不可能殺しの黄金律
──昔から嫌いな女がいる。
そいつは常に真面目で律儀で優しくて、品行方正を絵に描いたような奴だ。オマケに美人ときたら言葉もないね。
僕はと言うと正反対。
何をやっても中途半端で投げやりで、新しいことに挑戦するよりも、そこから逃げ出す口実を先に考えるようなタイプ。
正直、そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。
自分が嫌な理由を挙げ出したらキリがない。
友達と話してるとき「だよね〜」とか「わかる〜」なんて、思いもしてないのに心のない相槌を打っている自分も嫌だし、毎日毎日同じ仕事を機械のように繰り返す自分も嫌いだ。
だから僕はその全てをやめることにした。
自分が作った闇の世界に引きこもり、ただただ延々と時を過ごすことにした。
人生を無駄にしても良かった。目的なんて必要なかった。
自分を嫌いなまま生きるより、安らかな永遠の眠りにつければそれでいい。
だけど運命なんて皮肉なもので。
──僕は死ねなかった。
どうやら僕は不滅の化け物らしい。
存在するのに存在しない、不死身で無敵で異常な怪物。
人間は死んでしまうから生きるのだと聞いたことがある。
じゃあ僕は何のために生きているのだろうか。
目的も死もない時間の中で、僕という存在は何のために生かされているというのだろうか。
考えても考えても答えがでない。
例え無限にある時間の最果てまで辿り着いたとしても、僕には答えを見出せる自信がなかった。
「大丈夫? 最近みかけないから心配になって来たの」
僕の大嫌いな女がやって来た。
人を寄せ付けたくないから壁を作ったというのに、アイツは無神経にも僕の心を踏み躙り、あまつさえ哀れみの言葉を投げかけてきた。
大方、僕が引き籠ったと聞いて説得に来たんだろう。
周囲の心象をよくするための点数稼ぎのためにでもするつもりだ。僕のことなんて、道端の小石程にも興味がないくせに。
「何か悩みがあるなら聞くよ? 話したらスッキリすることもあると思うの。だから遠慮しないでワタシに打ち明けて?」
キライだ、嫌いだ、大嫌いだ。
闇の世界を明るく照らす綺麗な長い金髪も、全てを見透かしてくるような紅い瞳も、偽善的な話し方も、全てを包み込むような暖かさも。何もかもが僕を苛立たせる。
「なんでもないよ。来てくれてありがとう。僕のことなら心配いらないよ」
こんな時でさえ本音で話すこともできない自分に反吐が出そうになる。
今はただ、放っておいて欲しいのに「帰ってくれ」の一言も言えないなんて。僕はなんて情けないやつなのだろうか。
「本当に? これからも同じもの同志、仲良くしようね!
あっ! それと報告なんだけど、実はワタシね……」
アイツが何か言っているけど、もう僕の耳には届いていなかった。
……意識が闇に飲まれていく。
◆ ◆ ◆ ◆
どれだけの時が経っただろうか。
もう時間の感覚さえもわからなくなった。
どこまでもどこまでも、永遠に続く砂漠を歩き続けている気分だ。
「おい、オイッ! いい加減起きろよ。オレが来てやったんだぞ」
虚い彷徨っていた感覚を強引に揺り起こしたのは不躾な怒声。
どうして僕を放っておいてくれないのだろうか。
どうして皆んな親切なフリをしたがるのだろうか。
「あぁ、君か。何しに来たの」
「理由なんてねーよ。オレはオレが来たいから来ただけだ、悪いか!」
どこまでも偉そうに話しているけど、悪い人ではない。
彼は昔から強引でワガママで、自分の好きなように人生を謳歌している。羨ましいけど、僕には一生真似できないだろうな。
「相変わらず暗いな、オマエ。カビ生えるぞ?」
豪快に明るく笑う彼の笑顔は闇の世界には眩しすぎる。
僕が闇なら彼は太陽だ。
あの女と違って彼には打算も計算も表裏もない。
彼になら僕の悩みを打ち明けられるかもしれない。
「ねえ、僕たちってさ、なんで生きてるのかな」
問いかけてもきっと返事は来ないだろう。
答えが出るような問題ではない。でも彼にはどこか期待してしまう。
「あ? そんなもん、理由なんてねえよ。考えることじゃないだろ。オマエ、息する理由も考えて生きてんのか? いつまでもウジウジウジウジしてないで、さっさと出てこいよ。ほれっ」
