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ねずみ録  作者: mozno
第一章 ネズミの嫁入り
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ネズミの嫁入り3


 披露宴の最中、私は若旦那、浅草寺豊一の案内に従って、浅草寺の屋敷の奥へと招かれた。叔母上は他の雌ネズミたちと間断なく喋り続けていたので置いてきた。

 だれか先客が相談に来ているようで、部屋の向こうで、「浅草は良い所です……。娘も浅草風に育てました……」などと聞こえてくる。この声は聞き覚えがある。たしか葬儀屋を営んでいる中年のネズミだったはずだ。

 そんなこんなで通された座敷で待っていると老ネズミが現れた。

「よく来てくれたね、ミロクくん」

「頭領もお元気そうで」

「いやいや、もう歳だよ。近頃は体が動かなくってね」

 笑いながら現大黒ネズミの、浅草寺忠二郎氏は腰掛けた。

 彼はこう言っているが、嘘というか謙遜であることはすぐに分かった。神使となれば寿命は伸び、病気にもかかりにくくなる。また家族もその恩恵を受ける。それも多くのネズミが神使を目指す理由の一つである。


 浅草寺忠二郎は元は浅草寺の次男で家を継ぐ立場ではなかった。本人もその気はなかったらしく、無用な家督争いを生まぬためにもと若い頃は諸国漫遊の旅をしていたと聞く。しかし浅草寺の長男が男盛りの時に猫に殺され、あわや一家離散の危機かと思われた時に噂を聞きつけ、舞い戻り、その手腕でもって家を建て直し、甥姪である亡兄の子女を助けた。兄の子に家督を譲ろうとしたが、甥の方がそれを固辞し、忠二郎氏が家長をやっている。

 私はこの話しを聞いた時に大変に感動し、彼の者は名前と合わせて忠孝悌の三徳有りと、弟のお前はよく真似ねばならないよとロクマルに言い聞かせたものだが、奴はばぶーと言うばかりだった。

 彼の後ろから若旦那と見覚えのない真っ白なネズミが付いてきた。

「こちらは新たに我が家のコンシリエリになったチャーリィ氏だ。チャーリィくん、こちらはロクマルくんのお兄さんのミロクくんだ」

「コン、……なんです?」

「コンシリエリ。相談役のことだよ」

 コンなんて鳴くもんだから、てっきり先生のことがバレたのかと。先生は訳あって隠遁生活を送っているため、神様たちやその手下である神使に存在がバレるわけにはいかないのである。先生をかくまっている不忍池の神使さまだけが例外だ。

