9.ファナン視点
勇者視点
魔王級の討伐に成功。
その事実は大々的に公開され、瞬く間に各国の王都から広がっていく。
「……は? 何よ、それ……」
ファナンは唖然とした様子で呟いた。後ろでは、ビリィ、ララ、ミズリーナも動揺している気配がする。
「は、はい……ニースチェン皇国に、漆黒のオーブが献上されたとの話が」
「ウソよ!」
叫ぶと同時に、目の前のカウンターに拳を叩きつける。
打撃音に身を竦める受付嬢。それだけでは、ファナンの怒りは収まらない。
『勇者パーティー』であるファナン達は、先程ルイドンに着いたばかりなのだ。
魔王級の討伐どころか、誕生すらも聞いていない。
そもそも、近くの村が一気に荒らされて、初めて魔王級の誕生に気づくものだ。
そのような噂は、魔物狩りに出る数日前にはなかった。
「ねぇ、一度ぉ、落ち着きましょうぉ?」
「何でよ、ミズリーナ!」
「周りをぉ、よく見てぇ?」
小声で囁かれて、ファナンはやっと気がついた。騒ぎを起こした所為で、周りの冒険者の目がファナン達に集中している。
いつもなら賞賛の熱い眼差しが、疑惑の冷たい眼差しをしていた。
「あれ、『勇者パーティーの』……」
「でも、黒オーブだろ? 魔王級以外ねぇって」
「あの子達は知らなかったみたいね」
「じゃあ、本物がいてあいつらは偽物?」
ひそひそと、仲間同士の話し合い。だが、自分への批評というのは大きく聞こえるものだ。
ミズリーナが止めるはずだ。これ以上、事を大きくするべきでは無い。
悔しさに唇を噛み締めながら、つかつかと出口に向かう。背後からの視線がさらに苛立たせた。
先に取っておいた宿の一室。入るや否や、ビリィが枕に拳をめり込ませた。
「クソが! どうなってやがる!?」
「あたいが知りたいわよ!」
部屋に入るなり、不穏な空気が一気に吹き出す。ララとミズリーナは口論に入ってはいないが、不機嫌そうにベッドに腰掛けた。
「意味がわからないの!」
「アタクシもですわぁ……もおぉ! ゴミ処理をぉ、オリーブ様にぃ、見られてからぁ! 何もかもぉ、上手くぅ、いきませんわぁ!」
「それよ! そうに違いないわ!」
「クッソ! あの女!」
「死んでまで忌々しいの!」
ミズリーナの呟きに、他の三人が同意の声を上げる。
そうだ、全てあの女が悪いのだ。
地味な田舎娘の癖に、オリーブの愛を一心に受けていたなど、不相応だった。
四人がパーティーを組んだのは、三年前だ。
親が冒険者で自然とその道を辿ったファナン。
高みを目指して修行の旅に出ていたビリィ。
各地に眠る魔法の研究をしていたララ。
女神教の更なる躍進の為に巡礼していたミズリーナ。
冒険者ギルドで出会った新人の四人は、すぐに意気投合してパーティーを組んだ。全員の能力が高いこともあって、どんどん功績を上げていく。
そこに加え、人よりも美貌があると自負している四人は、余裕が出来たことで異性関係も派手になっていった。
楽な仕事を片付けて賞賛を受け、好みの男性と遊ぶ。
愉悦の日々は、自分達が特別だという自信に繋がった。
それが正しかったと、女神教の神官達から通達を受けた瞬間に強く感じた。
やはり、自分達は選ばれた優秀な人材だ。
その国の王から謁見の申し出に移動しながら、悦に浸る。だが一つ、懸念事項があった。
もう一人、選ばれた人材がいるらしい。名前はオリーブ。
今の完成されたパーティーに異分子が入る事に、難色を示した。
今更、下手な人材は邪魔なだけ。一度会って気が合わなければ、仲間外れにして無視してしまおう。
内緒話で決まった事項は、見た瞬間に粉々に砕け散った。
あまりにも美しい青年だ。
名前の通りの髪は艶めいて肩に流れ、表情を作っていない顔は人形と見間違いそうな程に端正である。
神が作り上げたといっても過言ではないエルフを前に、今まで遊んだ男達がゴミ屑に思えた。
絶対に手に入れる。ファナンはそう強く決意した。同じ思考の仲間達も、オリーブに目をつけたらしい。
再び四人で話し合い、誰を選んでも恨みっこなしと同盟を組んだ。
誰もが、四人の中から選ばれると確信していた。
しかし、予想に反してオリーブは全く靡かない。
婚約者がいると、見え透いた嘘をついてはぐらかす。
身体を擦り寄せても、夜に下着で迫っても、手を出してくる様子が全然ない。
無理矢理に既成事実を作ろうとも考えたが、女の魅力が負けた気がして嫌だった。
塩対応のオリーブに焼きもちし、魔王級の討伐など頭の片隅に追いやっていた。
一年経っても、オリーブは誰にも惹かれていない。そんな時だった。
「ヘレナ!」
とある街で出会った行商人達。その中の一人を、オリーブは飛びっきりの笑顔で抱きしめた。
垢抜けない、地味な田舎娘。立場も弁えず、オリーブの愛を受ける女。
糾弾すれば、その女の為にオリーブはパーティー離脱を宣言してファナン達から離れていった。
許せるわけがない。四人の気持ちは一つになった。
すぐに策を考え、動く。近くの教会に駆け込み、現状を告げた。
この辺りを担当する下っ端神官に、ファナン達の味方は多い。加えて、教義に忠実。予想通り、即座にオリーブの説得へ向かった。
その間に、田舎娘を捕獲に移る。
タイミングよく、少し前に違法なアイテム袋を手に入れていたのだ。
濁った留め具のそれは、生きた物を入れる事ができる優れ物。闇市にでも高く流そうとしていたが、役に立った。
死とは縁遠い行商人など、隙だらけだ。一人の時に無理矢理アイテム袋に入れ、その場を去る。
高位神官の介入により、積極的なアプローチと引き換えにオリーブは残ることになった。
その不満も込めて、捕らえた田舎娘を甚振り続ける。
オリーブにバレないよう夜に人目のない場所で、女として、人として、全ての尊厳を奪う暴力行為。ファナン達に何もかも劣る癖に、オリーブの愛を受けるなど言語道断だ。
許しを懇願する女。だが、オリーブと別れろと言ってもそれだけ縦に振らない強情な女。
ミズリーナの回復魔法で、死の淵から何度も救っては痛めつける。
まさか、ものの数ヶ月で見つかるとは思っていなかった。
ギルド長がファナン達を捉えて教会に突き出した。
しかし、あの女が魔物と判断したと口裏合わせを告げれば、神官達は信じて情報を握りつぶしてくれた。
邪魔者はもう居ない。オリーブと愛を育んでいける。
そう信じていた四人を待ち受けていたのは、狂ったオリーブの裏切りだった。
自分達に弱体化、敵に強化を掛けて高笑う様が頭から離れない。
幸い、魔物が真っ先にオリーブを狙ったおかげでファナン達は逃げきれた。
美しい自分達よりもあの女がそんなにもいいのかと、もはや怒りしか湧いてこない。
憤怒のまま、出会った魔物を狩る。
ルイドンに着いてからも、先に進まずに山に戻ってはオリーブを探した。一ヶ月が過ぎ、生存が絶望的な状況。
流石に諦めるかと、少しの収穫と共に帰ったところだった。
仲良し四人組()