エワンドリ攻防戦
『ここがワタシ達の世界、空の空間です』
白色の大地、紫の空、真っ青な樹木に、銀色の川。
オレがアレに連れてこられた世界は全てにおいて不可思議で出鱈目だった。
目がチカチカとなるようなサイケデリックな光景は、子供が描いた落書きのようでもある。
「世界が狂っている。何もかもが異常で頭が変になりそうだ」
オレは頭を抱え地面に膝をつく。
アレは不憫に思ったのか、静かに歩み寄り優しい手つきで背中を摩る。
『それは心がないからでしょう。
元々世界なんてワタシ達には必要がないのです。それを急拵えで考えもなしに生み出した結果がこれです。
こんな世界なら最初から作るべきではなかった』
オレは異常な光景に慣れようと周囲を見回した。
しばらくすれば馴染むだろうとオレは考えていたのだが、どうしても脳が理解することを拒絶する。
「くそ、頭痛が酷い……ソレはこの世界のどこにいるんだ」
『恐らく、この世界で唯一機能している中枢施設に囚われているはずです。この道を真っ直ぐに行くと巨大な建造物が見えてきます。とりあえずはそこまで移動しましょう』
オレとアレは毒気の多い道程をひたすらに歩く。
目に入る全てのものが異質で、事あるごとにオレは吐き気を催しそうになる。
それでも気を張り、歩みを進めていると世界にけたたましい警告音が鳴り響いた。
【侵入者あり! 侵入者あり! 直ちに対処せよ】
『気づかれましたね……ワタシが注意を引くのでオレは施設に侵入、ソレを救出してください。もし誰かに見つかっても決して戦いを挑んではいけません。身を隠すか全力で逃げてくださいね』
「……善処するよ」
簡単に言葉を交わすとアレはすぐに姿を消した。
オレは大地を蹴って全力で走り出す。
遠方から爆発音や炸裂音が聞こえて来たが、振り返ることなく走り続けた。
「──よう、久しぶりだな。人間」
不意に話しかけられたオレは足を止める。
前方に立ち塞がっていたのはソレを連れ去った白衣の男だった。
男は腕組みをしたまま不敵な笑みを浮かべている。
「お前……今度は負けないからな」
「よせよ、熱苦しい。俺はただ頼まれたからソレを連れてきただけだ。仕事だったんだよ」
「ワケのわからないキャラは卒業したんだな」
オレの皮肉に白衣の男は膝を叩いて笑いだす。
しばらくすると男は笑うことをやめ、今度は冷めた表情で嘆息する。
「生きてる意味もわからないまま死なずにいるとよ、たまに理由もなく壊れたくなるもんさ。人間にはわからんだろうがなぁ」
言いながら退屈そうに欠伸を一つ。
感情の起伏が激しい男の態度に困惑しつつも、オレは質問を続ける。
「ここに来た理由は何だ、目的がないなら通してくれるよな」
「理由か、強いて言えば、この世界に人間が入って来たのは初めてのことでな。どんなやつか見に来ただけだ」
「だったら黙って通してくれるんだな?」
「あぁ、いいぜ、いけよ。俺の考えが変わらんうちにな」
オレは警戒しながら白衣の男から遠ざかり、ゆっくりと慎重に歩を進める。
男を通り過ぎてしばらく経ったが、追ってくる様子はない。
一息ついて気を抜いた瞬間、汗が滝のように流れ落ちた。
対峙しただけで極度の緊張状態に陥る。
オレは改めて人外の男の恐怖を認識した。
【15番応答しろ。15番聞いているのか】
「なんだよ、うるせーな。殺すぞ? 死なないけどな。でも殺す」
オレの背後で白衣の男が喚き散らしている。
嫌な予感がしたオレは歩く速度を上げ、少しでもこの場を速く過ぎ去ろうと走り出した。