 全身真っ白な年若いネズミがこちらに握手を求めてきた。飛び出た鼻の上にちょこんと小さな眼鏡が乗っている。

「チャーリィです。普段は大学の辺りで暮らしています。このたび浅草寺家の相談役と相成りました。よろしく」

 なんでえ、インテリか。オシャレ眼鏡なんかしちゃって。

 私は手を握り返す。妙な既視感に襲われ、思わず聞いた。

「あぁ……、どこかでお会いしました?」

「いえ、初対面だと思いますが。ネズミ違いじゃありませんかね。ボクはこの通り真っ白ですから昔どこかで物珍しいと思ったのを覚えておいでなだけかもしれませんよ」

 それもそうか。


「どうして今日に限って猫がうちにやって来たのだと思う?」

 紹介を終えた後に老ネズミが私に尋ねた。どうやらここからが本題らしい。

「偶然ではないとお考えですか?」

「うん。今日、この場にネズミが大勢集まることを知っていたのだと思う。そしてその情報を売ったネズミがいるのではないかと考えている」

 ネズミの内通者ネズミとは洒落にもならない。

「何のためにそんなことを?」

「うちに恨みを持つ者もいるからね、例えば」

「護国院とか、ですか?」

 頷きもかぶりを振りもせず、変わらず笑みを浮かべたまま沈黙している。言わんとしたことは伝わったということなのだろう。

「それで何故私が呼ばれたのでしょう? 内通者探しならネズミ手のあるそちらで内々にやればよろしいのでは? その方が話しが漏れないと思いますが?」

「このところうちのネズミが襲われることが多くてね、調べてはいたんだ」

「初耳です」

「外には漏れないようにしていたからね」

 さもありなん。浅草寺に所属しているネズミが襲われるなどという風評が経てばせっかく得た大黒ネズミの地位が揺らぐことは想像に難くない。

「それでも見つけられなかった。我々としては手詰まりなんだ。……ネズミの中で調べるのはね」

「つまり私に猫に変化して、内通者を見つけて欲しいと?」

「その通り。と言っても君も遅かれ早かれそうするつもりだったのだろう? ご家族の仇討ちのために」

「……。分かりました。お受けしましょう」

「ふむ、ありがたい。詳しいことはチャーリィくんに聞いてくれ」

「では続きはボクが。潜入していただくのは」

「今戸の猫どもの所だろう?」

「おや、ご存知でしたか」

「この辺の猫の元締めはあそこだからな。当代の今戸又七郎はネズミ捕りの名手で昨年末、近年まれに見る殺鼠量で頭領になった。一色足らないオスの三毛猫で産まれは美濃。好物は子持ちシシャモ。気性は荒く腕っぷしはかなり強い。複数匹の下克上狙いの猫を一匹で返り討ちにするほどだ。腕っぷしだけじゃない。狐との相互不干渉を継続しながら、その裏で近場の稲荷神社のお供え物をパチらせているって話しだ。小狡く肝が据わっている。……まだ知りたいことある?」

「いえ、もう結構。ボクなぞよりよっぽどその方の事をご存知のようだ。ご友人でしたか?」

「いいや、一回メス猫に化けてデートしただけさ」

「……それはまた」

「冗談だよ?」

 補足してもチャーリィ氏の顔はしかまったままである。やはりインテリにはジョークは通じないのだろうか。

 いや、そんなことはないはずである。真のインテリならば鋭いエスプリをそなえると先生は言っていた。すなわちこの白ネズミはエセインテリなのである。ところで私は未だにエスプリの正体を知らない。たぶんプリンの一種だと当たりをつけてはいるのだが……。


「二週間以内には忍び込みます。くれぐれも内密にお願いします。それと……このことはロクマルには黙っておいてください。無用な心配をかけたくないので」

「分かった。この場だけに留めておこう。広まれば内通者から猫たちに伝わるおそれもある。それで報酬の話だが……」

「ロクマルの安全と、見合った仕事と正当な報酬。それさえ確保して貰えれば特には」

「それでは報酬にならないな。彼は既に我らの家族の一員だ。それらはすべて既に約束されている」

 普通のネズミなら食物(くいもん)をたらふくせびるのだろうが、私は先生より教授を受けた化け術のお陰で飢えることは滅多にない。

 家族でもいれば足りなくなることもあったろうが、幸か不幸か独り身だし、弟も叔母も生計を立てていく術は備えているから、ひとさまに頼むようなこともない。

「まぁ、成功報酬ということで。潜入している間に考えておきます」

「心強いね、生きて帰ってくる気でいるとは。今から何を要求されるか恐ろしい限りだ」

 望みならある。それは当代今戸又七郎の首を取ることだが、自力でなさねば意味がない。

 あるいは人間の生み出した数多の美味を礼賛(しょく)することであるが、これもてめえで稼いだ金でなければ感動も味も薄れよう。


 私の望みは常に私が自ら何事かを為すことにある。ひとに何かをしてもらっても我が(かつ)えが癒えることはない。

 だから大したことを思い付きはしないだろうから何も恐れることはない。だが何事も過剰に恐れるのがネズミである。ネズミの代表ともなればその恐れっぷりは天にも届こう。

 そう考えると私はなんとネズミらしからぬのであろうか。勇猛果敢などネズミにとっては忌むべき悪徳である。だがこれから行う卑怯未練なスパイ行為でとんとんになるはずだ。だから私はネズミらしい。何の問題もない。

