おっさんは、ことの真相を知る。
17時に一話更新しています。
「嬉しいなぁクトー。そう、僕だよ」
魔王は自分の胸元に手を当てて、小刻みに肩を震わせる。
「なぜ生きてるかって? そりゃもちろん死ねないからさ」
どこまでも楽しそうだが、クトーは知っている。
その笑みに含まれているのは、自分には理解しがたい狂気だと。
魔王城での対峙の前に一度だけ、クトーは彼を目にした事があった。
鍵を集め、魔王を倒すために各国の精鋭を集めた地にクトーたちがたどり着くと、精鋭軍が全滅していた。
彼はその死体の山の上に立って今のように笑いながら、精鋭だった者達の頭を1つ1つ丁寧に……子どもが虫で遊ぶように踏み潰していたのだ。
リュウの誕生する前ーーーはるか昔に勇者だった者の体を使って。
『待ってたよ。そして忠告だ。鍵を集めた奴ら以外は、僕の城に入ってこないでね?』
じゃないと、君たちのいないところでこの遊びやるから。
魔王はそうリュウに言い置いて、去ったのだ。
「僕の魂は、不滅なんだよね。魔王として在る限り何度でも蘇っちゃう」
「……どういう意味だ」
魔王を倒して、平和が訪れたと思っていた。
そうではなかったというのだろうか。
「ああ、勘違いしないでね。僕が普通に過ごしてたら、君たちが生きている間は多分平和だよ。意識して瘴気や魂を集めないと、肉体の復活までには何百年もかかるからね。……おっと、そうだ」
魔王はポン、と手を打ってから、地面に向かって片手を伸ばした。
シュルン、と床から瘴気が立ち上り、魔王の手の中に漆黒の瘴気にも似た球が生まれる。
球をかかげて、魔王はそれに目を向けた。
「ブネ。あれだけ周到な準備をしたのに、倒されちゃったねぇ。クトーはやっぱり強かった?」
『……ここに招待した時から、全力でやりたかった、と今も思っています。真竜の薙刀も込みで、あのような人質など取らずにね』
「ダメだよそんなの。だってそれじゃ、クトーが全然苦しまないじゃないか」
ぷくりと片頬を膨らませて腰に左手を当てた魔王は、すぐに笑みを戻して続けた。
「僕は苦しむクトーが見たかったんだから。ふふ、ドラクロっていうザコを使った色々は、いい感じだったね。すごく楽しんだよ!」
『お気に召したなら幸いです』
嬉しげに語る魔王に、ブネは諦めたように言い返す。
『元々、ご命令に従う、という条件で生きていた身ですからね。望外に愉しく滅べそうだったのですが、最後の最後にケチがつきました』
「知略も力だし、道具を的確に使うのも優れた存在である為の条件さ。君は本当に、直接的なぶつかり合いが好きだねぇ」
『それ以上にたぎる事などありません』
「ま、それももう出来ないけどね。僕に挑んで君が負けた時にした約束、覚えてるでしょ?」
ニコニコとブネに告げる魔王に、ブネの魂がうなずくように揺らいだ。
『はい。もし本気を出して負けたら、魔王様の糧になる……抵抗や命乞いをする気はありません』
「それもちょっとつまらないなー。君らしいけどね」
最後に言い残すことはある? と、魔王がブネに唇を寄せながら尋ねる。
『どうやら私の生は、ケチがつき続けるものだったようです。つまらぬ生でした』
「そっか。じゃ、バイバイ」
ちゅるん、とあっさりブネの魂を吸い込み、魔王はゴクリと喉を鳴らした。
別人の体だが、本当に食したのではなく魂に取り込んだのだろう。
「魂だけでも極上だ。やっぱりちょっと惜しかったかな?」
魔王は指先で唇を拭って、こちらに笑みを見せた。
まぎれもなくブネは強者だったのだが、魔王には小間使い程度の感覚しかないのだろう。
「……仲間じゃなかったのか」
「仲間だったけど。だから何?」
一応訊ねてみたが、やはり話は通じない。
向こうも、クトーに対してそう思っているかもしれないが。
しかし2人のやり取りで、今回の件の真相は知れた。
それ以上ブネとのことには言及せず、軽く目を細めて魔王を睨みつける。
「つまりお前は、俺が苦しむのを見るためだけにレヴィとローラを……そしてドラクロを利用したという事か」
「そうだよ。あれ、もしかして怒ってる?」
きょとん、とした顔で問いかけてくる魔王に、クトーはアゴに力を込めた。
