122.弟、リーダーとしての務めを果たす
転生勇者ユリウスが、弟のガイアスを励ました。
それから数時間後。
対校戦2日目。第一競技が始まろうとしている。
『2日目第一競技は【トライアスロン】でぇす!』
ガイアスたちがいるのは、帝国北部に広がる大海原だ。
代表選手は水着になり、砂浜に立っている。
『トライアスロンは①遠泳②長距離走③長距離飛行、その3つの種目を順々にこなしていって、最終的にゴールテープを切った順番で競技の順位が決まりまぁす』
「いやいやいや! ちょっとまちたまえ! 理事長!」
異を唱えるのは、帝国学園の主将、アンチだ。
「1つめと2つめはわかるよ! 3つめの長距離飛行ってなんだね!?」
『文字通り飛行魔法を用いてゴールまでたどり着いて貰うだけですがぁ?』
「魔法……魔法の使用が許可されるのかね?」
アンチの質問に、理事長が答える。
『その通り! 2日目から武器と魔法の使用が許可されまぁす』
初日はあくまで身体1つでの競技だった。
しかし次からはその制約が解除されるらしい。
『無論妨害オッケーです。最初に言ったとおり殺傷のたぐいはペナルティですがね。……では、遠泳に参加する選手はスタートラインに並んでくださぁい。5分後スタートでぇす』
ガイアスは王立のチームメイトを見回す。
「手はず通り最初の遠泳はボクがいくよ」
「がいあす大丈夫です? 昨日凹んでたです」
ミカエルが不安げに見上げてくる。
なんだかんだで義弟はガイアスのことを気にかけてくれているのだ。
ガイアスは笑って、ミカエルの頭をなでる。
「大丈夫、元気注入してもらったから」
兄を見やると、いつも通り超然とした笑みを浮かべている。
「腐腐腐……♡ 注入……ですか……♡」
ぬっ、とダンタリオンが背後に立つ。
「うわっ! び、びっくりしたぁ……」
「ユリウス様に……熱いヤツを注入されたと……♡ やはり……ユリ×ガイは……至高」
「変なこと言うなよ! ……で、そっちは遠泳誰が出るんだ?」
ダンタリオンの遙か後方に、アスモデウスが立っている。
フードをかぶって姿を隠してはいる。
「ガイアス様……申し訳ございません」
「なんだよ?」
「また……彼女は……暴走して……しまうかも……しれません。あの子は……あなた方に……強い恨みを……抱いている様子……ですので」
ガイアスはアスモデウスの正体を、兄ユリウスから聞かされている。
ヒストリア。
かつてのガイアスの恋人。
彼女の末路は知っている。
「……心配してくれてありがとう。けど、大丈夫だよ」
ガイアスは力強くうなずいて言う。
その目を見て、ダンタリオンはうなずく。
「無用な……心配でしたね……申し訳……ございません」
「気にしないでよ。向こうが本気で来るなら、ボクも本気で返すだけだから」
ペコッとダンタリオンが下がり、立ち去っていく。
「神聖皇国はアルトが、帝国は女子生徒が、遠泳に参加するみたいだな」
ユリウスたちがガイアスを囲む。
「俺たちは転移で、次のチェックポイントまで先に行ってるぞ」
トライアスロンは、2つのチェックポイントがもうけられている。
そこで選手交代して、次の競技へという流れだ。
「みんな、最後にいいかな」
ガイアスは、チームメイトを見回す。
そして、頭を下げた。
「初日の最後は……無様をさらして、ごめん」
棒倒しの時、暴走するアスモデウスを前に、ガイアスは無力だった。
「エリーゼやサクラを危険にさらし、兄さんやチームに迷惑をかけた。……リーダーとして、失格だ」
いつもならば、また凹んでしまうところだろう。
だが、もう彼は変わったのだ。
「だから、2日目は、ちゃんと役目を果たす。チームのリーダーとして、みんなのために」
ユリウス達は笑顔でうなずく。
そして拳を付き合わせる。
「みんな、頑張ろう!」
「「「おう!」」」
『それでは遠泳を開始しますよぉ。関係ない選手は下がって転移魔法陣に乗ってくださぁい』
ぞろぞろと、他のチームのメンバー達が下がる。
転移が発動し、彼らは消える。
残されたのは遠泳に参加する4人だけだ。
「……随分と、変わったじゃない。ガイアス」
「……ヒストリア」
隣に立つフードをかぶった女子生徒。
彼女はアスモデウス……という名前で選手登録されている。
だがその実態は違う。
彼女はヒストリア。
王の娘であり、かつてのガイアスの恋人でもあった。
バッ……! とヒストリアはフードを取り払う。
彼女の身体からは、莫大な魔力が、まるで嵐のように吹き荒れる。
だがそれが気にならないくらいに、彼女の変貌は著しい。
髪の毛は脱色し、片目はつぶれ、血管はボコボコと浮き上がっている。
「あんた今幸せそうね。アタシはね……こんな醜い姿になってしまったわ。あんたの……あんたたち兄弟のせいでね!」
ガイアスは否定しない。
彼女を自分が捨てたことは事実だ。
その後いろいろあった様子だが、ガイアスは知るところではない。
だからカーライル兄弟のせいだと罵られても、違うともそうだとも言わない。
「殺してやるわよ……無様に、醜く……ぐちゃぐちゃにしてやる!」
ヒストリアから殺意の波動が痛いほど感じ取られる。
もはや彼女は競技などどうでも良かった。
ただ自分が酷い目に遭う元凶となった人間に復讐する。
そのことだけが頭にあった。
