神様と運命と
刹那が使用した魔法、超疾走と認識遮断の併用により、空の世界の中枢付近に労もなく辿り着いた。
オレは中枢施設の周囲をグルリと囲う巨大な城壁の外観を観察しながら刹那に話す。
「不気味なくらい静かだ。それに追っ手にも遭遇していない。罠かもしれないな」
「……アレが上手く囮になっているようだな。待て、誰かくるぞ」
二人の前に現れた小柄な少女は、眠たげな顔で背伸びをし、欠伸を一つ。しばらく呆けた後、ゆっくりとした動作で肩を落とす。
「やっぱ来ちゃうよね〜。はぁ、めんどくさ……ノノは静かに眠りたいだけなのにさ……。ノノはノノって言うんだけど、君達は侵入者の誰さんかな??」
小首を傾げてノノと名乗る少女が尋ねる。
敵として見るには余りにも悪意が感じられない。
すぐにでも交戦状態に移るだろうと考えていたオレは、毒気を抜かれた形となり、警戒心を解いて少女に近寄っていく。
「キミには名前があるんだな。オレのことはオレと呼んでくれ」
「だって本名は君達人間には伝わらないよね。それにノノは他と違う役割があるから、名前を持つことにしたの! よろしく〜」
無垢な笑顔のまま差し出された手をみて、握手をしようとした所へ刹那が割って入り、厳しい顔つきでオレを見据える。
「何を呑気に腑抜けている。見た目に騙されるな、こいつは白衣の化け物より遥かに戦闘能力が高いぞ。構えろ。押し通るぞ」
言われてすぐにオレは少女から離れ、拳を握る。それを見た少女はガックリと項垂れ、深く大きな溜息を吐いた。
「あ〜、お友達にはなれないのかぁ〜。ノノは戦うの面倒なんだよねぇ。でも通すなって言われてるし……あ! じゃあこうしよう。ゲームだよ、ゲームをしようよ」
刹那とオレは顔を見合わす。少女の突飛な発言に戦意を削がれそうになるも、刹那は黒刀を鞘から抜く。
「ルールは簡単! ノノが異世界で契約して連れてきた自慢の神様がいるんだけど、その神様に君達が戦って勝ったら通っていいよ! ミカさーん! 出番ですよー!!」
少女が楽しそうに手を叩くと空間に亀裂が入り、空を切り裂いて妖艶な美貌を持つ女性が現れた。
「ご機嫌よう。私は最強にして最大の神、ミカ。ミカ様と、そう呼びなさい」
ミカは手にした扇を開き、顔を隠してから微笑む。
「また変なのが出てきたけど、刹那、神を倒した事があるんだろ? あいつはどうだ、強いのか」
「私が倒した神とは毛色が違う。正直に言うと、掴みきれない」
オレと刹那がボソボソと話し合っているとミカは不満げな顔を作り、扇を閉じる。
「あら? 私の力をみくびっていらっしゃるのね? では見せてあげましょう、ミカ様の力を!」
「わー! すごいすごーい!」
ノノが楽しそうにパチパチと手を叩くと、ミカは胸を張り得意げな笑みを浮かべた。
「お二方、やり直したい過去はありますか? 一度だけ、私がその過去を修正する権利を差し上げましょう」
「せっかくだが、オレにはない。昔は行き詰まった人生だった。
でも、アレと契約して全てが変わった。今は毎日が楽しい。過去を変える必要なんてない」
オレは迷いもなく即答する。刹那もそれに続くだろうと考えたが、刹那は言葉を発することはなく、沈黙の時間が流れる。
「私には……ある。本当に過去に戻れるのならば、私がアレと契約する数分前でもいい、あの時に返してくれ。私の世界を消した男を、どうしても許すことはできない」
「刹那、らしくないぞ、敵の罠かもしれないのに……」
刹那の発言に驚いたオレが諌めようとするも、ミカは既に動きだしていた。
「承知いたしましたわァ! それでは二名様、ごあんな〜い!」
ミカが放った眩い光の渦に包まれ、オレと刹那の姿が空の空間から消えた。
◇ ◇ ◇ ◇
森の中で目覚めたオレは周囲を見渡す。
そこには見覚えのある光景が広がっていた。
「本当に、私の世界だ。まだ消滅していない……これは奇跡だ」
オレの隣で刹那が感嘆の声を漏らす。
「刹那、一人でいくなよ」
「助太刀は不要だ。それにこの世界は間も無く消滅する。
お前は先に逃げていろ」
「いや、オレは一度命を救われている。
今度はオレが助ける番だ。協力するよ」
「全く……馬鹿者が。手を握れ。時間が惜しい、転移で飛ぶぞ」
オレが刹那の強く握ると、二人は魔力によって瞬時に海岸まで移動する。
「見つけたぞ、忘れもしない、私の世界を消した男だ……」
刹那の視線の先には黒のスーツを着た白髪の男性が一人、海を見つめて佇んでいた。
「何度みても、夕焼けというものは美しい。とりわけ異界の黄昏は……。別の時間軸からきた若人よ、私に何かご用かね」
男は夕陽を見つめ、二人に背を向けたまま話しかけてくる。
刹那は黒刀を抜き、睥睨する。
「貴様が今からすることを、私は知っている。貴様を殺しに来た」
「残念だが私は死なないよ。君もこの世界の最後の情景をもう一度、深く其の目に焼き付けたまえ」
男の挑発に乗り、今にも飛び出そうとしていた刹那の手を握り、オレはスーツの男に質問を投げかける。
「なぜこの世界を消すんだ。理由は?」
「世界を消すのに理由がいるのかね?