「あぁ、オウ。わーったよ、殺せばいいんだな、スグにやる」
オレの耳に届いた会話の内容は穏やかではなかった。
会話が途切れると同時に雷が落ちたような爆音が轟く。
稲光が天を照らし、後方から凄まじい風切音が迫ってくる。
「よう、また会ったな、人間」
「嘘だろ、さすがに嘘だよな……」
オレの前方に白衣の男が先程と同じ形で立ち塞がる。
遥か後方にいるハズの男が目の前にいる。
信じ難い光景だが現に目の前に存在しているのだから、受け入れるしかなかった。
「あーらら。……残念無念、針の筵の袋の鼠よ! 君の命運はこれにて終着、ここであったが百年目! なんてな。──死んどけ」
男が突き出した右腕から閃光が迸る。
放たれた光は雷、周囲の大気を焼け焦しながら迫る迅雷を目にしたオレは死を覚悟した。
「ごめんな、ソレ。やっぱ無理だった」
斬撃
一閃
オレに向かって飛んできていた紫電は両断され、行き場をなくした雷光が大地を抉り、爆炎を巻き上げる。
周囲一帯を煙が包み、視界が限りなく零に近くなる。
手探りで煙の中を駆け抜けると、一つの人影がオレを迎える。
黒の鎧に漆黒の髪、妖しく光る黒刀を手に立っていたのは紛れもなくオレの記憶に残っている人物であった。
「お前……あの時の女勇者」
「もう私は勇者ではない、ただの女だ。……助けに来た」
女勇者が冷たい口調で呟く。
「あんた、どうやってこの世界に来たんだよ」
「私の名は刹那だ、覚えておけ。私もアレと契約したのだ。お前を守れと頼まれてきた」
オレの質問に刹那は端的に答えると視線をすぐに白衣の男へと向ける。
「なんだよ、やるのか、やんねーのか、どっちだ鎧女」
「少し待て。どうしても、やらねばならないことがある」
刹那は白衣の男に断りを入れ、オレに向かって振り返り、拳を天高く突き上げる。
「この、馬鹿者ー!」
豪快かつ大胆に刹那はオレの頭部をぶん殴った。
「痛えな! オレかよ? なんでだよ!?」
「今のは諦めようとした罰だ。何がごめんなだ。中途半端な覚悟でここまで来たのなら、あの男より先にまず、お前を斬る」
「すまないオレが悪かった。もう絶対に戦う前から諦めるなんてしない。だから、許してくれ」
「少しはマシな顔になったな、やるぞ」
「おう!」
「やっぱ人間ってのは理解不能だな。これから死ぬってのによ!」
雷光を拳に纏い、飛び出してきた男に向けて刹那が剣を振ると、白衣の男の身体は意図も容易く分断された。
「オ、ゴッ──!? てめっ……」
斬られた肉体が瞬時に再生する。
白衣の男は体勢を立て直すと即座に跳躍、天高く舞い上がると両手を突き出し、稲光を収束させていく。
「──黒の弾丸」
男が次の攻撃を繰り出そうとするのを刹那は許さない。
指先から撃ち放たれた無数の漆黒の弾丸が上空にいる男を捉え、稲光ごと男の身体を吹き飛ばしていく。
「アガッ……!? なんだこいつは、この威力は……人間が、調子に乗グォォォ──??」
男が言い切るよりも速く、刹那は追撃に動いていた。
男が飛んだ距離よりも遥かに高く跳躍し、落下する勢いを乗せた痛烈な蹴りを顔面にお見舞いし、大地へと吸い寄せられていく男に向かい剣閃を走らせ、粉微塵に細断していく。
「いや、強すぎるだろ。
オレとやったときは手を抜いてたんだな……」
大地に着地した刹那にオレは呆れ顔で聞いた。
刹那は黒刀を鞘に収めながら真っ直ぐにオレを見つめる。
「いや、あの時のお前は確かに強かった。