彼女のバックにいるフェレスが出てくることはない。
彼女の目的はユリウス以外の殺害だ。
ゆえにガイアスをヒストリアが殺すことは望む展開であり、引き留めないのである。
「今の君で、ボクを殺すのは無理だよ」
「ハッ……! デカい口たたくじゃない! 昨日アタシにボロ負けしたくせに!」
彼女の操る蟲の呪いの前に、ガイアスはなすすべなく敗北した。
「昨日はね。けど……今は違う。ボクの相棒が、ここにいる」
腰にベルトを巻いており、両脇には1対の剣がぶらさがっている。
「剣があろうがなかろうが、関係ないわ! アタシの勝利は揺るがない! 絶対に負けない!」
「……ボクだって、負けない。負けられない。リーダーとしての務めを果たすって、仲間に約束したから」
ガイアスの澄んだ瞳に、ヒストリアは気圧される。
かつて自分が恋人だったときは、彼の目はどこか濁っていた。
それが今や、清澄なる闘気を放つ程までに成長している。
「ふ、ふんっ! せいぜい強がっているが良いわ。ただし、競技が始まったら真っ先にアンタを潰す。覚悟しておくことね」
『それでは始めますよぉ……』
理事長の合図で、ガイアス達はスタートラインに立つ。
『いちについて……よぉい、どんっ!』
合図とともに、神聖皇国と帝国の選手は、海へと飛び込む。
砂浜にはガイアスとヒストリアだけが残された。
「殺す……殺す殺す殺す! ころぉおおおおおおおおおおおおす!」
ヒストリアの体中から、黒い霧が吹き出す。
それはよく見ると、小さな虫であることがわかる。
広い砂浜を黒く塗りつぶすほどの、莫大な量の虫たちが、嵐のように吹き荒れる。
「…………」
ガイアスの脳裏に、先日の敗北がよぎる。
『怖いのですか?』
相棒である無双剣セイバーの声が響く。
「ああ、怖いさ。ボクは兄さんみたいに、どんな敵も余裕を持って倒せるほど、強くないから」
ガイアスは腰の剣を引き抜いて、構える
「だからセイバー、ボクとともに戦ってくれ」
かつてガイアスは、セイバーをただの道具と見なし見下していた。
だがもう彼にそんな意識はない。
彼は学んだ。
いやという程痛感させられた。
己は弱い。
戦えば戦うほど、鍛えれば鍛えるほど思い知らされる。
自分は兄とは違い、単独で強くなれない。
仲間やそして相棒。
自分以外の存在がいて、初めて力を最大限発揮できる。
気づかせてくれたのは兄ユリウスのおかげだ。
彼はいつだってガイアスに強くなるためのアドバイスをくれる。
兄への感謝と、そして相棒へのリスペクトを込めて言う。
「ボクに力を貸してくれ、相棒!」
『畏まりました、我が主』
ガイアスは双剣を構える。
そして静かに言う。
「【霊装】展開」
霊装。
霊的存在と合体することで、神に等しい力を得る技術。
ガイアスは剣神と一体化することで、今まで以上の強さを発揮する。
しかし兄とは違って、ガイアスの霊装は不完全だ。
純白の衣装に、左手には氷でできた小手がはめられている。
『50%。よくぞここまで霊装を習得しましたね』
「まだまだだよ。兄さんには、遠く及ばない」
不完全な霊装。
しかしガイアスの身体から吹き上がるのは、恐るべき量の魔力。
「だ、だからなによ! アンタは昨日負けたんだ! 今日だって負けるんだ! アタシは強い……あんたなんかよりずっとずっと強いのよぉおおおおおお!」
黒い蟲の嵐が、ガイアスに殺到する。
だが彼は冷静に、その全てを瞳に写す。
「たしかに、昨日は負けたかも知れない。けど今日は負けない。昨日よりも今日、今日より明日……そうやって人間は常に進化し続ける。悪魔となった、君とは違ってね」
「ほざけぇえええええええええ! 死ねぇええええええええええ!」
押し寄せるの蟲たちの嵐。
相対するのはガイアス。
左手に持った、青い剣を地面に突き刺す。
「無双技【氷獄】」
その瞬間……全てが氷に包まれた。
眼前の蟲たちだけじゃない。
目の前に広がる大海原も、分厚い氷に包まれた氷河と化した。
この星を包み込む海の5割が、今、一瞬で凍り付けになった。
「ふぅ……」
ガイアスは剣を引き抜く。
ヒストリアは蟲ごと氷の柱となった。
アルトや帝国の選手は無事だが、しかし今おきたことに驚き、腰を抜かしている。
「なっ、なんなんっすか!? 氷河期なんすか!? 瞬きした間に大海原を一瞬で凍り付かせるとかあんたバケモンすか!?」
ガイアスは剣を鞘に収めて、凍り付いた海を悠然と歩き出す。
「まさか。真の化け物と一緒にしないでよ」
振り返ると、全身氷付けになっているヒストリアがいる。
その目は驚愕に見開かれていた。
「……ごめん。ボクは、前に進むよ」
氷を踏みつけながら、ガイアスは歩く。
「この先に、みんなが待っているんだ」
かくして、ガイアスは海を歩いて渡りきり、他3校をぶっちぎってトップに躍り出たのだった。
【※読者の皆様へ お願いがあります】
「面白い!」
「続きが気になる!」
「ガイアス頑張れ!」
と思ったら、
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面白かったら星5つ、
つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちで全然かまいません!!!!!!!!
なにとぞ、よろしくお願いします!