドに勝てたしても、エニグマに殺される。
すなわち、暗黒物質には絶望の未来しか残っていないのだ。
何万年、何億年とかけて望んできた悲願が達成できない事実だと知った時、初めて宇宙の意思に動揺が走る。
宇宙全体が揺れている。心が乱れ、思考を統一化できなくなる。
「理屈通りなら、そうなるかな。ちなみに、レオナルドの口調が途中で変わった事に気づいたか?」
「……いや」
返答どころではなかった。
宇宙の意思一つ一つを落ち着かせ、統治しなければ宇宙が崩壊してしまう。暗黒物質は精神の安寧を取り戻すことに注力する。
「そうか。アイツ自身も操られてるって言ってたし、それも調べないとな。さて、やる事だらけだ。オレは行くよ、じゃあな」
「待て小僧、半神の貴様に何ができるというのだ」
泣き出しそうな声で暗黒物質が尋ねると、オレは小さく微笑む。
「まずは同調を極めて人類の洗脳を解く。完全同調を完全同調で返すんだ。そして1番と本物の10番を探す。きっと答えはそこにあると思うから」
「貴様は何故そこまでする。この世の全てから憎まれ疎まれ、消されるかも知れないというのに何故、己の身を削ってまで世界を救おうとするのだ。…………我々は、どうすればいい?」
暗黒物質は明らかな動揺した声で、そして最後はオレに救いを求めるような声音で呟く。
宇宙の意思が、取るに足らないと思っていた人間に救いを求めた瞬間だった。
「こんなこと、オレにしか出来ないから。誰に何と言われても、世界中から嫌われたとしても、オレが宇宙を救うから。アンタがもし争いをやめて、他の生命とも共存できると誓うなら、アンタもオレが救ってやるよ。まぁ、宇宙を救う時点で必然的にアンタを助けることにもなるんだけどな!」
暗黒物質を見つめて、オレは微笑む。
オレの背後に後光が差しているように暗黒物質には見えていた。
今度こそ本当にオレが場を去ろうとしている。
空間を引き裂き、転移するために次元の裂け目に飛び込もうとした瞬間、暗黒物質がオレを引き止める。
「まて、小僧。……なるほど人類の希望か、我々もお前に賭けてみたくなったぞ。お前に渡したいモノがある。我々の希望、宇宙の究極の切り札、受け取ってくれ」
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