245.
闇の中を進む。
聴覚を捨てたガイアスの世界は、静寂そのものだ。
だが、今の彼にとって「音」は不要な情報でしかない。
振動、殺気、空気の揺らぎ。
それらが皮膚を叩く感覚だけで十分だ。
ズズズズズ……。
気配が膨れ上がる。
先ほどの単眼悪魔とは比較にならない数だ。
百、いや二百か。
奈落に巣食う魔物の群れが、新たな獲物――ガイアスを嗅ぎつけ、四方八方から包囲していた。
以前の彼なら、絶望していただろう。
視界の効かない暗闇で、数の暴力に晒される恐怖。
どこから爪が飛んでくるか分からない不安。
だが、今は違う。
(……遅い)
ガイアスには「視」えている。
奴らが筋肉を収縮させ、地面を蹴り、飛び掛かってくるまでのプロセスが。
そして、その結果として描かれる数秒後の未来が。
右後方から、狼型の魔物が三体。
左前方から、大蝙蝠の編隊。
頭上から、粘液を垂らす軟体生物。
奴らはガイアスを「視」て、攻撃を仕掛けてくる。
眼球という不完全な器官で彼を捉え、その情報をもとに脳が指令を出し、肉体を動かす。
そのプロセスには、コンマ数秒のラグがある。
対して、神眼を開いたガイアスは「未来」にいる。
奴らが動こうと決断した時点で、彼の中では既に回避と反撃が終わっているのだ。
ヒュンッ!
ガイアスは半歩、右足を引く。
直後、彼がさっきまで立っていた空間を、鋭利な爪が通り抜けた。
ガイアスはそのまま、何も無い虚空へ向かって裏拳を放つ。
ドゴォッ!
そこには誰もいなかったはずだ。
だが、彼が拳を置いたタイミングに合わせて、狼型の魔物が自ら顔面を突っ込んできた。
まるで、当たりに来たかのように。
(次は左、角度30度、距離2メートル)
思考すら置き去りにする速度で、神眼が情報を処理していく。
ガイアスは舞うようにステップを踏み、最小限の動きで死角へ潜り込む。
魔物同士が激突し、混乱する群れの中、彼は淡々と作業を進める。
急所を貫き、首を折り、心臓を潰す。
視覚に頼る魔物たちには、ガイアスの動きは残像にしか見えないだろう。
いや、残像すら捉えられていないかもしれない。
奴らが攻撃しているのは、数秒前の彼の「過去」だ。
「――――」
声なき断末魔が積み重なっていく。
数など関係ない。
未来を掌握された時点で、奴らに勝ち目はなかったのだ。
数分後。
ガイアスの周囲には、動くものは何一つなくなっていた。
屍の山が築かれているが、彼の身体には返り血ひとつ付着していない。
血が飛ぶ軌道すら、視えていたからだ。
ガイアスは自身の掌を見つめる。
肉眼では見えない闇の中、しかし神眼は、その掌にある手相の一本一本までを鮮明に捉えていた。
(行ける。この力があれば……)
ガイアスは拳を握りしめ、さらなる深淵へと足を踏み出した。
目指すは地上。
そして、邪竜帝の首だ。
【おしらせ】
※1/30(金)
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