私の攻撃を確実に躱し、的確にダメージを与えてきた。
今の軟弱な姿とはまるで別人のようだった」
「…………そりゃどうも」
「クソがァ! ザコのボケ共がァァ! 殺す、絶対に殺す……」
刹那に斬り刻まれた筈の男が、目を血走らせ激昂している。
粉微塵にまで斬り裂いても死なない男を見ても、刹那は顔色一つ変えない。
「やはり死なないか。聞いてはいたが、厄介だな。
再生というレベルではない、事象のような存在か。
いや、だとしたら質量を持っているのはおかしい。
何かあるはずだ、奴らの秘密が……」
「どうすんだよ、さすがにどうしようもなくないか?」
「オレ……だったな。少しばかり時間を稼いでくれ。今から使う技は魔力を溜めるのに時間が掛かる。倒せないのなら隔離する」
「……マジ?」
「私は常に真剣だ。五分でいい、頼む」
「五分も、だろ。わかった、やってみる」
「臆するな、躊躇うな、敵を見据えて前に出ろ」
刹那に言われたオレは拳を握り、白衣の男と向かい合う。
「なんだよ、今度は正真正銘の人間のお出ましか。死ねや!」
オレは男が矢継ぎ早に撃ち放つ紫電を掻い潜り、懐に潜り込んだ所で全身全霊の力を込めた一撃を叩き込んだ。
「お前、可哀想だよな。ある日、突然監禁されて、故郷を消されてよぉ。惨めで哀れな人間がよぉ」
男は平然とした様子で言葉を紡ぐ。
オレがいくら拳を打ち込んでもダメージを受けていない。
「もういい、喋るな。お前の話には聞く耳もたない」
「そうかよ、つまんねーやつ。じゃあ死んどけ」
男は吐き捨てるように言いながら、両手に集めた電撃を一度にオレへと放出した。
雷が直撃し、凄まじい威力の高電圧がオレの身体中を駆け巡る。
「人間が、調子に乗ってるからだよ、俺は強い!
強いんだよ! わかったかゴミ、次はあの女を殺す」
「あ? 調子に乗ってるのはテメーだろうが」
「なんだぁ? おい、嘘だろ……俺は全力で撃ったぞ……」
声に釣られて振り返った白衣の男が驚愕の表情を浮かべる。
たった今最大出力の電撃で葬ったはずのオレが無傷で立っていたからだ。
「……死ね」
オレの肘鉄が白衣の男の鼻柱を直撃し、へし折り、流れのままに繰り出した裏拳で身体ごと吹き飛ばす。
オレは飛んでいく白衣の男に追い付いて、背中から蹴り上げる。男の身体はゴム毬のように飛んでいき、何度もバウンドしながら地面に倒れた。
「人が……変わった。やはり、あいつにも何か秘密がある。
チッ、化け物だらけだな」
白衣の男が倒れるのを見ながら刹那が呟いた。
「ザコはどっちだ15番、ケンカ売る相手を間違えたな」
鬼神の如き速さでオレは疾走り、白衣の男に馬乗りになり、そのまま顔面に強打、痛打、連打の嵐。
軌跡すら追えないほどの怒涛の乱打に男の顔面は再生が追いつかず、見るも無惨な姿となっていく。
「お前……死んだはずだろ……悪がったよぉ、許じでくれぇ……アンタの事は昔から尊敬してだんだよ、あんたと俺じゃ格が違うじゃないか、、、俺なんかが勝てる相手じゃないんだよぉ、後生だから許じでぐれよぉ。怖い……怖いよ……だすけ、て」
泣き喚き、命乞いをする男にトドメの一撃を叩き込もうとしたオレの腕を刹那が掴む。
「そこまでだ、あの男はもう戦意を喪失している。
後は私に任せろ。誰かは知らないが、オレに身体を返してやれ」
刹那が言うと同時にオレは力なく地面に倒れ込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。