魔族は悪辣だ。
その中でも、魔王は群を抜いて理解しがたい。
むしろそれを聞いて、怒らない理由が何かあると思っているのだろうか。
目的も何もないただの娯楽。
その為に、人の魂や生死を弄ぶ存在。
仲間や、平和に暮らすべき人々を。
「俺を殺したいなら、なぜ直接仕掛けてこない」
「いや、だから言ってるじゃない。僕は君をただ殺したいんじゃなくて、苦しめたいの。そう、たとえば……」
まるで遊びの提案をするように、手を振って自分の首を横に切り裂く仕草をする。
「今から、あの埋まってるローラって子を、外に出た奴が助ける前に殺すとか?」
クトーは眉をひそめた。
こっちの顔を見て、魔王は、そうそう、そういうの、と面白そうに吹き出す。
「怒りじゃなくて僕への直接的な恨みに凝り固まると、今にも飛びかかって来るだろうし、やめとくよ。あ、むしろ楽しませてくれたご褒美に、あの子を助けておいてあげようか!」
魔王はこめかみに指を当てて、んー、と片目を閉じる。
何をしているのか分からないが、外へ向かう力の流れだけは感じられた。
「……うん、お墓の前に寝かせておいたよ。後、時の秘術を使ってたのはブネじゃなくて僕だから、ついでに魔法も解いておいた」
信用できない。
そんな内心を見抜かれたのか、魔王が渋い顔をする。
「そんな目で見ないでよ。大丈夫だよ。あんな子に用ないし、嘘つく理由ないからさー。それに、僕はもう一個、今から楽しい遊びをしないといけないから」
魔王は本当に感情豊かな相手だった。
だが豊かであればあるほど、正の方向を向いているレヴィやリュウと違い、その異常さが際立つ。
「君をね? ここに閉じ込めようと思って」
「……」
「あ、抜けだそうとするのを邪魔はしないよ? ただ抜け出そうとしなかったら、結界の崩壊に巻き込まれて死ぬようにするだけさ。……体力もない、呪玉もない。この状況で、君に取れる手段は血を使った聖魔法」
まるで未来に起こることを先に口にしているかのように、魔王は滑らかに言う。
「だが、君は血を失い過ぎている。これ以上血を流して意識を保てるだろうか? 魔力を練り上げられるかな? ふふ、ギリギリの遊戯だね! 楽しいな!」
アハハ、と笑う魔王が、クトーを指差す。
そして片目を閉じた。
「これで生き残っても、死んでも、僕としては大満足だ。どうだい?」
クトーは、大きく息を吐いた。
いい加減疲れ過ぎている。
人の命を使った子どもの遊びに付き合うのは、うんざりだが。
「拒否権はないんだろう? 必ず生き残って、今度こそ滅してやる」
「さすがクトー! そうでなくっちゃ!」
それじゃ、さっそく……と言いかけて、魔王がぴたりと止まった。
クトーが訝しさを覚えると、魔王が何かを小さくつぶやく。
その目線が、クトーではなく背後の何かに向けられていた。
しかし、それに気づいて後ろを振り向く前に。
背後から胸元に誰かの手が伸びてきて、クトーのメガネを顔にかけ直した。
「似合うと思ってプレゼントしたんだから、掛けていて欲しいわね」
その声音は、優しげな響きを帯びている。
ふわりと匂うのは、クトーの香り袋に似た花の香り。
「サマルエ。あんまり好き勝手やってると、ウーラヴォスに怒られるわよ? まぁ、あなたが好き勝手するのも珍しいけれど」
「……ほんのちょっと力を借りただけだよ。人間でも使える程度の魔法じゃないか」
どこか嫌そうな顔をする魔王に、ふふ、と笑みかける女性は、まるでクトーの左腕を抱くように身を寄り添わせていた。
ありえないほどに整っているが、どこか浮世離れした美貌。
優しげで控えめな笑みとは裏腹に、口調は話す相手への親しみに溢れている。
白く簡素な服を身につけた、小柄でスタイルの良い女性。
「アム。なぜここに?」
「あら。愛しい人がようやくプロポーズを受け入れてくれたのに、あなたに殺されちゃ困るじゃない」
うふふ、と笑い、アムと呼ばれた女性は上目遣いにこちらを見た。
「ねぇ、クトー?」
「非常事態だったからな」
クトーは彼女の正体を察していた。
他に、あの状況で打てる手は思いつかなかった。
だがプロポーズとはどういう意味だろう?