私には力がある。だから消す。それだけだよ」
「そんな勝手な理屈、許されるワケがないだろ」
「もういい、時間がない。斬る」
「待て! 最後に一つ、聞きたい。オレの故郷、地球はまだ存在しているのか。教えてくれ、頼む」
「答えてやる義理はないが、君の熱意に応えよう。地球は私の担当ではない。したがって私は消していない。この答えで不服ならば、もう一言プレゼントしよう。仮に地球が消滅していたら、犯人はその担当官、君達がアレと呼んでいる存在の仕業だ。お役に立てたかな?」
「──黒の弾丸」
居ても立っても居られないといった様子で刹那が魔力の弾丸を撃ち放つと同時に飛び出し、一気に距離を詰め袈裟斬りに斬りかかる。魔力と斬撃による多重攻撃が男を襲う。
「無駄だと言うのが理解できないとは、まっこと人間とは愚かな生物だな」
魔力の弾丸は男の体に到達する前に消滅し、振り下ろされた刃は肩先で壁にでも阻まれるかのようにして静止している。
「黒炎火葬!」
空中で静止した刀を放り投げ、刹那は暗黒に蠢く獄炎を召喚した。漆黒の炎が男を包み、周囲一体を黒が侵食していく。
「これだけの熱量を個が生み出せるとは大したものだね。
君としては、私を骨の髄まで焼き尽くせば倒せると考えたのかね? あるいは窒息することに賭けたのか。どちらにしてもこんな手段は無意味だ。とうの昔に我々自身が試しているよ。
よって、君がしていることは、ただのエネルギーの無駄遣いだ!」
男は燃え盛る炎を手中に収め、刹那に向けて逆噴射する。
自身が放った炎に包まれながら刹那は大地に倒れた。
倒れた刹那を見つめながら男は嘲笑する。
オレは拳を握り込み、男の顎先にアッパーカットを打ち込んだ。
「なんと! これは痛みか? 生の感覚、殴られる感触……」
殴られた男が驚愕の声を出す。
オレの拳は男の体にダメージを与えた。
続けて繰り出したジャブ、ストレートが顔を打ち、腰を捻り、溜めを効かせたボディーブローが深々と男の腹部に突き刺さる。
「グッ、オオッ! 君は中々に見込みがあるな。
私の体にダメージを通すか! 人間の域を半歩超えたか……だが残念、私を倒すにはまだ早い。ではまた会おう!」
男が指を鳴らすと天が裂けた。
海水が一瞬にして蒸発し、大地が浮き上がり、そこかしこから光が溢れ出す。
「刹那! 大丈夫か!?」
「私は、無力だ。救えなかった、二度も……」
オレと刹那は世界が壊れていく様子をただ見ていることしか出来なかった。
「やはり運命を変える事は不可能でしたか。
何度見ても嫌なもんだな……世界の終わりは。
許せねぇよな、化け物共がよぉ……。
空の空間に戻りますよ」
滅びゆく世界に突如現れたミカが、オレと刹那を再び未来へと連れ戻す。
◇ ◇ ◇ ◇
「楽しかった? じゃあノノにも立場ってものがあるし、さっさと殺りあってくれる?」
三人が過去から帰還するや否や、待っていましたとばかりに手を叩き、ノノがミカに向けて指令を出した。
「わかりました……とでも言うと思ったかよ! 化け物が!」
ミカの怒声に意表を突かれたのはノノだけではなく、オレと刹那も同様であった。
「おい、あんたら、先行きな。こいつはアタシがブチノメス。
……次にまた会う機会があれば、アタシも、この化け物共を滅殺するのに協力してやるよ。気をつけてな」
「わかった、ありがとう。神様!」
オレは放心状態の刹那を抱きかかえ、その場を後にした。
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