ニカッと笑い、彼は僕に手を差し出した。
僕はこの手を取るべきだろうか。
僕にその権利があるのだろうか。
「……理由がわからないなら、とりあえず生きとけ。
死んだら答えも出ないだろうがよ。一人で考えるのが嫌なら、これからはオレが傍にいてやる。オマエは黙ってオレを信じろ。な?」
自然と涙が溢れ頬を伝っていく。
僕は彼に今、生かされたんだ。
もう僕は大丈夫だ。
◆ ◆ ◆ ◆
「ねえ、僕たちってさ、何で存在してるのかな」
隣にいる彼に僕は問いかける。
きっと彼は最初は面倒くさそうに「あ?」とでも言うだろう。
でもすぐに真剣な表情で答えてくれる。
僕はこのやり取りが大好きだ。
何度でも何度でも繰り返したい。
普通は永遠なんてないのかもしれない、でも僕達は違う。
不老不死って最初は嫌だったけど、その点に関しては僥倖なのだ。
「あ? あー、そりゃオマエ、オレ達がいないと世界……というよりは宇宙……が成り立たないからだろ。詳しい事はわからん」
「そっか! だよねー!」
答えなんてどうでもいい。
彼と一緒にいることが何よりの幸せだから。
「あ!? オレがせっかく答えてやってんのに、少しはありがたく思いやがれ!」
だから……どこにもいかないで。
「んふふ。ありがたいですよー! キミが隣にいてくれるだけで、僕はさいっこうに幸せだからね!」
……ずっとそばにいて。
「オマエ、そんな恥ずかしいことよく言えるよな。まぁ、性格も明るくなったし、良しとしてやる」
永遠の時を……いや、例え永遠が終わったとしても……。
ずっと、ずーっとね。
◆ ◆ ◆ ◆
闇の中、横たわる彼の手を必死に握る。
彼の表情は青ざめ、今こうしている間にもどんどんと手の感触が冷たくなっていく。
「なんでだよ! 僕達は死なないんだよね!?
僕達を殺すことは神様でも不可能だって言ったじゃないか……」
「そうだと……思ってたんだが…………な。
どうやら、オレは殺されたらし……」
絞り出すかのように彼は言葉を紡ぐ。
その表情は辛そうで切なそうで、とても見ていられなかった。
「ねぇ、嘘だよね? 僕を置いていなくなったりしないよね……僕を一人にしないでよ……」
彼は何も答えない。答えることができないが正しいだろう。
彼の指先から光が漏れ出す。
彼の肉体が、精神が、徐々に粒子となって天へと昇っていく。
「もうやだ、どうして……ねぇ、答えてよ。
いつもみたいにさ、僕達ずっと一緒だよ……ね」
「……あ? 当然……だろうが。…………あの女、許してやれな。オマエはアイツに憧れてんだよ……だから、ゆ……」
彼の全てが、この世から完全に消滅した。
ああ、駄目だ。僕は壊れない。壊れなんてしない。
せっかく彼が僕を生き返らしてくれたのに、ここでまた死ぬわけにはいかない。
「待っててね、必ずみつけるから。……全部」
不可能を殺した奴がいる。不可能を殺す方法がある。
僕は自分の全存在を賭けて誓う。
僕は絶対に諦めない。
◇ ◇ ◇ ◇
空は鮮血のような赤い色。
月と思しき惑星が七つ直列に並び、暖かくも冷たくもない風が不規則な旋律を奏でながら通り抜けていく。
「目が覚めたか? これがこの世界の夜らしい。風情があるとは言い難いな」
小高い丘の上でオレは刹那に膝枕をされる形で介抱されていた。
「──ッ!? あの男は!? オレは死んだのか?」
「落ち着け、ちゃんと生きている。
白衣の化け物を倒したのは、お前だ。
私はただ一時的に隔離しただけ。数刻か数日でこの世界に戻ってくるだろう」
「オレが……倒した?」
刹那に言われたオレは自身の両手をまじまじと見つめる。
男と交戦してから先の記憶が無く、勝利の実感がなかった。
「やはり自覚がないのだな。お前の体が雷に包まれた後、お前は変貌した。男を圧倒し、蹂躙し、叩き潰し、終いにはあの化け物が恐怖に慄いていた。お前、本当にただの人間か?」
刹那の口調はどこか優しい。
問い詰めるでも訝しむでもない声音を聞いて、オレはようやく緊張状態を解くことができた。
「夢をみていたんだ。すごくリアルで、苦しくて、辛い夢だった。夢というよりは誰かの……記憶?
