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おっさんは、いつもの調子を取り戻す。


 レヴィは、心地よい振動を感じながら目を覚ました。


 うっすらと開いた目に、見慣れた顔が映る。

 怜悧な顔立ちに感情を浮かべず、銀縁メガネの奥にある青い瞳がまっすぐに前を向いていた。


 星空との間にある、顎下から見上げたその顔がいつもより近い。


「クトー……?」

「目覚めたか」


 チラリとこちらに目を向けたクトーにうなずいてから、レヴィは自分が彼の腕に抱かれている事に気づいた。


 横抱きだ。

 カッと頬が紅潮する。


「ああ、あの、目が覚めたから自分で歩け……」


 る、と言いかけて、レヴィは手に触れる感触に違和感を覚えた。

 皮の胸当ての硬い感触でもなく、まして手触りのいい礼服のそれでもない。


 もふもふしている。


「ダメだ。元々疲労していた上に、魔族に体を酷使されていたんだ。瘴気の影響はないが、パーティーハウスにある呪玉で回復魔法を……」

「いやそれは良いんだけど」


 レヴィは顔に上った熱が一気に冷める代わりに、頬が引きつるのを自覚する。


「なんで、着ぐるみ毛布……?」

「む?」


 レヴィの問いかけに、クトーは首を傾げた。

 彼は、あの全身を包む珍妙な格好で、堂々と大通りを歩いていたのだ。


「礼服が血まみれでボロボロだからな。不審に思われるだろう?」

「今の格好も十分すぎるほどあやしいんだけど!?」


 しかもそんな不審人物に、自分は横抱きにされているのだ。

 先ほどとは違う種類の恥ずかしさがこみ上げてくる。


 こんな状況を人に見られたくない。

 しかしクトーは、ますます不可解そうな顔をする。


「どこかだ。血まみれよりもこの格好の方が見た目にも可愛らしいだろう」

「色んな人にその格好見られてるけど、誰1人として肯定してないでしょうが!?」

「クシナダは」

「あれは特殊!」


 どこぞの温泉旅館の女将は、クトーと同じく感性がズレているのだ。

 レヴィは自分を下ろさせようと手足をバタつかせたが、クトーの手からは逃げれなかった。


「離しなさいよ!」

「ダメだと言っているだろう」

「なら大人しく着替えなさいよ! カバン玉に替えがあるでしょ!?」


 用意周到なくせに、その用意の中からチョイスするものがおかし過ぎる。

 しかしレヴィの怒鳴り声に、クトーは平然と答えた。


「結界崩壊までに時間がなくてな。それに街中で下着姿を晒すのは紳士的な振る舞いではないだろう」

「今の姿でいるよりちょっと下着になるほうがよっぽどマシでしょうがああああああああ!!」


 見るのは恥ずかしけど、と思いながらも絶叫する。

 そんなレヴィに、ヒヒヒ、と姿の見えない仙人の笑い声を漏らした。


『いいじゃねぇか、嬢ちゃん。よーやくいつもの兄ちゃんっぽいさね』

「どーせあなたは見てるだけで被害ないからねぇ!? 面白がってないで助けなさいよ!?」

『今日はもう、十分助けたさね。さてさて、憲兵はコレ見てどんな顔するかねぇ』


 言われて目線をクトーが進む方向に向けると、遠くに夜になって閉ざされた壁門が見えた。

 そして当然、そこには夜の番をしている憲兵がいるのだ。


「ああああああもおおおおお……ッ!」


 頭をガシガシと掻きむしるレヴィに、クトーがふと思い出したように告げた。


「そういえば、お前はまだ聞いていないだろうが」

「何よ!」

「ローラが生きている」


 その言葉に、レヴィは思考が少しの間だけ止まった。


「……………………え?」

「魔族の時止めの秘術と傀儡によって、肉体から魂を引き離されてお前とドラクロを繋ぐ媒介にされていたんだ」


 クトーが、あまりにもいつも通りに説明を始める。


「トゥス翁が助け、ミズチが保護に向かっていたが、先ほど『無事に彼女を見つけた』と連絡があった」


 生きていた。

 ローラが。


 思いがけない話に、どう反応していいか分からなかったレヴィは、そのまましばらく固まっていたが。


「……ほ、本当?」

「嘘をついてどうする」


 おそるおそる聞いてみると、クトーがかすかに鼻筋にシワを寄せた。


 レヴィは、胸に湧いた喜びの感情が膨れ上がるのを感じる。

 自然と口もとが緩み、手でそれを押さえた、


 泣きそうだった。


「生きてた……ローラが……」


 良かった。


 涙がこぼれるのはどうにか堪えたが、それ以上は声が震えてどうにもならなかった。

 そんなレヴィを、クトーが薄く微笑んで見下ろす。


「落ち着いたら、会いに行けばいい」

「……うん」


 素直にうなずくと、クトーは笑みを消してまた顔を前に向けた。


「明日以降、お前の試験の結果も出る」


 また1つ、自分に関係のある話だった。

 この件を引き受けたのは、最初にレヴィが早く昇格したいとワガママを言い出したのがキッカケだったのだ。


 そういえば、何でそんな事言ったんだっけ? と記憶をさかのぼり、レヴィは思い出した。

 あの直前に荷運びについていった、卸し売りをしているという商人が言ったことがキッカケだった。


 レヴィが、道中出てきたEランクの魔物をあっさり倒した後の話だ。


『君、なんでEランクなの? 勿体ないなぁ。それだけの腕があればDランクの依頼も受けられるのに』


 太っちょな外見に似合わず、軽薄な口調で喋る男だった。


 その言葉で、心の底にくすぶるものを炙り出された気がした。