 チャーリィ氏が私の考えを知ってか知らずかくすりと笑った。ほくそ笑むような笑い方だった。


  ***


 アクシデントはあったが、披露宴は無事に終わった。

「俺たちはそろそろおいとまするよ。ロクマル、ヒトミさんと仲良くな」

 弟の横で一回り小さいメスネズミが頬を染めた。

「うん、今日はありがとう。兄貴がいなかったらどうなっていたか分からないし……。さっきのはあんまり詳しく聞かない方が良いんだよな?」

「おう、そうしてくれ。秘密がある方がモテるだろう?」

 私がお道化てウインクすると、「結婚する気もないくせに」と呆れ顔だ。

「こうして結婚するまでに兄貴には色々世話になっちまったからさ、俺に出来ることがあったら何でも言ってくれよな」

「言ったな? ようし、せいぜい無理難題を考えておこう」

 私は笑った。「お手柔らかに」と言って、ロクマルも笑った。


 弟とその新婦に別れを告げて帰路についた。道すがら叔母を送っていく。

「途中で猫が来たときはどうなるかと思ったけど何事もなくてよかったわ」

「叔母上も気を付けてくださいね。ぼけっとしていると食われちまいますよ」

 叔母は目をぱちくりさせている。

「そうね。その死に方はイヤね。いかにもネズミの死に方って感じですもの」

「そうですか? 猫どもは気に入りませんがその死に方自体は良いでしょう。ネズミらしくって」

「ネズミらしさをそこまで気にするネズミはあなたくらいよ?」

「気にしとかねぇと忘れちまいますから」

 橋を駆け足で渡って草むらに隠れ、叔母は振り向いた。見送りはここまででいいということだろう。

「ミロクちゃんも気を付けてね」

「はい。叔母上も。猫除けは絶やさずに」

「大丈夫。うちの近くはホウ酸団子を山のように積むお婆ちゃんが住んでいるから。そっちに食いついてひっくり返ってるわ」

「それはぜひ今度お目にかかりたいもんですな」


 叔母と別れた私は物陰に入ると人の姿へと転じた。

 歩幅が全く違うため、移動するときはこちらの方が適している。

 しばらく歩いて神社に入る。鳥居を途中で逸れて先生の作った結界に足を踏み入れた。

 横になっていた先生がおもむろに鼻先をこちらに向けた。

「不忍池に会ってきたか?」

「いえ、結婚式に行く前と帰りで二度お尋ねしたのですがご不在でしたよ」

 先生は小さく「そうか」とだけ言うと、身体を丸めて寝入ってしまった。

「途中で猫が出ました」

「そうか」

「化け術で追っ払ってやりました」

 私がそういうと興味を持ったのか、体をもぞりと動かして寝転がる方向を変えた。

「ほう。何に化けた?」

とりで動きを止めて、いぬで噛みつき、で体当たりしてやりました」

「そして正体はか……。味なことを。どうだ? 相手を化かすのは面白かろう?」

「ええ、とても」


 私の笑顔を見て先生はからからと笑った。

「それでよい。楽しまねば続かない」

「悪いことを楽しむのはいいんですか?」

「正しいことをして何が面白いのだ。悪いことをするから面白い。面白きことは良きことなり。つまり悪いことをするのは良いことだ」

「まぁた訳の分からねえ事を……」

 私は変化を解き、ネズミの姿に戻る。それから猫に化けた。石畳をつかみ、にゅうっと体を伸ばす。感覚を忘れておかぬようにしないと。

 地面に腰をつけ、前足で頬をかく姿はまぎれもなく猫となっている。その証拠にこちらをちらりと一瞥した先生は何も言わずに寝に戻った。


 私は無機物よりも生き物に化ける方が得意であるが、中でも猫に化けることに関しては先生にさえ負けないという自負がある。

 人に化けては図書館で学び、彼らの生態を調べ、犬に化けては追いかけ回して彼らの逃げ方を研究し、猫に化けてはそのあわいに紛れて彼らのコミュニケーションの取り方を知った。

 猫化けに関してだけは私はもはや免許皆伝の位にある。だからこそ修行では猫に化けることをしない。得意なものに化けても修行にはならないからだ。

 なぜそこまで私が猫に化けることに執着するのかと問われれば、それは昨年末の光景が瞼の裏に張り付いて剥がれないためである。

 猫の襲撃によって我が親兄弟たちがことごとく皆殺しにされたあの時の光景が。

 私こと根津(ねづ)丸一(マルヒト)が三十六子、根津(ねづ)三六(ミロク)は復讐者である。いつの日か、奴らの姿で奴らを騙し討つ。それこそ我が宿願なり。

 でもあいつらがチーズバーガーを持参して詫びに来るのなら許してやらんこともない。やれるものならやってみろ、だが。


明日以降は一日一話ずつ投稿予定です。全話書き終えているので、エタはないです。よろしければお付き合いください。

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