きっとオレが突然意識を失うのも何か関係があるんだよ。
オレは奴等の仲間か、生まれ変わりかもしれない」
オレは先程まで見ていた夢のことを思い出していた。
夢にしてはあまりに生々しくリアルだったこともあり、過去の体験を振り返っていたような気になっていた。
「生まれ変わり? バカバカしい。
お前は力を行使したというより、力に支配されていた。
本当に生まれ変わりなら、自らの力に飲まれたりはしないだろう。ただの思い過ごしだ」
言葉遣いこそ荒々しいがオレの顔を覗き込む刹那の顔は聖母のような慈愛に満ちていた。
「……あんた、優しいんだな。それに綺麗だ」
「突然何を言うかと思えば、戯言を抜かすな」
少し面倒くさそうに言い、刹那が顔を逸らす。
「…………ごめん、でもそう思ったからさ。刹那も、アレと契約したって? やっぱり突然現れていきなり契約されたのか?」
「私の場合は自らの意思だ。好き好んで契約したわけでない。あの時は、仕方なかった」
「そうか、色々あるんだな。アナタを喰べます! とか言われただろ?」
「あぁ、言われたな。『約束を守らなければ、アナタを喰べます!』 ふふ……今思えば完全に笑い話だ」
ふっと自然に溢れた刹那の笑みを見て、つられるようにオレも微笑む。
「初めて笑ったな。やっぱり綺麗だよ、すごく」
「……私を女扱いするな」
「でも顔、すごく赤くなってるぞ?」
「五月蝿い! 人の顔をいちいち覗き込むのでない、鬱陶しい」
「わかったよ、すぐ怒るんだから。それよりさ、戦闘中なんかボソボソ言ってたろ? 何を言ってたんだよ」
「……奴らの正体について考えていた。まるで得体が知れない。
怖気が走る程に不気味で、私が倒した神々が可愛く見えるほどに強い。過去に実体を持たない炎の精や、生命を持たない無機物の魔物とも戦ったことはあるが、それらとは根本からまるで違う」
「でも、さっきの奴は倒せたろ? なんとかなるんじゃないかな」
「正確に言うと倒せたとは言えない。殺すことも出来なかった。それに私の推測では白衣の化け物は戦闘能力的には最下層の部類だ。
お前が連れていた少年のほうが私は数倍以上強いと感じた」
確かに白衣の男からは得体の知れない狂気は感じ取れたが、ソレが怒りを露わにしていたときに放っていた強烈なまでの殺気、恐怖をオレは感じていなかった。刹那の判断は正しいだろう。
「あいつはソレっていうんだよ。少年か少女かわからないけどな。そういや刹那はぶっ飛ばされてたっけ」
「……思い出したくもない記憶だ。お前のほうがアレと行動するようになって長いのだろう。何か情報はないのか、奴らを倒す方法を見つけなければ、この先、厳しい戦いになるぞ」
オレは過去を振り返り、アレとソレの言動を思い出す。
「不死身で無敵で、人間には理解できない名前をしている。
知る時がくれば自然とわかるらしい。
あとは空間を切り裂いて色んな場所に移動できるみたいだな」
「期待した私がバカだった。全く役に立たない情報だ」
刹那にバッサリと切り捨てられる。
仕方がないといえば仕方がなかった。ソレは別として、アレは情報を隠している節がある。何か答えを出すにしても、判断材料が少なすぎたからだ。
「しょーがないだろ! 無茶苦茶な存在なんだから。
オレの家を地球から切り離すし、突然契約とか言い出すし、とにかくやることなす事、全部、滅茶苦茶でさ」
「……それに、世界を消すこともできる」
「世界を消す?」
「私の故郷は消滅した。アレの仲間の手によって消されたのだ。
私は世界が消える瞬間にアレと契約を交わし生き伸びた」
「もう勇者ではないって言ってたのは自分の世界が消えたからか? でもそんなことって……」
「ありえないか? だが事実だ。奴らは感情もなく、平然と人の命、世界を消せるのだ。それも一瞬でな」
「じゃあ白衣の男が言っていた、オレの故郷の地球が消されたってのも事実かもしれないんだな」
「可能性がないわけではないが、わからないことを今は考えるな。お前は黙って前を見ていればいい。ソレの希望になってやれ」
刹那の言葉を聞いてオレは前向きに考えることにした。
今のところ確認のしようがない地球の安否よりもソレを救出する方が先だという結論を出す。
「私にも希望はある。奴らを殺す方法があるのだろう? 私はその方法を突き止める。そして私の故郷を消した男に必ず復讐する」
「そうだな……できることから、やっていこう。
まずはソレの救出だ。これからは二人、協力して進もう。
何かあれば刹那もオレを頼ってくれ。できることは何でもするからさ」
オレの言葉に刹那は静かに頷いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