 パーティーハウスに帰るまでにどんどん気持ちが強くなって、ずっとその事が頭から離れなくなった。


 でも、今にしてみれば。


「……別に、落ちてもいいわ。途中から、そう思って捜査してたから」


 ファイアスクロールの使い方をクトーに習った時に、何が大事かって諭されてから。

 そして、捜査の過程で自分の未熟さを思い出して。


 今は別に、まだいいかな、と思えるようになっている。


「そうか」


 クトーの返事は短かった。


「だが、決めるのは俺でもお前でもなくギルドだ。そして、結果もすぐに出る」

「分かってるわよ」


 朴念仁。

 そーいう言わなくてもいい事を言うのが、余計なのだ。


 レヴィがぷくりと頬を膨らませると、不意に大声が聞こえた。


「「そこの怪しい2人組、止まれ!」」


 声の方向に目を向けると、門番がこちらに向かって槍を構えていた。

 一緒くたに怪しい扱いされて、レヴィは反射的に言い返す。


「怪しいのはクトーだけでしょ!?」


 それを聞いて、トゥスが呆れたようにボソリと声を漏らした。


『余計な事ばっか言うのは、どっちもどっちだねぇ……心象悪くしてどうすんのかねぇ……』


※※※


 その後。


 ミズチの口利きで無事に壁門を通り抜けて一通りのことを終えた後、クトーはレヴィを伴ってメリュジーヌの店を訪れていた。


「おや、いらっしゃい……」


 相変わらず、魔女は黒いローブとフードを身につけたしわくちゃ姿で、いつもと変わらずそこにいた。


 この店の中は、いつもまるで時が止まったように変わらない。

 つい先日、クトーらが買ったばかりのファイアスクロールも当たり前のように補充されていた。


「ワタシの魔導具は随分と役に立ったようで、何よりだねぇ」


 この老婆は、本当に様々なことを知っている。

 むしろ彼女に知らない事などあるのだろうか、とクトーは疑問を覚えた。


「耳が早いな」

「店の中は静かだからね。よぅく聞こえるのさ」


 フェフェ、と笑う老婆の手元で、ぼんやりと水晶玉が明滅する。

 クトーはメガネのブリッジを押し上げて、本題を切り出した。


「裏を借りたい。許可は得ている」

「知っているとも。好きにしなよ」


 クトーはレヴィにうなずきかけ、老婆の背後に張られた暗幕を上げた。


「い、いいの?」

「来い」


 裏に入ると、そこは店よりも広い空間だった。

 中央に古代の記号を用いて描かれた魔法陣があり、薄く光を放っている。


「何、これ?」

「転移魔法陣だ。中に入ってから説明する」


 世界にいくつもない、古代からの遺産。

 これを守るのがなぜ彼女なのかを、クトーは知らない。


 魔法陣の存在を知った時には、メリュジーヌはすでにこの場所に店を構えていたのだ。

 それこそ、先王の悪政の時ですら変わらず。


 繋がる先は、城の地下迷宮だ。


 この魔法陣を使って、リュウや仲間と共に、先王を排する為に中へと突入した。

 また、ビッグマウス大量発生の時にホアンと面会した時も同様に使わせてもらった。


「定められし場所へ」


 恐る恐る魔法陣の中に踏み入れたレヴィと共に、クトーは城へと飛んだ。

 レヴィにここがどこかを説明すると、彼女はサッと青ざめた。


「そそそ、そんな重要そうな事、私が知っていいの!?」

「今回の件はお前も当事者だ。それに、お前は【ドラゴンズ・レイド】の一員だろう?」


 ぽん、と頭に手を乗せると、レヴィは何を思ったのか顔を伏せながらクトーの触れたところを撫でた。


「俺を見失うなよ。迷宮ではぐれたら俺もお前を見つけられん」


 魔力による探査すら出来ない謎の迷宮だ。

 クトー自身も、頭に叩き込んだ道筋しか知らない。


 今日クトーは、迷宮で失った黒竜の外套ではなく、ただの皮の外套を身につけている。

 少し暇が出来れば、新たに強い素材を狩って来なくてはならない。


 市場に出回る程度のものでは、今後また魔王を相手にする時に太刀打ち出来ないだろうから。


「着いたぞ」


 迷宮の出口で待っていたタイハクと頷きだけを交わし、城の者に見つからないように円卓の会議室へと向かう。


 待っていたのは、国王ホアンと近衛隊長のセキ、それにとんぼ返りして来た後に正式な手順で城へ入り、この場に招かれたのだろうリュウとジョカ。


 そしてギルド総長ニブルと妻のユグドリア、そしてミズチ。

 さらには、祭りに関して魔王が絡んでいた以上、今後のことを話し合わねばならない豪商、ファフニール。


 総勢6名の、国を動かす権力の持ち主たちだ。

 クトー自身とレヴィは場違いではあるが、この際そんな事は言っていられなかった。


「来たね、クトー」


 親しげな笑みを見せながらも、ホアンの顔は緊張していた。


「遅れて申し訳ありません、陛下」

「この場で、君が演技をしなくてはいけない相手はいないとは思うけど……さっそく、会議を始めたい」


 ホアンはゆっくりと、指を組みながら円卓の上に肘をついた。


「議題は当然、クトーが再び存在を確認したという魔王について、だ」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] レヴィのランクアップへの思いも魔王がそそのかしていたんですね。大小関わらずクトーへの嫌がらせが細かいです。
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