そんな疑問を抱きながら、クトーは感謝を口にした。
「女神ティアム。……助かった」
「いいわよ。当然のことなんだから」
「俺はあなたの顔を初めて見るが」
「だって、私の加護を受け入れてくれなきゃ姿を見せれないんだもの」
「ミズチを救おうとしたのを邪魔したからだ」
「仕方ないじゃない。規律には従わないといけないから、神様って窮屈なのよ?」
「知った事ではない。それに、初対面の相手に身を寄せるなど女性として少し危機感を持った方が……」
と、言いかけた時に、不意に膝から力が抜けた。
が、嬉しそうな彼女に支えられて倒れはしなかった。
「嬉しい気遣いね。でも、本当にボロボロみたい。支えてないと倒れそうだから仕方がないわね?」
「……」
「僕の遊びを邪魔をするなよ、アム」
やり取りを見ていた魔王が、駄々をこねるようにつま先をコツコツと鳴らした。
「クトーは死なないかもしれないし、死んだら魂をウーラのヤツにもらえばいいじゃないか」
「ダメよ。クトーは、生きて人のために動いてる時が1番カッコいいんだから。……でもあなた、再臨前に姿を見せるなんて、随分変わったわね」
魔王は小首を傾げた女神の問いかけに、帽子越しに頭を掻いた。
「クトーによってね。君もそうだろ?」
その問いかけに、クトーは首をかしげた。
自分によって、とは一体どういう事だろうか。
しかし疑問を投げる前に、魔王が肩をすくめた。
「君が来たなら、もう遊べないなぁ……ま、僕の嫌がらせもムダにならないし、それでもいっか」
あっさり前言を撤回して、魔王は空を見上げた。
それでも少し残念そうだが同情の余地はない。
遊ばれていたのはクトー自身だ。
「嫌がらせ? まだ何かしているの?」
「そ。クトーに仕事を持ち込んだファフニールという商人に、北や会談のことを入れ知恵をしたのは僕なんだよね。今使ってる別の体でさ。クトーの仕事を増やしてやろうと思って!」
命に関わらないことでも、嫌がらせならば何でもいいらしい。
ますます厄介だった。
そうした嫌がらせで、家にある可愛いものコレクションを踏み躙られる事だけは、何としても避けたい。
2柱の神は、そんなクトーの気持ちをよそに話を続けた。
「楽しいだろ?」
「相変わらず好きねぇ、そういうの」
「人の心を乱すのって楽しいじゃない。欲に目がくらんでると特に使いやすいし。利用できるものは利用するのさ」
そんな捨て台詞を吐いて、魔王はこちらに背を向けた。
クトーはそれを見て、女神に目を向ける。
「ティアム」
「何かしら?」
「あれは今、倒さなくていいのか」
クトーの問いかけに、女神はあっさり首を横に振った。
「そういうのは、ダメなのよねぇ。言ったでしょ? 神様って、窮屈なの」
「じゃ、僕は去るよ。後はお好きにどうぞ」
塔の端まで歩いて崩壊した壁の残りに足をかけた魔王は、最後にくるりと振り向いた。
「あ、そうそう。クトー、現実での僕はあまり大した事が出来ないけど、もっともっと嫌がらせするよ! じゃあね!」
魔王は不穏なことを言い置いて宙に飛ぶと、そのままフッと消えた。
「厄介なのに目をつけられたわねぇ」
「お前も十分厄介だがな」
「今から慈愛をもたらそうという女神様に対して、よくそういう事が言えるわね」
ポンポン、と気さくな女神に背中を叩かたかと思ったら、彼女がそっとそばを離れる。
だが、一気に眠気が吹き飛び、体が軽くなっていた。
痛みもなくなっている。
思わず体を見下ろすと、ボロボロで血の滲む礼服の下には傷跡すら残っていなかった。
クトーは微笑んだまま黙って立つ彼女に目を戻す。
「……なぜ、俺を救ったんだ?」
「あら、知らないの?」
後ろ手を組んで体を前に倒し、女神はいたずらっぽくこちらを見上げてくる。
「私の役目は、自己犠牲を最も尊く想い、これに奇跡をもたらす事なの。あなたは自らの血を、死ぬほど抜いてあの少女を助けようとした。……律の優位により、私はあなたを救うことを許されているのよ」
だから気にしないで、という女神に、クトーは少し考えた。
「……自分に得があり代償がないのなら、特に拒む理由もないが。先ほどから、何かに縛られているかのような発言はどういう事だ?」
彼女は最高位の創造神と言われているはずだ。
「ふふ。規律は、定められたもの。神でも、破ることは本来許されないから規律なのよ」
答えになっていない答えを口にして、女神は小さく手を振った。
「では、貴方に再生という名の祝福を。なんなら、このままリュウと同じように勇者にしてもいいんだけど、どうする?」
「お断りだ。ミズチを見捨てようとした事と、今助けられたことで貸し借りはチャラだ」
「執念深いわねぇ。その後は融通してあげたでしょ?」
「結果論だ」
「つれないわねぇ。ま、いいけど」
女神も、魔王と同じように姿を薄れさせる。
同時に周囲の結界も再び崩壊を始めた。
「またね、クトー」
「次に会うことがあるのなら、出来れば危機的ではない状況でな」
その言葉を最後に、景色までもがぼやけていき、クトーは現世に帰還した。




